34話 デルヴォ迷宮(3)
魔物との間合いはまだ剣が届く距離ではない。レインは近づきながら鞘から剣を抜こうとしたが、ロキがそれを止めた。
「こいつは俺がやるよ。俺の戦闘スタイルを把握しておいた方が後々連携も取りやすいだろ」
「それはそうですが……いいんですか?」
「ああ。それにこの魔物、金属でできてやがる。剣で斬るのは骨が折れそうだ」
ロキはポーチから細長い何かを取り出した。最初は短い杖かとも思ったが、違う。骨だ。太さからして人間のものではない。おそらく魔物の骨だろう。ロキはそれを右手で握って、レインに見せるように言った。
「こいつはオーガの上腕骨だ。折れてるけどな。俺の変身魔法は外見を真似するだけだが、変身したい生き物の身体の一部を使うことでその能力まで完全にコピーすることができる。こういう風に……!」
ロキの足下に魔法陣が浮かぶとその身体は光に包まれ、大きく膨らんでいく。三メートル以上の巨体に、ぼうぼうと伸びっぱなしになった豊かな髪の毛。その中に紛れるように生えている小さな角。歯は牙のように鋭く、肌は赤っぽい。
その時、ポーンの魔物が真っ先に動いた。石の地面を滑るように動き、サーベルでオーガと化したロキに斬りかかる。剣の軌道は袈裟斬りだが今やロキの方が圧倒的に高身長のため、脚に斬りかかったような格好となっている。
オーガとなったロキは防御すらしなかった。ポーンのサーベルはロキの硬い肌に受け止められ、傷ひとつついていない。ロキは両腕でポーンの丸い頭のような部分と下半身を掴んで持ち上げると、雑巾を絞るみたいに捩じ切ってしまった。
「……まあこんなところだ。他にも色々変身できるけど、強い魔物ほど変身に消費する魔力も大きい。常に最強の魔物にはなれないから、状況に応じた能力の魔物に変身するのが定石って感じだな」
これが最上級の冒険者、金級の実力。ポーンの魔物は決して弱くなかった。レインが戦えば、負けないにしても倒すのに数分の時間を要しただろう。それを一瞬で片付けてしまったのだから驚くしかない。
「ところでリザ、何か分かったか?」
オーガと化したロキの足下に再び魔法陣が浮かび、その姿を元に戻していく。
「うーん。この行き止まりには何もなさそうっすね。他の行き止まり全部を調べたいっす。いいっすよね?」
「俺は大丈夫だよ。それしか次に進む方法は無さそうだ。ロキさんもいいですか?」
「ああ。ま、地道にやっていこうぜ。探索は始まったばかりだからな」
レインたちはしばらく行き止まりの道すべてを調べてみたが、レインにはさっぱりその違いが分からなかった。罠や仕掛けの看破はレインも得意分野ではない。リザは顎に手を当てて何か思案していると思ったら、レインとロキにこう言った。
「閃いたっす! 兄貴、師匠。一度、灯火石を消して欲しいっす!」
この迷宮は全体的に薄暗い。明かりの設けられている通路もあるが、今いる通路にはそれもない。灯火石を消せば真っ暗闇になるだろう。しかしレインはリザの閃きを信じて灯火石の明かりを消した。続いてロキも明かりを消す。通路に暗闇が広がると、行き止まりの壁面にぼんやりと光が浮かび上がるのが分かった。魔法陣だ。
「気がつけば単純な引っかけっすね……暗い時にだけ起動する魔法陣みたいっす。魔力を流せば、きっと何かが起きるはずっす」
レインは浮かび上がった魔法陣に手で触れて魔力を流し込むと、石の壁に割れ目が生じた。ゆっくりと壁が左右に開いていく。やがて三人の目の前に隠し通路が現れた。
「本当に当たってたのか。よく分かったな、リザ。師匠として鼻が高いぞ」
「へへへ。この通路だけ明かりがないのが不自然だなーと思ったんすよ。予想が当たって良かったっす」
その後も似たような仕掛けの存在する階層が続き、レインたちは駆け下りるように6階層まで辿り着いた。5階層まではポーンしか現れなかったが、この階層から新たな魔物が現れる。金属でできた塔のような形状の魔物。チェスの駒で言うルークだ。
ルークは一切攻撃しないが、必ず仲間と共に現れ、仲間の魔物を率先して守る。身体もポーンより硬い。オーガと化したロキでも破壊するのにかなり手間がかかった。対策としてはレインかロキがルークを攻撃して引きつけている間にポーンを倒すというシンプルな戦術を用いた。
レインは今回、剣ではなくウォーハンマーを召喚して使っている。硬い金属製のチェス魔物たちを斬撃で倒すのは難しい。少なくともレインの腕と普通の剣では無理だったので、打撃で弱らせる作戦を選んだ。今のところ、レインの力でもポーンならハンマーでへこませるくらいには通用するので当面はこれでいく予定だ。
「なるほどな。今後、階層が深くなるにつれて残りの駒……ビショップやらナイトやらも現れるってわけだ」
「そうですね……能力に大方の想像がつくので、そういう意味では助かりますね」
「分からないっすよ。そう思わせておいて特殊な魔法とか使う駒がいるかもしれないっす」
新たなチェスの駒が現れたのは11階層からだった。ビショップだ。ビショップは僧正の駒だ。冒険者で言うならば治癒魔法を得意とする僧侶である。ただ、この迷宮に現れるビショップは仲間を癒やす他に攻撃魔法も使う。炎魔法、風魔法、水魔法、土魔法、いずれか一種類の初歩魔法を使ってくる。
ロキもレインも接近戦を主体としているので、魔法攻撃を繰り返すビショップは少し面倒な相手だ。ポーンが倒されそうになるとルークが守りに入り、ビショップが援護射撃で魔法を放ってきて仕切り直しを図る。おかげで戦闘時間が長引き、レインたちは少しずつ消耗していった。
チェスの駒で言うナイトは16階層から現れ始めた。馬の頭を持つ騎士のような姿をしている。突撃槍を武器として持っており、この槍の突きは重く、威力があり、オーガと化したロキの皮膚も貫通する。ロキが負傷した時はレインがナイトと戦う隙に、ポーションを飲んで対処できた。
ナイトはかなり厄介な魔物だ。ポーンを銅級冒険者とするならナイトは銀級冒険者くらいの能力がある。他の駒と同時に現れて連携を取られると非常に厄介で、レインとロキでも苦戦を強いられた。
それでもどうにか倒して、21階層まで辿り着いた時に事件は起きた。待ち構えていたと言わんばかりに挟撃を受けたのである。前にナイト、ビショップ、ルークが一体ずつ。後ろにナイト二体、ポーンが一体。なし崩し的に前をレインが、後ろをロキが対処することになった。打ち合わせの暇などもちろん無かったので自然とそうなったのである。
「ひぇぇぇ。二人とも頑張ってくださいっす~!」
ビショップが炎魔法を連射してくる。レインはそれをマントで防ぐ。レインのマントは魔法の糸で編まれた特別製で、魔法をある程度弾く効果がある。どうにか接近を試みるが、ナイトに阻まれているうえ真っ先に倒したいビショップはルークが守っている。ナイトやルークが少しでも傷つこうものなら、ビショップが治癒魔法で修復する。鉄壁の布陣だ。
「ちぃっ……これは出し惜しみしてられねぇ。レイン、本気でやるぞ!」
「……分かりました、ロキさん!」
レインがウォーハンマーの召喚を解除して右手を上に伸ばす。ロキもオーガへの変身を解除して、狼の毛皮のコートを掴んだ。ロキの足下に魔法陣が浮かび、姿が巨大な人狼に変わっていく。人狼の王リュカオン。ロキは太古に存在した凶悪なワーウルフへと変身したのだ。
「召喚変身、紅炎の剣士!」
レインもまたその格好を炎を思わせる装備へと変え、魔法武器、大剣スヴァローグを構えた。レインはそのままナイトめがけて突撃すると、横薙ぎの一閃でナイトを溶断する。スヴァローグの刀身は高熱によって赤く染まり、あらゆるものを熱で溶かし、斬る。いかに金属製の魔物でもバターのように切断できるのだ。そのままの勢いでルークとビショップに肉薄し、それぞれ一太刀で倒した。
ロキの方はと言えば、ナイトが二体もおり、巨大な人狼となったロキにも物怖じすることなく積極的に突撃槍で刺突を繰り返す。だがリュカオンの強靭な毛皮に阻まれ、槍が刺さることはない。ロキは無造作に槍を掴むと、口から光線を吐いてナイト二体、ポーン一体を纏めて消滅させてしまう。
「……なんとかなったな。ここいらが潮時だ。一度街に戻ろう。俺たちもかなり消耗しちまったし」
「そうですね、今のはかなり危なかったです。ここからはペースを落とした方がいいかもしれないですね」
21階層に到達するまでに要した時間はたったの10日間だった。未踏破迷宮を攻略する時間としては、異常なペースである。




