33話 デルヴォ迷宮(2)
マルゴットの街の酒場はどこも活気に溢れ、賑わいを見せていた。ロキの案内で入った酒場は特に冒険者行きつけの店のようで、パーティーごとに固まって席に座っている者が多いようだ。ロキは麦酒を注文すると、レインとリザにはジュースを頼んだ。
「くぁぁぁ~っ。仕事終わりの一杯は格別だねぇ。ま、今回は二人のおかげで楽に報酬が手に入ったんだけどな。二人とも遠慮せずに食っていきなよ。二人が稼いだ金のようなもんだからな」
ロキが適当に頼んだ肉料理やサラダ、スープなどが運ばれてくる。それをつつきながらレインは自分たちがデルヴォ迷宮を目指しているという話をした。自分が勇者ハイトの弟子であり、師匠ハイトを殺した兄弟子を追っているということも。
「そうか……あの伝説的な金級冒険者がねぇ。いくら勇者様が老齢だったとはいえ、殺した奴もただもんじゃないな」
「師匠のこと、ご存知なんですか?」
「まあちょっとだけはね。会ったことはさすがにないけどさ。しかしデルヴォ迷宮か……二人で挑むつもりなのか?」
「今のところはそのつもりですが……」
ぐいっと麦酒を飲み干すと、店員に新しい麦酒を注文してロキはこう言った。
「そいつは、ちょいと難しいかもしれないな。未踏破迷宮はたとえ金級冒険者でも万全の準備を整えて挑むもんだ」
「……それは分かってます。でも最初はいけるところまで二人で挑もうかと……」
「縛りプレイが好きなのか? どんな理由でも仲間は必要だよ。別に兄さんの腕を疑ってるわけじゃなくて、ほら……足手纏いがいるだろ」
「あの……師匠、それっておいらの話っすか?」
「当たり前だろ。他に誰がいるっていうんだ?」
リザが何かを言いたそうに口をもごもごとさせた。おそらく反論しようとしたのだろう。しかし諦めたのか、黙ってジュースを飲んだ。
「兄さん、質問だけど仲間を集めたくない理由があるのかい?」
「いや……その。俺が迷宮に潜るのは、なんというか仇討ちのためみたいなもので。あんまり無関係の人を巻き込みたくないなって……信頼できる人なら話は別ですが」
「ううん。そういうことか。なるべく自分だけで決着をつけたいってことか」
「……そうですね。そういうことだと思います」
ロキは麦酒をぐいっと一気飲みすると「美味いねぇ! もう一杯くれ!」とまた注文した。
「ならしょうがないな。俺が行けるところまでは協力しようか? これも何かの縁だ。俺はその話、知っちまったしな」
「え……いいんですか?」
「行けるところまでだよ。最後まで付き合えるか確約はできない。状況次第だ。それとも俺は信頼できないかい?」
その申し出はレインにとってありがたかった。金級冒険者が一緒に迷宮を探索してくれるなら、安心感が違う。リザの師匠なら信用もできる。ただロキも無報酬で協力してくれるというわけではあるまい。都合の良いことに今は資金に困ってないので、雇うだけの余裕はある。
「そんな、ぜひお願いします。報酬はいくら支払えばいいんですか? 少しくらい高くても何とかなりますが……」
「ん? そうだな。今回は出世払いにしといてやるよ。その金は他の奴を仲間に誘う時までとっときな」
「ですが……それだとロキさんが損をしてしまいますよ」
「それじゃあ納得しないのか? なら迷宮で手に入れた財宝やアイテム、あるいは素材。俺が『欲しい』って言ったら無条件で譲渡してくれ。迷宮探索の醍醐味を奪うようで悪いけどな」
「分かりました。それでお願いします」
ロキの条件は法外なようにも聞こえるが、迷宮探索において財宝が見つかるかどうかは賭けのようなものだ。必ず見つかるわけではない。それにレインの目的は迷宮に眠る財宝などではなく、アシェルの痕跡を探すことにあるのだから、財宝には興味がない。
「師匠が一緒に来るのはまぁいいとして……ギルドの審査はどうするんすか? せっかく未踏破迷宮に挑むのに踏破の認定を受けないのはもったいないっすよ」
冒険者ギルドに未踏破迷宮を踏破したという公的な認定を受けるのには条件がひとつある。ギルドの審査官を一名同行させ、その上で一層から最下層まで攻略しなければならない。
踏破済み迷宮の場合は、魔石入りのボスの死体を持って帰るだけでいいのだが、未踏破迷宮はそもそもボス魔物の情報が無いので、ボス魔物の死体を見ただけでは踏破したかどうか判断できないためである。
ギルドの審査官はある程度自衛の手段を持っているが、しょせん非戦闘員なので冒険者が守ってやらなくてはならない。はっきり言ってしまえば足手纏いを増やすことになるので、探索の難易度は上がる。そこまでしてギルドからもらえるのは迷宮を踏破したという実績だけである。なにか報酬があるわけではない。
「俺はどっちでもいいけどな。冒険者の中には、そういうのを面倒くさがってやらない奴も多い。レインの兄さんの判断に任せるよ」
「そうですね……今回は止めておきます。難易度をあまり上げたくありませんから」
「ま、その方が無難だ。踏破認定が欲しくなったらまた挑めばいいさ」
翌朝、レインたちはマルゴットの街を出発してデルヴォ迷宮を目指した。転移石がまだ残っていたので、マルゴットの街に座標をセットしておいた。これでいつでも迷宮内から街に戻ることができる。デルヴォ迷宮は街から北西へ進んだところにある古城の地下にあるという。
とてつもなく古い時代、古城には高名な賢者が住んでいたそうだが、今は蜘蛛の巣が張り巡らされた城だけが残されている。老朽化が進んでおり、いつ倒壊してもおかしくないため住もうとする者は誰もいない。
デルヴォ迷宮の情報は少ないが、それでも挑んだ冒険者が皆無というわけではない。数少ない情報によれば、少なくとも低階層のうちは広い迷路型の構造となっており、様々な形状をした鉱物系の魔物が出現すると言われている。
「暗いですね。松明を持ってくれば良かったな……」
迷宮へと繋がる階段を降りていると、レインが誰に話すでもなく呟いた。真っ暗というわけではないが、少し薄暗い。
「こんなこともあろうかと……灯火石の首飾りだ。半径3メートルくらいは明るくなるぞ」
ロキはポーチから石に紐を通しただけの粗末な首飾りを取り出すと、レインとリザに渡した。灯火石。魔力を通すと発光する石のことである。魔力を通せばずっと光っているので、ランタンや松明の代わりとしてよく使われるほか、迷宮の一部として見かけることもある。
「情報通り、ザ・迷路って感じっすねぇ。罠なんかが仕掛けられてないといいんすけど……」
「分かってると思うが罠の解除や発見はお前の仕事だぞ、リザ」
「まあ、その辺の腕前はもう師匠を追い越しちゃってるっすからね……ふふん」
「それとだな。首輪は外すなよ。何かあれば転移石で逃げる。いいな」
「……それも分かってるっすよ」
その会話の真の意味をレインが理解するのはずっと後のことだった。デルヴォ迷宮の1階層はところどころに明かりがあるものの、薄暗く見通しの悪い石造りの迷路となっている。この構造がずっと続くか、それとも途中から別の姿を見せるかはまだ分からない。低い階層と深い階層で迷宮の構造がまったく違う、というのも珍しい話ではない。
未踏破迷宮のため地図は無く、リザが作成しながら手探りで探索することとなった。攻略済み迷宮との大きな違いだ。未踏破迷宮では細やかな慎重さが求められる。そのうえ時間も非常にかかる。
「ここも行き止まりか……さっきから行き止まりばかりだな。リザ、地図はどうなってんだ?」
「師匠、これ全部の道が行き止まりになってるっすよ。たぶんなにかしらの仕掛けがあるっすね」
1階層目から厄介なことになった。リザがしきりに壁を叩いたり、耳を当てたりしている。全部の道が行き止まりなど考えられない。どこかが正解のはずなのだ。リザはそれを探しているのである。
「今何か……気配がしました。魔物が近くにいるみたいです」
「奇遇だね、兄さん。俺も今そう思ったところだ」
レインとロキはリザを守るように並び、曲がり角を凝視する。迷宮の石畳を滑るように現れたのは、レインも今まで見たことがない魔物だった。いや、それを魔物と呼んで良かったのか、レインは少し悩んでしまった。その魔物は金属でできており、チェスの駒のポーンを人間大のサイズにして両腕を生やしたような外観だった。右手にはサーベルを持っている。
「ゴーレム……が一番近い表現になるのか? 俺も見たことがないな、こんな魔物は」
ロキはどこか面白がるような調子で言い放ったが、顔は一切笑っておらず、戦いを前にした冒険者そのものだった。




