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35話 デルヴォ迷宮(4)

 これまでの探索では、魔物と遭遇しては倒すという、正面突破に近い方法を用いてきた。だが魔物が強さを増してきたことで、そのやり方を見直す必要に迫られている。一度や二度くらいなら全力を出せば倒すことは難しくない。


 ただ迷宮探索というものは、短距離走よりも長距離走に近い。どれだけ力を温存できるかが攻略の鍵を握っているのだ。短距離走的に力技で突破して、疲れたら移動アイテムで街に戻る。そういうやり方は費用がかかるし効率も悪い。移動アイテムは基本的に高価であり、可能な限り使うべきではないからだ。


 そこでロキが考えたのは、レインに気配を消す方法を学んでもらうことだった。ロキと弟子のリザはそれが大得意であり、魔物相手なら完璧に誤魔化せるらしい。拙くもそれらしいことはできるが、ロキに言わせれば未熟であり、魔物に気づかれる恐れが残っているという。


 三人で気配を消して移動できるようになれば、魔物と無駄に遭遇することなく行動できる。ロキは「俺なら3日で仕込める」と豪語し、レインは半信半疑だったが、ロキの教え方は実践的かつ論理的で分かりやすく、本当に気配の消し方をすぐにマスターできてしまった。


 迷宮探索から13日目、レインたちは21階層から探索を再開し、チェス魔物と戦う回数を極力減らしながら深い階層へと進んだ。ようやく25階層へ到達した段階で、階層は今まで見たこともない形へと変化した。マス目のようなパネル状の床が広がる空間となっている。他には障害物もないし、当然のように下に続く階段も見当たらなかった。


「……今までのような迷路じゃありませんね。まるで戦いのステージのようです」

「ああ。そうだな……もしかしたら『中ボス』が現れる階層なのかもしれん」


 中ボスは大迷宮などに時折現れる。最下層のボスより弱いが、徘徊している通常の魔物よりも強い。小さな迷宮には滅多に現れないため、未踏破迷宮に中ボスがいたら高い確率で大迷宮ということだ。


「……兄貴、師匠、なんか来るっす……あそこ!」


 リザの優れた察知能力が何かを感じたらしい。リザが指を差した方向に、突如として何かが浮かび上がるように現れた。光沢のある金属の身体。王冠の乗った頭。立派な髭。豪奢な衣服のようなデザイン。間違いない。あれはチェスの駒でいう『キング』だ。


 次いで続々と床のマス目にチェス魔物たちが現れる。ナイト二体。ビショップ二体。ルーク二体。ポーン八体。キングの隣にも見慣れないチェス魔物が一体いる。おそらくクイーンであろう。これでチェスの駒が全種類揃ったというわけだ。


「なるほどなぁ。今までチェスの魔物ばかり出てきたことを思えば、納得がいく中ボスだな」

「いやいやいや……仲間を引き連れてるのはズルくないっすか?」

「そう思ってるのが俺だけじゃなくて良かったよ……安心した」

「なんだなんだリザもレインも。俺に愚痴ってもしょうがないって。どんな相手でもやるしかないだろ」


 ロキの言う通りではある。アシェルがこの迷宮を攻略したと言うのなら、この中ボスも倒したということだ。ならば自分だってこの程度の魔物、倒せなくては話にならない。レインは気を引き締めながら召喚変身を発動し、〈紅炎の剣士〉へと姿を変える。ロキも変身魔法で人狼の王リュカオンになり、戦闘準備は整った。


 チェス魔物たちはそれを待っていたかのようにそれぞれ武器を構え、まずポーン四体がその場から姿を消した。まるで手品か何かのように。レインは面食らったが、リザの「兄貴、後ろっす!」という叫びのおかげでかろうじて反応することができた。


 振り返ると二体のポーンが後ろからサーベルで斬りかかってくる瞬間が見えた。レインはなんとか大剣スヴァローグでそれを受け止める。ロキの方も、左右から突然の挟撃を受けたようだが、こちらは両腕で防御できたようだ。


「ろ、ロキさんこれは……! 瞬間移動したってことですか……!?」

「そうみたいだな……中ボス戦だけあって一筋縄では行きそうにないぞ、こりゃあ……」


 レインもロキも、即座に反撃を繰り出したが、ポーンたちは一瞬で姿を消し、反撃は空振りに終わってしまう。瞬間移動で回避したことは言うまでもないだろう。ポーン四体はレインたちから見て前方やや離れた位置に移動していた。


 転移魔法に代表されるような、いわゆる瞬間移動の魔法は非常に高度な魔法だと言われている。だから移動アイテムは高価だし、瞬間移動を実戦レベルで使いこなせる魔法使いがいたとすれば、その者は世界でも指折りの天才になるだろう。


 このチェス魔物たちはそれほど高度なことをしているのだ。おそらく、何かの仕組みがあるはず。無条件で瞬間移動できるとは考えにくい。なんらかの仕組みと条件さえ分かれば対策を立てることができる。


 次のチェス魔物たちの一手はレインへの集中攻撃だった。先ほどと同じくポーン二体が背後から。ルークの影に隠れてビショップが横から、レインから見て左の側面から冷気を放ってくる。氷魔法だ。冷気に触れれば凍結する類のものだろう。そして正面からナイトの突撃槍による突き。


 ロキの方はポーン四体が瞬間移動しながら、サーベルを使って連続で攻めてくる。瞬間移動を織り交ぜた巧みな連携であり、反撃しても瞬間移動ですぐに逃げられる。さしもの金級冒険者のロキでも、上手くポーンを倒すことができない。


 レインの方はと言えば、ポーン二体による背後の攻撃を大剣スヴァローグで受け止め、ナイトの突きをギリギリで躱し、ビショップの魔法はもう避けられないと思ってそのまま食らった。身体の左半分が凍りつき、思うように動かせない。でも今度はしっかり反撃を食らわせることができた。


 ナイトの突きに合わせてカウンターで放った左拳がナイトの顔面を吹き飛ばしている。瞬間移動による回避を攻略する方法がこれしか思いつかなかった。相手が攻撃する瞬間に攻撃すれば、つまりカウンターであれば、もしかしたら攻撃を当てられるかもしれないと。


 〈紅炎の剣士〉となったレインは筋力が著しく向上する。大剣を振り回す都合もあるのだが、格闘戦においてもその効果は発揮される。たとえ金属の身体だとしても〈紅炎の剣士〉の状態で思い切り殴りつければ余裕で砕けるのだ。


「若い奴は無茶するなぁ! レイン、一度態勢を立て直すぞ! こいつらの攻略法が分かったかもしれん!」


 攻撃してくるポーン四体を追い払うように口から光線を吐く。ポーン四体は瞬間移動でそれを避ける。ロキの言葉を理解してなのか、あるいはより攻めを激しくしたのか。チェス魔物たちが新たな一手を打つ。レインとロキの後ろにいたリザに対して、新たなチェス魔物を放ったのだ。クイーンである。


 クイーンの能力は未知数だ。この階層に来るまで現れなかったし、今までも戦いには参加せずキングを守るかのようにずっと隣にいた。リザとて馬鹿ではない。クイーンから逃げるため、即座に距離を置いたが、瞬間移動で追いかけてくる。速い。逃げきれない。クイーンの手が鋭利な刀剣へと形を変える。それを振り下ろした瞬間。


「危ねぇっ!!」


 リュカオンに変身しているロキが割って入り、その背中でリザを庇った。深く切り裂かれた人狼の肉体から鮮血が迸る。クイーンは追撃の手を緩めない。手を刀剣から突撃槍に変えると、その心臓を貫いてとどめを刺そうとしている。


「そうは……させるかっ!!」


 他のチェス魔物の足止めを食らっていたレインが強引に突破してクイーンに肉薄し、大剣スヴァローグで斬りかかる。高熱を帯びたスヴァローグの刃の切れ味は言うまでもない。いかにクイーンでもまともに食らえば真っ二つだ。レインの想像通り、クイーンは瞬間移動でキングの隣まで退避する。これでどうにか合流することに成功した。


「兄貴、ありがとうっす……はぁ、死ぬかと思ったっすよ」

「助けられて良かったよ。それにしてもロキさん、クイーンの能力がよく分かりませんね」

「……俺の勘だが、ありゃ他の駒の上位互換ってところだな。剣はポーンで槍はナイトだ。たぶんビショップの魔法やルークの防御能力も使えるんだろ」


 ロキが姿を元に戻しながらそう言った。ポーチからポーションを取り出し、一気に飲み干して背中の傷を癒やす。レインもスヴァローグの炎を生み出す能力を応用して、凍った左半身を解凍する。応急処置が完了したところでレインはロキに尋ねた。今はチェス魔物も積極的に動いてこない。魔物側も作戦を練っているのだろうか。


「ロキさん。それで攻略法というのは何ですか? チェスの魔物は強敵です。このままだと押し切られるかも……」

「ああ。瞬間移動の条件が分かった。ようするに、この床はチェスの盤上さ。奴らはマス目からマス目へ自由に移動できるんだ」

「なるほど……すごくズルい能力ですね」

「問題はどの駒の能力かってことだ。キングとクイーン、どっちかだと踏んでたが……消去法でキングだな」


 ロキの先ほどの推測が正しいとすれば、クイーンの能力はポーン、ルーク、ビショップ、ナイトの上位互換。であるならば盤上の瞬間移動能力はキングと考えるのが妥当になる。もちろん確証はない。もしかしたら瞬間移動の能力はチェス魔物がそれぞれ有している可能性だってある。


「だから俺の考えた攻略法はこうだ。ひとつは空中からの攻撃。奴らは空にまで瞬間移動は出来ないからな。もうひとつはキング狙いだ。俺の推測が正しければ、キングさえ倒せば瞬間移動を封じることができる」

「……それしかなさそうですね。やってみましょう!」

「ありがとうなレイン。推測だらけで何の確証もないんだけどな」

「いえ。確証を得るまで試す余裕は無いですよ。状況を好転させられるなら、やって損はないと思います」

「……それもそうだな。よし、やるか!」


 ロキが不敵に笑うとポーチから大きな羽根を取り出す。グリフォンの羽根だ。変身魔法によって姿が変わる。有翼の幻獣グリフォンへと変身したロキは翼を羽ばたかせて25階層の天井スレスレを飛行した。

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