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31話 ユースティム砦へ(6)

 暗殺騒ぎの黒幕がアベル副団長だと判明すると、ルブルグ兵団長は砦の牢屋にアベルを閉じ込めた。真面目で実直だった副団長が一連の事件の犯人であり、魔族とも内通していた事実は、少なからず部下の騎士たちを驚かせた。


 数日後、数名の騎士が馬車で砦までやって来た。アベルを王都で裁くためだ。その件について国王や騎士団に報告するため、今まさに文書をしたためていたルブルグ兵団長は神通力でも働いたのかと思った。


 フランたちが砦にいる間、騎士団は騎士団で暗殺騒ぎのことを調べていたのだ。暗殺者たちは一様に仲介者から回ってきた仕事なので、依頼主のことについては何も知らないと言う。そこで騎士団は徹底的に仲介者のことについて調べることにした。


 王女を殺そうとした暗殺者は全員、極刑が決まっていたのでそもそも非協力的だった。そこで騎士団は取り引きを持ちかける。刑を軽くしてやるから、仲介者のことについて何でもいいから話してくれないかと。


 最初は「仲介者の報復が怖い」などと言って話さない暗殺者が大半だったが、一人の暗殺者がペラペラと答えてくれた。その男はグレコと言う。最初にフランを暗殺しようとして二度も失敗し、レインとも遭遇した背の低い暗殺者のことである。


 グレコが仲介者と金銭のやり取りをした場所や、人相書きなどを騎士に漏らしたことが知れると、他の暗殺者たちの中からも情報提供する者が現れ始めた。おかげで仲介者を容易く捕えることができ、そこから芋づる式に依頼主であるアベルのことも判明した。


 その話をレインは砦に来た騎士から聞かされた。犯人が分かったのは、レインがフランを守り続け、暗殺者を可能な限り殺さず捕まえ続けたからである。


「別に全員生かしたわけではないですけどね……強い暗殺者は手加減できませんでした」

「それは当然です。でもレイン殿のおかげには違いありませんよ」

「いや……俺が甘いだけです。人間同士の殺し合いはあまり気が進まなくて」

「グレコはある意味、感謝していましたよ。おかげで命を拾えたとね。シュトーレが死んだのは残念だったとも言っていましたけどね」


 騎士がシュトーレ、というのはグレコと一緒にいた背の高い暗殺者のことであると教えてくれた。あの人は強かったな、とレインは即座に思い出せた。まさしく手加減していたらこっちがやられると思わされた暗殺者の一人だ。


 レインも冒険者だ。自衛のため魔物ではない人間の命を奪った経験くらいある。いつか割り切れるようになる、と昔アシェルに言われた。実際そうだとも思う。だが、そうなった時はいつも己に問いかける。これで本当に正しかったのかと。殺さなくてすむ方法があったのではないのかと。


「あまり気にしないことです。相手は暗殺者ですからね。冷たいようですが殺されても文句は言えませんよ」

「……顔に出てましたか? 隠してたつもりなんですが」

「いえ。そんな気がしただけですけれどね。我々は先に王都に戻ります。アベル……元副団長を連行しなければならないので」


 アベルが王都に連行された後しばらくして、レインとリザはフランや騎士たちと一緒に王都に帰還した。砦を去る前にルブルグ兵団長からは「勇者様の生き写しのようでした」と言われ、とても称賛された。照れくさかったが不思議と悪い気はしなかった。



 ◆



 イーリス騎士団副団長、アベル・メナスレクターが一番嫌いなのはフランだった。まさしく自分とは対極にいる人物だからだ。この国で最も優れた血筋である王族であり、恵まれた環境で育ち、苦労など何も知らないといった顔つきをしている。一目見たときから、ずっと気に食わないと思っていた。もっともそれを口にすることは決して無かった。 


 アベルは平民生まれであり、貧しい家庭で育った。父は早くに亡くなり、母は仕方なく娼婦となって稼いだ。アベルは母にそんな仕事をさせたくなかったし、そのことが理由で嫌な目にもあった。もう惨めな思いをしたくない。母に楽をさせてやりたい。そう思って平民でも稼ぎの良い兵士に志願した。


 兵士になったアベルは自身でも妙だと思うくらいに頭角を現す。アベルには戦いの才能があったのだ。独学で魔法も習得し、若くして兵団長の補佐を任せられるまで出世した。これなら母も喜んでくれる。その矢先に母は病で死んだ。


 母の死はアベルに少なくない衝撃を与えた。母に良い暮らしをして欲しいと思って頑張ってきたのに、そのすべてが無駄になってしまった気分だった。しばらくしてその能力を見込んだ領主から声をかけられた。自分の婿養子にならないかと言うのだ。


 それは貴族に成り上がることを意味していた。願ってもいない誘いだ。もう母もいない。こうなれば貧しい思いをして苦しんだ分、甘い汁を啜ってもいいだろう。どうせならもっと、もっと出世して、今まで自分を貧民と見下してきた連中を見返してやる。そんな野望をいつしか抱くようになった。


 アベルの妻は人を疑うことを知らない女性で、誰にでも優しい人だった。平民上がりのアベルにも分け隔てなく愛を注いでくれた。息子も二人産まれた。貴族になったことで兵団を退職し、イーリス騎士団に改めて入団した。最初は貴族生まれの高慢な連中に冷たい目で見られたが、実力で黙らせた。


 騎士団長のビスマルクにもすぐ気に入られた。しだいにアベルの中で、騎士団長になることが目標となった。歴代の騎士団長は姫騎士か、そうでなければ侯爵家などの有力貴族が名を連ねており、あらゆる貴族からも一目置かれる存在なのだ。騎士団長になるためなら手段は選ばない。それは執着としか言いようのないおどろおどろしい感情に変わっていく。


 副団長まで出世し、ビスマルクが病に臥せった時はチャンスだと思った。次の騎士団長は自分しかいない。なのにビスマルクから打ち明けられたのは、フランに騎士団長を任せたいから、その補佐を頼みたいという命令だった。なぜだ。なぜあの何もできない小娘なんかに。憎悪で心が掻きむしられる気分だった。そんなこと、許されるはずがない。


 その後にユースティム砦から救援依頼が届き、アベルは急いで砦へ向かった。魔物はすぐに掃討できたが、ある夜に魔族グリマルディから念話の魔法で囁かれた。自分に協力してほしいと。協力してくれれば、相応の礼をすると。馬鹿馬鹿しい、と最初は思った。そんな誘い文句に引っかかる馬鹿はいないだろう。アベルは無視してさっさと王都に戻ってしまった。


 王都に戻ってしばらくすると出奔したフランが帰還した。そのまま野垂れ死ねば良かったのにと思ったが、不味い状況だとも思った。ビスマルクの命は長くない。今死ねば、次の騎士団長はフランだ。それだけは避けねばならない。藁にも縋る思いでツテを総動員させ、暗殺者を雇った。ただ腕の良い暗殺者を中々雇うことができず、失敗が続く。


 冒険者の護衛を雇ったと聞いたときは、実力者という話だったので、兜を被って一芝居うち、武器を取り上げるよう仕向けたのに、結局また失敗してしまった。その冒険者の護衛がレインとリザであったのは言うまでもない。かといって直接殺せばさすがに足がつく。


 そこで第二の計画に切り替えた。あの魔族に取り引きを持ちかけ、上手く殺してもらうのだ。まずビスマルクに暗殺騒ぎでフランが危険なので、辺境のユースティム砦に避難させてはどうでしょう、と提案した。後はグリマルディが再び現れてくれるかどうかが賭けだった。祈りが通じたのか砦がまた救援依頼を送って来たので、アベルは再び部下を連れて砦へ向かった。


 二度目の救援では魔物を掃討しながら、裏でグリマルディと取り引きをした。砦を陥落させる手引きをする代わりに、この砦にやって来る王女フランを殺してほしいと。自分が理由をつけて主戦力を砦の外に連れ出すので、その隙に坑道を作って奇襲を仕掛け、砦を落とせばいいと提案した。


 もっともその計画には続きがあり、アベルは部隊を連れて砦に戻り、グリマルディを倒し口封じしようと考えていた。おそらくグリマルディの方もアベルを生かそうとは考えていなかったはずだ。お互いに腹の中で出し抜くことを考えていたのは間違いない。


 計画が実行に移されたのはフランの謹慎が解けた三度目の救援依頼の時だが、結局失敗に終わった。護衛のレインの活躍によりグリマルディは倒され、最小限の被害で食い止めてしまったのである。もちろんフランも生きている。


 騎士団に所属するクルツと違い、レインはフランの私兵だ。彼はアベルの権限で動かせる存在ではない。迂闊に彼の行動に口出しすれば怪しまれると思い、余計なことをできなかったのが仇となった。


 どうにもならなくなったアベルは最終的に自分で殺すしかないと考え、フランを襲撃したが返り討ちにされてしまった。アベルは魔族を手引きした裏切り者として捕まり、今や王都で死刑を待つ立場となっている。


 立身出世を望んだアベルの野望は完全に潰えた。ただ、調書を作成した騎士によればアベルはなぜか憑き物が落ちたようだったという。野心に歯止めが利かなくなった彼は、本当はどこかで終わりを望んでいたのかもしれない。



 ◆



 王都に戻るとようやくレインの護衛依頼が終わった。フランからはしつこいくらいに感謝され、大金としか言いようがない報酬を受け取った。その額なんと3000万リリン。持ち運ぶのが面倒なくらいの額だ。


 それにしても執事のヘイデンの推測は正しかったな、とレインは思う。一連の騒動の首謀者は騎士団の副団長であり、まさしく王城にも出入りする人物だったのだ。あまり話はしなかったけれども、とてもそういう人物には見えなかった。人とは分からないものである。


 レインとリザは数日だけ王都に滞在して疲れを癒すと、王国の北部を目指して出発した。目的地は未踏破の迷宮であるデルヴォ迷宮だ。一筋縄ではいかない迷宮探索になるだろう。もしかしたら新しい仲間を雇う必要があるかもしれない、とレインは思うのだった。

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