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30話 ユースティム砦へ(5)

 戦える兵士は数十名程度、その他は非戦闘員と傷病兵ばかり。そんな状態で魔族の奇襲を受けたにも関わらず、少ない犠牲で砦を守り切ることができた。これは快挙である。これも姫騎士フランの護衛として同行していた冒険者、レインのおかげであろう。


 砦に侵入した魔物をいち早く食い止め、姫騎士と協力して魔族を倒したその武功は騎士や兵士ならば勲章ものだ。また、砦の地下にできてしまった坑道もレインの水の魔法武器で素早く塞げたのも良かった。応急処置ではあるが、これで魔物が襲ってくる心配はない。


 アベル副団長率いる砦の主戦力はと言うと、作戦通りに集まった魔物の大群を全滅させた後、すぐに戻ってきた。帰還後に話を聞いて騎士たちは大いに驚いたという。特に姫騎士フランが魔族と戦い、勝利に貢献したという話には驚きながらも喜んだ。


 ともあれこれで砦を襲う魔物はすべて倒したということだ。魔物を率いていた魔族、グリマルディも死んだ。しばらくは魔物も大人しくなるだろう。今夜はその祝杯を挙げ、ちょっとしたお祭り騒ぎになっている。


 ただフランは、過労なのか負傷なのか、戦いの後に倒れてしまい、個室で寝かされている。医者によれば命に別状は無いのでしばらくすれば目を覚ますということだった。


 部屋に護衛はいない。護衛のレインはその活躍から引っ張りだこになり、フランを護衛する仕事があるからなどと言っても断り切れず、少しの間席を外さざるを得なくなった。もう一人の護衛のリザも今はいないが、こちらは弱いのでどうでもいい。


 全員の気が緩んでいる今が絶好のタイミングなのだ。10分か、20分か。その程度の時間だろうが問題ない。静かに扉を開けると、フランの寝顔が目に入った。美しい。さすがは王国の第四王女というだけのことはある。きめの細かな柔らかく白い肌。桃色の唇に、整った品のある顔立ち。さぞ恵まれた人生を歩んできたのだろう。


 フランの寝るベッドに近づくと、馬乗りになってその首を締めた。迷いはない。渾身の力を今まさに込めようとした瞬間、フランの目が見開かれ、その宝石のように綺麗な青い瞳が犯人の姿をはっきりと捉えた。



 ◆



 馬乗りになっていた犯人は危険を察知したのかベッドから転がり落ちて距離を取る。その判断は正解だ。フランは背中に短剣を隠し持っている。いざという時、自分を狙う裏切り者を返り討ちにするために。


「思った通りでしたわね。隙を見せれば必ず襲ってくると思いました。魔族の話を総合すると、裏切り者は私を狙っていたようですから」

「……護衛のいない時間を作ったのはわざとだったのか。してやられたよ。君なんかの作戦に引っかかるとはね……」

「まさか貴方が裏切り者だったなんて……どういうつもりなのか、釈明してみなさい。アベル副団長!!」


 軽く眼鏡を指で押し上げると、男は溜息をついた。腰のベルトに提げた二本の剣を鞘から引き抜き、薄ら笑いを浮かべる。


「その必要があるかな。見ての通りだよ。僕にとって君はとても邪魔なんだ……だから死んでほしいんだけどね」

「私が邪魔、ですか。おかしなことを言いますわね。騎士団では邪魔だと思われるほど重要な立ち位置ではありませんけれど」

「今はそうでも、いずれそうなる。ビスマルク団長にね、言われたんだよ……君が出奔している間にね」


 何を、と言う前にフランはアベルが震えていることに気づいた。怖気づいたか。そんなわけはない。あれは怒りだ。怒りのあまりに身体が震えている。


「……次の騎士団長は君だ。姫騎士様。僕には副団長として君を支えてくれってさ。ふざけるな……ふざけるな!!」

「私が騎士団長……? まさか。そんなことあり得ません」

「僕もそうであって欲しかったね。でも団長の考えは違う! いずれは君に後を託したいと思ってる! 本気でね……!」

「……だから私を殺すんですか」

「そうだよ。騎士団長の座は僕のものだ。そのために今まで努力して成り上がって来たんだ。君みたいな能無しを補佐する仕事で生涯を終えるなんてまっぴらごめんだね」


 アベルに視線を向けたまま、フランはベッドから降りると、ベッドの下に隠していた剣を取り出した。キルシュブリューテだ。すぐ使えるように鞘からは抜いてある。短剣では一戦交える時に心許なさすぎると思ったのだ。


「準備がいいらしい……! でもこうなったからには死ね!!」


 双剣を構えたアベルが突っ込んでくる。フランはそれを冷静に待ち受けた。アベルが得意とするのは、二本の剣による圧倒的な手数で追い込む攻めの剣技。一度始まれば疲れを知らずにひたすら斬りかかってくる。


 その猛攻を防ぎ切るのは至難だ。ならばどうすればいいか。フランの答えは決まっている。それより前にカウンターを決めるしかない。


 アベルが剣を振るったその瞬間。それよりも素早く、フランは袈裟斬りを放った。アベルの剣の軌道は頭を狙った唐竹割りだが、フランはもう半身になって回避を完了させている。


 しかし、アベルの強味は剣技だけではない。フランはそれを知っている。彼は魔法も使うことができ、事前に防御魔法を発動していた。プロテクトオーラ。光の膜を身体に纏わせ、あらゆる攻撃を防ぐ防御魔法だ。


 近接戦闘と組み合わせる前提で開発されており、周囲に展開する障壁型の防御魔法と違って邪魔にならない。フランの袈裟斬りをこの魔法で防ぎ、次に放つもう片方の剣の斬撃でフランの命を確実に絶つ。と、アベルは考えていることだろう。


「な……!?」


 アベルの顔に驚愕の色が浮かぶ。キルシュブリューテが光を放ったかと思うと、その刀身がプロテクトオーラによる光の膜をすり抜ける。剣はそのままアベルの肩口に達して食い込んだ。肩から血が溢れ出る。急所に達したわけではないがそれでもフランの勝ちだった。


 剣を素早く引き抜いて喉元に切っ先を突きつける。アベルは両手の剣を手放すしかなかった。結果だけならフランの勝利であるものの、キルシュブリューテが魔法を打ち消す力に目覚めていなければ負けていた。いや、もしアベルがその力について知っていただけでも負けていたかもしれない。


「……ちょっ。ちょっとフランの姉さん、何普通に戦ってるんすか~。おいらが加勢して二人で戦う作戦だったっすよね!?」

「リザ。ごめんなさい、でもなんとかなりましたわ。これで魔族と通じていた裏切り者は捕らえました」


 隣の部屋から姿を現わしたのはリザだった。裏切り者を捕まえるため、あえて気配を殺して別室で待機していたのだ。いつでも助けられるように。アベルでさえその存在には気づかなかっただろう。最悪、失敗してフランが死んでも裏切り者だけは逃がさないように聞き耳もきっちり立てていた。


 裏切り者を炙り出すために危険を冒すのはレインもリザも望むところではなかったが、フランがこれしかないと言って強行した。命を狙われているのは自分なのだから、やっぱり決着は自分でつけたい。そう無理に説得したのである。


「しばらくしたらレインが戻ってきます。その間にすべて話しなさい。貴方が何をしたのかを」


 剣で斬られた痛みからなのか、アベルは呆然としていたが、やがて穏やかに話し始めた。


「レイン、か……思えば彼のせいで僕の計画が狂ってしまった。先に彼を殺せばよかった……のかな?」

「そうですわね。暗殺騒ぎも、魔族との戦いもレインのおかげで事無きを得ましたから」

「……最初は金を払って君を暗殺すれば済むと思った。でも駄目だったね。本当に彼のせいで……失敗続きだよ」


 暗殺騒ぎもアベルの仕業だったことをフランとリザは知ることになったが、不思議とそこまで驚きはしなかった。グリマルディが言うところの裏切り者が、王城での暗殺騒ぎの首謀者、あるいは関わりのある人物ではないか、というのは想像できた。暗殺騒ぎも、裏切り者も、フランの命を狙っている点で共通していたからだ。


「だから次の手を考えたんだ。中々良い案だと思ったんだけどね……魔族と取り引きをして、君を殺してもらおうと思った。僕が首謀者だとバレる心配もないからね。わざと戦力を集めて、砦を手薄にしたんだ。砦へ侵入するのに坑道を作れというのも僕の案だよ」

「……そうですか。魔族ではなく貴方の考えた作戦だったんですのね。攻城戦を知っているような手口だったのでずっと違和感がありました」

「その代わりに姫騎士フランだけは必ず殺せと約束したんだ。まぁ、その後に僕が魔族を殺して、口封じを兼ねた手柄にしようと思ってたんだけど」


 悪びれた様子もなかった。アベルの計画のせいで魔族グリマルディに殺された兵士もいるというのに。いや、それどころかアベルの計画通りなら傷病兵や非戦闘員も皆殺しになっていたはずだ。騎士団長になりたいだけにしては、手を汚しすぎている。


「上手くいかないもんだな……殺すなら殺していいよ。もう疲れた。やっぱり僕のような平民上がりは、分相応な椅子に座っておくべきだったのかもしれない」

「……アベル副団長。貴方のやったことは絶対に許されません。王都に連れ帰り、然るべき裁きを受けてもらいますわ」

「それが君の決断か。今すぐに首を刎ねても文句は言われないと思うけど……まぁ好きにしなよ」


 数分後、部屋にレインが戻ってきた。

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