29話 ユースティム砦へ(4)
レインの怒涛の接近戦は魔族グリマルディを驚かせるほどのものだった。剣はグリマルディの肩から深くへと侵入し、心臓に達するはずだった。だが刀身はグリマルディを浅く斬りつけただけで、鎖骨の辺りから先に進まない。弾力に富んだ異質な手応えを感じる。
「吾輩の服を破きおって……お気に入りだったんだぞ……」
斬るのが駄目なら突きはどうだ。レインは剣から手を離してすかさずレイピアを召喚して刺突を放つ。グリマルディは一瞬の反応を見せたが、遅い。レイピアが心臓の位置に深々と突き刺さる方が断然速かった。
「……やはり強いな、人間。名を名乗るがよい。記憶しておいてやる」
効いてない。そこまでしてレインの脳裏に直感めいた理解が働く。こいつ、急所の位置をズラすことが出来るのか。そう思った。魔物のスライムの中にはそうやって自身の重要器官が収まった『核』を守れる種類が存在する。グリマルディもそうだとしたら。
深追いするのは危険と判断したレインはバックステップで距離を置き、仕切り直しを図る。グリマルディは身体に刺さる剣とレイピアを片手で引き抜いて放り捨てると、両腕を前方に突き出した。腕がぐねぐねと六本の触手に変形する。
「聞こえなかったのであるか? 名を名乗るがよい。魔族の吾輩が記憶してやるのだ。光栄に思え」
二度目の要求にレインは渋々と答えた。
「……レイン。銀級冒険者。師匠は……『召喚の勇者』のハイト」
「ほう。あの魔王様を討ったという勇者の末裔の。それは面白い。通りでなぁ……」
別に知りたくない事実だが、師匠の名は魔族にも有名であるらしい。どうやって知ったかまでは分からないが。
「それより聞きたいことがある。強い人間は砦にいない、っていうのはどういうことなのか」
「ん? ん~ふふふ。そう言えばそんなことを言っていたな。知りたいであるか?」
「教えてくれるなら教えてほしい」
「ふぅん。残念だが教える義理はないな。自分で考えるといい。それより戦いを続けようか」
やはり答えてはくれなかった。もっと言えばフランを殺そうとした理由も知りたかったが、この様子では口を割ってくれなさそうだ。ならば仕方ない。今は気持ちを切り替えて戦いに集中するだけだ。
「ルブルグ兵団長。魔族は俺に任せてください。皆さんは他の魔物の相手を。お願いします」
「それは構いませんが……いや、それしかありませんな。悔しいが我々の力では魔族に勝てない……」
「ありがとうございます。グリマルディ、君の希望通り戦いを続けよう。でも……勝つのは俺だよ」
「おっと、勘違いされては困るである。吾輩は一対一を張ろうなんて一言も言っていないが?」
グリマルディの触手と共にゴブリンとコボルドがレインに突っ込んでくる。魔物はまだまだ数が残っていた。
「召喚変身……紅炎の剣士!」
魔法陣がレインの身体を通過すると、その姿が炎を思わせる格好へと変わり、手には大剣が握り締められている。大剣を振るうと、激しい炎が噴き出して近づく魔物と触手を瞬く間に燃やし尽くした。
「な……にィ!? 魔法武器だと……!?」
「何対一でも構わない。全力で相手をするだけだ……!」
大剣スヴァローグに魔力を込め、炎の斬撃をグリマルディめがけて放つ。斬撃は三日月の形状となり、一直線に飛んでいく。グリマルディは避けようとするが、回避は間に合わず上半身と下半身が真っ二つに裂かれてしまった。
「いくら急所の位置を動かせても、これならさすがに効いて……」
「いやいや。吾輩も肝を冷やしたぞ。まさか炎の魔法武器を持っているとは思わなかったである」
信じられないものを見た。石造りの床に倒れるグリマルディの身体。その切断された断面からゲル状の物質が垂れたかと思うと、まるで糊のように上半身と下半身をくっつけてしまったのである。一種の再生能力が備わっているのか。
「勇者の弟子よ、判断を誤ったな。最初の狙い通り、急所を潰さねば吾輩は倒せん」
元通りに戻ったグリマルディの足下に液体が広がっていく。それは禍々しいどす黒い紫に染まっており、まるで波のようにレインへ襲いかかった。奴の攻撃能力は「毒」だ。それは明らか。ならばこの攻撃も毒を含んでいるに違いない。
「ディリティリオ・ウェイブ。吾輩の身体は毒を自在に分泌できる他に、スライムのようなゲル状へと変化させられる。応用すればこういう風に攻撃することもできるのである」
毒の大波にゴブリンたちが飲まれていく。味方をも平気で巻き込む攻撃だ。レインにとって最善の行動は避けること。この毒の大波が液体である以上、炎では防げない。でもレインの背後には兵士たちがいる。避けるわけにはいかなかった。
「……――――換装召喚」
ならば取るべき選択肢はひとつ。この攻撃を真っ向から相殺するのみ。
「……清冽の槍術士!!」
召喚変身は魔力消費が激しいため、滅多にすることはないが、召喚変身から別の召喚変身に姿を変えることもできる。魔法陣がレインの身体を通過すると、今度は水を思わせる格好になり、手に一本の槍を構えている。穂先を地面に向け、振りかぶって頭上へと槍を持ち上げると、毒の大波に負けない巨大な波濤が生まれた。
「ぬぅ……!? こ、今度は水の魔法武器だと!? いくつそんな武器を持っているのだ……!?」
「いっ……けぇぇぇぇーーーーっ!!」
グリマルディとレインの大波がぶつかり合った。ありったけの魔力を込めて更に水を生成する。大波と大波の競り合いに勝ったのはレインの方だった。毒の大波を飲み込んだ波濤がグリマルディを押し流す。その時、レインはあることを閃いた。
「まだだ……更に水をっ!」
二度、三度と槍を振るい波濤を生み出して砦の一階を水浸しにする。波濤に巻き込まれた小柄なゴブリンやコボルドは水に押し流され、体勢を崩して最早戦いどころではない。これには他の意図がある。砦に作られた坑道を水で満たして使えなくするのだ。上手くいけば坑道を通ろうとする魔物を溺死させることもできる。
「味な真似をしおって……! 吾輩を舐めるなぁぁぁ~~~~~~っ!!」
グリマルディの全身から触手が飛び出してきた。その数と触手の速度は今までの比ではない。もちろん触れれば毒の餌食だ。レインは槍を巧みに操って触手を次々と払い除ける。
この姿の時はスピードが著しく向上する。触手も速度を活かした槍捌きで防御できるが、それだけだ。反撃の暇がない。あったとしても体内で自在に動く急所を潰さなければグリマルディは倒せない。それは〈清冽の槍術士〉でも〈紅炎の剣士〉でも不可能だ。透視能力を持つ〈天空の聖弓兵〉でなければ。
「ふぅむ? 手詰まりか? このまま長引けば勝つのは吾輩である。それでもいいのかぁぁぁ!?」
ただ残念なことに〈天空の聖弓兵〉に換装召喚すると今度は無数の触手から身を守れなくなる。誰か。自分をサポートしてくれる味方がいれば。その時、想いが通じたかのように、フランが背後から飛び出してレインの前に躍り出た。
「レイン、何をしているんですか! 早くあの時の姿になりなさい! イカロスを倒した時の!」
救いの手が差し伸べられた気分だった。確かにフランもそのことを知っているのだ。同じ旅をしてきた仲間だから。襲いかかる触手を次々と斬り飛ばし、触手をまったく寄せつけない。フランの剣捌きはレインも目を見張るほど速いのだ。その能力が今、最大限に発揮されている。
「フラン……ありがとう! 換装召喚、天空の聖弓兵っ!」
魔法陣がレインの身体を通過すると、三度その姿を変える。風を思わせる姿になると、装着している片眼鏡が魔法の力を発揮する。見えた。グリマルディの急所の位置が。上下左右へと緩やかに移動し、当たらないように体内を逃げ回っている。魔力も残り少ない。魔力の矢を放てるのはせいぜい一発だろう。この最後の一撃に賭ける。
「……そこだっ! 当たれぇぇぇぇーーーーっ!!」
天空の弓ストリボーグから放たれた矢は一筋の流星のごとき瞬きを見せて、グリマルディの核を貫く。グリマルディは「ぐぅっ」と呻き声を漏らしながら仰向けに倒れた。すると半透明な紫色の肌がどんどん溶けるように床に拡散していく。
「馬鹿な……こ、こんなことが。負傷者だらけの手薄な砦を襲う。それだけで良かったはずなのに。聞いていない。聞いていないぞ……神々の遺産たる魔法武器を三つも持っている奴がいるなんて……吾輩は騙されていたのか……?」
独白と共に、グリマルディの身体がどんどんと溶けていく。レインは魔力切れの疲労感で片膝をつくと、フランが横で支えてくれた。最期の一瞬まで気を抜いてはならない。その気持ちでレインはグリマルディを凝視していた。その間、グリマルディの死を目撃した魔物たちは恐れをなして逃げ惑っていたが、一匹逃すことなく兵士たちに討ち取られた。
「……クソがぁぁぁ。あのクソ人間がぁぁぁぁ。許さん、許さんぞ……おい、人間たち。教えてやる。お前たちの中に裏切り者がいる……! 王女を狙……っ…………」
怨嗟に塗れた声はどこまでも深く、深く耳に残り、しかしすべてを語る猶予はなく、身体は完全に溶解してしまった。




