22話 王都アークラウド(2)
そんな迷宮あるわけがない、とレイン自身も思っていたが、意外なことにリザは「あるっす」と答えた。
「あくまで伝説やうわさレベルの話っすけどね。そういう未踏破迷宮があるっす」
地図のある一点をリザが指差した。
「未知なる世界を目指す者、あるいは強大な力を手にしたい者。真の冒険者はこの迷宮の最下層を目指すがよい……それがこのデルヴォ迷宮に残された言い伝えっす」
でも、とリザは言葉を付け加える。
「あくまでそれは言い伝えだし、未踏破迷宮だからいくつの階層があるかも分からない。情報ゼロの迷宮っす。おいらもこの迷宮のことは詳しく知らないんすよね……」
だから何があるか分からない危険な迷宮だ、とリザはやんわり忠告してくれているが、レインの気持ちは決まっていた。その迷宮に行けばアシェルの関わる何かの手がかりが得られる。もし得られなかったら、その時はその時でまた考えればいい。
「兄貴……行くつもりなんすか」
「うん。リザも手伝ってくれるかな。一人で挑むには大変そうな迷宮だ」
「……もちろん、兄貴が行くならおいらも行くっすよ! おいらは兄貴の一番弟子っすからね! へへへ!」
弟子にした覚えはないが、リザの中ではもうそういうことになっているらしい。ともあれ話は纏まった。次の目的地はデルヴォ迷宮だ。その直後、部屋の扉をノックする音が響いた。こんな時間に誰だろうか。レインは怪しく思いながら部屋の扉を開けると、見慣れない男性が立っていた。
「失礼ですが、冒険者のレイン様でよろしいですね?」
「え……はい。レインは俺ですが……」
男性は少なくとも60代くらいの年齢に達しているように見えた。白髭を蓄え、顔には深い皺が年輪のように刻まれている。にも関わらず、しゃんと背筋の伸びた姿勢からは老いを感じさせない。
執事服を着ているので貴族に仕えていると思われるが、レインは貴族ではない。もちろんこの国にはそんな知り合いだって……そこまで考えたところでレインの中に心当たりが浮かんだ。フランだ。まさか、フランの身に何かが起きたのだろうか。そうとしか考えられない。
「あ……あの、もしかして……」
「ふむ。お気づきのようですね。私はフランローズ様の執事、ヘイデンと申します。中に入ってもよろしいですかな?」
「あ……ええ。どうぞ」
ヘイデンを椅子に座らせると、対面の席にレインとリザも座った。レインは自分たちの居場所がよく分かったなと思ったが、ヘイデンが言うには宿屋を調べるとおおむね店主から「レインという男なら人探しの用事でうちに来ていた」と答えるので、見つけるのは難しくなかったそうだ。
「その節はフランローズ様がお世話になりました。執事として感謝致します」
「ああいえ。一緒に旅をしただけですから……大したことはしてません」
「それでも姫様にとっては大切な思い出になられたようです。楽しそうに旅の話を何度もされていましたからね」
なんとなくフランにどんな処分が下ったか気になって、ヘイデンに尋ねた。
「あの……フランは処罰か何か受けたんでしょうか。それが少し気がかりで」
「ええ。国王様が直接お叱りになったうえで一か月の謹慎処分となりました。これはクルツ様も同様です」
重いのか軽いのかいまいち分からないが、許されたようで良かった。そこまで話をしたところで、ヘイデンの顔がやや険しくなる。
「では……そろそろ本題に入らせて頂きます。フランローズ様が暗殺されかけました。それも二度です」
衝撃的な知らせだった。あのフランが。フランの性格から言って、殺されるようなことは何もしていないはずである。ヘイデンは静かに話を続けた。
「幸運なことにフランローズ様が自力で撃退なさいましたので、事無きを得ました。ですが暗殺を実行した犯人は捕まえられず、誰がなぜ暗殺を企てたのか。何も分からずじまいです」
「それは大変でしょうが……俺たちにそれを教えてどうするつもりなんですか」
「今、王城内の人間は誰も信用できません。おそらく……何らかの形で王城内の人間が関与しています」
「何らか……というのは?」
「そこまでは私にも。ですが暗殺者は城の警備を潜り抜け、迷わずフランローズ様のお部屋まで侵入しています。まったく関わりがないとは考えにくいのです」
「城の中の人間は信用できない……だから城の外の人間を頼りたい。そういうことですか?」
話が早くて助かる、とでも言うようにヘイデンは深く頷いた。
「レイン様、リザ様。お願いします。フランローズ様の護衛をお願いできないでしょうか。これはフランローズ様の指名でもあるのです。二人なら絶対に信頼できると」
「ちょっと待ってほしいっす。姫様の護衛ならクルツさんがいるじゃないっすか。それともクルツさんも信用できないんすか?」
「クルツ様は現在、王城にも騎士団の宿舎にもいないのです。謹慎処分のため実家にお帰りになられています」
つまりフランは孤立無援ということだ。断定はできないがもし王城内の人間が暗殺の首謀者だとするなら、いつ殺されてもおかしくない危機的状況にあると言っていい。ヘイデンは立ち上がると深々と頭を下げる。
「頼れるのはお二人だけなのです。どうかフランローズ様を助けてください……!」
もちろんそれにどう答えるかは決まっている。アシェルを見つけることも大事だが、同じ旅をした仲間を助けることの方がもっと大事だ。どういう目的でフランの命を狙うかは分からないが、できる限りの協力をしたい。
「俺たちでよければ力になります。どこまで役に立つかは分かりませんが……」
「ありがとうございます……! もちろん報酬もお約束しますのでご安心ください。それでは、まず王城へ向かいましょう」
ヘイデンに連れられて宿屋を出ると、馬車が待っており、レインとリザはそれに乗って王城まで移動した。時刻はもう夜を迎えている。夜空にはまばらに星が散らばっていて、街のいたるところをランタンの街灯が照らす。綺麗だ。昼も美しい街だが、夜には夜の趣がある。
王城に着くと門番の厳しいチェックが待っていた。それが済むとようやく城の中へと入ることができた。一国の姫が暗殺されかけたこともあってか衛兵の許可が下りるのにやたら時間がかかった。
こんな状況下で素性も知れぬ冒険者を信用しろと言うのも難しい話だろう。城内へ入るためにレインたちは武器や荷物をすべて預けなければいけなくなった。今はレインもリザも完全な丸腰となっている。
こんな状態でどう護衛しろと言うのか、と文句をつけたいところだがレインには召喚魔法がある。リザの弓矢は護衛向きではないし、他に持っていた短剣も扱いが得意というわけではない。だから何も言わなかった。
「すみません……まさかこんなことになるとは。話は通しておいたのですが」
「ああ。いえ。俺に関しては大丈夫です。魔法は使えるので」
「おいらも大丈夫っすよ。兄貴が全面的に頑張るんで」
「リザも全面的に頑張ってくれよ……」
とは言いつつも、もし暗殺者と戦うようなことになったらレイン一人で何とかすることになるだろう。
「こちらがフランローズ様のお部屋になります。早速で申し訳ありませんが、今夜から護衛をお願いします」
「分かりました。状況を知りたいのでまずフランから話を聞きますが、いいですか?」
「もちろん構いません。私も同席致します」
ヘイデンが部屋の扉を叩き、中へ入るとフランが待っていた。美しいドレスを身に纏い、背もたれのついた高級そうな椅子に腰かけている。レインがいつも見てきたフランとはまるで違う。
ここにいるのは冒険者に憧れて城を飛び出したフランではなくて、ローザンディア王国の第四王女フランローズ姫がいる。住んでいる世界がまるで違うことをレインは思い知らされたような気分だった。
「……レイン、リザ! よく来てくれましたわ! 案外早い再会でしたわね!!」
顔を綻ばせると、椅子から飛び上がるように立ってレインの手を両手で握った。いや。これはいつものフランだ。服装が違うだけで中身はまったく変わっていない。そのお転婆なところが、かえってレインを安心させた。
「ヘイデンもよくレインたちを見つけてくれました。感謝しますわ。さっ、みんな部屋に入って入って。お茶でも飲みましょう」
レインとリザの手を掴んで強引に席に座らせ、部屋に待機していたメイドにお茶を淹れさせる。かなり高級な茶葉のようだ。
「その……もっと深刻な状態かと思ってたけど、元気そうで良かったよ」
「当然ですわ。暗殺者の腕が悪かったんでしょう、自力で追い払えましたもの。相手が一流なら気づきもせずに死んでいたと思います」
紅茶を飲みながら優雅にそう言ったが、あっけらかんとしている場合ではないように思える。
「暗殺は二回とも寝込みを襲う手口でした。食事に毒を盛ったりといった方法はまだ使っていないみたいですわ」
「なるほど……それでこの部屋にいるのが、フランの信用できる味方……ってことかな」
レインが部屋を見渡すと、二名のメイドに、執事であるヘイデンが一人。後はレインとリザだけだ。
「ええ。それにしても、狙われたのが私で本当に良かったですわ。他の家族だったら心配で心臓が飛び出すところです」
「まずは暗殺者を捕まえる必要があるね……とにもかくにも、今の段階では分からないことが多すぎる」
「そうですわね。私もそうしようと頑張ったのですが、結構すばしっこくて。この部屋、三階なのに窓から飛び降りて逃げるんですのよ。驚きの身体能力ですわ」
狙われている立場にも関わらず、まるで自分も暗殺者を捕まえるのに参加しかねない勢いだ。
「姫様。分かっていると思いますが……自分で暗殺者を捕まえるなどとお考えではないでしょうな」
「もう、ヘイデンはうるさいですわねぇ。分かっていますわ。まぁレインとリザもいますし、今夜は安心して眠れます」
ティーカップをソーサーに置いて、フランは微笑を浮かべながら言った。




