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23話 王都アークラウド(3)

 護衛を頼まれてすぐに食事の時間になった。思えばレインもリザもまだ夕食を済ませていない。部屋にいたメイドの一人が料理を運んできて、念のためレインが毒見役になった。ヘイデンが解毒ポーションを用意してくれていたので毒が入っていたとしても死にはしない。


 食べてみたが毒は入っておらずむしろ美味しかった。レインとリザの分の食事もあったのでフランと一緒に食事をした。しばらくしてから就寝時間を迎え、いよいよ護衛依頼の本番が始まる。と言っても、フランの部屋の前にはすでに衛兵が二人立っている。


 この衛兵は国王、つまりフランの父親の命令で警備を担当しているらしい。レインたちは部屋の中に待機して警備することになった。衛兵がいればレインたちは不要な気もするが、実のところまったく安心できない。ヘイデンもあまり信用しないでください、と言っていた。


 フランは二度、寝ているときに襲われている。三日前、暗殺者は部屋の扉から侵入してきた。扉が古かったおかげで物音が鳴り、フランはその音で目が覚めたという。暗殺者はなりふり構わず短剣で攻撃してきたが、顔面を蹴り飛ばして返り討ちにした。捕まえようとすると、部屋の窓から飛び降りて逃げられたそうだ。


 二日前、今度は窓から侵入してきた。昨日のことでどうにも寝つけず、ベッドに寝転んで目を瞑っていた時に侵入してきたのだ。襲う前に気づかれてしまうと、今度は無理に襲おうとはせずまた窓から逃げたらしい。


 衛兵は二日前から警備を担当しているが、その時はまったく対処できなかったうえ、暗殺者の侵入にも気づかないでずっと扉の前で突っ立っていたそうだ。あまり役に立っているとは言い難い。それでもいれば扉からの侵入は防げるので、いないよりマシではある。


 暗殺者の特徴は、身長は150から160センチくらいの小柄な男性。覆面をつけていて武器は短剣。あとやけに俊敏だった。分かっているのはこれぐらいだ。他の衛兵が犯人の捜索を行ってはいるが、これだけの情報で捕まえることは難しいだろう。


「レイン、リザ。改めて感謝しますわ。私のために城まで来てくれて」


 寝間着に着替えたフランがベッドに入りながら、ふとそんなことを言った。


「まぁ報酬もたんまりもらえるっすからね。へへへ。いや冗談っすよ」

「そうですわね……二人にはいつか恩返しをしないといけないな、と思っていますわ。本当ですわよ」

「気にしなくていいさ。話を聞いて俺たちが勝手にやりたくなっただけだから。それより寝づらくないかな?」

「大丈夫ですわ……野営の時のようなものです。あれはあれで……楽しかったですわね……」


 話をしているうちにフランは眠ってしまった。昨日はまた現れるものと思って夜中はずっと起きて暗殺者を待っていたそうだ。その反動だろう。結局昨日は現れなかった。やはりフランの性格からして自分でなんとかしたかったのだ。


 部屋の明かりを消すと、レインはテーブルに燭台を置いて蝋燭に火を灯した。魔力を込めると発光する灯火石(ともしびいし)の照明は非常に明るく、この部屋の天井についているが、就寝時間に点けっぱなしにするのは不自然だ。


 レインとリザは椅子にじっと座ったままだ。リザは窓からの侵入を警戒しているようで、時折窓の前に立っては夜空を眺めていた。三日月の光が静かに窓辺を照らしている。時間が深夜を迎えた頃、リザがレインの傍まで近寄って耳打ちをした。


「兄貴……なんか妙な気配を感じるっす」


 これはリザ独特の感覚でしか分からないものだ。リザは五感が普通の人より鋭い。レインでも感じることのできない、怪しい気配を察知しているのだろう。扉の方を注視していると、隙間から煙が部屋に入ってくるのがはっきりと見えた。


「この匂い……これは毒の煙っす。たぶんピリピ草っすね……兄貴、この煙は吸っちゃ駄目っすよ……!」


 リザは慌てて窓際へ走ると、窓を全開にして換気し始めた。ピリピ草は毒草であり、摂取すると痙攣や麻痺を起こす。少量なら吸っても問題無いし、もし多量に吸っても死にはしない。ただ動きを奪うのには使えるうえ、とても簡単に手に入るという特徴がある。


 これは暗殺者の仕業と考えて間違いないだろう。レインは立ち上がると召喚魔法で剣を呼び出して右手に握り、続けて盾を召喚するとリザに渡した。もし戦いになったらそれで身を守れということだ。基本的に戦闘はレインが担当するつもりだが、戦いは常に何が起きるか分からない。念のため装備は整えておくべきだ。


「……部屋の外の衛兵は役に立たなさそうだね。きっと今頃痺れ毒に苦しんでる。リザは窓の方へ。扉から暗殺者が入ってきたら俺が倒すよ」

「了解っす……!」


 部屋の扉が静かに開いた。ぎぃぃという古びた音と一緒に。扉の前には男が二人立っている。黒いコートとマスクを着けた、見るからに不審な二人組。マスクは特徴的な見た目をしており、ゴーグルと鳥の嘴(くちばし)がついている。コートの下からちらっと見えるのは短剣だ。


 一人の身長はレインより高く180センチ以上ある。今までフランを襲った暗殺者の特徴と合致しない。その後ろには同じ格好で背丈の低い男がいるので、この人物が今までフランを暗殺しようとしていた犯人なのだろう。


「おい。話が違う」


 背の高い方の男が、低い方に言った。


「いやぁ……そう言われてもね。都合が良すぎたんだ。確かに追加の護衛は丸腰って話だったけど」


 背の低い暗殺者は肩を竦めた。背の高い方は呆れたように命令した。


「お前が標的をやれ。俺はこいつの相手をする」

「分かったよ。まぁ頑張んなよ」


 背の高い方が両腕を軽く振ると、袖口から短剣が飛び出し、柄を掴み取る。レインは剣を構えて応戦の姿勢を見せた。武器のリーチだけで言えばレインが圧倒的に有利だ。暗殺者の持っている短剣では剣の一撃を受け止めることすらできないだろう。


 先に動いたのは暗殺者。正面から突っ込んでくる。速い。レインは敵の胸辺りめがけて剣を横薙ぎに振るった。暗殺者はそれを軽々としゃがんで避けると、低い姿勢のまま間合いの内側にするりと入り込む。


 この背の高い暗殺者、かなりの手練れだ。敵の攻撃をまるで恐れておらず、あっさりと自分の有利な間合いに持ち込んできた。暗殺者は二本の短剣を駆使して突きを放つ。ひとつは腹部を狙った突き。もうひとつは心臓を狙った突きだ。


 レインはサイドステップを踏みつつ身体を捻って避けたが、速い。リズミカルに、的確に急所を攻めてくる。今度は突きを終えた後の、伸びた手を戻しつつ薙ぎ払うような腕の動きで斬りつけてくる。無駄がない。レインの左腕のあたりを短剣が掠めていく。


 距離を開けようとするとすかさず詰められる。剣を活かせる間合いで戦えない。暗殺者の次の攻撃が来るより前に、反撃して仕切り直したい。そこでレインは剣の柄頭で暗殺者の頭部へ殴りかかった。暗殺者は上体を逸らして回避。その隙にレインはさらに後退して距離を置く。


「お前。若いのにやるな。今回はやりがいのある仕事のようだ」

「……それはありがとうございます。でもたぶん、貴方も相当な使い手だと思いますけど……」

「まぁそれは」


 と、暗殺者は言葉を一度区切った。


「この仕事のキャリアが長いからな。プロの技ってやつだ」


 レインと背の高いの暗殺者が戦いを繰り広げる中、リザはフランのベッドの前に立ち、盾を構えて背の低い暗殺者と戦っていた。背の低い暗殺者も短剣を持っていて、何度かリザを斬りつけてきたが、レインが貸してくれた盾のおかげで全部防ぐことができた。


「おい。仕事の邪魔をしないでほしいね。死にたくないならそこを退きな」

「それは出来ない相談っすね。仕事なんで。戦いは苦手っすけど、守るぐらいなら……」

「しょうがねぇ。標的以外の殺しはポリシーに反するが、邪魔するなら死んでもらうか」


 背の低い暗殺者が短剣を振り回し、リザに襲いかかる。とにかく滅茶苦茶に振り回してくるので、危ないのは確かだが、背の高い暗殺者に比べてあまりにも稚拙な短剣術であり、素人とそう変わらない腕前のように感じる。この男は、おそらく殺しの技術にそこまで優れていない。


 と、言っても戦いの技術に優れてないのはリザも同じだ。お粗末な短剣術は熟練の戦士から見れば隙だらけだったが、リザからしてみれば十分な脅威。盾がなければとっくに刺されていてもおかしくない。


「おらおらおらっ! どうしたどうした!」

「うわっ、ひえ! 兄貴、早めにそっちの決着つかないっすかねぇ、すげぇピンチっす!」

「ごめん、簡単に倒せそうにない相手だ……! もう少し踏ん張ってくれないか!」

「ひえぇ!」


 何度目になるのか、短剣を盾で防いだ時、リザは暗殺者の隙を見た気がした。思い切って反撃に出たリザは盾をしっかり持って上から下へハンマーのごとく振り下ろし、暗殺者の頭に盾の角っこを命中させた。


「うげ!?」


 背の低い暗殺者が頭を抑えて膝をつく。よし、とリザは盾を構え直して防御態勢を整えながら、心の中でガッツポーズをした。

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