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21話 王都アークラウド(1)

 長いようで短い王都までの旅がいよいよ終わりを告げようとしていた。王都に入るための門が見えてくると、フランの顔にだんだんと不安の色が見えてくる。無理もない。何も言わずに出奔したのだから、たとえ自分の意思で戻ったとしてもお咎めなしとはいかないだろう。


 それでもフランは何も言わず黙って歩いた。門には行列ができており、人の往来がとても激しい。行列に並んでようやく門を通ろうとすると、門番はぎょっとした顔をして、すぐさま行く手を遮った。レインたちは仕方なく立ち止まると、やや上擦った声で尋ねられる。


「も、もしや……人違いであれば申し訳ありませんが、第四王女の姫騎士フランローズ様ではありませんか……!?」

「ええ……まぁ……そうです。ごめんなさい、ただいま戻りましたわ」

「こ、こりゃ大変だ……少々お待ちください!」


 門番が大急ぎで街の中に消える。しばらく待たされるのかと思たが、案外早くに戻った。鎧を纏った騎士を二人連れている。二人はフランの前で片膝をつくと、厳格な声でこう告げた。


「お帰りになられて何よりです、フランローズ様。クルツ殿。馬車を用意しておりますので、王城までご同行願います」

「陛下もずっとご心配されていました。フランローズ様がお戻りなさったと知ればさぞ喜ぶでしょう」


 有無を言わせない雰囲気がそこにはあった。フランは短く「分かっていますわ」と返事をした。


「その前に、少し時間をいただきますわ。旅の仲間に別れの挨拶をしたいのです」

「もちろん問題ありません。お待ち致します」


 二人の騎士は立ち上がると、数歩後ろに下がった。フランはレインとリザに向き直ると、肩に手を回して二人に抱き着く。ふわりと花の香りがした。


「レイン、リザ。今までありがとうございました。王都に帰るのは正直気まずかったのですけれど、二人のおかげで楽しかったですわ」

「……俺たちだってそうだよ。フランと旅ができて良かった。王都までの旅はフランとクルツさんがいたから楽しかったんだ」


 騎士の視線が僅かにレインを捉える。おそらく、レインの話し方があまりにも気安かったからだろう。その視線に気づいたレインは少し後悔したが、今更かしこまった口調で話しても仕方ない。


「フランの姉さんとクルツさんもお元気で。ま、おいらたちもしばらく王都にいると思うっすけど」


 フランがレインとリザから離れると、今度はクルツが二人に礼をした。


「レイン殿とリザ殿との冒険、私も楽しかったですよ。オーネスの街から王都に帰るだけの旅だったのに、色々ありましたからね。迷宮探索もしましたし。いや、思い出を語るとキリがないのでこの程度にしておきますが」

「クルツ、喋り過ぎですわ。私は短く終わるように我慢したのに……」

「ははは。そうでしたか。ですが今回ばかりはお許しください」

「……それでは、私たちはこれで失礼します。二人の旅に女神の加護があらんことを」


 別れの挨拶が済むと、騎士が「では行きましょうか」と言ってフランとクルツを連れて去っていく。門の向こうに去るところまで見送ると、レインたちも門を通るために身分証である冒険者の印を提示して手荷物検査を受けた。


 こういう時に冒険者の印は便利だ。国によっては使えないところもあるが、少なくともこの国と故郷では身分証として通用する。門を通りながら、リザがぽつりと言った。


「なんか、フランの姉さんとクルツさんがいなくなるとちょっと寂しいっすねぇ」

「そうだね。でもこれからは本格的にアシェルを探さないといけない。二人は巻き込めないよ。ちょうど良かったんだ」


 門を抜けた先には美しい街並みが広がっていた。王都を横切る川に架かる幾つもの橋。カラフルな屋根の建物が立ち並び、巨大な時計塔にはレインもはじめて見る、精巧な機械式時計が据えられている。特に小高い丘の上にある王城は、美しく壮麗だ。これがローザンディア王国の王都にして中心部、アークラウドなのだ。


「やっぱ王都は人が多いっすねぇ。兄貴、まずは宿屋を確保しないっすか?」

「うん。せっかくだし今日はゆっくり休もうか。情報収集は明日からにしよう」

「了解っす。こっちに安くてご飯の美味い宿屋があるんで行こうっす!」


 その日はリザの案内で市場の露店やおすすめの料理店を巡って中々楽しかった。宿屋で借りた部屋に戻ると、レインはリザと明日以降の情報収集をどうするかについて話し合った。


「兄貴、似顔絵とか書けないっすか? 名前と冒険者って情報だけじゃあ探しきれないかもしれないっす」


 言われるがまま、レインは紙に似顔絵を描かされたが、リザは渋い顔をして「これならへのへのもへじの方がマシっすね……」と言った。


「やっぱ似顔絵作戦は駄目っすね。他の特徴は……何かないっすか?」

「うーん。そうだなぁ。魔法使いで、年は俺より3つ上だから今年で20歳になると思う」

「それだけじゃあちょっと弱いっすねぇ。兄貴の兄貴なら、やっぱ銀級冒険者なんすかね?」

「ああ。いや。アシェルは金級冒険者だった。たぶん俺の故郷じゃあ最年少なんじゃないかな」


 リザは驚いて座っていた椅子から飛び上がった。


「えぇぇ! ってことは17歳の頃には金級に!? そんな人いるんすか!」


 一般的に銅級から銀級へは5年、銀級から金級へは10年かかると言われている。単純計算で、金級になるには15年の歳月が必要となる。それほどの狭き門だからこそ金級冒険者は選ばれし者であり、超一流の冒険者と呼ばれるのだ。


「まぁとりあえず今はそれで探していくしかないっすね。おいらは冒険者が行きそうな酒場辺りを調べてみるっす。兄貴は?」

「うーん。そうだなぁ。宿屋を調べてみるよ。王都に来てるならどこかに泊まっていると思うから」


 それから二人は師匠を殺した兄弟子、アシェルの足取りを追って情報収集をはじめた。だが王都はやはり広い。人の出入りも頻繁だ。目ぼしい情報は手に入らず空振りが続く。


 レインは主に宿屋を中心に探しているのだが、店主に聞いても分からない、覚えがない、と言われることが大半である。毎日何十人もの旅人を相手に商売をしているのだから、それも当然だろう。なので宿泊者名簿を調べさせてほしい、と頼むことにしている。


 これも適当な店主は「自分で調べてくれ」と名簿を渡してくれる場合もあれば、「個人情報だから」と断るしっかりした店主もいる。そういう時は頼み込んで、時には汚い手だが金を払ってでも調べる。そんなことを繰り返しているうちに王都に滞在し始めてから十日も経過していた。


「兄貴、何か手がかりはあったっすか?」


 夕方になって宿屋に戻ると、部屋で待っていたリザが開口一番に尋ねてきた。


「……ようやく『当たり』を引いたよ。アシェルが泊まっていた宿屋が分かった。宿泊者名簿の筆跡も確認したから間違いない」

「おお~っ。ということはこの王都に来てたってことは間違いないっすね」

「そういうことになるみたいだ。リザの方は?」


 リザは腕を組んだ状態で「ふっふっふ」と不敵に笑った。何か収穫があったようだ。


「おいら、酒場を探してたんすけどね。兄弟子さんが魔法使いだって話を聞いて、ある時ピーンと来たっす」

「それで……いったいどこを調べたんだ?」

「魔法使いの人がよく訪れる道具屋や露店があるんすよね。そこを調べてみたっす」


 なるほど、とレインは思った。魔法使いの冒険者は、ポーションなどの回復アイテムや便利な道具を自作するために妙な素材を買い集める人が少なくない。アシェルもまさに、そういうことをしていた記憶がある。そこまでは話さなかったのにそこに気づくとは。さすが情報収集に自信があると言うだけはある。


「ビンゴっすよ。去年くらいに、アシェルって名前の冒険者が来てたみたいっす。首に金色の冒険者の印をつけてたからよく覚えてるって。たくさん素材を買い込んでたから、何に使うか聞いたら『迷宮探索に』って答えたらしいっす」

「迷宮探索……? なんでそんなことを……」

「いやー。そこまではおいらも分からないっすね。でも……」


 リザがテーブルの上に地図を広げた。この国、ローザンディア王国の地図だ。


「国の北側には10箇所ほど迷宮が存在するっす。未踏破の迷宮も含めると13箇所っすね。探すにしてももうちょっと情報を絞り込みたいっすね」

「確かに……ちなみにリザはどの迷宮のことなら知ってるのかな」

「攻略済み迷宮の情報なら全部知ってるっすよ。実際に探索したことあるのは5つくらいっすかね」


 アシェルはなぜ師匠を殺したのか。何度も考えたことがある。本人に聞いたわけではないので、未だにはっきりとしたことは分からない。それでも分かっていることがある。アシェルがどこを目指しているのか。それは実に冒険者らしい表現だったとレインは思う。


「――俺はな、レイン。ここよりずっと遠いところを目指す。誰も行ったことがない、果てしない場所へ。そこにきっと俺の望む『力』は存在してると思う」


 まだレインが駆け出しの冒険者だった頃だ。アシェルはふとそんなことを言った。


「力……? アシェルはもう十分強いよ。そんなところを目指さなくたっていいじゃないか」

「ははは。レインにはそう見えるのか。でもこんなんじゃあ、足りないんだ。やりたいことをやる時にはな、どうしても強くならなきゃいけないんだよ。師匠が知ったら怒るかもしれないけど、俺は結局のところ自分のために修行をしてるからな……」

「え? 冒険者なんだからそれでいいんじゃないかなぁ。けど俺も行きたいなぁ、そういうところへ。俺だって冒険は好きだもん。知らないものを見るのは楽しいから」


 アシェルはちょっと悲しそうな顔をすると、微笑を作ってレインの頭を撫でる。


「レイン、お前はそれでいいよ。そのまま進み続ければ、きっと師匠の考える強さに辿り着けると俺は思う……」


 過去の記憶から現実へと意識を引き戻し、レインはリザに聞いた。


「……アシェルは誰も行ったことがない、果てしない場所を目指す。そういう人物だった。リザ、そんなことが関係している迷宮はないかな?」


 我ながら抽象的なことを言っているな、とレインは内心で思うしかなかった。

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