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20話 標的を射抜く眼(5)

 セシリーとその仲間たちが最下層への螺旋階段を降りていくのを見送って、レインはこう言った。


「追いかけよう。彼らやセシリーさんが心配だ」

「いいんですか、レイン? 余計な手出しをするとあの人たちまた怒りそうですわよ」

「何もしないよ。見学するだけだ。危なくなったらどうなるか分からないけど」


 迷宮において他のパーティーのボス戦を見学する例はある。理由は様々だが、一番多いのはボス攻略の参考にするためだ。聞いただけの知識と生で得られる情報はやはりまったく違う。レイン自身も何度かそうしてボスと他の冒険者の戦いを見たことがある。


「気持ちは嬉しいが……レイン、なんでそこまでしてくれるんだ? あいつらを心配しても見返りなんてないぞ」

「深い理由はないですよ。ただ俺の師匠ならそうすると思うんです。それに、セシリーさんはライアンさんにとって大切な人でしょう。違いますか?」


 そう聞かれて、ライアンはちょっと顔を赤らめた。分かりきった質問だ。大切な人でなければ別れた仲間をわざわざ心配したりしない。


「俺は……そういうのはっきり言えん性格だ。でも否定はしない」

「十分です。ライアンさんは悪い人には見えませんから、俺も気になるんです。それが理由じゃあ、駄目ですか?」


 ライアンはそれ以上、何も言わなかった。最初に首を突っ込んで事情を聞いたのはフランなのだが、今やライアンと元仲間のセシリーを一番気にかけているのはレインだ。師匠の真似と本人は言うが、最早これはレイン自身の性分に近い。


「そういえばリザ、この迷宮のボスはどんな魔物なんですか? 教えてほしいですわ」

「『イカロス』って魔物っすよ。もっとも、今のところこの迷宮でしか確認されてない魔物っすけど」

「イカロス……? うーん。確かに聞き覚えのない魔物ですわね」


 リザが言うには白い羽毛で全身を覆った半人半鳥の魔物。空を飛ぶことができ、風魔法を用いた空中からの遠距離攻撃を得意とする。さらに透明になる魔法まで使えるそうだ。


 遠距離戦を主体にして戦う魔物のため、近接武器はあまり役に立たず、かといって弓矢や炎、水魔法も防御魔法のせいで通じない。面倒な相手である。


 このイカロス最大の特徴は、倒したときの旨味が少ないことだ。魔石が手に入るくらいで素材としての価値は低い。イカロスを倒すくらいならコカトリス狩りをしていた方が余程稼げる。その癖に強いので、この迷宮を知る者は進んでイカロスとは戦わない。


 ただ、迷宮踏破を目指す者は話が別だ。イカロスの死体を冒険者ギルドまで持って帰れば迷宮踏破の実績になる。迷宮踏破を目標にしている冒険者は、たいてい昇級を狙っている。銅級から銀級に上がるための条件に、ギルドが把握している迷宮を五か所踏破すること、というものがあるためだ。


 フリックもライアンも、昇級したいがために迷宮踏破を目指していると言っていい。しかし肝心のイカロスと戦う者が少なかったので、イカロスの情報を知る者も徐々に減っていき、何も知らないまま挑む者も少なくないという。


 最下層に降りたレインたちは、下には降りず、螺旋階段からいったん様子を窺うことにした。見下ろすと、セシリーたちがボスと相対しているのが見えた。今まさに戦おうという時なのだろう。


 戦いはすぐに決着がついた。前衛が突っ込んだ瞬間、風魔法で吹き飛ばされ、刃のごとく鋭利な羽根を食らって戦闘不能になった。セシリーが危険に陥っていてもたってもいられなくなったライアンは、螺旋階段を急いで降りていった。


 レインはといえば、その場から動かずクロスボウを構えてイカロスに対して矢を放った。矢は風の防御魔法で防がれてしまう。


 イカロスは標的をレインたちに変えたらしく、螺旋階段に向かって飛んでくる。虫の息になった敵よりもこちらの方が脅威と判断したのか。好都合だ。


「召喚」


 レインは召喚魔法を発動して身の丈ほどある金属の盾を呼び出し、フランとクルツに渡した。


「イカロスが羽根を飛ばしたらそれで防いでください。風魔法を食らうと盾ごと吹っ飛ぶと思うので、そのときは上手く回避をお願いします」

「なるほど。承知しました」

「分かりましたわ」


 接近してきたイカロスは剣や槍の届かない螺旋階段の外側で滞空しつつ、風魔法を放った。気流の渦が襲いかかる。螺旋階段を駆け下りてこれを避けると、レインがクロスボウで反撃する。矢は当然ながらイカロスの防御魔法で防がれた。


「風の防御魔法、ウィンドシェル……やっぱりあれが厄介だ。けど弱点もある」

「逃げてばかりというのは性に合いませんわ、私も攻撃します!」


 フランが手を前にかざして炎の火球を三つほど生み出すと、イカロスへと投げつけた。炎魔法、フレイムスフィアである。三発の火球は矢と同じく気流の壁によって阻まれ、イカロスに命中することなく大気に拡散していく。


 次にイカロスは広げた翼から羽根を射出した。レインたちはこれを盾で防ぎ、やはり矢と火球で反撃してまた防がれる。意味がないように見えるこの反撃は、レインたちなりに意図があってのことだった。


「……今だ!」


 レインが呟くとほぼ同時に、風の防御魔法を発動しているイカロスの嘴(くちばし)に矢が垂直に突き刺さった。リザだ。螺旋階段の最上段、すなわちイカロスの真上から弓矢を放ったのである。


 命中した理由は「台風の目」と同じ理屈だ。風の防御魔法、ウィンドシェルは使用者を中心に気流の壁を作るため、中心は無風状態となっている。つまり真上と真下からの攻撃は防げない。無駄な反撃を続けていたのは、注意をできるだけリザに向けさせないためだったのだ。


「ご、ごめんなさいっす……頭には当たらなかったっす」


 当たったのはいいが、怒らせただけかもしれない。力任せに嘴から矢を引き抜いたイカロスはわなわなと身体を震わせながら叫んだ。


「キィエェェェェェェェェッ!!」


 イカロスの身体が空間に溶けるように色を失い同化していく。透明魔法だ。姿を消して奇襲をしかけようという考えなのだろう。厄介な戦法だ。反撃も回避も難しくなる。こうなれば仕方ない、とレインは手に持っていたクロスボウの召喚を解除した。


「俺が決着をつけます。クルツさん、フラン。いざという時はリザを守ってあげてください」


 レインはそれ以上の説明をしなかったが、フランもクルツもこれから何をするのか分かったように無言で頷いた。これまで一緒に戦ってきたことで理解してくれているのだ。レインが切り札である召喚変身を使うということを。この現状を打破できる装備に姿を変えるということを。


「召喚変身。天空の聖弓兵」


 右手を高く掲げたレインの頭上に緑色の魔法陣が出現すると、魔法陣がレインの身体を通過する。装備が一瞬にして変わり、緑を基調とした狩人めいた服装を纏っている。左目には片眼鏡を、左手には金属の弓を握っていた。


 この左目の片眼鏡は〈紅炎の剣士〉のガントレットや、〈清冽の槍術士〉のロングブーツと同じく、魔法の力を宿している。魔法の力とは、遠くのものを知覚できる千里眼と、隠れたものを見抜く透視能力だ。


「……そこか」


 顔を右へ向けると、左手で金属の弓を構え、右手で弦を引く仕草をした。この金属の弓ストリボーグには弦も番える矢も存在しない。使用者の魔力を消費することで魔力の矢を生み出し放つからだ。その威力と貫通力は通常の弓矢の比ではない。


 金属の弓から形成された魔力の弦を引き絞り、狙いを定めて魔力の矢を発射した。同時に風がレインの頬を撫でる。透明化したイカロスが風の防御魔法を発動したのだろう。想像通りだ。リザから聞いた戦闘パターンから回避ではなく防御を選ぶと思っていた。


 イカロスの判断は誤りだ。大抵の遠距離攻撃は風の防御魔法で十分だったのだろうが、それがかえって勝負勘を狂わせていた。ストリボーグの魔力の矢は風の影響など受けない。気流の壁を貫通した魔力の矢がそのままイカロスの心臓を撃ち抜く。


「や……やったんですか?」

「フラン殿、下を見てください。さすがはレイン殿ですね」


 クルツに言われるがまま、フランは螺旋階段から身を乗り出して下を覗くと、地面には仰向けに倒れて絶命しているイカロスの姿があった。


 レインは召喚変身を解除して元の旅人姿に戻ると、リザたちと一緒に螺旋階段を降りる。下ではセシリーを見捨てて逃げたフリックたちが待ち構えるかのように立っている。


「よ、よぉ。お前案外やるんだな。どうだ、ここは協力して倒したってことにしてやっても……」

「あの魔物を倒したのは俺たちだよ。数日経てば再出現する。また挑むといい」

「ち、チッ……そうかよ、邪魔したなッ!!」


 フリックたちは逃げるように立ち去っていった。フランが突然近づいてきて、レインにこう言った。


「前から少し思ってたんですけれど、レインはなぜああいう魔法武器をギリギリまで使わないんですか?」

「……あれは魔力の消耗が激しいんだよ。ずっとは使えないから、戦況を見極めて使うようにしてるんだ。それに……」

「それに?」

「まだ俺は、あの武器を使いこなせてない。まだその力に頼ってる状態だからね。本当にあの武器に相応しい冒険者になるには、まだまだ素の自分を鍛えないといけない」


 セシリーは無事だった。螺旋階段から見た時は攻撃をモロに受けていたように見えたが、急所には当たっていなかったらしい。ライアンがポーションを飲ませたので負傷も傷跡すら残さず完治している。


「……助けてくれて感謝します。あなたたちがライアンの新しい仲間ですか?」

「あ……いえ。俺たちはライアンさんと偶然知り合っただけで、パーティーではないんです」

「……そうですか。ライアン、なんでここまで来たの? 私たちはもう仲間じゃないのに」


 セシリーの問いにライアンは言葉に詰まっている様子だった。ライアンは気持ちをはっきりと言葉にするのが得意ではないと言っていた。だが今ここで躊躇っていたらセシリーとの仲は永久に戻らないだろう。


「それは……お前のことが……その……」

「……? なに。小声でよく聞こえないんだけど」

「お前のことが……好きだからだよ。昔から。子どもの時から……なんだが……その……」


 セシリーは何も言わず黙っていた。


「今……言うべきじゃなかったか……すまん……変なことを言ってしまった」

「……そうね。本当にそう。なんで他にも人がいるところでそんなこと言うの……馬鹿じゃないの」

「いや……でも聞かれたんだから正直に言うしかないだろ……」

「いまさらそんな話されても。あの魔法使いの……ソワレさんのことが好きだったんじゃないの」

「え。いや! 確かにソワレは優秀なやつだったが、別に好きとかそういうのじゃない。頼れる仲間ではあったよ」


 この間、レインたちは黙って二人のやり取りを聞いていた。仲違いしていた二人がどうなるのか、一応気になったのだ。


「嘘よ! 二人で話してたじゃない! 弓矢は役に立たない、二人だけで迷宮を攻略しようって! 私を仲間から外そうとしてた!」

「違うっ、誤解だセシリー! それはこの迷宮のボスの話をしてたんだ、俺はそういうつもりで言ったんじゃない!」

「じゃあ二人だけで迷宮を攻略するっていうのは!?」

「いや……それはちょっと言いにくいんだが……」


 クルツがレインにぼそっと呟いた。


「どうやら、ライアン殿は結構モテる男のようですね」

「…………そうみたいですね」

「ソワレに付き合わないかって言われたんだが……断った。だから今はソロでやってる」


 セシリーは呆然とした表情で、ライアンの顔を見ていた。


「……じゃあ私を除け者にしようとしてたわけじゃないって……こと?」

「そんなこと、するはずがない。セシリー、俺はお前がいないと駄目なんだ。頼む。また一緒にパーティーを組んでくれないか」


 その返事は聞くまでもなかった。どうやらこの二人の仲は上手くいきそうだ。安心した。レインは咳払いをすると二人に「街に戻りましょう」と言って、転移石を取り出し、街まで戻った。


 せっかく迷宮を踏破したのでギルドハウスにイカロスの死体を渡し、冒険者の印に迷宮踏破の情報を刻んでもらった。ライアンは「最下層まで連れて行ってもらっただけでボスと戦ってはいないから」という理由で、自らそれを断った。


「レイン、質問していいですか? ギルドの人は魔物の死体のどこを見て迷宮のボスだと判断してるんでしょう。不思議ですわ」

「魔石だよ。迷宮のボス魔物からは、普通とは違う高純度の魔石が手に入るんだ。考えてみればそれも不思議な話だけれど」


 魔物を倒せば必ず魔石が手に入るわけではないが、迷宮のボスに限っては話が別だ。倒したボスからは高純度な紫色の魔石が手に入る。普通の魔石は青色で、紫色の魔石は迷宮のボス魔物からしか手に入らないとされている。


「そうなんですのね。それにしても、思いがけない形で記念が手に入ってしまいましたわ」


 フランは首に掛けていた冒険者の印を取り出すと、軽く持ち上げる。縦長の形状をしたその金属は、にぶく銅色に輝いていた。

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