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「お母さん……」
世界に帳が落ちるように周囲が暗闇に包まれる。
——ああ、私、死ぬんだ。ミアが絶望に満ちた眼を薄っすら開いた時、一条の光が差し込んできた。
「……え?」
光は徐々にミアの周りを照らしだす。
光明の中に人影が見えた。
「——ギリギリセーフッ!」
人影はキャロルだった。彼女はフライスネークの両顎を手足を踏ん張りこじ開けていた。
ミアは呆気にとられた。何故、あの人がここにいるの?
ナツメとキャロルは、岩陰に隠れミアとフライスネークの闘いに参戦する機会をずっと伺っていた。
大蛇の弱点が、目や口といった外皮に守られていない粘膜の部分だというのはナツメも気付いていた。
それ故、ミアが練った計画とほぼ同じく大蛇の口腔に標準を絞って、狙い撃つチャンスを伺っていたのだ。
ミアがフライスネークの舌に絡み取られたと同時に、キャロルはナツメと背負いながら、死角を潜るように大蛇の口に侵入したのだった。
「正義のヒーローは…‥最後にお姫様の危機を救うんだよ……」
キャロルは、余裕を装って笑みをミアに投げかけた。が、徐々に苦悶の表情に変わっていく。
無理やり顎を閉ざそうとする大蛇の圧力にあがらうように、汗をダラダラと垂れ流しながらキャロルが「ナッちゃん!」と声をあげた。
キャロルの背後から影を縫うように、ナツメが現れミアを締め上げていた舌をスティレットで切りつける。
赤黒い舌から、形容し難い色をした液体が吹き出しミアの拘束を解いた。ナツメはミアを抱きかかえながら、ホルスターに収めていたリボルバーの銃口をフライスネークの喉奥に向ける。
「ミア、忠告を無視して横槍入れて悪い……けど」
ナツメの銃型宝具『エリュシオン』が煌々《こうこう》し始めた。
「——やっぱりほっとけなかった。俺とミアは似てたからさ」
ミアは放心したようにナツメの横顔を見つめている。エリュシオンは更に輝きを増し、やがて銃口に光球が浮かび上がった。
「ミアの祖父母、今までお前が殺してきた人達!彼らの無念を今、晴らす。積年の一撃を受け取れ!!」
銃口から閃光がほとばしり、漆黒の光波が撃ち出された。喉元に撃ち込まれた波動は大蛇の巨体を貫通し、蒸発させ、跡形もなく消しとばした。
「やったぁ!」
フライスネークの口を押し広げていたキャロルが歓声を上げる。大蛇の顎から圧力が抜けたのか、形相が和らいでいた。白目を剥き、息絶えたフライスネークが揚力を失い、徐々に落下を始める。
「……あれ?でも、このままだと僕たちもコイツと一緒に湖に落ちちゃうじゃん!どうする気なの?」
キャロルの問いに、ナツメはバツの悪そうな顔をしながら「——考えてなかった」と呻く。
「なんで!?ちゃんと考えといてよ!アホ兄」
「うるさい。お前にアホって言われたくないわ!」
やがて崩壊するフライスネークの口から三人が空中に放り出された。
「うわあああああああぁぁっ!」
ナツメとキャロルが絶叫する中、ミアは指輪から高速で糸を放出する。その糸は周囲に屹立する小島に絡まりながら、三人が落下する下方に蜘蛛の巣のようなネットを形成する。
ナツメ達がネットに着地すると糸は微かな弾力を帯び、三人を見事に受け止めた。
「凄い!凄いよ!ミアちゃん。助けてくれてありがとう!」
キャロルが感激した様子でミアに抱きつく。ミアは困惑した表情を浮かべ、されるがままの状態だ。
「いえ……あの、助けられたのは……。私の方で」
「ミアちゃんって色んな技、使えるんだね!一緒にいてくれたら凄く心強そう!」
ミアの話を聞かず、一方的に喋りまくるキャロルをナツメがたしなめた。
「キャロ、話の続きは陸地に渡ってからだ」




