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「あれ……ミア?」

 宿屋の庭にある薔薇藪ばらやぶの手前に居たナツメが、正面口から出てきたミアに声をかける。キャロルにあらぬ濡れ衣を着せられかけたせいか、妙に挙動不審な態度になる。

 ミアはナツメに深くお辞儀をした後、小走りに橋を渡り去って行った。

「ミーちゃん!」

 すぐ後からキャロルが宿の外に飛び出してきた。

「どうしたんだ。キャロ?」

「あ、お兄ちゃん!あのね、ミーちゃんがこの手帳落としていったから渡そうと思ったんだけどもう居ないっぽいね……」

 キャロルの手には革製の装丁をした手帳が握られていた。

「ああ、ミアは帰ったぞ」

 ナツメはキャロルから手帳を受け取りながら答える。その拍子に手帳から二つに折りたたまれた紙切れが地面に落ちた。少し後ろめたさを感じながらも、その紙切れを広げる。

 紙には、こう書かれてあった。



『天国にいるお母さん、お爺ちゃん、お婆ちゃん。お元気ですか?私は、まだ生きています。今日、夕飯にお婆ちゃんが生前、よく作ってくれたクリームシチューを作りました。

 でも、お婆ちゃんが作ってくれたシチューの方が断然、美味しかったです。あ、それとよく庭の木に小鳥がやってくるよ。お爺ちゃんが植えたアリシアの木の実が、よほど気に入ってるようです。小鳥たちは私が近寄っても逃げません。不思議だな。

 お父さんが遺していったニーベルングの指輪、だいぶ使いこなせるようになってきました。四年間、毎日欠かさず練習したんだよ。あいつを殺すために……。

 私、ずっと考えてる。何で自分が生きてるのかって。それはフライスネークを殺す為。私が大好きだったお爺ちゃんとお婆ちゃんを殺したアイツを仕留める為。それが、私の生きている理由。あのね……私、辛いよ。この村に私の居場所なんてどこにも無いんだ。村の人は相変わらず、私のことが気持ち悪いみたい。そうだよね……私、早く消えた方がいい。

 でも、まだ村を離れるわけにはいかない。あいつを殺すまで。それが済んだら私はこの世界から解放されて、お母さんやお爺ちゃん、お婆ちゃんのいる天国に行くつもりです。

 もう生きてるのが辛いよ……苦しいよ……怖いよ。誰か助けてよ……毎日、涙が止まらないんだ。もう枯れ果てたと思ってても涙が止まらないんだ。こんな……こんな世界なんか大嫌い!!』



「ナッちゃん!」

 キャロルの声に俺は顔を上げた。

「……どうしたの?何で泣いてるの……?」

 キャロルが慌てふためいている。——涙?あれ。両目から水が滴り落ちて地面の土を濡らしている。いや、水じゃないや。涙だ。涙が溢れて止まらなかった。

「キャロ。話がある」

 ナツメは片手で両眼を拭うと、キャロルの目を見据えた。


「……本気で言ってるのか?」

「ああ、俺とキャロは村に残るよ」

 ポトラ村のこじんまりとした食堂の椅子に、ナツメ、キャロル、ジャフ、アゲハの四人が座っている。フライスネークとの一戦の翌日、食事を取るために愛想のない店主の経営する酒場兼食堂に四人は来たのだった。店内にはナツメ達の他に二名ほどの客しかいない。

「あなた、昨日ジェフが言ったこと聞いてたの?あの異形種には、どう考えても勝ち目なんかないし、ヤギウの遺跡発掘するにしても一旦出直した方がいいに決まってるでしょ」

 アゲハはフォークで焼肉を口にほうばりながら、ナツメに侮蔑気味に睨んだ。

「よく考えた上での判断だ。俺とキャロは村に残る」

「残ってどうする?まさかフライスネークと再戦する気じゃないだろうな?」

 ジェフはナツメのことを本気で心配している様子だった。声と表情からそれが如実にょじつ伝播でんぱしてくる。ナツメは即答せずジェフの瞳を黙って見つめ直す。

「間違いなく死ぬぞ……」

「策はある」

 ジェフはナツメの返答に少し虚を突かれた。

 ——策?あのカテゴリー『三』の異形種を倒すすべを持っているというのか?とても想像できない。が、ナツメの表情からは決して虚勢きょせいを張っているとは思えない自信が垣間見えた。そして昨日とは打って変わったようなナツメの瞳に宿る覚悟。

 ジェフは「ふぅー」と深いため息をついた。

「わかった。ナツメの意思は尊重する。——だが、俺は協力してやれない……申し訳ないが、わかってくれ」

「ジェフが謝る必要なんてない。これは俺自身の個人的な判断だしさ」

「そうか……ありがとう。俺は今日中に宿を引き払うつもりだ。だが、ナツメが村に残るなら、宿の主人にはその旨伝えておく」

「頼むよ」

 隣でジェフとナツメの会話を聞いていたアゲハが「救えない馬鹿」と皮肉る。ナツメはアゲハを睥睨したが、何も言い返さずにいた。

 彼女がいうことが、あながち間違っていないからだ。ジェフに策はあると言ったが、成功する確率は五分五分ほど。しかし、ナツメはどうしてもミアをこのまま放って置くことが出来なかった。



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