第4話 彼女の本性
アヴァーク殿下に関する王家の兄弟による話し合いは、とりあえず終わった。
といっても、それ程多くのことを話した訳ではない。アヴァーク殿下に対する対処は、イルドール殿下の主導の元で行われる。それを確認したくらいだ。
それによって王位に関する話になったが、イルドール殿下は妹と弟に何も言わなかった。自身の計画を話すつもりはなかったらしい。
「……君は、王位のことを二人に黙っていてくれたのだな?」
「え? ああ、そうですね。イルドール殿下には、何か思惑があるようでしたので」
「思惑という程のものではないさ。しかし、黙っていてくれたことには感謝しておこう。あまりエルディオに知られたい話でもない」
私はイルドール殿下とともに、また王城の廊下を歩いていた。
そこで彼は、先程の話し合いのことについて触れてきた。私は確かに、王位のことについては深く踏み込まないようにしていた。
「しかし、どうしてエルディオ殿下に王位を? 偏見がある訳ではありませんが、あまり支持されるとは思えませんよ? 彼は国王様の不貞によってできた子なのですから」
「確かに、貴族達からの支持は得られにくいものだろう。しかし、僕やウェルーナよりもエルディオの方が王の器にあると、僕は考えている。エルディオの優しさというものは、とても深いものだ。王になれば、この国をその優しさで包み込んでくれることだろう」
イルドール殿下は、エルディオ殿下のことをかなり評価しているようだった。
その評価というものは、私にも少なからず理解できるものだ。エルディオ殿下は、確かに人が良い。少し接しただけでも、わかるくらいには。
「優しいだけで、王が務まるものなのでしょうか? 時には残酷な決断なども必要かと思うのですが……」
「その辺りは、それこそ僕やウェルーナが担えばいいだけのことだ。王となる者は清廉潔白な方が良いだろう。それにエルディオならば、民の支持も得られる。平民の出身として、民意では期待されているんだ」
「なるほど……」
社交界と平民の世界では、考え方も違うことだろう。
エルディオ殿下は国王様の不貞によってできた子ではあるが、それでも平民の出身であることは変わりない。民としては、自分達の生活を知る者が王になって欲しいものか。
とはいえ、それはなんとも難しいことである。社交界からの支持が得られないエルディオ殿下が、王位に就くのは簡単なことではない。
「簡単なことではないことは、僕としてもわかっているとも。あくまで、理想というものさ。実現できないとも思ってはいないがね……」
「そうですか……あら?」
イルドール殿下の言葉に、私は少し考えることになった。本当に、彼の理想が実現可能なのかを。
ただその考えは、中断することになった。私の前方から、一人の女性が歩いて来ていたからだ。
その女性の顔を見て、私は少し身を強張らせることになった。セレリナが、歩いて来ていたのである。
「……」
「……あら?」
前方から歩いてきたセレリナは、こちらに気付いているようだった。
そこで彼女は少し、ばつが悪そうな表情をする。それが何故なのか、私はとりあえずイルドール殿下の方を見てみる。
すると彼は、例によって目を丸めていた。どうやらセレリナの訪問は、イルドール殿下も知らないものだったようだ。
「……セレリナ? どうしてあなたが、ここにいるのかしら?」
「ファルリア……それは、こちらの台詞よ。あなたが、どうしてここに?」
私達は、お互いに質問を投げかけていた。
それからセレリナは、ばつが悪そうに視線をそらしてくる。彼女はエルディオ殿下関連でここに来たという訳では、なさそうだ。
「私は、アヴァーク殿下と話をしに来たのよ」
「アヴァーク殿下と? それなのに、イルドール殿下と一緒にいるなんて、おかしな話ね?」
私はとりあえず、自分の事情を話してみた。すると、セレリナは目を細める。
彼女は恐らく、疑っているのだろう。アヴァーク殿下と自分の関係が、私にばれているのではないかと。
セレリナの視線は、イルドール殿下の方に向く。彼に対して、何かを言いたげだ。
「セレリナ嬢か。エルディオの件で訪問して来た、ということかな? やれやれ、今日はなんとも訪問者が多いものだ」
「イルドール殿下は、どうしてファルリアと一緒に?」
「そこで会ったから話していたというだけに過ぎない。ファルリア嬢は兄上の婚約者だからな。さて、君の方はどうだね? エルディオと婚約することを決めたのか?」
「いえ、それは……」
イルドール殿下は、堂々としていた。こういう時には、頼るになるものだ。特に動揺することもなく、セレリナに対応してくれている。
とはいえ、彼女も馬鹿ではない。私とイルドール殿下の態度から、何かを感じ取ったのだろう。その表情を歪めている。
「……何かあったようね?」
「セレリナ……」
「そう、そういうことなのね……」
セレリナは、私とイルドール殿下の顔を交互に見た。
それから彼女は、口の端を吊り上げる。その反応に、私達は驚くことになった。まさかセレリナが、笑うとは思っていなかったからだ。
「ふふっ……あははっ」
「セ、セレリナ?」
「セレリナ嬢、何がおかしいのだ?」
「ああ、すみませんね、イルドール殿下。でも、おかしかったのです。ファルリアの様が……アヴァーク殿下に見限られて、イルドール殿下に縋りつくなんて、思ってもいませんでしたから」
セレリナは笑っていた。それは今まで見た彼女の表情の中でも、最も醜悪な顔で。
これが、セレリナの本性だということか。彼女もアヴァーク殿下に負けず劣らず、取り繕うのが上手かったようだ。
「セレリナ、あなたは……」
「ファルリア、あなたには色々と言いたいことがあるわ。今まで、溜まりに溜まってきたものがあるのよ……」
セレリナは、その身を震わせていた。それはある種、武者震いのようなものなのだろうか。
しかし彼女は、本当に楽しそうに笑っていた。それを見ていると、少し気分が悪くなってくる。今まで自分が見てきた彼女の笑顔が、偽物のものだと突きつけられているようで。
だが私は、現実と向き合わなければならないのだろう。セレリナは親友ではなかった。それを私は、改めて噛み締める。
「言いたいこと? 一体、何かしら?」
「いつも私を見下してきていて、あなたはさぞいい気になっていたのでしょうけれど、これが結果よ? あなたはアヴァーク殿下には、選ばれないの」
「……」
勝ち誇ったセレリナの表情を見て、私はゆっくりとため息をつく。
それは深呼吸であった。お陰で、少し落ち着くことができた。現実を受け止めた今なら、セレリナに対して言葉を返せる。
「私は、あなたを見下していた覚えなどないのだけれどね」
「はっ、今更何を言うかと思えば……私は知っているのよ? あなたの本性というものを。人を見下すその目は、変わっていないのね?」
セレリナは、やたらと私が自分を見下していると主張してきた。
それはつまり、彼女からはそう映っているということなのだろう。セレリナはずっと、私に対して劣等感のようなものを感じていたのかもしれない。
私は侯爵家の生まれで、彼女は伯爵家の生まれだ。その差などから、そう思ってしまうものなのかもしれない。
しかし仮にそうだとしても、ここまで激情を向けられる謂れがあるだろうか。私としては、まったく持って納得できない。
「……それはあなたが勝手に劣等感を抱いているから、なのではないかしら?」
「なんですって?」
「自分が私よりも劣っていると思っているから、見下されているように感じるのではないかと言ったの。きっと、そうね。あなたは自ら、自分を下に置いているのよ」
「なっ……!」
私はセレリナに、言い返した。それに彼女は、目を丸める。それからすぐに、その表情が変わった。
どうやらセレリナは、怒っているようだ。やはり私の指摘は、図星だっただろうか。その怒りに満ちた表情を見ていると、そう思える。
「ふざけないで! 私はあなたよりも優秀よ! それに美しいわ。だからこそ、アヴァーク殿下だって、私のことを選んでくれたのよ……あなたよりも劣っているなんて、そんなことはあり得ないわ!」
「……そこまでにしてもらおうか」
「なっ……」
私に対して激昂していたセレリナだったが、そこに冷静な声が響いた。
それは、イルドール殿下の声だった。彼は、鋭い視線をセレリナに向けている。その視線は彼の普段の評判通り、冷徹なものであった。
「セレリナ嬢、君のファルリア嬢への態度は、見過ごすことができないものだ」
「イルドール殿下……」
イルドール殿下は、私を庇うように前に立っていた。
彼がそのように守ってくれようとするなんて、少し意外だ。いや、それは失礼だろうか。イルドール殿下は色々と言いながらも、私に味方してくれているのだから。
ともあれ、彼が割って入ってくれたことで、セレリナは少し怯んでいた。流石に、第二王子に逆らう気概は彼女にもないのだろうか。
「……邪魔をしないでください。これは、私とファルリアの問題でしょう?」
「君は不当にファルリア嬢を貶めている。僕がそう判断したというまでのことだ」
「不当ですって? 今まで私が、彼女からどのような扱いを受けてきたことか、あなたにはわからないでしょう!」
少し気圧されていたセレリナだったが、段々と勢いを取り戻しつつあった。
しかし彼女の言い分というものは、私としては不服なものである。私はセレリナに対して、ひどい扱いなどしていない。
セレリナの中では、そうだということだろうか。彼女は劣等感から、認知が歪んでいるのかもしれない。
「それは君の感じ方の問題だろう? 僕にはそう思える。見下されていると思っている君にとっては、ファルリア嬢の一挙一動がそう思えたのかもしれないな」
「な、なんですって?」
「貴族として、君がファルリア嬢を批判するつもりであるならば、それなりに覚悟を決めるべきだと忠告しておこう。然るべき場で、戦うことになるのだからな」
「それは……」
イルドール殿下の指摘に、セレリナは再び勢いを失い始めていた。
彼女もわかっていない訳では、なかったようだ。いくら私の行いを批判しようとしても、それが通らないということを。
彼女の批判に対して、私には対抗する権利と手段がある。不当に貶められた貴族が、訴えを起こすということは、珍しいことではない。
「この際だ、白黒はっきりさせておく方が良いのかもしれないな。君は、ファルリア嬢から貶められたという証拠を集めておくといい。それについて、王家などが審議するとしよう」
「そ、そんなことをしても無駄です。イルドール殿下は、ファルリアに味方するのでしょう?」
「君の言い分通りであるならば、アヴァーク兄上が君に味方するのだろう? それならば、対等というものだ。だというのに、そうしないというならば、結論は一つだな」
「くぅ……」
イルドール殿下の言葉に、セレリナは何も言い返すことができなかった。
それは然るべき場で審議されたら、負けることをわかっているからだろう。
つまり彼女は今、自身が不当な八つ当たりをしていることを認めていた。だからだろうか、セレリナは悔しそうに歯を食いしばっている。
「……ファルリア、覚えておきなさい」
最後に一つ捨て台詞を残してから、セレリナはその場から去っていた。
その小さな背中には、敗走という言葉が似合うかもしれない。少なくとも彼女は、もう声高に私への批判を口にすることはないだろう。
「……イルドール殿下、ありがとうございます。助けていただいて」
「いや、別にどうということはないさ。僕はただ、セレリナ嬢の態度が気に入らなかっただけだからな」
私は、イルドール殿下にお礼を述べた。
彼がいなければ、セレリナはもう少し食い下がってきただろう。売り言葉に買い言葉という訳ではないが、私の言葉は彼女には届かなかったはずだ。
仮に私がイルドール殿下と同じようなことを言っても、彼女は引き下がらなかっただろう。
そもそも私に同じことを言えたかというと、微妙な所である。私も私で、あまり冷静ではなかったのだから。
「彼女のように他人に責任を押し付ける者には、なりたくないものだな。とはいえ、僕も違うと言い切れないか」
「そうでしょうか? イルドール殿下は、セレリナとは違うと思いますが……」
「僕は兄上のことをわかっておきながら、目をそらしていた訳だからな。君には申し訳なく思っているよ。王家のためにも国のためにも、それから君という兄上の婚約者になる人のためにも、僕はもう少し考えるべきだった」
イルドール殿下は、目を細めていた。
彼のその目には、決意が宿っている。それはアヴァーク殿下に対して、非常になる覚悟ということだろうか。
「それがセレリナと同じ、ということにはならないと思いますが……」
「いや、僕は兄上のことを父上が是正してくれないからと、思っていた所があるからな。弟だからと弁えなければならないなどと勝手に決めつけていた。まあ、兄上に逆らう気概というものも、なかったのさ」
「でも、今は違うのでしょう? それならば、やはりセレリナとは違いますよ」
「そうだな。後悔していても、切りはない。僕は僕がやるべきことをやるとしよう」
イルドール殿下は、責任感が強い人であるようだ。そういった様は、好感が持てる。
それに何より、私は彼に王としての器を感じていた。自身が王に相応しくないと言っていたが、そうでもないように思えるのだが。
「イルドール殿下は、ご立派な方ですよ。やはり、王位に就くべきなのではありませんか?」
「なんだ、急に?」
「いえ、私はイルドール殿下ならば、王位についても問題はないと思ったのです。もう少し自身に自身をもたれても、良いのではありませんか?」
「……別に、卑屈になっているつもりもないのだがね? まあ、その辺りについては追々考えるさ」
イルドール殿下は、私の言葉に苦笑いを浮かべていた。
やはり彼は、自分に自信を持っていないのではないか。その表情を見ていると、そう思ってしまう。
「……しかしファルリア嬢、感謝はしておこう。君に認められたことを、僕は誇りに思うよ」
「イルドール殿下……」
「そんな君のために、報いなければならないな。父上にも、腹を括ってもらわなければならない」
苦笑いの後、イルドール殿下はまた笑みを浮かべていた。
それは、先程までと比べると明るい笑みである。そういう笑顔を浮かべさせられたということは、私の言葉も少しは彼の力になったということだろうか。
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