最終話 選んだ道は
国王様の前に、王家の面々が集まっていた。
そういったことは、珍しいことであるそうだ。王族の面々は、それぞれ役目があり、全員が集まることはそうないらしい。
それでも今回集まったのは、重要な話があるからだ。その場に私も参加していることもあって、アヴァーク殿下は少し警戒しているらしい。
「さて、今回集まってもらったのは他でもない。アヴァーク、お前とファルリア嬢の婚約について話したいことがある」
「父上、そのことですが、俺は……」
「……お前という奴は、私によく似ているらしいな。由々しきことではあるが」
国王様は、ゆっくりと首を横に振った。
それが浮気について触れているということが、アヴァーク殿下にもわかったのだろう。彼はばつが悪そうに、父親から視線を逸らす。
「言っておきますが、父上。俺は婚約破棄されたのです。ファルリアがそうしてきた。これは問題でしかありません。婚約破棄ですよ?」
「……お前は、自分がしたことを棚に上げるというのか」
「そうではありませんが……」
国王様の鋭い視線に、アヴァーク殿下は怯んでいるようだった。
流石の彼でも、父親は怖いということか。少し気分がいい。私はアヴァーク殿下に、随分と威張られたものだから。
「アヴァーク、あなたには色々と聞きたいことがあります」
「は、母上……」
「セレリナ嬢とあなたは、どういう関係なのですか? それを素直に話なさい」
国王様の後に言葉を発したのは、王妃様であった。
彼女は、鋭い視線をアヴァーク殿下に向けている。国王様がしたことの被害者であるからか、王妃様はかなり怒っているようだ。
事前に話をさせてもらったが、私にも寄り添ってくれた。この場において王妃様の存在は、かなり心強い。
「母上、俺はただ彼女に寄り添っただけに過ぎません。別にやましいことは何も」
「それは本当ですか?」
「ええ、ただ彼女がひどく落ち込んでいるようでしたので……慰めていただけです。特別な関係などではありません」
アヴァーク殿下は、自身の浮気をうやむやにしようとしていた。
実際の所、二人が一線を越えたのかどうかは定かではない。もしかしたらそうではないため、誤魔化せると考えたのかもしれない。
ただ、エルディオ殿下とともに見たあの時、アヴァーク殿下は私をセレリナとともに貶めていた。それは紛れもない事実である。
そのことがある限り、私はアヴァーク殿下を糾弾するだろう。エルディオ殿下という証人もいることであるし。
「……アヴァーク兄上、それは嘘ですね? 僕はファルリア嬢とともに、見ていました。二人が何を言っていたのか、証言できます。その中で兄上はセレリナ嬢と懇意にし、またファルリア嬢を罵倒していた。それは間違いありません」
「エルディオ、黙っていろ」
エルディオ殿下は、あの時のことを証言してくれた。
それにアヴァーク殿下は、鋭い視線を向ける。どうやら彼は、腹違いの弟の言うことに腹を立てているようだ。
あの時も言っていたが、アヴァーク殿下は、エルディオ殿下のことを本当に弟としては認めていないようである。
「母上、エルディオの言うことなどまやかしです。当然、ファルリア嬢の言うこともだ。二人は揃って、俺を陥れようとしているのです」
「……はあ」
アヴァーク殿下は、母親に対して弁明を始めた。
それに王妃様は、ため息をつく。ゆっくりと首を横に振る彼女からは、失望のような感情が伝わってきた。
「アヴァーク、見苦しい真似はやめなさい。私はもう、知っているのですよ?」
「母上、何故ですか? このエルディオなどという男を信じるというのですか? 誰よりも、母上はわかっているはずでしょう。こいつは……」
「それ以上は、言葉を慎みなさい、アヴァーク。そのことでエルディオを批判するつもりは、私にはありません。それは終わったことです」
「なっ……!」
エルディオ殿下に対して敵意を向けるアヴァーク殿下を、王妃様は切り捨てた。
彼女としても、もちろんエルディオ殿下に思う所はあるだろう。しかしそれでも、王妃様は彼を認めている。それは王妃としての矜持があるからだろうか。
彼女は生まれたエルディオに罪はないと、考えているのかもしれない。イルドール殿下やウェルーナ姫もそう考えている。むしろアヴァーク殿下が、例外なのかもしれない。
「アヴァーク、エルディオのことならば、私を責めるがいい。私はもちろん、それを受け入れよう。その責任も取るつもりであった。お前という新たな王に代替わりすることでな……」
「父上、それは……」
「ファルリア嬢ならば、王妃として適任であると思っていた。お前の不出来な面も、彼女ならば是正してくれると思っていたのだ。考えてみれば、それは間違いだったといえるな」
「な、何を言うのですか、父上……」
「お前のそういった一面は、王族が正さなければならなかった。それができないのならば、お前に王位を譲ろうなどと考えるべきではなかったのだ」
国王様は、アヴァーク殿下に冷たい視線を向けていた。
実の息子に対して、それ程までに冷ややかな視線を向けるということは、簡単なことではなかっただろう。しかしそれでも国王様は、王として非情な判断をしようとしている。
「お前に王位を譲るつもりは、もうない。お前から王位継承権を剥奪する」
「父上、お待ちください」
「いや、待つつもりなどはない。これは決定事項だ。アヴァーク、父のその背だけは追いかけてくれるなと思っていたが……」
「くっ……くそっ」
国王様の言葉に、アヴァーク殿下は表情を歪めていた。王位を継承できないことは、彼にとって当然重たい罰であるのだろう。
そんな彼の視線が、一瞬こちらに向いたことに私は気付いた。どうやら彼の矛先は、私に向いているようだ。
理不尽極まりないことではあるが、私はアヴァーク殿下に対して、少し警戒しなければならないのかもしれない。
◇◇◇
王家の話し合いが終わった後、私は王城の廊下を歩いていた。
そんな私を待ち受けていたのは、アヴァーク殿下であった。彼は鋭い視線をこちらに向けて来ている。
「ファルリア、お前のせいだ。全てはお前のせいで、俺は……」
「アヴァーク殿下……」
アヴァーク殿下は、私に対して多大な憎悪を向けてきていた。
彼は責任を転嫁するつもりなのだろう。自身の行いを省みることもなく、私にそれらを押し付けるつもりなのだ。
それはなんとも、身勝手な話である。ただでさえ裏切られたというのに、彼は一体どこまで私をコケにするつもりなのだろうか。
「……兄上、やめておけ」
「イルドール?」
私が色々と考えていると、イルドール殿下が出て来ていた。
話し合いが終わってから、アヴァーク殿下が私の前に現れることは予想できていた。だからイルドール殿下には、傍についていてもらったのだ。
ただアヴァーク殿下は、弟の存在にはまったく気付いていなかったらしい。目を丸めて驚く彼は、どうやら私しか見えていなかったようだ。
「これ以上、見苦しい所を見せないでもらいたい。兄上、潔く自身の失態を認めて、身を引くんだ。それが賢明というものだろう」
「黙れ! お前も俺を陥れた! 誰がお前の言葉などに耳を貸すものか!」
「僕の言葉に耳を貸さないというのは、別にいい。しかし、最早兄上の味方など誰もいないぞ? 兄上がどう騒いだ所で、結論は変わらない」
「う、くっ……」
アヴァーク殿下は、イルドール殿下の指摘に唸っていた。
彼も、理解はしているようだ。国王様から直々に宣言されたことが、どういうことであるかということを。
それを認めたくないからこそ、激情を私にぶつけていた部分もあるのかもしれない。彼はゆっくりとその場に膝をつき、項垂れた。
「アヴァーク兄上、あなたが自分をもう少し省みていれば、結果はまた違ったものになっていたかもしれません。とはいえ、僕があなたをそう導けなかったことも事実と言える。端的に言ってしまえば、王家は駄目なものだったといえるのでしょう」
「くっ、おっ……」
「……兄上?」
イルドール殿下の呼びかけに、アヴァーク殿下は答えない。
そこで私は、彼が虚ろな目をしていることに気付いた。まさか地位を失ったことで、アヴァーク殿下は気力を失ってしまったということだろうか。
そんなことで、そうなるなんて考えにくいことではあるが、あり得ない話ではないのかもしれない。アヴァーク殿下は、王太子という地位を謳歌していたのだし。
「……アヴァーク兄上の欲望は、思っていた以上のものだったということか」
「……ですが、もう彼がその欲望に溺れることもないのでしょう。もうアヴァーク殿下に、そんな気力はなさそうです」
「これ以上、兄上が邪魔をしないのは幸いだといえるか」
イルドール殿下は、少し悲しそうな目をしていた。
アヴァーク殿下には思う所はあれど、それでも兄弟だったということなのだろう。その末路というものには、やはり同情などしているのかもしれない。
◇◇◇
アヴァーク殿下の失脚は、国の情勢においてはそれなりに影響があるものだった。
その煽りを受ける者が、一人いた。それはセレリナだ。アヴァーク殿下と婚約しようと画策していた彼女は、大きな打撃を受けることになったといえる。
だからだろうか、セレリナは王城に足を運んできていた。彼女はアヴァーク殿下に関してどうにかならないか、などと考えてやって来たのだろう。
「……なんですか? あなたは?」
「あなたこそ、誰です?」
「私はセレリナです。アヴァーク殿下の恋人です」
「何を仰いますか。私こそ、アヴァーク殿下の恋人です」
そんなセレリナと同じ考えの者は、何人かいた。
アヴァーク殿下は、これまで様々な令嬢と関係を持っていたようだ。それが彼自身に魅了されたのか、はたまた地位目当てかはわからないが。
ともあれ、王城の一室には様々な人が押し掛けることになった。セレリナはその中で、揉まれている。
「ふざけないでください! 私はアヴァーク殿下と将来を約束していたんですよ?」
「セレリナ嬢? はっ、あなたは遊ばれていただけですよ? アヴァーク殿下の本命は私です」
「いいえ、私ですわ。セレリナ嬢、それからあなたも、退いてください」
「なっ……! くっ……! このっ……!」
周囲の令嬢から言葉をかけられて、セレリナは表情を歪めていた。
やがて彼女は、こちらに視線を向けてくる。私の存在に、気付いたのだろうか。
しかしセレリナは、私に食ってかかってはこなかった。彼女も打ちのめされているようだ。今のこの現状は、流石に堪えているらしい。
「……兄上は本当に愚かなものだな」
「イルドール殿下……」
「まあ、このことについて王家は少なからず打撃を受けることだろう。しかし、それならばやはり、王位にエルデイオをつかせるべきか。あいつなら新しい風を王家に吹き込んでくれる」
王城に令嬢達が押しかけて来たことは、イルドール殿下にとっても頭が痛い事実だったらしい。アヴァーク殿下の失態、それで王家は一体どれだけ痛手を負ったものなのだろうか。
もちろん、これで国が揺らぐということもないとは思うのだが、それでも色々と言われることだろう。その中でエルディオ殿下が継ぐという話は、どう受け取られるものか。
「イルドール殿下は、やはりそのつもりなのですね?」
「まあ、僕としてはそれが望ましいと思っている。僕は王位に相応しい人材ではないからな。裏で色々とやっている方が、性に合ってもいる」
「イルドール殿下が、そうしたいというならば、それも一つの道なのかもしれませんね……」
これからの王家の在り方というものには、イルドール殿下にかかっているともいえる。
彼は第二王子として、頑張らなければならない。そんなイルドール殿下には、支えが必要なのではなかろうか。
その支えに、私はなりたいと思っている。今回の件を経て、私の進むべき道も決まったということかもしれない。
◇◇◇
「さて、ファルリア嬢、よく来てくれたな? 君に話していた通り、エルディオを次期国王にすることができそうだ。父上とも話し合ったのだがな、それが良いのではないかということになっている」
「……僕としては、少し気が引けることなのですが」
アヴァーク殿下の騒動が少し落ち着いてから、私は王城に呼び出されていた。
今はエルディオ殿下と、並んで座っている。正面には、少し嬉しそうな顔をしているイルドール殿下がいた。
なんというか、嫌な予感がする。イルドール殿下の様子から、私は彼がある一つの結論を出したのだと理解した。
「そこで、君に一つ提案がある。エルディオと婚約してくれないか?」
「……まあ、そういうことだとは思っていましたが」
「……申し訳ありません、ファルリア嬢」
「うん?」
イルドール殿下の提案に、私は頭を抱えることになった。
エルディオ殿下も、申し訳なさそうにしている。それがどうしてなのか、イルドール殿下は何もわかっていないようだ。
なんというか、彼はやっぱり駄目なのかもしれない。尊敬できる王族だと思っていたけれど、失点も多い。少しぶっきら棒な所もあるし、色々と心配な人だ。
「イルドール兄上、僕はファルリア嬢と婚約するつもりなどありません」
「何故だ? ファルリア嬢ならば、次期王妃として適切だといえるだろう。父上もそう願っていた。彼女は正に、王妃の器だ」
「……次期王妃なんてこちらから願い下げです」
「何?」
私はイルドール殿下に、断りを入れることにした。
次期王妃になんて、なりたいとは思わない。私にはもっとやりたいことがある。
それを口にするのは、少々気が引けた。同時に少し怒りも覚えてしまう。どうしてこんなことを、わざわざ言わなければならないのかと。
「イルドール殿下、私と婚約いたしましょう」
「……なんだって?」
「私は、その方がいいと思っています。イルドール殿下を支えたいのです。アヴァーク殿下の件で、色々と見えてくるものがありましたから。だから……」
私の言葉に、イルドール殿下は目を丸めていた。
そんなに驚くことだろうか。私も存外、わかりやすい方だと思うのだけれど。
いや、イルドール殿下が鈍感なだけだろうか。そういえば彼は、色々と知らなかったし。
「ファルリア嬢、それは……」
「……イルドール兄上、ここはもう少し堂々としてもらわなければ困ります。王家の一員ともあろう方が、そんな顔をしてはいけません」
「エルディオ、それは……いや、そうだな。そうだといえる。ああ、僕は動揺しているようだな」
イルドール殿下は、エルディオ殿下の言葉にしどろもどろになりながら答えた。
彼の驚く姿はこれまでも見てきたが、ここまでになるのは初めてだ。それを見て、少しだけ心は晴れた。愉快なものだ、イルドール殿下のその姿は。
「しかし、そうか。そういうことか。なるほどな……ファルリア嬢、本当に僕などでいいのか? 君ならば、もっといい人はいると思うが」
「今更、そんなことを言うんですか?」
「……いや、そうだな。失礼だった。君がそう思っているのならば、僕としては願ってもいない話ではある。もちろん、君のことは評価している。素敵な女性だとも思っていた」
「それならば、何故エルディオ殿下との婚約を?」
「だからこそ、だ。信頼できる君に王妃として務めてもらいたいと思うのは、おかしなことでもないだろう」
イルドール殿下は、弁明めいたことを口にしていた。
一応、国を思っての判断だったということだろうか。しかし私としては、あまり納得できるものではない。
「……結局の所、イルドール殿下は、私のことをどう思われているのですか? それをお聞かせください。そうでなければ、本当にエルディオ殿下と婚約してしまいますよ?」
「いや、それは待ってくれ。わかった。僕も腹を括るとしよう。僕は君のことを愛しているとも。信じてもらえないかもしれないが、好きだ。それでも、王家としての判断を下したつもりだった」
「そうですか……」
イルドール殿下の愛の言葉は、あまりにもかっこいいものではなかった。
ただそれでも、私は満足することができた。イルドール殿下に変な所があるのはわかっていたし、多分今の言葉も嘘偽りがないものなのだろう。
そんな彼を支えていくことが、楽しみだと思える私も、変なのかもしれない。だが、それでもいい。今は明るい気持ちで、次期王妃になんてなれなくてもいいと思えているから。
END
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