ぎこちない歩み寄り②
「父上への贈り物の相談って、こういう時どうすればいいんだ」
稽古の合間、思い切ってバルトに聞いてみることにした。コンラートに言われた通り、こういう話は、バルトの方が詳しいだろうという判断だった。
「殿下から、そのようなご相談を受けるとは」
白髪交じりの老騎士は、少し驚いたように目を丸くしたあと、懐かしむような顔をした。
「これは、また珍しい風の吹き回しですな。以前の殿下でしたら、そのようなことは仰らなかったでしょうに」
「うるさいな、別にいいだろ。それで、何か知らないのか」
急かすと、バルトは顎に手を当てて、しばらく考え込んだ。
「そうですな……陛下は、若い頃、星をご覧になるのがお好きでした」
「星?」
「はい。まだ即位される前、稽古の合間によく夜空を見上げておいでで。この国の夜空は、他所より星が近く見えると仰っていましたな。夜通し星の位置を記録するような、そんな熱心さをお持ちの頃もございました」
それは、初耳だった。俺自身、この間の夜の見回りで、似たようなことを思ったばかりだ。まさか、父上も同じことを感じていたなんて。
「即位されてからは、そのような時間もめっきり減りました。夜も、政務に追われる日々です。もったいないと、古参の者は皆、内心で思っておりますよ」
バルトはそう言って、少し寂しそうに笑った。
その話を聞いて、俺はなんとなく方針を決めた。豪華な品を贈っても、多分喜ばれない。それより、あの人が本当に好きだったものに近いものを、渡す方がいいはずだ。
「望遠鏡とか、そういうものがいいかもな」
「悪くはないでしょうが」
バルトは少し考え込むような顔をした。
「陛下は、夜通し星を見るような時間は、今のお立場では作れますまい。望遠鏡を贈ったところで、しまい込まれるのが関の山かと」
言われてみれば、その通りだった。政務に追われる毎日の中で、わざわざ外に出て空を見上げる時間なんて、そうそう取れるはずがない。かといって、忙しさを理由に、星への興味自体を諦めさせるのも、なんだか違う気がした。
「じゃあ、どうすればいいんだよ」
「殿下、城下に、面白い品を扱う魔導具師がおります。星の光を映す魔導具を作っていると聞いたことがありますが」
「星の光を映す?」
「小さな水晶に魔力を通すと、天井や壁に星空を映し出すのだとか。机に置いておくだけで、いつでも眺められる代物です」
それなら、忙しい合間にでも、ふと顔を上げれば星を見られる。わざわざ外に出る必要もない。
「それだ」
俺は思わず声を上げた。
コンラートに付き添ってもらい、バルトに教えられた魔導具師の工房を訪ねた。小さな水晶の中に、驚くほど精緻な星々の模様が封じられている。灯りを通すと、天井いっぱいに、この国の夜空とそっくりな星図が浮かび上がった。
「これなら、外に出られなくても」
思わず呟くと、隣でコンラートが小さく頷いた。
「良い品だと思います」
派手さはないけれど、実用的で、それでいて確かに心を動かされる品だった。
それに、短い手紙を添えることにした。
手紙を書くのは、思いのほか難しかった。格好つけた言い回しを書いてみても、どうにも自分らしくなくて気恥ずかしい。結局、何度も書き直して、簡潔な文面に落ち着いた。
「父上へ。星がお好きだったと聞きました。外に出る時間がなくても、これなら机の上で眺められると思います。エルネスト」
我ながら、そっけない文章だと思う。こういうところも親子で似ているのか、なんかやだな。でも、これ以上飾った言葉は、逆に嘘くさくなる気がした。飾らない言葉の方が、多分いい。
贈り物と手紙を、父上の私室に届けてもらうよう頼んで、その日は終わった。
反応があったのは、三日後のことだった。
執務室に呼ばれて向かうと、父上は珍しく、机の上に例の水晶を置いていた。書類の山からは少し離れた場所に置いてあった。
「これを、お前が」
「……ああ」
「星が好きだと、誰から聞いた」
「バルトから」
父上は少しの間、黙り込んだ。何か言葉を探しているような、そんな沈黙だった。手紙は、机の端に丁寧に畳んで置かれているのが見えた。
「昔の話だ。今更、掘り返すようなことでもない」
「別に、掘り返したわけじゃない。ただ、渡したかっただけだ」
我ながら、ぶっきらぼうな言い方だと思う。でも、それ以上、うまく言葉が出てこなかった。
父上は、水晶を手に取って、しげしげと眺めた。指先で、そっと表面をなぞるようにしている。それから、ぽつりと呟いた。
「……昨夜、試しに灯してみた」
俺は少し驚いた。三日も経っていたから、てっきりそのまま棚にでもしまわれているものだと思っていた。まさか、もう試していたなんて。
「どうだった?」
「お前も見てみたらいい」
そう言って、父上は水晶に魔力を通した。執務室の天井いっぱいに、淡く光る星々が広がった。書類の山も、堅苦しい調度品も、その光の中では少しだけ和らいで見える。
「……悪くないだろう?」
それだけの言葉だった。でも、俺にはそれで十分だった。
「少し眺めてから仕事に戻れば。誰も文句言わないだろ」
「政務は待ってくれん」
「一分でいいから」
食い下がる俺に、父上は困ったような顔をした。今までこんな顔を見たことがなかった。威厳のある表情でも、素っ気ない無表情でもない、ただ困っている顔。
結局、根負けしたように、父上は椅子に深く座り直し、しばらく天井を見上げた。俺も、机の脇に立ったまま、同じように星を見上げる。
「昔は、よくこうして星を見ていた。国を継ぐ前の、数少ない気晴らしだった」
「バルトから聞いた」
「あいつは、口が軽い」
そう言いながらも、父上の口調に怒りはなかった。
「じゃあ、これは聞いたことあるか。ミロも星が好きだった」
聞き慣れない名前だった。
「ミロ?」
「……お前のもう一人の父親だ」
その一言に、俺は思わず息を呑んだ。もう一人の父親がいたことは、幼い頃に聞かされて知ってはいた。でも、名前まで教えられたのは、これが初めてだった。
「それは初耳」
短くそう返すのが精一杯だった。
それから父上は、ぽつりぽつりと話してくれた。ミロは人間だったこと。竜人と人間という異なる種族の間では子を成せないため、神子を通して神に願い出て、俺という存在を授かったこと。
幼いころに亡くなったことは知っていたが、人間だったとは知らなかった。そもそも一万年は生きる竜人と人間とでは、生きる年数が違いすぎる。それに――神なんてものが、本当にいるのか。
俺が転生者だということを、その神とやらが分かっているのかどうかも、気になった。でも、それを聞くのは、なんだか怖い気がして、言葉を飲み込んだ。
「こうして机の上で見られるなら、忙しくても、たまには思い出せるかもしれんな」
ぽつりと零された一言に、俺は思わず頬が緩みそうになるのを堪えた。
言葉は、それ以上、ほとんど交わさなかった。数分の沈黙の後、父上は静かに水晶の光を消し、また書類に向き直った。それでも思ったより長い間、同じ星を見ていたという事実だけが、今までのどんな会話よりも、確かな何かのように思えた。
贈り物ひとつで、関係が劇的に変わるわけじゃない。それでも、忙しい合間にふと星を見上げる時間が、ほんの少しだけ、二人の間にあった距離を縮めてくれた気がした。




