転生の自覚②
思えば、物心ついた頃から、俺はどこかひねくれていたんだと思う。
最初からそうだったわけじゃない、多分。
まだ小さかった頃、俺は父上――ジークハルト・グランドレイクに、他の子供と同じように懐いていたはずだ。記憶はあいまいだけど、確かそうだった気がする。膝の上に乗せてもらった記憶も、どこかにある。
変わったのがいつからなのか、正確には覚えていない。ただ、何度も同じことを繰り返しているうちに、自然とそうなった。
「父上、見てください。今日の稽古で――」
「そうか。励め」
顔も上げずに、そう言われる。目の前には積み上げられた書類の山。父上はいつもそれと向き合っていて、俺の方を見ることは滅多になかった。
今でも覚えているのは、小さい頃の誕生の宴だ。城の広間には竜人国中から集められたご馳走が並び、貴族たちが次々と祝いの言葉を述べに来た。豪華な席だった。父上も、玉座の隣に座って、俺の隣で笑っていた――ように、少なくとも周りには見えていたと思う。
でも、宴が終わった後の応接間で、二人きりになった瞬間、その笑顔はすっと消えた。
「立派な宴だっただろう。国としても、お前の成長を示すいい機会になった」
国として。俺の成長を「示す」機会。
その言い方に、なぜだか胸の奥が冷えたのを覚えている。子供心にも、何かがずれていると感じた。誕生日を祝ってもらったんじゃなくて、王子としての価値を確認されただけなんじゃないか、と。
子供の頃の俺は、それでも何度か話しかけようとした。剣の稽古のこと、勉強のこと、庭で見つけた珍しい虫のこと。そのたびに返ってくるのは、似たような素っ気ない相槌だけだった。「そうか」「励め」「よくやった」。まるで型に嵌めたような言葉ばかりで、そこに俺自身への興味は感じられなかった。
今思えば、不器用な人だったんだろう。俺を次代のただの「王の器」としてしか見ていないなら、毎日顔を合わせる必要なんてなかったはずだ。それでも父上は、政務の合間を縫って必ず時間を作っていたし、体調を崩した時には真っ先に人を寄越して様子を気にかけてくれた。幼いころに亡くなったもう一人の父上の分も気にかけてくれていたのかもしれない。今なら、そこに義務以上の何かがあったんじゃないかと思える。
でも、あの頃の俺は、まだ幼すぎた。言葉の温度でしか、相手の気持ちを測る術を知らなかった。だから、その不器用な気遣いのすべてを、ただの義務としか受け取れなかったんだと思う。
興味がないんだ、と思うようになったのは、いつだったか。
王というのは、そういうものなのかもしれない。国のことで頭がいっぱいで、息子にまで気を回す余裕がないのかもしれない。そんなふうに、子供心にも一応の理解はしていたと思う。
でも、理解することと傷つかないことは、別の話だった。
それからは、あまり話しかけなくなった。期待しなければ、がっかりすることもない。そう気づいてからの俺は、随分と扱いやすい子供になったはずだ。誰の手も煩わせない、大人しい――いや、大人しいというより、諦めがいい子供に。
その代わり、口はどんどん悪くなっていった気がする。素直に甘えられない分、皮肉や軽口で誤魔化す癖がついた。教師にも、侍女にも、誰に対しても壁を作るようになった。近づきすぎる前に、自分から突き放しておけば、傷つかずに済むから。
コンラートが俺の護衛につくことになったのは、そんな頃だった。
きっかけは城下で不穏な動きがあるとかで、王族の護衛体制を見直すことになったらしい。大人の都合だ。
「本日より、殿下の護衛を務めさせていただきます。コンラートと申します」
初めて顔を合わせた時、そいつは直立不動でそう名乗った。まだ若い――といっても俺よりはずっと年上だったけど、騎士にしては随分と若い顔だった。表情は硬く、まるで石像みたいに真面目くさっていた。
「へえ。よろしく」
興味なさそうに返した。どうせ、他の大人たちと同じだ。義務でここに立って、義務で俺を守って、それだけの関係。
「殿下」
「何」
「……何か、粗相がありましたか」
「別に。ただの挨拶だけど」
怪訝そうな顔をされて、少し面白かった。こいつ、本当に真面目なんだな、と。
それからしばらく、俺はコンラートを試すようなことばかりしていた。
わざと予定にない場所に足を向けてみたり、返事もせずに一人で歩き出してみたり。護衛の任務なんて面倒だと思って、放り出すかどうかを見ていた。でも、コンラートは何も言わずについてきた。ただ、規定の距離を保ったまま、黙って。
次は、意地の悪いことを言ってみた。
「オマエ、こんな役目押しつけられて可哀想だな。誰も好き好んでやらないだろ、こんなの」
「光栄に思っております」
表情ひとつ変えずに、そう返された。皮肉のつもりだったのに、真正面から受け止められて、逆にこっちが調子を狂わされた。
我儘も言ってみた。夜中に意味もなく庭に出たいと言い出したり、稽古をわざとさぼろうとしたり。他の従者や教師なら、困った顔をして諭してくるところを、コンラートは違った。
「それはできかねます」
理不尽な我儘には、はっきりとそう言って頷かない。かといって、頭ごなしに叱りつけるわけでもない。ただ、淡々と、駄目なものは駄目だと告げるだけだった。
それなのに、俺が何かに傷ついたような時――たとえば、貴族の子弟にからかわれた時や、父上に冷たくあしらわれた後の廊下ですれ違った時なんかは、誰よりも早く、さりげなく間に入ってくる。何も言わずに、ただ隣に立つだけのこともあった。
そのうち試すようなことをするのも、馬鹿らしくなってきた。
この男は、多分、誰に対してもこうなんだろう。義務感からじゃなくて、そういう性分なんだろう。損得勘定で動くような器用さは、こいつには最初からないんだと思う。
決定的だったのは、城下に視察という名目で連れ出された日。案内役の貴族の子弟たちに囲まれて、遠回しに嫌味を言われたことがあった。「王子といっても、しょせん器の小さい方でいらっしゃる」とか、そういう類の話だ。子供同士の、悪意の隠し方も知らないような嫌味だった。
言い返すのも馬鹿らしくて、俺は黙ってやり過ごそうとした。そういうのに慣れていたから。
でも、その時初めて、コンラートが口を挟んできた。
「殿下の器を測れるほどの立場に、あなた方はまだいらっしゃらないかと」
静かな声だった。怒っているようには見えなかったけど、その場の空気が一瞬で凍った。相手の子弟たちは顔を赤くして、そそくさとその場を離れていった。
「……別に、庇わなくてもよかったのに」
帰りの馬車の中で、そう呟いた。強がりだったと思う。
「殿下を侮辱する言葉を、黙って聞き流す趣味はありませんので」
それだけ言って、コンラートはまた前を向いた。何でもないことのように。
その横顔を見ながら、俺は妙に落ち着かない気分になったのを覚えている。誰かに、こんなふうに真っ直ぐ肩を持ってもらったのは、いつ以来だっただろう。思い出せなかった。
それが分かってからも、俺は素直になれなかった。ありがとうの一言も、なかなか言えなかった。
誰も彼も期待できない、と思っていた世界の中で、コンラートだけは、勝手にそこにいた。
それが、当たり前になっていった。
――そんな日々の記憶を、俺は久しぶりに思い出していた。あの夜、頭の中になだれ込んできた「何か」の向こう側で。




