ぎこちない歩み寄り④
誕生の宴は、豪華絢爛に開かれる。
城の広間には選りすぐりのご馳走が並び、貴族たちが列をなして祝いの言葉を述べにやってくる。玉座の隣に用意された俺の席からは、着飾った人々の顔がずらりと見渡せた。
例年なら、この光景を見るだけで気が滅入っていた。誰も彼も、王子という肩書きに祝辞を述べているだけで、俺自身を見ているわけじゃない。そう思っていたから。
今年は、少しだけ違った。
「殿下、お誕生日おめでとうございます」
次々と祝いの言葉をかけてくる貴族たちへ、俺はいつもより素直に礼を返せていることに気づいた。形式的なやり取りだということは変わらない。それでも、この後に待っているものを思うと、不思議と気が楽だった。
広間の隅には、護衛として控えるコンラートの姿があった。礼装に身を包んでいて、いつもの動きやすさ重視の格好とは違う、少し窮屈そうな様子がおかしかった。目が合うと、コンラートは小さく頷いてよこした。なんとなく緊張がほぐれる気がした。
バルトやイグナーツ、レオやダリオといった顔ぶれも、今日は正装で会場の警備に当たっている。バルトとは、宴の合間に一瞬だけ目が合って、からかうような笑みを向けられた。
コンラートと息の合った連携を見せるイグナーツは、几帳面な様子で配置を確認して回っている。 コンラートの同期だというレオは、いつもの飄々とした調子で周囲の空気を和ませていて、その後輩に当たるダリオは、慣れない大役に少し緊張した面持ちで持ち場に立っていた。普段の稽古場では見ない顔ぶれの、それぞれの一面が垣間見えて、少しおかしかった。
リヒトは、朝から俺の身支度を整えるのに大わらわだった。「殿下、今日は特に念入りに」と、いつになく張り切っていたのを思い出す。
宴は、例年通りの時間で滞りなく進んでいった。楽団の演奏、貴族たちの祝辞、そして父上からの、型通りの祝いの言葉。
「エルネストの誕生を祝し、乾杯」
広間中に、乾杯の声が響き渡る。父上の表情は、いつも通り威厳に満ちていて、そこに特別な温度は感じられない。でも今の俺は、それがすべてじゃないことを知っている。
宴がお開きになったのは、夜も更けた頃だった。
貴族たちが三々五々帰っていく中、父上が近づいてきて、短く言った。
「あとで、いつもの部屋に来い」
それだけ言って、先に広間を後にする父上の背中を俺は見送った。
礼装から着替えて、執務室に向かうと、そこにはすでに人払いが済まされていた。机の上には、あの水晶が置かれている。書類の山は、今夜は端に寄せられていた。
「疲れたか」
「まあ、少しは。愛想笑いも、地味に疲れる」
「同感だ」
珍しく、父上が軽口めいたことを言った。俺は思わず笑ってしまった。
「お前の好きなものでも、聞いておこうと思ってな」
先日の約束通り、父上はそう切り出した。柄にもなく、少し照れくさそうな様子だった。
「何から聞けばいいのか、正直よく分からんが」
「そう言われても、俺も何から話せばいいのか」
二人して、しばらく黙り込んだ。妙な沈黙だったけど、気まずさは感じなかった。
「じゃあ、食べ物の好みから」
「魚料理が好きだ。あと、意外と庶民的な味付けのものも悪くなかった」
「庶民的な、というと」
「城下の串焼きとか。コンラートに連れて行ってもらったことがある」
父上は少し驚いたような顔をしたあと、興味深そうに頷いた。それから、色々なことを聞かれた。得意な稽古の型、苦手な勉強の科目、好きな季節、嫌いな虫。他愛もない話ばかりだったけど、こんなふうに時間をかけて聞かれたのは、初めてだった気がする。
「星を見ながら、こんな話をするとはな」
「悪くないだろ」
水晶の淡い光の下で、父上はふと呟いた。
「ミロも、こういう時間を大事にする人だった」
その名前が出て、俺は少し身構えた。でも、今日は不思議と、嫌な感じはしなかった。
「どんな人だったんだ」
「よく笑う人だった。俺のような無愛想な男相手にも、めげずに話しかけてくる人でな」
父上は、珍しく懐かしそうな声で続けた。
「お前が生まれた時、誰よりも喜んでいたのはあいつだった。……もっと長く、一緒に見せてやりたかったんだがな」
その一言に、俺は何と返せばいいのか分からなかった。ただ、静かに頷くことしかできなかった。
「話しすぎたな」
父上は、少し照れたようにそう言って、水晶の光を消した。
「今日は、もう休め。付き合わせて悪かったな」
「別に。……良い誕生日だった」
素直にそう言うと、父上は驚いたように目を見開いたあと、微かに笑った気がした。
部屋を出ると、廊下でコンラートが待っていた。
「お疲れ様でした、殿下」
「ああ。……今年は、いい誕生日だった」
そう言うと、コンラートは何も言わずに、ただ静かに頷いた。
あの温度のない誕生日から、随分と遠くまで来た気がする。
夜空を見上げながら、俺は自室への道を歩いた。




