フィギュアスケーター、ガチ氷河期に転移する・5
いまだに悪夢を見る。
氷の上で呆然としている俺。気の毒そうなざわめき。頭の中に流れるのは存在しない誹謗中傷のタイムライン。
「なんで勝山なの? 勝たないじゃん」
「負け山」
「そこまでしてベテランを立てなきゃいけないかな」
「全日本選手権の順位ガン無視で、協会の好きな古株選手のゴリ押し」
「これで来年の3枠確保できなかったら、負け山なんか選んだ協会の人災だよ。責任取れよ」
◇◇◇
フィギュアスケートは個人競技だが、次の年の国際大会に何人出られるかという「出場枠」は、世界選手権の結果によって決まる。
シンゴジラっていう映画で閣僚全員が乗ったヘリが焼き尽くされるシーンが脳裏をよぎる。
SNSでは「内閣総辞職ビーム」だなんて不謹慎な名前で呼ばれていたアレ。
世界のVIPは絶対に同じ便に乗り合わさないんだっけ……全員いっぺんに死んだら世界が混乱に陥るから。
スケートで世界の命運が変わるわけじゃないけど、日本代表全員が事故で棄権とあらば来年の出場枠はどうなるんだろう――俺は暗澹たる気持ちになった。
フィギュアスケートは個人競技だが、翌年の世界大会の出場枠は同じ国の代表が何人どれだけの成績を上げたかで決まるというチームプレイめいたルールもある。
若手の台頭とそれに勝てない自分にずっと苦しめられてきたのは確かだが、もし日本で自分だけが突出して成績が良かったなら、それはそれで順位に一喜一憂して自分を責め立てる毎日だったことだろう。
自分に何かあっても誰かが出場枠を取ってきてくれる。そう思えば少しはプレッシャーからは救われていたのだが、まさかの全員が氷河期にタイムスリップ。信じられない。
案の定実力で枠を取れなかったと世間から責められる悪夢からは逃れられたが、事故で棄権なんて本位じゃない。しかも余裕で枠が取れるはずだった流星と丹波まで巻き込んでいるのは頭が痛い。
「はあ……」
凍てる息を吐きながら、ずんずんと歩いていく。
涙を堪えながらうつむいて無心に歩いていると、後ろからさっと風を切るような音を立てて流星が追いかけてくる。俺の横につくとすっとスニーカーで歩く俺のスピードに落として横につく。
「勝山さん、待ってくださいよー! まったく、なんでスニーカーでそんなに早く走れるんですか。勝山さんってばホント体幹バケモンなんだから――」
言いかけて、俺の顔を見た流星がぎょっとする。
「え、何。どうしたんですか? そんなに丹波の奴がムカつきましたか? 処しますか? 処すんならオレやりますよ! 勝山さんしっかりして」
目の前にしゃがみ込み、流星が俺の顔を覗き込む。
言い方は冗談めいて過激だが、本当に心配で仕方ないという顔をしている。
「……どうしよう……三人とも世界選手権出られなかったら、来年の枠が……」
流星まで不安に巻き込むのが不本意で目を合わせたくない。ぼそぼそとそう言うと、流星は目を丸くして俺を見つめた。
「え、そっち!?」
流星がめちゃくちゃ驚くので俺も思わずムキになって言い返す。
「そっちってどういうことだよ!」
他に何を心配したり不愉快になったりすることがあるんだ。
そりゃあ丹波には生命の危機に瀕している緊張感も日本代表としての責任感もなくてイラッとするが、恐竜オタクの高校生ならそんなもんだろう。むしろこの状況で楽しめる人がいるのかと驚いたし希望が持てた。
「いやだって、この状況でそんなことで悩んでたんですか? さっすが勝山さん。逆に大物ですよ」
揶揄としか思えない流星の返事に、俺はムッと顔をしかめる。
なんだなんだ。流星まで恐竜にビビって八つ当たりしていると思っていたのか。
いいよ、俺はどうせビビりの負け山なんだ。
しかしよく見れば流星の目はきらきらと輝いていて、悪気はなく本当に驚いていたらしい。
なぜか「さっすが勝山さん!」という純度100%の感動のまなざしすら流れ星になって飛んでくる。
「大丈夫! 補欠の篠山とカムイは無事だと思うし、あいつらなら余裕で枠取ってきてくれます!」
ムキッと腕をポパイポーズにしてウインクする流星だが、任されたのはお前じゃないだろ。
思っていると、流星はすすっと俺の横にやってきて、無理に作ったような明るい声で言った。
「オレも本当は僕よりあいつらのほうが出ればいいのにって思ってたことがあるんですよー」
今度は俺のほうが目を丸くしてまじまじと流星の顔を見てしまう。
無敵無敗の岩泉流星が?
「全日本選手権のとき、オレってピンポイントであんまり調子よくなかったじゃないですか。そんでSNS見たらやっぱりーというか、めちゃくちゃ文句言われてるんですよね。岩泉流星は今季右肩下がりだからこのままじゃ枠取り不安とか、全日本選手権で代表選考することになってるのをガン無視した選考で若手が可哀想だとか」
そりゃそうなんで図星だからヘコんでるんですけどねーと、流星が石を投げる。
図星の流星。
「……お前でも、そんなこと言う奴がいるのか……?」
最近、怖くて文字がメインのSNSは開けてない。開けなくてよかった。SNS怖すぎる。
流星でそこまで叩かれるのなら、俺などはなんと言われていることか。
「えー。むしろ勝山さんにそんなこと言う人いないでしょ。スケオタ万人納得のレジェンドですってー」
流星はそう言って笑い、ふと思いついたように手を打った。
「あ、そだ。勝山さん、コンクラーベって知ってます?」




