フィギュアスケーター、ガチ氷河期に転移する・4
「6600万年前、小惑星が衝突して地球は炎に包まれました。そこから起こった塵や火山噴火で太陽が遮られると今度は地球の温度は急速に下がり、世界中が凍てつき、寒さに耐えきれなくなった生物が死に、それを食っていた生物が放浪の末に倒れ、食料を失った生物からドミノ式に絶滅しました。これが氷河期です。どう考えても死にますよねーそりゃ。むしろ生きてる鳥類とかアンモナイトとかの生命力のほうがヤバいくらいです!」
ここまでワンブレス。
さわやかで真面目な高校生スケーターとして人気の少年は、一度も染めたことのない黒髪を揺らして力説した。
「一見、ワニのほうが見た目が近いので、昔は恐竜は爬虫類の親類だと思われていたようです。しかし氷河期に大型恐竜がその巨体を維持できなくなって絶滅した後も、小型の恐竜たちはわずかに生存していました。海に潜り、空を飛び、わずかな食糧を得る能力に長けた種類の子孫だけが今も繁栄しています――鳥類です」
俺の頭の中に、極彩色のもふもふとした羽毛が蘇る。
恐竜は鳥で、鳥は恐竜。
「するとアレはやっぱり恐竜なのか……」
丹波の明るい説明に反し、俺の声は暗い。
氷に閉ざされた氷河期のアラスカ、生物が死に絶えるほどに食物は無く、なのに肉食の恐竜の生き残りが闊歩している。
「そうですよー! バチくそ凶暴凶悪なエミューみたいにも見えるけど、立派に恐竜ですー! デイノニコサウルス、体高2mの肉食獣脚類。腕はちょっとだけ翼に進化中。
……あ! 解りやすい説明思いつきましたよ! アレですよアレ。岩泉センパイの今季のフリープログラム、ジュラシックワールドの恐竜三匹なだめて制止するしぐさが入ってるじゃないですかー。アレがデイノニコサウルスの近縁種です」
「ラプトル?」
岩泉が両手を広げながら言う。丹波は嬉しそうに指さして笑った。
「そう、それ!」
二人が盛り上がる中、俺は首を傾げている。と、丹波が俺のほうに向き直り、補足説明をしてくれた。
「岩泉センパイの今のプログラム、ジュラシックパークじゃないですか。それで、コレオのときみんなを笑わせてるあの振り付け――あの両手広げるイーグルは映画の中のワンシーンがモチーフなんですよ!」
ああ、と俺はうなずく。シリアスな雰囲気から一転、すうっと後ろに下がり、脚を開いて腰を落とし、「どうどう」とでも言うように手を前に出す振り付け。身体能力を駆使した怒涛の技の畳み掛けの間に挟まるコミカルな演技は良い箸休めになっていて、アレで緊張の解けた観客が、どっと笑い出す。
「ただ、あのシーンってほんとはジュラシックパークじゃなくてジュラシックワールドなんですけどねー」
「ガチ勢はみんなネットでツッコんでますけど」と茶目っぽく片目をつぶってツッコむ丹波に、いまさら知ったらしい流星が大声で「えええええ!?」と叫ぶ。
「ま、マジかよ。えー、だからオレ、『音楽の解釈』だけいつも点数悪かったのかなあ」
ガーンとムンクの叫びのような顔をする岩泉に、丹波も軽口でツッコむ。
「フィギュアスケートの『音楽の解釈』ってそういう意味じゃないでしょー? なんかこう、そういうことじゃなくて、全体的に雑なんですよ、センパイはー」
冷静な丹波の指摘に、ぐぬぬ、と拳を握りしめた流星が皺くちゃの顔で言う。
「マジレスすんな!」
丹波は肩をすくめてそれをあしらった。
「ま、とにかく、そんな恐竜と鳥類の過渡期の生物がナマで見られる日が来るなんて思ってもみなかったですよー!
マジヤバいです! 僕たち古生物のオタクって、生きてる推しに会えるチャンス、他に無いんですよー! やったね、ほんと今回代表に選ばれててよかったー。今回思い切って四回転アクセル入れてって正解だったなあ」
その笑顔は屈託なくて、本当に恐竜が好きなんだなあと思う。
だけど、無邪気にはしゃぐ丹波を見れば見るほど俺には耐えきれない。
嘘だろ。世界選手権日本代表が全員氷河期にタイムスリップだって!?
試合はどうするんだ。そして世界選手権で決まる来年の世界大会の出場枠は?
場をなごませる冗談なのは解っているが、その重圧と責任を「恐竜に会えてラッキーだったなあ」にされるのは耐え切れなかった。
歯をくいしばって洞窟を飛び出すと、背後からきょとんとした丹波の声が聞こえてきた。
「僕、なんか失礼なこと言っちゃいました?」
岩泉は額を押さえ、ため息をつく。
「……なんかじゃねーよ。何から何まで無神経だろ……」




