デカいお肉と塩とダシ・1
バチッと目が醒める。と、目の前に鋭い鉤爪があり、見開いた俺の瞳を今にも突き刺しそうだった。
「流星……やっぱりお前……」
目を見開いたまま、鉤爪の向こうにぼんやりと見える明るい髪の男に呼び掛ける。
すると、流星は手を引っ込めて明るく笑うのだった。
「あ! 目が醒めましたか! よかった!」
引っ込めた手に持っているのはクソでかい獣の腕。それをいったん背中に隠してから「じゃーん!」と目の前に差し出す。再び目の前に鉤爪が迫って、俺は息を呑んで顔をこわばらせる。
「……何のつもりだ」
俺がにらみつけていることに、嬉しそうに笑う流星は気がついていないようだ。
「クマの手ですよ! 熊手です!」
そうしてようやく俺のなんともいえない表情に気づくと、「あ、すみません。いきなり腕とか怖いですよね! 腕ですもんね! しかも熊の腕だし!」とハイテンションな声のまま謝った。
「でも熊手って、本州じゃ幸運のお守りなんですってね! 熊の手ってこんなにデッッカいから、幸運もガッポガッポ招きよせるんですって! 勝山さんが熊手ゲットしてくれたおかげでなんだか無事に現代に帰れるような気もしてきました!」
そんなわけあるか!
リアル熊手を振り回している流星を見いたら、馬鹿馬鹿しくてなんだかスンッと冷静になった。
「なんであのときの熊の腕がこんなところに?」
熊の手はデカい、という常識以上にバカデカい獣の腕。こんな熊あいつしかいない。俺が谷底に沈めたあの巨体ホラアナグマ。
流星は「聞いてください!」とこれまたハイテンションな声で言う。
「勝山さんのおかげでしばらくお肉が食べられるんですよー!! 焼肉お肉! ありがとうございーます!!!」
ドデカボイスが耳にキーーーンと鳴る。
待て待て待て。寝ている間に展開が早すぎる!
氷河期で熊に襲われて、起きたら焼肉には困らないことになっていた。つまりそれってそれって。
「馬鹿か!!?」
事態をよく理解する前に俺は思わず叫んでいた。
反射的に、とは言ったが、よく考えてみてもこの話の流れで手に入るお肉と熊手はアレしかないだろう。
熊。このクソデカい腕の持ち主だった熊。
「死んでなかったらどうするつもりだったんだ!? しかも熊は共食いすると言うじゃないか。それこそあれよりデカい熊が仲間の遺体を取り戻しに来たらどうする!? お前死んでたんだぞ!?」
怒涛の叱りに、流星が目に見えてしゅんと肩を落とした。あ、図星だ図星。丹波も止めてくれ! 死んでいたらお肉が食えると思ってあんな巨体熊の生死を谷底まで確かめに行くなんてどうかしている。
「いやー……実は丹波にも止められたんですけどー!」
止められたんかい!
「生きてたら逆にその場にはいないと思って、逆に谷底から探しに行ったんです。どうせ川に粘土掘りに行きたかったのもあるし。そうしたら熊、完全に頭から落ちて潰れてて、凍ってたからこれはもう生きてないの確実だなって思いました。他の獣に食われた形跡もまだなかった。腐敗してたりハエまみれだったらさすがに生理的に無理だなって思ったんですけど、さっすが氷河期ですね!! 天然の冷蔵庫です!」
最初こそ「あ、反省の色があるな」と思って叱る声を抑えたものの、しゃべっているうちにまたどんどんテンションの高くなる流星を見て、俺は思わず怒鳴る。
「流星!!」
流星は土下座してうなだれた。
「すみませんでした……」
うん。もう無茶しないならいいけど。
その様子を黙って聞いていた丹波が、不意に補足説明を入れる。
「冷蔵庫並に寒いのもありますけど、腐敗で虫がたからないのはもうひとつ理由がありますね。恐竜が生きていた時期には、動物の遺骸に卵を産みつけて食べるタイプのハエはいなかったらしいですー」
丹波の補足説明に、俺もうっかり「へえ」と感心してしまった。
「あ、なるほど。だから偵察に行った流星はウジまみれの気持ち悪い熊肉を見ることにならなくて済んだと」
納得してうなずく俺に、丹波は今更ながら頭を下げた。
「そうです。あ、勝山さん、無事におはようございます。起きてよかったです。なかなか目を覚まさないから心配しました」
うん、その割には熊の話を補足した後に思い出したように心配してくれたけどな。心配してもらえてたのかな、本当にこれ。
「現代のように動物の遺骸を分解する虫がいないということは、生物の遺骸を土に返す過程が他の獣の食い合いに依存しているということなんですよね。ちなみにセンパイ、この熊、他の獣が食った形跡はありました?」
流星は首を傾げてうーんと記憶をたどった。
「…………無かったと思うー。普通に落ちて頭カチ割れて死んでた」
ふむ、と丹波がうなずく。
「それはラッキーでしたね。先に恐竜か他の肉食獣に発見されてたら、センパイなんか一発でぶち殺されてましたからね」
あっさりと言う丹波に
「え! またその話!?」
流星がムンクの叫びのように両頬に手を当てた。
俺はまた夢を思い出してぞっとする。
「センパイが襲われるだけなら止めませんけどー、もしセンパイを追って何か肉食動物がついてきたら、迷わずセンパイを締め出します」
「冷たい!」
すかさず流星が抗議するが、あの夢の後では俺も流星を助けてやれる自信がない。あんな目に遭うなら見捨てるかも……。
少しの申し訳なさでチラリと流星を見ると、流星は全然気にしてなさそうだが反省もしてなさそうな様子ですしざんまいの社長の決めポーズのように両手を広げた。。
「でもさー。俺のおかげでしばらくお肉にありつけるよ? ハイ、みんな感謝」
確かにそれはそう。じゃがりこにも限りがあるし、あの大きさの熊の肉がほぼ冷凍保存されているとなれば心強い。
「とはいえ、ずっと他の動物に見つからないでクソデカ熊だけ食って生き延びるのは難しいでしょうね」
丹波はそう言って顎に手を当てた。それはそうだな。
ほぼ冷凍状態とはいえ、一応氷河期の気候の中でも気象変動はあるので、ずっと安全に食える保証はない。虫や獣も永遠にたからないわけではない。
「うーん、じゃあさー、あらかじめ切り出して干し肉とかにして洞窟に置いとけないかな」
何がなんでも無限お肉を無駄にしたくないらしい流星のアイディアで、俺たちはクソデカ熊の料理にチャレンジすることになった。




