6話 同期たち 中編
「「はぁ!?教育担当と一緒に住んでる?!」」
「おぉ、そだよ」モグモグ
入校式から一ヶ月。
日夜猛勉強と猛訓練に励む日々を送ってきた新人巡査達であったが、この日は有志で集まって居酒屋にてお疲れ会という名目の宴会が開かれていた。
発起人は谷口。
同期生三十一名の内、どうしても外せない用事があった五人を除く二十六名が参加する大宴会となった。
普段あまり飲み会に参加しない勇一も、後期訓練を修了するとめったに顔を合わせる機会がなくなることから、今回は参加することにした。
同室ということもあるが、寮から居酒屋に至るまで谷口と共に行動し、そのまま向かい合わせの席に着き、交番や駐在所での勤務について語り合っていたところ、頃合いを見計らって隣席の二人が乱入してきた。
「俺駐在所勤務で、上司もそこに住んでるからさ。必然的にそうなるわけよ」
「いや、上司と同居とかありえねぇ…アパート探せよ…」
「って思うじゃん?」
谷口もアパートがあるならそうしたかっただろうが、駐在所から一番近いアパートは咲作警察署のすぐ近く。
朝早く警察署に出勤してから毎朝約四十分かけて出動するくらいなら駐在所に住んだ
方がよほど良い。
「八時過ぎに形だけの朝礼をするんだけど、十分前まで二人とも寝てるんだぜ?最高だろ」
「うっ、それは、ちょっとうらやましいかも...」
「でも周り田んぼだらけなんだろ?何もないじゃん」
その言葉に、谷口の眉がピクリと動いたのを勇一は見逃さなかった。
「配属先がどこだろうと、住民が多かろうと少なかろうと、私たちのやるべきことは変わらないはずです」
「じょ、じょーだんだってじょーだん!紺野もマジレスすんなよ。相変わらず真面目ちゃんだなお前は」
勇一の圧を感じ取ったのか、もう一人が「お前飲みすぎなんだよ」と脇を抱え、「ごめん」とジェスチャーをしながら他の席に連れて行ってしまった。
「紺野、さんきゅ」
「いや、気に入ってる場所を揶揄されたら腹が立つのは、よくわかるから」
「ド」がつくほど真面目な二人は、同室とはいっても普段は訓練や勉強の話をしてばかりで自分の身の上話はほとんどしていない。
谷口は交友関係が広く、しばしば飲み会に誘われて街に繰り出しているが、配属先の話になるといつも
ど田舎だ、不便だ、過疎地だ、高齢者集落、才能の無駄遣いだ。
などと言われ続けていれば、いくら温厚で明るい谷口も流石に頭にくることもある。
「住民との距離が近い分、こう、なんだろ。自分がこの町を守ってるというか、やりがいとか達成感は市街地勤務の俺たちよりよっぽどあると思うけどね」
勇一が勤務する市内中心部は半径一キロ以内に交番がいくつもあり、住民も多ければ当然警察官の数も多い。
顔馴染みの市民もいるが、大半の人間にとって何か困ったことがあった時に助けてくれる警察官は別に誰でも良い。
しかし、谷口は違う。
集落の人たちにとって、治安維持は駐在所の二人が全てだ。
「頼られる」のレベルが違う。
他の連中は、谷口が駐在所勤務なのは人材の無駄遣いだとよく口にするけれど、勇一的には非常に適任だと思っている。
「紺野ぉぉ〜お前だけだよそう言ってくれるのはぁ」
「今の勤務地は谷口に合ってると思うよ」
机に突っ伏して泣き真似をする谷口にそう声をかけ、お手洗いに行くために席を立った。
__
(なぁ、いいだろ?2人で抜けようぜ)
(いや、だからさっきから何度も言ってるでしょ)
「?」
「←化粧室」
と書かれた看板の先に続く狭い通路で、こちらに背中を向けた男と、姿は見えないが声質的に女性が何やら話をしている。
通れない。
「真面目すぎるって。ちょっとは遊んだほうがいいよ」
「うっさいなぁ。余計なお世話!」
どうやらこの男、気のある女性を外に連れ出そうとしているようだ。
それは勝手にすれば良いが、場所を考えて欲しい。
勇一は男の背中から声をかける。
「あの」
「うぉっ!?」
「普通に邪魔なんですけど」
「こ、紺野か。びっくりした。わ、悪ぃ」
この男、なんと同期の警察官だったようだ。
酔いが回っているとはいえ公衆の面前で警察官がナンパとは何たることだ。
プンスカしながらお手洗いに向かおうとすると、通路に気まずそうに立っていたのは陽菜だった。
「あなたでしたか」
「あーもうほんと、馬鹿ばっか……」
だいぶしつこく絡まれていたのだろう。
額に手を当てうんざりした様子だが、そんなことはどうでも良い。
「とりあえず通りづらいので避けてもらっても?」
「相っ変わらずいちいちむかつくね」
口をとがらせつつ、素直に道を空ける陽菜。
軽く会釈をして勇一はお手洗いに行き、用を足して戻ってくると、陽菜は同じところにまだいた。
特に用はないので、そのまま素通りして席に戻ろうとすると
「いや待ってよ!」
「えーと?特に用事はないのですが?」
急に呼び止められ、本気で困惑した勇一はついストレートに言葉を返してしまう。
「わっ、私も特に用事はないけど、その、相変わらず今回も紺野くん成績良いし、なんかその、話ができたらなって」
意外なことに、勇一と話をしたかったらしい。
しかし、
「いや、谷口が待ってるんで」
「あぁぁぁ!!やっぱりムカつくぅぅ!!」
即答で断られたことに、髪をぐしゃぐしゃしながら絶叫する陽菜。
無視してさっさと立ち去ろうとする勇一を睨みながら、静かに後ろをついて行った。
___
「ははっ!なんで黒瀬さん連れてきてんの!!やべえお前マジでおもしれー!」
開口一番。
戻ってきた勇一の横に、陽菜が立っていることに谷口が大笑いする。
「…なんか、話がしたいとか言って勝手についてきた」
「言い方!!いやだいたい合ってるけど言い方!いや違う!谷口君待ってなにその目は!!」
生暖かい視線を送る谷口に、顔を真っ赤にしながら手をばたつかせて全力で否定する。
「わかってるわかってる。俺は同室だからよく話し合ってるけど、本当に同期か?って思うくらい紺野と話すと勉強になるから」
「いやそんなことはないと思うけど、普通にやってるだけだし…」
本人は普通にやってるつもりでも、勇一の身体能力や勘の鋭さ、異常なまでの正義感は、周りからすると模範でしかない。
毎日マンツーマンで予習復習できる谷口の成績は、前期訓練では半分くらいの位置だったのに対し、今は上位5本の指に入るほどに向上している。
「紺野君、成績トップって実はすごいことなんだけど。頑張っても万年二位の私はどうしたら良いのかな?」
陽菜はいつの間にか注文していた、多分ライムサワーであろう黄緑色の酎ハイを飲みながら、不貞腐れ気味に勇一に問う。
「そうですね。実技は女子の中でトップなので、今のままで良いと思います。座学に関して言えば、こればっかりは暗記とかその辺の話になってくるので正直なんとも」
「むー……」
男女で身体能力の差があるため、勇一がいようがいまいが、女子が実技座学総合で一位になるのは、難しい。
しかし、目の前の谷口含め大勢いる男子を抜いて二位につけている陽菜は、十分すごいのだ。
もちろん、本人は納得していないが。
「あー。えーと、そうですね。何故黒瀬さんは首席になりたいのでしょうか」
「え?そりゃ首席ってなんかカッコいいじゃん。それにやっぱ、せっかくやるなら首席目指して頑張りたいなって思うし」
特に深い意味はないようだが、向上心はかなりのもの。
学業も部活動も一番を目指し続けてきた陽菜らしい。
「あと私、紺野くんに剣道負けたの、ほんと悔しかったんだよねぇ…」
警察学校では剣道、柔道、逮捕術と武道系の教練があり、剣道の練度確認を兼ねた学内対抗戦で二人が戦った時、全国制覇に加え国体経験もある陽菜が、文字通り勇一に瞬殺された。
あまりに早い決着だったため異例の三本勝負となり二本目が行われたが、これも開始直後、綺麗に勇一の胴が入り秒殺。
泣きの三本目に至っては、開始と同時に打ち込んできた陽菜の竹刀を弾き飛ばし、その竹刀が宙を待っている間に面を叩きこんで一本勝ち。
ぐぅの音も出ない程に、勇一の完勝だった。
目で追えない打ち込みの速さと踏み込み、陽菜は理解できなかった。
(元の世界で魔法も使っていたが、基本剣一本身一つで数多の魔物と命のやり取りを何年も続けていた勇一相手に、二十年弱の剣道経験では勝てるはずもないと言えばそうなのだが)
座学も然り。
どれだけ頑張っても勇一に勝てない。
「自分で言うのもアレだけど、学生の頃は結構なんでも出来る子で、こんなに頑張っても届かないことってなかったんだけどなぁ…」
「別に、届かなくても良いのでは?」
「紺野君、水をぶっかけられたいなら素直に言ってね?」
勇一の言葉に、ニッコリ笑って水の入ったグラスを構える陽菜。
「待ってください。悪い意味じゃないです」
「じゃあどういう意味よ」
このクソ寒い時期に水なんてぶっかけられたら堪らない。
「人間って、登り詰めるとそれ以上を求めることをやめてしまう人が多いんです。頂点に立った途端に手を抜いてしまう人を何人も見てきました」
「それはあるかもな、たしかに」
勇一の言葉に、谷口がうんうんと頷く。
陽菜もまっすぐ勇一を見て聞いている。
「黒瀬さんはとても優秀です。剣道も、ずっと真剣に鍛錬を続けているのは見ればわかります。きっと首席になっても変わらず自己研鑽に励むんだろうと思います」
「な、なに?急に。照れるんだけど」
酔っているのか照れているのかわからないが、陽菜の顔が真っ赤になった。
「簡単に首席を譲る気はありませんので、これからも向上心を持ってやってください。私も抜かれないよう全力でやりますから」
以前秋山に黒瀬のことを話した時「勝手にライバル視されている」と、
どちらかと言えば迷惑に思っていた勇一だったが、今日初めて陽菜としっかり話をして、どれだけ勇一を超えるために努力しているか理解した。
「ようやくライバルと認めてくれたってことでいいのかな?」
勇一は陽菜の言葉に頷く。
声を掛け合ったわけではないが、お互いに持っていたグラスを「カチン」とぶつけ合った。
「うーん、良いねえ熱いねえライバルって奴は」
グビグビとハイボールを飲みながら呑気な空気感を醸し出している谷口に、二人がぐるりと顔を向ける。
「何言ってんの谷口君。あなたも頑張るんだよ」
「向上心無くしては成長なし。蝉の抜け殻と一緒だ」
「えっ、いや。俺は今でも十分満足というか、そんな熱血指導は求めてないというか。ははっ、まいったな…あ、そろそろ時間が…」
目を泳がせて逃げようとする谷口に、二人が詰め寄る。
「リーダー的存在がこれではダメだね。紺野君、これは意識改革が必要だよ」
「そうですね、もう少し熱く語り合わないと」
宴会がお開きとなった後、
「嫌だっ!!俺はあいつらとお姉さん達がいる店に!!あぁクソ全く外れねえ!!離せ紺野!!お前らも見てないで助けろやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
涙ながらに訴える谷口は、勇一と陽菜に両脇をガッチリと捕まれ、静かなバーへ消えていった。
___
「ねぇ、谷口君いい加減機嫌直しなって」
「うるさい!街中住みのお前らにはこの悲しみはわからない!」
バーで大いに語り尽くし(勇一と陽菜が)たあと、駅へ向けて歩く最中。
谷口は他の同期連中が消えていった繁華街へ想いを馳せ、ふてたようなそぶりを見せている。
「田舎っていっても飲み屋は一軒くらいあるだろう?」
「あぁ、あるよ。『みししっぴ』って名前のスナックが一軒だけな」
「うわぁ…」
海外の地名を店舗名にしている田舎のスナック。
行ったことも見たこともないが、大体どんな店か容易に想像がつく。
「しかも乗合バスで二十分。一回だけ前田のじーさん達と一緒に行ったんだよ」
「遠いな…。で、どうだったんだ?」
集落の年寄り連中は、定期運行している乗合バスでそのスナックにしばしば足を運んでいる。
「ん?干柿みたいなばあさんとサワガニみたいなおばちゃんが永久に目の前で喋ってたよ」
「なんかごめんね。谷口君」
「嘘嘘、いいよ。まぁ、少なくとも向こうに行くより勉強にはなったし」
綺麗なお姉さんたちのお店に行きたかったのは事実だろう。
しかし、バーにいる間、谷口も会話に入って熱心に話していた。
なんだかんだ言って谷口も真面目なのだ。
現に今も、当然本気で怒っているわけではない。
それに、この後に楽しみなこともあった。
(__電気ついてる。秋山さんいるな)
会話をしながら歩いていると、もう一つの目的地が見えてきた。
笹野瀬駅前交番である。
谷口が秋山に会ってみたいと言うので、ついでに寄ってみることにしたのだ。
本署からの言いつけを守っているようで、正面のガラス戸は全開になっている。
「…紺野?おい久しぶりだな。飲んでたのか?」
「こんばんは秋山さん。お元気そうですね」
「元気そうに見える?」
秋山は防寒着に加え、ネックウォーマーを身につけてストーブにあたり、湯呑みでお茶を飲んで震えていた。
「あ、秋山部長。初めまして。自分は咲作署の谷口と言います。お噂は予々お伺いしています」
「私は西交番の黒瀬です。初めまして」
そこに、やや緊張気味に谷口と陽菜が挨拶をした。
陽菜は廃病院での騒ぎの時、応援で駆けつけてはいたがパトカーから降りてはいないため、直接話すのは初めてだ。
「なんだよ同期の子たちもいたのか。みっともないところを見せちゃったな」
「いえ、いつも通りですよ」
「よし紺野。そこに立っとけ」
拳を「はぁ〜」としながら勇一に歩み寄ってきたが、入り口近くは寒かったためかストーブの前に戻ってまた震えだした。
「秋山部長ってもっとこう、孤高の人というか、絡みづらいイメージがあったんですけど、なんかすごく親近感湧きました」
勇一の前では気を抜いている秋山だが、署内ではいつもキリッとしていて真面目。
とにかく超優秀な若手巡査部長と言われており、絡みづらいと思われがちだが、実のところはかなりフランクな性格だ。
「こいつ、たまにぶっ飛んだこと言ったり意味不明な動きをしたりするから、同期の君らは大変だな。まぁ、うちの紺野をよろしく頼む」
勇一のぶっ飛び能力に振り回されているのは秋山も同じ。
同胞を得た気持ちで、谷口と陽菜と勇一の取り扱いについて、大いに盛り上がった。
「__ありがとうございました!大変勉強になりました」
「おう。いつでも遊びにこいと言いたいところだが、谷滝はなかなか遠いな。まぁ、また会ったらその時たくさん話をしよう」
「はいっ!!」
先ほどのバーと打って変わって、谷口は目を輝かせて秋山との会話を楽しんでいた。
「じゃあ紺野、あと一ヶ月頑張れよ」
「はい、秋山さんもお体に気をつけて」
電車で帰る陽菜を見送るため三人で駅に向けてまた歩き始め、途中谷口の実家の前に着いたので、そこで谷口と別れた。
そのまま二人で駅へ向かい、駅の地下改札で勇一が陽菜を見送る。
「ありがとう。楽しかった。明後日からまた訓練頑張ろうね」
「はい、勉強になることもたくさんありました。よければまたみんなで行きましょう」
陽菜はコクリと頷き、改札の方へ歩いて行った。
改札を抜けた陽菜が振り返り『バイバイ』と、口パクをしながら手を振ったので、勇一も振り返した。
そして、陽菜が見えなくなってから、勇一は寮に戻るためタクシー乗り場に歩いて向かった。
地上に出ると、夜の冷えた空気が頬を刺す。
(すごく空気が乾燥してる。今日はしっかり加湿して寝ないと)
冬から春に移行する時期特有の空っ風も吹いていた。
(風強いなぁ、なんか嫌な感じ)
ゴォという不気味な音を立てて風が吹き抜け、開いたタクシーのドアがギシりと軋んだ。
強風でザワザワとその身を揺らす街路樹を眺めながら、
勇一を乗せたタクシーは街をゆっくりと離れていった。
勇一と谷口の席に乱入してきた同期2人は
中西君と岡野君です。
岡野君はからみ酒タイプで中西君によく怒られます。
陽菜と抜け出そうとしていたのは横山君。
小柄な女性がタイプで、入校当初から興味を抱いていましたが、
剣道でボッコボコにされました。




