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7/21

間話 ここに住むんですか?

_____

辞令


氏名 谷口 歩 

階級 巡査


咲作(さくさ)警察署勤務を命ずる

_____



(……どこ?)


辞令交付の時、第一に頭に浮かんだ言葉はそれだった。

当然「嫌です」などとは口が裂けても言えない。


「はっ!!ありがたく拝命いたします!!」


この瞬間、谷口の咲作警察署での勤務が決まった。


___


谷口が生まれ育ったのは笹野瀬駅前に広がる商業地域に立つマンション。

笹野瀬市最大のショッピングモール「アニオンモール笹野瀬」は自宅から徒歩5分ほど。

何をするにも利便性の高い街で暮らしてきた谷口にとって、県北部の咲作市は未開の地だ。


「勤務地は地元から離されるとは先輩から聞いてたけど、遠すぎるって...」


地図アプリで咲作警察署の位置を調べその遠さに早くもうんざりしてしまうが、決まったものは仕方がない。

辞令交付の翌日は身支度のために休暇となっており、当面の着替えや身の回りの物をキャリーバッグに詰めている最中だ。

交付の翌々日には出発となるためアパートを探す暇もなかったが、


「宿舎については向こうでの指示に従うように」


と人事担当官が言うので、簡単な荷物だけで済むのはまぁ、ありがたい。


「えーっと、明日の9時には着任式だから、30分前には着いておきたいよな。よし、6時には家を出ないと」


翌朝の出発が予想以上に早かったので、谷口は早々に眠りにつく。


「はぁ~~~~~~~~、どうなるんだろ」


明日からの新しい環境を想い悩むあまり、なかなか寝付けない谷口であったが、夜は更けていく。


___


「歩、しっかりね、運転気を付けて」

「がんばってこいよ」


翌朝。両親に見送られ、谷口は車で咲作警察署へ向けて自宅を出発した。


途中で朝食を買うためにコンビニに寄ったりしながらも予定より少し早い8時過ぎ頃に無事到着した。

案内係の職員に誘導された駐車区画に車を停め、手荷物だけを持って署内へ。

着任式は大会議室で執り行われると説明を受けたため、階段で3階の大会議室前に行くと


『〇〇年度 咲作警察署着任式』


とドアに張り紙がしてあったので、ノックをして入る。


「えっ」


入室すると正面に入り口と同じ内容が書かれた横断幕と司会台、部屋の真ん中にパイプ椅子1脚。


以上、終わり。


「えっ?」


思わずもう一度声を発してしまう谷口。

戸惑いながらも、正面の司会台の向こうに立っている人物に椅子のところに来て座るよう手招きをされたため指示に従い、椅子の横に立ったところでその人物が時計をちらりと見てから口を開いた。


「うむ。では少し早いが始めてしまおう。ようこそ咲作警察署へ。私は署長の沼本(ぬもと)だ。着任者が君一人で少し驚いたかな?小規模だがどうか住民のために力を尽くしてほしい。早速だが配属先を伝えようと思う。谷口巡査、前へ」

「はっ!」


はたして着任()と言ってよいものだろうか。

沼本とマンツーマンで始まった謎の儀式だが、谷口はきちんとまじめに受け答えする。


「辞令、谷口歩巡査殿。貴官に谷滝(やたき)()()()勤務を命ずる」

「駐...在所?」

「ん?」

「あ、いえ...はっ!拝命いたします!!!」


谷口に告げられたのは、本署勤務でも交番勤務でもなく、駐在所勤務だった。


「良い返事だ。しっかり頼む。では以上で着任式を終了とする。部屋の外の職員に地図と住所を書いた資料を渡してあるからそれを受け取って早速向かってくれ。大体ここから30分くらいだ」

「は、はい。ありがとうございました」


谷口は沼本に一礼して部屋から外に出ると、入り口のすぐ横に女性職員が立っており、封筒を渡してきた。


「中に地図などが入っております。もし道がわからなくなったら地図に駐在所員の電話番号を書いていますので、電話してみてください」

「はぁ...わかりました」


車に戻ると資料に書いてある住所をカーナビにセットして車を発進させる。

ナビによると到着予想時刻は30分後で、道中はさほど迷うような道ではなかったが、途中で意味不明な曲がり方をする分岐や普通車がギリギリ通れるくらいの道幅の箇所を通らされカーナビがなかったらたどり着くことは困難だったであろう。


『目的地に到着しました』


「...ここか」


二階建てで白い壁の一軒家風の建物に「谷滝駐在所」とだいぶ年季の入った看板が掲げられている。

ひとまず車が停めれそうなスペースに駐車して車を降りると一陣の風が吹き抜けた。


「おぉ...田舎の匂いだ」


風に乗って草木の匂いや、どこかでしているのであろう野焼きの香ばしい匂い、牛舎の匂いが谷口の鼻に届く。

街で育ってきた谷口にとっては休みの日に遠出した時にしか縁のない空気にほんの少しだけ胸が高鳴った。


「失礼しまぁす...」


建物正面の引き戸をガラガラと音を立てて開けると、シン...とした建物からは誰の気配も感じない。

カウンターデスクの上には「外出中」とだけ書かれた紙が適当に置いてある。

ひとまず荷物を部屋の隅の方に適当に置き、さっき署でもらった紙に書いてある駐在所員の携帯番号に電話をかけようとした時、ガラァァァ!と勢いよく戸が開かれた。


「うぉあぁぁぁぁぁ?!」

「シゲさんシゲさん!!!大変だよシゲさ、あらま。見覚えのない駐在さんだね」


不意にとんでもない勢いで入ってきたのは見た感じ60~70歳くらいの女性。

思わず絶叫した谷口を気にする様子は全くない。


「あっ、こんにちは~...。すみません本日からこちらで勤務することになったのですが、誰もいなくて、あのどうしよっかなって思ってて」

「あらま、今日からここに!そうなの!シゲさんはいないのね!でもちょうどよかったわ。ちょっと来てもらえるかしら!」

「えっ、あの、ちょ、待っ」


女性は有無を言わさず谷口の腕を掴むと駐在所の入り口前に停めてある軽トラの助手席に無理やり押し込んだ。

そして自分も運転席に乗り込むやいなやタイヤ鳴りでもしそうなほどの勢いで車を発進させ狭い田舎道を爆走してどこかへ向かう。


「あああああああのののののののの!!どこどここどどこに?」


運転に全集中している女性からの返事はない。

舗装された道から山道に進路を変え、とてつもない揺れと小刻みな振動で身体を上下左右にシェイクされる谷口。

そんな道を進むこと5分弱。

ようやく車が停止したのは森林にぽっかり開いたようにように開けた空間になっている放牧場らしき針金で境界を仕切られた草原の前。

牛が数頭草を食んでいるのが見える。


「オェッ...」

「はい!じゃあこれ持ってこっちに来て」

「...?......あい」


車から降りるとおもむろに8の字に束ねた縄を渡され、牛舎のような建物の向こうの方に歩いていく女性に着いて行くと、


「おぉ!!遅かったじゃねぇか!!シゲさん頼むよ!...って、兄ちゃん誰だい?」


牛舎の角を曲がると作業服姿の男性が駆け寄ってきた。


「なんかね、今日から駐在所に来た子なんだってさ、そういえば名前をまだ聞いてなかったね」

「はぁー、シゲさんのとこにねぇ!ずいぶん若いのが来たな」


なんとなく会話の感じからしてこの2人は夫婦だろうと推察する。


「あ、谷口歩と申します。今日からお世話になります」

「おん、まぁ名前はなんだっていいや。じゃ、歩。ちょっとこっちきて」


名前はなんでも良いと言いながら早速ファーストネームを呼び捨てだ。この距離感のなさが実に田舎らしい。

牛舎のさらに奥の方へ歩いて行く道中にこの男性は前田と名乗った。

駐在所に駆け込んできた女性はやはり奥さんで、佳代(かよ)さんというらしい。


3人で歩き、牛舎の奥の林を抜けてまた少し開けた所で前田が立ち止まり前方を指差す。


「ほら、あそこだよ。じゃあこっちの縄よろしく」


前田が指差した方向を見ると、いかにも暴牛という表現がジャストフィットしそうな筋肉隆々の巨体が目をギラつかせ、荒い鼻息でこちらを睨みながら頭を低くして前脚で地面をズリズリと掻いている。

今にも突進してきそうな雰囲気だ。

頭頂部には鋭く湾曲した立派な角が2本。


「はっ?!えっ?!これでどうしろと?!」

「あん?どうするってそりゃ首に掛けんだよ。あいつまた逃げ出しちまってよ。捕まえんだよ」

「はぁぁぁ?!」

「あんたらちゃんと見てな!来るよ!」


佳代さんの声にハッとなった2人が前を見ると、暴牛が巨体を揺らしながらこちらへ突っ込んでくる。


「「わぁぁぁぁぁ!!!」」


2人が叫び声を上げながら咄嗟に突っ込んでくる牛を横っ飛びで避けると、ドガ!バギャ!と凄まじい音を立てて薪を集積している小屋に突っ込み、薪もろとも木っ端

微塵に吹き飛ばした。


「いやいやいやいや無理無理無理死ぬってあんなの!」

「あぁ?!おめぇ駐在の癖に怖がってんじゃねーぞ!」

「あんただって足ガクブルじゃねーか!!」

「んだとこのやろ!」


2人がギャーギャーと言い争いをしているうちに再び牛がのそりと起き上がり突進の予備動作に入る。


「オ、オカフジ!!待て、やめろ!!」


オカフジというのはあの牛の名前だろうか。

前田の呼びかけなど馬耳東風(牛だけど)。

準備万端と言わんばかりに土を蹴り、突っ込んできた。


「歩君!!縄を牛の顔に向けて投げるんだよ早く!!」


佳代さんが縄を持ったまま固まっている谷口に発破を掛けると「えーいままよ!」と言わんばかりにオカフジの顔面目掛けて縄を適当に投げつけた。すると、


「グモォ??!!」


上手い具合に、先端に作られた輪がオカフジの頭頂部にそそり立つ2本の角に引っかかる。

背中を向けて逃げる前田をロックオンして突進していたオカフジは不意にガクンと引っ張られその場に転倒した。


「あっ!」

「待て!この程度で怪我するほどヤワな奴じゃねぇ!気をつけろ!!」


足の骨でも折ってないかと心配になった谷口が咄嗟に駆け寄ろうとしたのを前田が制止する。

確かに、倒したと思って近づいて決死の一撃を喰らったら堪ったもんじゃない。


「ほら見てみろ、ずぶてぇ野郎だろ」


見ると、オカフジは角に縄を巻き付けられたまま寝そべったような姿勢になって草を食っていた。


「こうなったらもう大丈夫だ。縄緩めていいぞ」

「は、はい...」


前田にそう言われ恐る恐る縄を手放したが、オカフジは大人しく寝そべって草を食み続けている。


「こいつはふだんは大人しいんだが、たまに癇癪を起こしやがる。今日は虻が耳に入っちまってよ。それで大暴れだ。わははははは!」

「これが、大人しい...?」


先程の暴牛っぷりを味わった後だから到底そうは思えないが、確かに今は打って変わって牛らしい優しげな目をしている。


「歩君お疲れ様。急だったのにごめんねぇ。でもおかげで助かったわ。送るから車に戻りましょ」

「あ、ハイ。お役に立てて何よりです」

「歩、助かった。シゲさんによろしくな」

「あの、シゲさんって誰なんです?」


谷口の言葉に2人は目を丸くして驚いている。


「お前あそこの駐在なのにシゲさん知らねぇのか?」

「はい、到着して駐在所に入った瞬間に佳代さんに連れ去られたので」

「あっ、えーと。あはは、じゃあ帰ろうか、ね?」


ジトっと前田に目を向けられた佳代はバツの悪そうなしぐさで軽トラにそそくさと乗り込んでしまった。


「ほいじゃ、ま、これからもよろしくな」

「あ、ハイ。もう逃がさないように気をつけて」


谷口が挨拶を済ませ軽トラの助手席に乗り込むと、佳代さんが軽トラを発進させ、来た道を今度はゆっくりと走る。


「シゲさんって言うのはあの駐在所に一人で勤務してる駐在さんなのよ。もうかれこれ15年くらいいるわね」


帰路の途中、佳代さんからシゲさんとは今常駐している駐在員であることを教えてもらったが、まぁ話の流れ的にそうだろうとは思っていた。


「あの、俺その人に何も言わずに来ちゃったんですけど大丈夫ですかね」

「おばちゃんがちゃんと言ってあげるから心配しないで」


その言葉にほっと胸をなでおろす。

事情を知らない人からしたら着任初日に車と荷物を残して消えた新人にしか見えない。

15年の付き合いのある人から事情を話してもらったらさすがに大丈夫だろう。

それから車を走らせること2~3分。駐在所が見えてきた。

朝来た時にはなかった原付バイクが入り口横に停まっており、シゲさんとやらが帰ってきているのだろう。


玄関の前に停まった軽トラから降り、佳代さんと2人で数時間ぶりに駐在所に入り、挨拶の口上を述べる。


「失礼します。本日から着任することとなりました、谷口歩巡査です。よろしくお願いします」


が、返事はない。

そのとき、


「ちょっとぉ!!!シゲさん!!!若い子が来たんだから出てきなさいよぉ!!!!」

「いっ?!」


いきなり佳代さんが駐在所の奥に向かってすさまじい声量で吠える。

余りの大音量に思わず耳をふさぐ谷口。

すると、奥からどたどたと足音が聞こえてきた。


「あぁもう佳代さんそんな大きい声出さなくても聞こえるってば。って、お?」


奥から短髪に丸眼鏡のやや細身で小柄な男が出てきた。

パンツ一丁で。

様子を見るにどうもシャワーを浴びていたようだ。


「おーおー!あれか!今日から来る新人の子だな!よく来たよく来た!待ってたよ」

「あ...ハイ、谷口と申します。あの、署から朝には来てたのですが」

「シゲさんごめんね、私が連れて行っちゃった」

「あぁ大丈夫。前田さんのとこに行ってることはさっき難波のじーさんから聞いたから」


なぜ前田家の牛を捕まえに行っていたことを別の人からシゲさんに連絡がいっているのかは謎だが、遅刻や脱走と思われずに済みそうで谷口は改めて胸をなでおろす。


「ていうかシゲさんなんでこんな明るい時間から風呂なんか入ってるのさ」

「いや集会所の前の田んぼの畔が崩れたみたいでさぁ。ほら、この前大雨だったでしょ?それで緩んだのかなって。みんなで直してたら泥だらけになっちゃってね」


話を聞いている限りでは通報というか駆け込みで呼ばれ田んぼの修復をしていたら泥だらけになり、ちょうどそのタイミングで森田さん(誰?)から佳代さんが若いの

を連れて帰ってくることを聞き、急いで帰って身なりを整えているところだったようだ。


「いっつも泥だらけになってるのに何が身なりさ」

「そりゃ、だって何年振りよ新しい駐在員が来るのは。少しは僕にも威厳というものがだね」


今の今までパンツ一丁で立ち話をしているものだからすでに威厳もクソもないのだが。シゲさんは仕切り直しと言わんばかりに少し待っててと言って奥に引っ込み、

数分後制服に身を包んで戻ってきた。


「さてと、みっともないところをお見せして失礼した。僕はこの駐在所の班長、といっても一人だけどね。を務めてる警部補の山下重敏(しげとし)です。

 慣れない環境だと思うけど、みんないい人だから頑張っていこうね」


先ほどとは打って変わり、柔らかさの中にしっかりと警察官としての知性を感じる挨拶をする山下。

教育担当は巡査長か巡査部長だと思っていたが、警察学校教官クラスの階級だと知り思わず少し背筋を伸ばす谷口。


「け、警部補殿でしたか、失礼いたしました」

「ははは、そう硬くならないで。ここじゃこの金葉の階級章なんて何の役にも立たない。飾りみたいなもんだよ。君も僕のことは気安くシゲさんと呼んでくれたらうれしいな」

「ぜ、善処します」


さすがにいきなりシゲさんとは呼べなかったが、これから日々を重ねていくうちにそう呼べる日が来るだろうか。

挨拶が終わったのを見計らって佳代さんが声をかける。


「じゃあシゲさん、私は先に行って準備しとくから」

「あぁ、ありがとう、またあとでね」

「??」


謎のやり取りに谷口が困惑しているのを察したシゲさんが、にやりと笑って


「今日は君の歓迎会だ。集会所でみんなが準備してくれてるんだよ。もう今日は仕事おしまい。とりあえず荷物を2階上がって左の部屋に置いて着替えてきなさい。君もかなり汚れているからね」


あまり意識していなかったが、おろしたての制服はオカフジとの格闘によっていたるところに泥が付着し、ハギやオナモミなどのひっつき虫が大量にくっついていた。

だがそんなことよりも


「か、歓迎会ですか...?」

「うん。歓迎会。ここらのじいさま達は飲むよ~谷口君はくれぐれも無理しないようにね」


まさか歓迎会なんて開かれるとは思ってもみなかった。

正直なところ、地元に比べたら超田舎のここでの勤務にいささかの不満を抱いていたのだが、今日関わった数名の人としての気持ちよさを感じた谷口はもうその不満を

忘れていた。


____


夕方17時頃。まだ完全に日没はしていない黄昏時から集会所は大変な賑わいを見せていた。

開始時刻はずいぶんと早い。年寄は早く寝るし、朝が早いからだそうだ。


集会所に入ると老若男女(といってもほぼ老)合わせて40名ほどが集まって、主賓がまだ来ていないのに既に酒が酌み交わされていた。


「おぉ!!歩!!来たか!こっちこいこっち!!」


入ってきた谷口とシゲさんをいち早く見つけて声を上げたのは前田だ。

すでに相当飲んでいるのか顔が赤ら顔になっているのと、声の調子が異様に明るい。


主賓の登場に、騒がしかった広間は静かになり、谷口はシゲさんに連れられ、上座の位置に設置されたミカン箱の上に立たされた。

簡単な挨拶と勤務の抱負をしゃべらされた後に前田の正面の席に着き、渡された缶ビールを町会長の乾杯の音頭で開けてのどに流し込む。お酒は好きな方だ。


「おぉ!いい飲みっぷりだな!!ええぞええぞ!!」


谷口の陽気な雰囲気が村の衆に気に入られ、宴会は大盛り上がり。

近所のお母さん連中が用意した料理も実に美味で、それはそれは楽しいひと時を過ごし、着任初日の夜は更けていった。


___


日が変わるのを前にお開きとなった宴会から、駐在所への帰路をシゲさんとともに歩く。

秋の虫の音と冷たい風が火照った体を心地よく冷やす。


「谷口君、空を見てごらん」


ふとシゲさんがそう言うので、空を見上げてみる。


「うわ......」


頭上には今まで見たことがないくらいの美しい星空が視界を埋め尽くしていた。


「ここらは県内でも有数の星空が楽しめるエリアなんだ。贅沢でしょ。近くに天文台もあるんだよ」

「シゲさんやばいっす。俺超感動してます」

「でしょでしょ~。これを見せたかったんだよ」


たった数時間の宴会で随分打ち解けたようで谷口はいつの間にか山下のことを『シゲさん』と呼ぶようになり、口調もややフランクな敬語になっていた。

シゲさんはそれをとても嬉しそうにしている。


「集落の人たちもすごく良い人たちばっかで、正直今朝は到着10分くらいで帰りてぇって一瞬思いましたけど、もうすでにここが気に入りました」

「それはよかった。いつまでここで勤務するかはわからないけど、短い付き合いではないからみんなと仲良くなれてよかったよ」

「あっ」

「ん?」


歓迎会は楽しかったのだが一つだけ懸念があったことを思い出した谷口は念のため確認した。


「あの、シゲさん?歓迎会はありがたかったんですけど、これって接待にあたりませんか?ちょっと不安で」

「あぁ、それならご心配に及ばず。なぜなら私も会費を払っているからね!君の分は私のおごりだ!つまりこれは一方的な接待ではなく、仲間内の食事会だ。処分できるものならしてごらん。というわけさ」

「あ、そうだったんすね。すみませんごちそうになってしまったみたいですね」


公務員が接待を受けることは固く禁じられているが、会費を払って町内の集まりに参加しただけ、という()()ならば、問題はないだろう。

この件についての懸念は払しょくされたが、もう一つ確認しておかないければならないことがあった。

それは、先日人事担当官から言われた


「宿舎については向こうでの指示に従うように」


という言葉だ。

明日からの拠点が決まっていない。


「あ、あとシゲさん。宿舎はこっちで聞けって言われたんですけど、この辺にアパートか何かあるんですか?今日はもう駐在所に泊まらせてもらおうと思ってるんですけど」

「あぁ、2階のさっき荷物を置いた部屋が君の部屋だからそこを使いなさい」

「えっ?」

「んっ?」


一瞬何を言っているのかわからなくなり、谷口はもう一度シゲさんに確認する。


「アパートはどこっすか?」

「今言ったでしょ、2階のあの部屋が君の部屋。デスクとかベッドは明日か明後日に届くから、配置は自分でやってね」


どうやら聞き間違いではなさそうだ。

駐在所。すなわち警察官がそこで生活をする場所。

そんな会話をしていたらいつの間にか駐在所の前に着いていた。



「__マジでここに住むんですか?シゲさんと?」

「マジです」



怒涛の着任初日の終わりと同時に、

新人巡査とベテラン警部補の共同生活が幕を開けた。






間話のつもりだったのに、

めちゃくちゃ長くなってしまいました。

谷口君とシゲさんのお話はちょくちょく

挟んでいこうと思います。

ぜひもう一度5話の谷口君登場シーンを

もう一度読んでみてください。


次回は警察学校編後編です。

お楽しみに


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