41話 まっくろ
起床した勇一の耳に入ったのは小鳥のさえずりと、川の流れる音。
少し肌寒いが心地の良い朝だ。
目が覚めるにつれて、二日酔いの浄化をかけ忘れて寝たせいか、頭重と胃もたれのような気持ち悪さが襲ってくる。
体内の魔力を巡らせて浄化をかけると、頭がすっきりして完全に覚醒した。
「……ん?」
浄化したのに、まだ右腕が重い。
顔を右に向けると、すぐ目の前に勇一の腕を枕にして寝息を立てるシノアの寝顔があった。
「&*%※~☆%#$☆§※?!?!」
勇一は声にならない叫びと、ドンという衝撃波を残し、光に迫る速さでテントから飛び出した。
(は?え?なんでシノアと同じテントで?…だめだ記憶がない)
勇一が移動したときに発生した衝撃波で二人が寝ていたテントは吹き飛び、わずかに残ったテントの破片の上でまだ寝ているシノアだけがその場に取り残されていた。
「……さむっ!?あれ?!テントがない!!」
直後に自らのくしゃみでシノアが目を覚ます。
身体を起こし、辺りを見渡して、遥か遠くで考える人になっている勇一と目が合った。
『え?何やってんの?』
『昨日…何があった?』
あまりにも遠いため、念話で会話する。
『昨日…?昨日………。話が結構盛り上がって、ウイスキーを結構飲んで……うーん、覚えてないや』
『なんで同じテントで寝てた?』
どうやらシノアも記憶が曖昧らしい。
二人でウイスキーの瓶を一本空けたのは流石に飲みすぎたか。
浄化魔法をかけるのすら忘れるほどに酔ってしまっていたらしい。
『え?あれ?私のテントが目の前にある?なんで勇一のテントで?』
『覚えていないなら良い。俺も覚えていない。何もなかったことにしよう』
お互いそれぞれのテントで寝た。
そういうことにしてしまえば良い。
それで終わりだ。
『見れるけど?』
シノアが手のひらを差し出すと、四角く光るモニターのようなものが浮かび上がる。
「やめろ!!!もう忘れろ!!!」
超速で駆け寄ってきた勇一が、浮かぶモニターを掻き消した。
「えー?面白そうなのになぁ。まぁいいや、碌なことにならなさそうだし」
不満そうではあったが、シノアは諦めて魔法を切った。
なんとなく気まずい雰囲気の中朝食のリンゴを食べ、昨日に引き続き魔法の練習に入ることにした。
「よし、じゃあ今日はこの世界と勇一の魔力の親和性を高める方法を探っていこう」
「と言われても、どうやったら良いものか」
魔族には普通のことだが、人間にとって感情や思念を取り込んで魔力に変換するという行為は、しっぽや羽を動かしてみろと言われているに等しい。
やり方がわからないのではなく、感覚として想像できない。
「うーん、そうだね。取り込むのは不可能だと思うから、自分の中の感情をコントロールして魔力を作るのが近道だとは思う」
「自分の中の感情…」
あの時のような怒りをいつでもホイホイ引き出すのは無理だろう。
かといって、そのほかに大きく感情を動かせるようなモノとは。
「あっ」
少し心当たりがあったので、試してみる。
___灯
「!」
ほんの一瞬。
瞬きをする間に消えてしまうほどだったが、炎が出た。
「今何を考えたの?」
「先月のフェザンサの試合。後半に一人退場して絶体絶命だったけど、その後三十分、相手の猛攻を耐えて勝ったんだよ。あー、今でも思い出しただけで泣けてくる」
まさに死闘だった。
相手は優勝候補の隣県の強豪。
試合終了と共に周りの観客と肩を組んで泣いた。
その感動を魔力に込めてみると、ほんの一瞬だけ火が付いた。
「でも、全然足りないな」
「そうだね…。これじゃどうにもならないか…」
勇一自体、普段爆発的に感情を動かすことが少ない。
それこそ、わかりやすく喜怒哀楽を示すのはサッカー観戦の時くらいだろうか。
「他何か心当たりはない?」
「うーん…」
顎に手を当てて思案した時にふと、あることが頭の片隅に引っかかった。
この身体の持ち主の記憶だ。
転生した時に流れ込んできた、計り知れない恐怖と悲しみの記憶。
すさまじい負のエネルギーを秘めていると思われる。
「少し心当たりがあるから、試してみようと思う」
他人の絶望の記憶を利用することに少しばかり抵抗を感じるが、試してみる価値はありそうだ。
(…ここは一蓮托生だと思って、お前の悲しみを貸してくれ)
目を閉じて、意識を心の奥底のさらに深く、勇一の感情が到底届かないところまで潜らせていく。
(紺野勇一。あの記憶をもう一度見せてくれ)
直後、勇一の思考がテレビの砂嵐のようなノイズに覆い隠された。
______あっ、、あぁ、、、ああああ、、、!あああアあ!!アアああアアあアアアアああアアアあアアああアアアアアあアアアアあああアアあアアアアアあアアアあアアアアアアあ!!!!!!!!!!!!
____いやだ!!!おとうさん!!!おかあさん!!!!
____起きて!!ねぇ起きてよ!!!!
____うわぁぁぁぁぁぁぁん
ザザザザザッ__
___おばあちゃん。なんでお父さんとお母さんは死んじゃったの?
_____ごめんね、ゆういち…。
ザザッ__
______なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。
ザザッ__
____必ず見つけ出して
____殺してやる。
……ち
………いち!!
「勇一!!!」
「はっ?!」
勇一はシノアに身体を揺さぶられ、我に返った。
「大丈夫?!」
「はぁっ…はぁっ……。あぁ…。だっ、大丈夫」
「すごい汗。それに、涙」
シノアに差し出されたタオルで汗と涙をぬぐう。
涙は、頬を伝った程度ではなく、顔がぐしょぐしょになるほどにあふれ出ていたようだ。
あの時流れ込んできた記憶とまるで違う。
少年の悲しみと無念、青年の正義感。
それが、今回は憎悪で真っ黒に塗りつぶされていた。
(特に最後の…)
脳裏に浮かんだ少年の姿。
表情。
憎悪に満ちた目は、魔族を彷彿させるような鋭さだった。
「いったい何があったのさ?」
「前にも話したが、この身体の持ち主の記憶だ。軽い気持ちで触れたら、ものすごい憎悪に飲み込まれそうになった」
未だ憎悪の残滓が、勇一の感情のすぐそこにこびり付いているほどだ。
その憎悪を魔力に乗せ、魔法を行使する。
「___点いた…」
勇一の指先に灯る炎は、少し風が吹いたくらいでは消えない程に力強く光を放っている。
「シノア……ありがとう」
「うん。一歩進んだね」
シノアは指先の炎を見つめ、優しく微笑んでいる。
しかし、
「毎回意識飛ばされたら、戦闘中は困るね」
「そうだな。かといって、溜めようにも何度もアレに触れると戻ってこれなくなりそうだし」
他人の憎悪を勝手に利用する後ろめたさと魔力補充に関しては追々考えることにしたが、ひとまず勇一単独で魔法行使に成功したことだけは素直に喜んでも良いだろう。
「さ、また明日から仕事頑張るか」
撤収の時間が来た。
朝勇一が破壊したテントの残骸はゴミ袋に入れ、そのほか全てのゴミを綺麗に片づけて車に詰め、キャンプ場を後にする。
「また別のキャンプ場にも行ってみよう!」
「気が向いたらな」
ちなみに、帰りの車内で昨夜の様子を見てしまった二人は、あまりの光景に絶望し、しばらく会話ができなかったそうな。
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「…懐かしい魔力。ふむ。足を運んでみるのも一興か」
「どちらに行かれるので?」
「昔の遊び場だ。三日ほど留守にするぞ」
「かしこまりました」
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