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42話 モグラ

「……放火、ですか?」

「あぁ。各交番の担当区域に注意喚起と巡回強化だとさ」


今田と塩田との交代引継ぎを終え、二人だけの朝礼。

班長会議翌日で血圧低めの秋山から、会議内容を簡単に聞く。


ここ最近、中央署管内で不審火が相次いでいるらしい。


「先々週バイクが燃えた火災から始まって、一昨日の廃業してる材木屋倉庫が全焼した火事で七件目だ」

「それぞれ、火元がないというわけですね」


火元が無い火災が七件。

放火を疑うのは自然なことだろう。


そこで、管内の交番員たちで巡回を強化することになったらしい。


「ったく。この忙しい時期に仕事を増やしやがって…」


秋山の口からは、暫定放火犯に向けて呪詛が延々と漏れ出している。


現在全県で交通安全運動が行われており、交通課だけでなく地域課員や生活安全課員たちも市内の小学校で交通安全教室を行ったり、交差点や横断歩道で立番をして事故防止に努めている。


その最中に、防火巡回も行えというわけだ。


「せめて交番員を倍にして欲しいものだな」

「中央交番は十分人手が足りているでしょうが…」


近場の交番で一番大きい笹野瀬駅中央交番は全員で二十名程の交番員がおり、非番勤務を有効に回せば余裕で賄えるだろう。


しかし、駅前交番はたったの五人。

増やされた仕事を楽にこなせるような人数ではない。


「でも、やらないとですよね?」

「当たり前だ。出来ませんでした、でウチの管轄で放火事件を起こすわけにはいかないだろ」


交差点での立番をどうするかは明日、秋山と今田で相談して決めるようだ。

ひとまず今日のところは放火警戒を中心に巡回することとなった。


「………」

「あのポスターが何か?」


出発の準備をしていると、ふと秋山の視線がある一点に固定されていることに気付いた。


「ん?あぁ。スマン」


それは、一般市民の目に入りづらい場所に貼られている、古い指名手配のポスターだった。

似顔絵または顔写真が載っている犯人八人の内、一人を除いてバツ印がついている。

恐らく秋山がやったのだろう。


印のついていない人物は十三年前に発生した連続放火及び放火殺人の犯人で、数年前から目撃情報も途絶えている男だ。


以前から、何故すでに色褪せた古いポスターがいつまでも貼ってあるのか?と疑問に思ってはいたが、深く気にすることなくいたため理由を聞いたことはなかった。


「…俺な、実はちょっとだけ刑事課にいたことがあるんだ」

「へぇ、それは初耳です」


誰に聞かれるでもなく、秋山がぽつりと語り始めた___


秋山の経歴はあまり知られていないが、彼は高卒採用だ。

警察学校を修了し、地域課での二年間の勤務を経て配属されたのが刑事課で、秋山が二十一歳の時だった。


採用試験の成績もよかったが、警察学校での態度や成績も上の上で花マル満点。

期待の新人として、中央署の花形と呼ばれていた刑事課に配属されたときは誇らしく思ったそうだ。


教育担当として秋山を指導したのは、当時警部だった清水。

巡査の教育係に警部が付くなど極めて異例だったが、秋山への上層部からの期待の表れだろう。


清水は非常に熱血な男で、真面目一辺倒だった秋山に少々の粗暴さを付け加えた人物と言えるかもしれない。


そして、刑事課の激務に昼も夜もない生活を続けていた中、二人に大口の案件が舞い込んできた。


秋山が刑事課に配属となる三年前に市内で発生した放火殺人事件。

その容疑者とされる人物の目撃情報が相次いで中央署に寄せられたのだ。


刑事課総出で調査を行った結果、郊外の古い団地に出入りしている姿を捜査員が捉えた。

そこはかつて地方公務員の宿舎として利用されていた五階建て七棟の団地で、建物の老朽化に伴い徐々に世帯数が減り、今では誰も住んでいない。

目的はわからないが、潜伏するにはもってこいの建物だった。


そして、秋山の転機となった日。

別棟の屋上から見張っていた捜査員から実働隊に無線が飛ぶ。


『___対象、モ(・)グ(・)ラ(・)。入りました』


モグラとは、刑事課内での容疑者の通称だ。

暗闇に乗じて部屋に忍び込み、電気もつけずに潜んでいる姿を土竜と重ねて付けられた。


実働隊は五人。

一人が階段の入口に、もう二人がベランダ側を見張り、部屋に突入したのは秋山と清水だった。


秋山が静かにドアノブを捻ると、カギは開いていた。

それを確認した二人は勢いよくドアを開けて中に飛び込む。


「出てこい!!隠れているのはわかってるぞ!!」


秋山の怒声に呼応するかのように、奥の部屋から静かに足音が近づいてくる。

まだ姿は見えていなかったが、緊張で身構えた二人の前に何かが飛んできた。


カラン__


スプレー缶を床に落としたような音と、シューと何かが吹き出す音がした。


「なんだこれ?」


秋山が身をかがめようとした瞬間、


「目を閉じろぉぉぉ!!」


清水の絶叫と共に首根っこを掴まれた秋山は後方に引き倒され、直後、巨大な風船を破裂させたような乾いた炸裂音と凄まじい閃光で部屋が真っ白に塗りつぶされた。


清水の絶叫で咄嗟に目を閉じた秋山の視界は、瞼から透ける血の色で真っ赤になった。


「清水さん?!何が?!」

「閃光弾《スタン・グレネード》だ。奴《やっこ》さん、なんでこんなもん持ってんだ」


目を閉じていたが、秋山の目は眩み、目眩に襲われていた。


「大丈夫ですか?!」


丁度その時、外で見張っていた刑事たちが様子を見に来た。


「バカヤロウ!!持ち場を勝手に離れるな!!逃げられるぞ!!」

「も、申し訳ありません!ですが…!!」


清水は刑事を怒鳴ったが、部屋からすさまじい爆音と閃光が見えたら仲間の安否を優先するのは仕方ないかもしれない。


ただ、清水が危惧した通り部屋には自分たちの気配しかなく、混乱に乗じて逃げられてしまった。


「ちっ、逃げられたか。まぁ仕方ない。今日は引き上げるぞ」


逃げられたことを悟った清水は早々に切り上げを宣言し、歩き始めた。


「…?そっちは玄関と逆ですよ?」

「おっと、そうか。勘違いしていた」


清水は、くるりと向きを変えて台(・)所(・)の(・)方(・)へ歩き始めた。


「清水さん……もしかして、目が」

「あぁ?ちょっと暗くて見づらいだけだ」


秋山は清水の肩を掴んで顔を覗き込む。


「だって……じゃあ、何でライトで照らされてるのに気づいていないんですか…」

「ッ……!」


秋山が携行している懐中電灯は、清水の薦めに従いかなり明るい物にしていた。

それを秋山は清水の眼に直接照らしているにもかかわらず、まぶしそうなそぶりを一切見せていない。


普段だったら「おい、まぶしいぞボケ」とツッコミが入ってくるところだが。


「秋山、手を貸してくれるか?」

「っ………はい」


観念したのか、秋山に手を差し出してくる。

清水は咄嗟に秋山を庇った時、閃光をもろに受けてしまったのだ。


「目を閉じるタイミングをミスっちまったぜ。ははは」

「……清水さん、すみません、すみません」


肩を貸しながら歩く秋山の目から大粒の涙がこぼれる。


「こんなことで泣くな。俺はまだ生きてるぞ。目だってすぐ治るさ」


秋山の頭をくしゃくしゃに撫でながら元気に笑って見せた清水だったが、彼の目に光が戻ることはなかった。


清水に失明と診断が下されたのは、事件から二か月後のことだった。

その一週間後に清水は辞職を申し出て、受理された。


時を同じくして秋山も辞職を願い出たが、清水に殴り飛ばされ、地域課への異動という形で決着した。


刑事課配属から一年後の梅雨時だった__


___


「バッカヤロウ!!俺の目はお前の人生ほど高くねぇんだよ!!ってな。笑えるだろ?使い方逆だっての」


秋山は清水の口調を真似て殴るふりをしたあと、カラカラと笑う。


「清水さんは今、何をされてらっしゃるのですか?」

「ん?あぁ、盲学校で非常勤の講師をやってて、交通安全とかいろいろ教えてるんだってよ」


清水は大学生の時に教員免許を取得していたため、非常勤講師として盲学校に新天地を移したらしい。


「そうですか。お元気なら何よりです。それで…その時の犯人があの手配犯というわけですね」

「そ。まぁ、なんだ。戒めというかなんというか、自分にとってかなり大きな出来事だったからさ。ああして貼り続けてんの」


地域課に属していても、秋山があの日の出来事を忘れたことはない。

警察官を辞めたくなった時もあったが、手配ポスターの最後の一人にバツ印を付けるその日まで絶対に投げ出さないと誓って過ごしてきた。


(抱え込むな、悩め……か)


「さ。巡回に行こう」

「はい。行きましょう」


カウンターに巡回中の立札を置いた二人は、ヘルメットをかぶり外に出る。


引き戸を閉める時に吹き込んだ風に、古い手配書がペラペラと音を立てて揺れた。



______________





久しぶりの秋山回です

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