40話 chef
「ふぁぁぁ、良いお湯だったぁ」
休憩スペースに置いてある、い草が張られた四角いベンチに腰掛けてシノアは満足気だ。
普段は白すぎるほどの肌がほんのりと赤みを帯びて、実に健康的な色艶になっている。
この温泉はアルカリ性の泉質で、県内でも有数のヌルヌルトロトロ温泉。
熱めとぬるめの二つの浴槽からなるシンプルな浴室は川沿いに設けられており、湯に浸かると小窓から川の流れを見て楽しめる。
「よし、そろそろ行くか」
「うん、お腹すいた」
十円で動く超レトロなマッサージチェアが動きを止めたタイミングで、二人は温泉を後にする。
キャンプ場に戻ると、お楽しみのクッキングタイムだ。
勇一は車から七輪のような道具を取り出すと綺麗に炭を詰め、焚き付けに集めていた小枝と枯葉を炭の下に敷き、ほぐした麻ひもにスターターで点火する。
手早く麻ひもの炎を枯葉に移し、燃え方を見ながら少しずつ慎重に枝を足して火を大きくしていく。
良い感じに炭に火が当たっている。
「よし、これで大丈夫だろう」
「そんな面倒なことしなくても、これで一発じゃない?」
シノアは手のひらにバスケットボール程の大きさの火球を発生させてみせた。
確かに魔法を使えば、苦も無く炭に火をつけられるだろう。
だが、
「はぁ……………………。わかってないな」
「溜息深いな」
キャンプの楽しみとは何か。
「あのな。キャンプってのは、不便を愛でるモノなんだよわかるか?」
「キャンプ歴ほぼゼロの勇一に言われても伝わらないんだけど」
恐らく、今日に備えてどこかの雑誌で仕入れてきた格言の受け売りだろう。
イラっとしたが、不便を楽しんでいる勇一に文句を言うのも野暮というものか。
シノアは大人しく切り株に座って、炭火を育てている勇一を見守ることにした。
___20分後___
「できた!」
「…………」
夕食が完成し、勇一は車から椅子を取り出して、焚火の近くに据えた。
「ほれ。熱いうちに食え」
そして、シノアに「シーフード」と書かれたカップ麺を手渡すと、椅子に腰かけて自分のカップ麺をすすり始めた。
「夕焼けがきれいだなぁ…」
「なんか思ってたのと違う!!!!!!」
徐々に暗くなり始めたキャンプ場で、夕焼けを眺める勇一の耳をシノアの絶叫が貫く。
「なんだようるさいな。文句でもあるのか?」
勇一は耳をふさぎながら眉をひそめた。
「文句はないよ?!でもなんだろ、こう、もっと何かなかったの?!不便がどうのとか言ったくせに最後お湯入れてポンかよ!」
「いや、ちゃんと炭で火を起こしてお湯を沸かしただろ。プロセスを見ろよ」
火おこしから始まり、炭火でケトルを加熱してお湯を沸かし、カップ麺を作る。
これも立派なキャンプ飯だ。
山の上で食べたら、さぞ気持ち良いだろう。
「お湯沸かすだけならガスバーナーで十分じゃん!」
「いや、キャンプは不便を「黙れよ」
シノアもカップ麺を美味しく食べたのだが、どうも物足りない。
「他に食材持ってきてないの?」
「そこのクーラーボックスに酒とつまみはあるけど?」
クーラーボックスを開けてみると、見事に酒酒酒乾物乾物乾物。
缶ビールとウィスキーのボトル、スナック菓子類とリンゴが二つ。
以上。
「え?朝ごはんリンゴだけ?」
「十分だろ?」
背後から呑気な声が飛んできた。
「嘘…だろ……?」
シノアはクーラーボックス前でがっくりと膝をついた。
「おい、冷気が逃げるぞ」
勇一は横からスッと缶ビールを一本手に取り、開けっ放しになっていた蓋をバタンと閉める。
「うん、良い休日だ」
焚火を眺めながら一人でさっさと晩酌を始めてしまった。
シノアは、勇一の行動に「いやそんなもんいくらでも冷やしますがな」というツッコミすらも出てこない。
(こいつ絶対に結婚できないタイプだ……)
いつぞやに見た、勇一へほのかに熱を帯びた視線を向けていた女子。
あれは苦労するぞ。
「はぁ、まぁいいや。勇一、アルミホイルある?」
「あるけど、どうするつもりだ?」
アルミホイルの存在を確認すると、シノアは一人、キャンプ場の横を流れる小川に向かう。
岸際に立ち、対岸にそびえる大きな岩の陰に狙いを定めた。
___雷槍
シノアの指先から放たれた青白い閃光が岩陰に吸い込まれると、バチバチと音を立てて水面から放電光が迸る。
放電が収まると同時に、二十センチほどのニジマスが二匹、プカりと水面に浮かんできた。
「よし」
「無許可の電気漁は漁業法違反だぞ」
「うわぁ!」
流れてきた魚を掴んで戻ろうとした時、背後から様子を見ていた勇一に急に話しかけられ、取り落としそうになった。
「漁じゃない」
「…………まぁ、良い。現時点で漁か否かの判断はできないし、無差別でもないしな」
※良い子は絶対にマネしないでください
勇一はシノアが持っている魚に目を落とす。
「ニジマスか。この川は……漁業権の設定はないな」
「(全部覚えてるの?)怖っ……」
主要河川には漁業権が設定されている場合が多い。
何を捕るかにもよるが、釣りをしていて、狙っていなかったのにたまたま対象魚が釣れてしまったことで漁業法違反を問われることもある。
必ず漁業権設定区域の確認を行い、遊漁券を購入しておきたい。
「それをどうするんだ?調味料はないぞ?」
「良いからちょっと離れてて」
シノアの手から魚二匹がふわりと宙に浮かぶ。
すると、魚の周りを球状の風と水の渦が包み、回転しながら綺麗に捌かれてゆく。
見る見るうちに頭と尾がつながった骨、内臓と鱗、身に分かれ、骨や内臓はさらに細かく粉砕して川に流した。
次にシノアは三重にしたアルミホイルで細長いお椀を二個作り、それぞれに魚を並べ、川岸に生えていた野草とカップ麺の残ったスープを入れる。
勇一は飲み干してしまっていたため、どちらもシーフード麺の物だ。
「麺の破片が入ってるのは我慢してね」
スープがこぼれないようにくるりと包んで、両端を留めると網の上にのせて蒸し焼きに。
勇一も椅子に座って興味津々に眺めている。
アルミホイルの隙間から湯気が吹き出し始めた。
中の水分が減るにつれて、香ばしい良いにおいも漂ってくる。
「ん。こんなもんかな」
網から降ろしたホイル包みを拾ってきた朴の落ち葉に乗せ、椅子に座って缶ビールを飲んでいる勇一に差し出す。
「おぉ……」
包みを開くと、魚介の良い香りと野草のさわやかな香りが湯気とともに広がった。
「熱いうちに召し上がれ」
「いただきます」
まずは弾けんばかりにふっくらと焼けている魚の身を一口。
骨は全て取り除かれており、食べ易い。
身はほろほろと甘く口の中でほぐれ、香ばしく焼けた魚介系スープの味と喧嘩することなく、見事に調和している。
次は野草と一緒に。
独特のほろ苦さが、魚の甘みをより一層引き立て、これも絶品。
「旨い!!」
「そ。良かった。うん、美味しい」
シノアも一口食べ、満足そうに微笑む。
あっという間に食べ切ってしまった。
「あー美味しかった。調味料がなくてもなんとかなるもんだね」
「驚いた。料理が上手なんだな」
料理上手というシノアの意外な一面を見た。
「小さい時から料理に興味があってね。城の厨房によく入れてもらってたんだ。鎧を脱いで密かに四天王に給仕係をしたこともあるんだよ」
なるほど、それなら合点がいく。
機転を効かせて一品作ることなど造作もないことだろう。
「あの時の父上の顔が面白くて面白くて」
思い出話を語るシノアの顔は、実に楽しそうだ。
魔族にも家族団欒というか、平和なひとときがあったのだ。
そこは人間と変わらない。
もし、住んでいる場所が劣悪な環境じゃなかったら、亜人族の一種として人間と友好な関係を築けていたかもしれない。
「飲むか?」
「ありがとう」
シノアは缶ビールを受け取ると、プルタブを開けて、豪快に喉を鳴らした。
「うーん、外で飲むお酒はまた一味違うね」
「…つまみもあるぞ」
夜風に当たりながら飲むビールは、なかなかにオツなものだ。
ただの缶ビールもいつもの何倍も美味しく感じる。
「ねね、覚えてる範囲で良いから、今度は勇一の話が聞きたいな」
「ん?あぁ、そうだな。産まれた時の体重は二千八百グラムだったんだけど…」
「もう少し大きくなってからの話が良いなぁ」
パチパチと小気味の良い音を立てて揺れる炎を眺めながら、同郷の思い出話に花が咲く。
夜はまだ始まったばかり。
誰もいないキャンプ場に響く二人の声は、ウィスキーのボトルが空になるまで続いた。
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キャンプは好きですか?
私は好きです。
1ヶ月仕事が休みになったらテントを一つ持って山か無人島でソロキャンプしたいです。




