39話 指先に灯を
「さて、と………」
「この辺で良いか?」
咲作市から西へ十キロほどの山間にあるキャンプ場。
レンタカーのワゴン車から降りてきたのは、動きやすそうな服装をした勇一とシノア。
キャンプ好きの同僚に、人が少ないキャンプ場はどこかと尋ねたら紹介された場所だ。
勇一たちの他にキャンパーの姿はなく、電話予約のみで管理棟もないため管理人も不在。
周囲に人の気配は全くない。
「これは魔法の特訓にうってつけだな」
「さすがに人目に付くとこではやりづらいからね」
今回の目的はキャンプを楽しみに来たのではなく、勇一の魔法特訓の為だ。
管理人曰く、
「山火事さえ起こさなければ焚火も好きにしてくれ」
とのことだったので、火属性魔法の練習もできる。
早速特訓と行きたいところだが、まずは寝床の準備だ。
勇一は車のトランクからテントを取り出し、手際よく組み立て始める。
「ほぉほぉ、なかなか上手だね。キャンプの経験がおありで?」
「いや、こっちでキャンプの経験はないが、警察学校の野営実習で組み立てたことがある」
災害対応訓練の一環で、校庭でテント泊をする実習があった。
その時に使ったテントは四人用だったため、今組み立てている《《一人用》》のテントは、それに比べるとずいぶん簡単に思えた。
容易く一つを組み終わると、入り口を向かい合わせにしてもう一張りのテントを組み始める。
「テントは一つで良かったんだけど」
「バカ言え、お前と同衾などしてたまるか」
両膝に肘をつけて頬杖を突きながら、切り株に座っているシノアが顔をむくれさせる。
出発前に、自分が姿を変えるから同じテントで良いじゃないかと主張するシノアを、勇一が一蹴した。
「別に、猫の姿で首に縄付けて外に置いといても良いんだぞ?」
「テントデオネガイシマス…」
一人用の小さなテントが二つ向かい合わせで設置された。
勇一が横になっても十分な広さがあるので、身体の小さいシノアはより快適だろう。
寝具などをそれぞれテント内に運び入れたところで、早速特訓を始めることにした。
「じゃ、まず簡単な生活魔法からやってみようか」
シノアは人差し指を立てて、魔力を練る。
「__灯」
指先から、マッチ程度の小さな炎が浮かび上がった。
小学生くらいの小さな子供でも扱える、初級中の初級魔法だ。
かまどやランプに火を灯すときに使われる。
「驚いた。人間の詠唱も扱えるんだな」
「ま、稀代の天才と言われてますから」
嘆息を漏らす勇一に、シノアは得意気だ。
それもそのはず、魔族の魔法は基本的に枕詞+形容譜の詠唱で発動する。
対して人間の扱う魔法は形容譜のみで発動するものが大半だ。
そして、魔力の質が違うため、人間が魔族の詠唱をしても不発に終わるし、逆も然り。
つまりは、シノアは魔族でありながら人間に近い魔力操作ができるというわけだ。
「だからお前の魔力を借りて魔法が撃てたわけだな」
「そういうこと。さ、勇一もやってみて」
勇一も人差し指を立てて、魔力を練る。
体内で良い感じに魔力が渦巻いているのを感じながら、
「灯」
魔法を紡ぐが、指先から魔力放出を感じるのみで、何も起きない。
ガスが切れたライターを、無駄にカチカチしている感覚だ。
「…魔力は出てるんだけどな」
「うん、十分すぎるほどにね」
シノアは瑠璃色と黄金色の大きな目で、勇一の指先をじっくりと観察している。
指先から放出されている魔力を見ているのだろう。
「ん。じゃあ次は私の魔力で」
スッと勇一の手を取り、魔力を流し込む。
温かい魔力の流れが勇一の腕を巡った。
同時に、勇一が魔法を行使する。
「点いた…」
勇一の指先で小さな炎がゆらゆらと揺れている。
「勇一、消して。で、もう一回自分の魔力で試してみて」
「…わかった」
言われたとおりに、シノアの魔力を絞って、自分の魔力だけで行使する。
炎は出なかった。
「ん?!私の魔力を使ってもう一度!」
再度、シノアの魔力を使ってみると、やはり、指先に炎が灯った。
「わかったかもしれない!!!」
「熱っ!!!」
火が付いたまま、両手でがっちりと手を掴まれ、揺れた炎で指先が少し焼けた。
シノアはふっと息を吹きかけて炎を消すと、指先に少しだけ氷魔法を展開して冷やした。
「ごめんごめん」
「いや、いい。それより、原因が分かったのか?」
展開していた氷魔法を解き、もったいぶるようにわざとらしく咳ばらいを一つ。
「ズバリ、勇一の魔力がこの世界には清潔すぎる」
「…何て?」
魔力が清潔すぎる。
今まで生きてきた中で、一度も聞いたことがない表現だ。
「何て言ったら良いかな。この世界には魔素がないというより、魔素という概念が存在しないという表現が正しいんだけど、そんな中で魔法を行使しようと思ったら、この世界にも存在する概念が混ざってないと、世界の理から弾かれてしまうんだと思う」
「ふむふむ」
シノアの言わんとすることを簡単に言うと、魔素という概念が存在しないこの世界において、勇一の放つ魔力は純粋すぎるという。
勇一の魂がもたらす純度百パーセント異界由来の魔力。
それが空気中に放たれても、概念として認識されないため、魔法として発現しないのだと。
シノアの魔法が問題なく使えるのは、彼女の魔力がこの世界の悪意や悲しみなどの負の感情をベースにしているからだと推察される。
外的要因に左右されずに魔力が自然回復する人間の性質が、裏目に出てしまった形だ。
「だから魔力を少し改変して練れば、もしかしたらイケるかも」
「改変って簡単に言われてもな。俺たちには外部エネルギーを魔力に変換する器官を持ってないぞ」
魔族の魔力回復を勇一に置き換えると、皆がにぎやかで楽しそうにしている場所に行くと回復速度が上がるかと言われたら、否。
感情を魔力に変換できるのは、魔族がそういう器官を備えているからだ。
「ちなみに、この前ホテルで私に向けて魔法が撃てそうだったのは何で?」
ホテルでの一件の時、勇一の身体の周りには目視できるほどの禍々しい魔力が渦巻いており、いかにも撃てそうな雰囲気だった。
「えっ?目の前の害虫をぶち殺そうと思ってたから」
「おぅ。ド直球だな」
怒りのあまり我を忘れて魔力を練った結果、負の感情を自分で練り込むことに成功したのかもしれない。
「でも毎回毎回、あれほどの怒りは引き出せないな」
「もう一回やってみ「やめろ」
服を脱ごうとしたシノアを止める。
多分、今やられても何とも思わないだろう。
「それはそれでむかつくな」
「心を読むな」
ただ、何もわかっていなかった状況より大きく前進した。
魔法行使に長けた人物がいるとやはり違う。
「でも、流石だな。原因が分かった。良い特訓になりそうだ」
「シノア様って呼んでもいいよ?」
それはご免被るが、助かっているのは事実。
この後のお楽しみで恩に報いるとしよう。
このキャンプ場には浴場はおろかシャワーもなく、車で十分ほどの距離にある温泉施設で入浴する必要がある。
時刻はすでに夕刻へと差し掛かろうとしている。
「シノア。今日はこのくらいにして、先に風呂に行こう」
「わかった。その後ご飯?」
入浴を終えて帰ってくる頃にはちょうど夕食時になっているであろう。
さぁ、キャンプ最大の楽しみであり醍醐味、キャンプ飯でシノアへの恩返しといこうか。
「くっくっく…」
「何…?怖いんだけど…?」
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次回、キャンプ飯?




