38話 立ちあがれ
(…………何もすることがない)
初めての本署勤務。
他の課員たちは忙しなく動き回っているが、臨時でいる身に決まった仕事があるわけではなく、勇一はポツンと机に座っていた。
「紺野君ごめん、これシュレッダーしといてくれないかな?」
「わかりました」
たまに依頼されるコピーやシュレッダー掛けをひたすらこなす。
時間が全く進まない。
もう少しでお昼の時間だが、体感では二日分くらい勤務している気分だ。
そのくせやることがないときた。
何ともいたたまれない気分になっていると、
「紺野。お客さんだ」
課長の言葉に扉の方へ振り返ると、剣道着を身に纏った谷口巡査の姿があった。
谷口は勇一を指さし、声高に宣言した。
「紺野!俺と勝負しろ!」
「……何故?」
なぜ谷口がここにいるのか、なぜ道着を着ているのか、なぜ勤務時間中だというのに戦いを挑まれているのか。
さっぱりわからないが、課長にちらりと目線を送ると深くうなずくので、しぶしぶ了承し、ついて行った。
更衣室で勇一も道着に着替え、武道場へ。
防具を身に纏い、正対する。
課長の姿はすでにない。
「谷口、何のつもりだ?」
「……お前のせいじゃないぞ」
面のせいで表情は良く見えないが、声音から察するに、悔しさをにじませているのだろう。
「わかってるよ」
「いーや。わかってない、ね!」
谷口はしゃべりながら打ち込んできた。
勇一はそれを難なくいなす。
「別に世間に何と言われようと、俺は気にしない」
そのまま返す太刀で胴を狙う。
受け止めた谷口の竹刀が後方に弾き飛ばされる。
「……違うよ。子供が亡くなったことだ」
「………」
谷口は竹刀を拾い上げ、構え直す。
「お前のことだから、自分が犯行を察知出来なかったからだ。とか、自分なら阻止できたのに。とか思ってんだろ?それが違うって言ってんだよ」
「うっ…でも……」
「隙ありぃ!」
一瞬見せた動揺の隙をついて勇一の胴を狙うも、再び竹刀を吹っ飛ばされる。
背後の壁に衝突し、大きな音を立てた。
「お前な!いちいち竹刀を吹っ飛ばすな!受けろ!拾いに行くのめんどくさいだろうが!」
「いや、狙ってるつもりはないんだけど…」
「あー!俺の握りが悪いってか?!いいねぇ出禁になるほど強い奴は!」
本来厳かな武道場とは思えない程、大声でじゃれあいながら二人は一時間少々汗を流した。
「どうだ?少しは気がまぎれたか?」
「もう少し骨のある相手だったらよかったんだけどな」
「このやろぉ!」
飲み物を手渡してくる谷口に冗談で返したが、実際のところかなりもやもやしていた気分が少しだけ晴れていた。
「助かったよ。谷口」
「いや、まぁニュースやネットでいろいろ見てさ。署長に相談したら行って来いって。最初お前結構青い顔してたからさ。来てよかったよ」
わざわざ中央署まで飛んでくるとは。
持ち前の明るさと、的確なアドバイス。
同期生の中でメンター的な立ち位置にいた谷口らしい。
下手に慰めるのではなく、身体を動かす。
相手の性格を理解したうえで適切な処置をとっている。
「俺も久しぶりの剣道楽しかったよ。ありがとう谷口」
「剣道というか、俺が竹刀を吹っ飛ばされ続けただけだけどな」
二人はまた笑う。
なんとなく気を遣われている空気感に居心地の悪さを感じていた勇一には、この距離感が非常にありがたかった。
その後昼休憩で一緒に食事を摂り、谷口は帰って行った。
(……もう来ない、か。谷口らしいや)
門を出て行く咲作警察署のパトカーを地域課の窓から見送りながら、勇一は別れの時に谷口が言った言葉を思い出していた。
「また来る」ではなく「もう来ない」と言ったのだ。
それは「お前なら大丈夫だ」というメッセージ。
強烈に勇一の心に刺さった。
(こんな悔しい思いはもう絶対しない)
なんでもかんでも自分のせいにするなと谷口は言ったけど、なんでもやりたいし、自分の手が、目が届く範囲では誰も死なせたくない。
それは勇者としての性分で、今更直せるものではない。
これからは、どんな些細な違和感も見逃さない。
そして仲間に伝える。
自分が背負うのではなく、自分にしかできないことは自分がやる。
信頼できる仲間もいる。
必ずできる。
やがて、谷口のパトカーが見えなくなり、勇一は席に戻る。
ブラインドから指を離し、振り返った勇一の目には力強い光が戻っていた。
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「ただいま」
長い長い(体感)勤務時間を終え、勇一が帰宅したのは18時を少し回ったところ。
玄関から見える洋室のドアから光が漏れている。
「起きたのか。シノア」
「おかげさまで」
洋室に入ると、髪の毛がボサボサに伸びた日本人形や不気味な絵画と彫刻に囲まれた座布団にシノアが座っていた。
人型になっているあたり、十分に魔力が回復したようだ。
左腕も再生しており、両手でしっかりと雑誌を持っている。
「結構寝てたな」
「魔力すっからかんな上に損傷を治してたからかな?四日も経っててびっくりした」
四日でここまで回復出来たのは良い方だと思ったが、本人的には長かったらしい。
「この世界には魔素がないから仕方ないな」
「でも、これ?勇一が置いてくれたのかな?良い感じに瘴気が出てて気持ちよかったよ」
シノアは自分の周りにずらりと並んだ不気味な物品たちに、優しい目線を送る。
「良かったなお前ら。役に立ったらしいぞ」
勇一が労いの言葉をかけると、人形が入ったガラスケースや、絵画が乗っている木の土台がガタガタと音を立てた。
喜んでいるように見える。
「お前が寝てる間に、まぁちょっと人間側は色々あったけど、魔将が攻めてきたりはなかったな」
「カファルが討たれたとは言え、異世界で起きたことだからね。すぐには気付かないと思う。でもそのうち何らかのアクションは起こすはずだから、対策は練っていたいな」
勇一は未だに指先に小さな炎すら出せない。
徒手空拳では歯が立たない事を痛感している。
今攻め込まれたら、またシノアがボロボロになる未来しか見えない。
「よし、次勇一が休みの日に特訓しよう。魔将の特性も教えておきたいし」
「わかった。でも無理はするなよ」
「…!…うん、ありがとう」
思わぬ労いの言葉に少し目を丸くしたシノアだったが、ニッコリと笑った。
「さ、腹減っただろ?材料がないから、どこかに食べに行こうか」
「やった!早く行こう!」
バタバタと立ち上がり、外行き用の服に作り替え準備完了。
二人一緒に玄関を出た。
もう、シノアの存在を周りに隠すつもりはないようだ。
やがてオートライトが消え、室内に暗闇の幕が降りた。
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__聞いたか?カファルの奴が行方不明になってるらしい。
__言われてみれば、魔力も感じぬな。
__調子乗って人間にちょっかいかけてたからさ!もしかして返り討ちにあったのかも!あはは!ダッッッサ!!
__フン……。あんな奴、いてもいなくても変わらん。
__まぁまぁ。とりあえずこっちで探りを入れてみるよ。何かわかったら、次は念話じゃなくて集まろうね〜。
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