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35話 嵐の前の賑わい


「行ってきます」


署員旅行から笹野瀬市に戻ってきた勇一。

翌日は非番だったため、今日から通常勤務だ。


あの夜から未だ目覚めず、クッションの上で丸まって寝ているシノアに声をかけて玄関を出た。


魔族は負のエネルギーを魔力に変換するというので、駅前の古物商店で買ってきた不気味な人形や、禍々しい絵画などで周りを囲ってきているが、果たして効果の程は。



中央署に着くと、ロッカーで着替えて朝礼に出席する。


参加者は旅行明けでくたびれているかと思いきや、みな精悍な顔つきをしている。

この切り替えは流石警察官と言ったところだろうか。


地域課の中央デスクには「参加者一同」と書かれたちんすこうの大きな箱が置いてある。

これは第一グループの時も留守組に提供されたお土産だ。


と言っても、みんな遠慮してなかなか手を付けないため、第一グループのお菓子もまだ残っているのだが。


「さてと、行きますか」

「はい。今日もよろしくお願いします」


長々しい課長の訓示が終わると、各自持ち場の交番へ。


「今日はアニオンモールの巡回でしたっけ?」

「そうだ。お前は初めてだったか?」


市内最大のショッピングモール、アニオンモール笹野瀬。


普段はモールに併設されている警察官詰め所へ、笹野瀬駅中央交番から持ち回りで二~三名が派遣されているが、年に数回、防犯強化週間には近隣交番から招集して私服警官も交えた大勢の警察官が巡回し、目を光らせる。


そのメンバーに二人が選ばれた。


「施設警備はスタジアムで経験があるだろうが、大型店舗は勝手が違うから、まぁ、俺についてくれば良い」

「わかりました。勉強させてもらいます」


交番には、二人が施設警備に出ることから非番出勤している今田と、先月から人員交代で新たに配属されてきた塩田の二人が待っていた。


「湊、お疲れ様。非番なのに大変だな」

「お疲れ様です。まさか班長と紺野君がそろって召集されるとは思いませんでした」


仮眠は取っているだろうが、連勤疲れからか今田の目元には珍しくクマができている。


「今田さん、塩田君、留守番ありがとうございました。これお土産です。二人で選びました」


勇一は二人にお土産の手ぬぐいを手渡した。

鮮やかなブルーに染められた生地に、手を合わせて太陽に拝む猫の姿が描かれた手ぬぐいだ。


「えー!可愛い!ありがとう紺野君、班長!」


今田は可愛いもの好きなため、ストライクだろう。

塩田も広げて見て口角を緩めている。


その後、秋山が今田から引き継ぎ事項を聞いている間、塩田がこそこそと話しかけてきた。


「紺野さん。酔いつぶれて砂浜で全裸で寝てたって本当っすか?」

「半分正解で半分虚偽ですね。誰に聞いたんですか?」

「えっ、いや、なんか風のうわさで…」


ずいぶんと尾ひれがついて伝わってしまっているようだ。

秋山は面白おかしく吹聴するタイプではないから、おおかたバスで近くにいた連中が吹き込んだのだろう。


「酔いつぶれて砂浜で寝ていた。が、正解です」

「へぇ、紺野さんも酔いつぶれることあるんすね」


本当は違うけど、そういうことにしておこう。


「__よし、オーケー。じゃあ俺たちは行ってくるわ」

「はい、がんばってください」


引継ぎが終わったようで、秋山と共に自転車でアニオンモールに向かう。


今日は祝日の為、周辺道路は非常に混雑しており、店内も同様で通路が人で埋め尽くされていた。


探知スキルを展開している勇一は、あまりにも情報量が多すぎて吐き気を覚えるほどだ。


「秋山さん、ここ初めて来たんですけど、いつもこんなに人が多いんですか?」

「土日祝日はこんなもんだよ。大型連休になるとすれ違うのもやっとだ」


なぜ、ここまでして殺到するのだろうか。

基本、近所のディスカウントショップかネットで買うかしている勇一には理解しがたい光景だった。


「当然こんだけ密集していたら、良からぬことも起きるってことだな」


公にはなっていないが、毎日何かしらの万引き被害の訴えや、他迷惑行為に関する通報が詰所に寄せられている。


華やかな大型ショッピングモールの暗い一面だ。


人ごみをかき分けて通路を進んでいると、勇一のスキルが、雑踏からのノイズを捉えた。


「…秋山さんストップ」

「お?何かあったか?」


壁際に寄って立ち止まり、勇一はノイズが飛んできた方向に感覚を集中させる。


「……これは、悪意?興奮?不思議な感情だな」


秋山は目を閉じて気配を探る勇一を、黙って見守っている。


「………!秋山さん、あっちです!」


勇一はパッと目を開け、エスカレーターの方向へ顔を向けた。

そして、まっすぐエスカレーターへ走り出した勇一を秋山が追う。


建物中央を貫く大きなエスカレーターの下で止まった勇一が目を凝らすと、上階へ登るレーンの真ん中あたり、女子高生の後ろに立つ若い男性が不自然にスマホを低く構えている様子が見えた。


制服姿の警察官が二人、下にいることにはまったく気づいていない様子だ。


秋山にも見えたようで、二人は顔を見合わせて頷くと秋山がそのエスカレーターで、勇一は別のエスカレータで男の後を追った。



勇一が二階に上がると、ちょうど秋山がエスカレーターを降りた先で男の肩を掴んで足止めしている姿が見えた。


男は携帯電話を見せるよう秋山に言われると、急に走り出して逃走を図った。


「紺野!押さえろ!!」


秋山の指示で勇一が走り出す。


「___押さえろ。と、言われても、現時点ではあまり手荒なことは出来ないのですが」


次の瞬間には、フロアに組み伏せられた男の手から、勇一がスマホをヒョイと押収していた。


「良いんだよ。逃げた時点でほぼクロだ」

「これ、どうしましょう?いくら警察官とはいえ、盗撮画像を男性には見られたくないでしょう?」


勇一は押収したスマホをつまんでひらひらとさせた。


「山原がいるはずだ。無線で呼んでくれ。俺はあの子たちを連れてくる」


秋山はそう指示を残し、さらに先のフロアへ上がっていった女子高生二人を呼びに行った。



『___山原さん、紺野です。盗撮疑いで被疑者を確保。画像現認の為至急応援願います』

『__了解!すぐ行く!』



組み伏せた男にロックを解除させ、上階から応援に駆け付けた詩織がフォルダを確認すると、女性のスカートの中を下から撮影した画像がいくつも保存されていた。


件の女子高生たちの下着も映っていたようだ。


これにより、男の犯罪行為が認められ、


「11時21分。迷惑防止条例及び軽犯罪法違反、または撮影罪の疑いで現行犯逮捕します」


後ろに組まされた手に、重い金属音と共に罪の輪がかけられた。


白昼の逮捕劇にざわつくフロアから従業員通路へ男を連れ出し、警備本部の警察官への引き継ぎと引き渡しを終え、ようやく一息つくことができた。


時刻はすでに13時に迫ろうかという頃だった。


「腹減ったな。何か食いに行こうか」


六階と七階は飲食店街になっており、二人は上着を脱いでパーカーを着ると、食事へと繰り出した。


二人がエスカレーターで六階に向かうとき、勇一は降りてくる側のレーンから鼻腔にツンと来る刺激臭を感じた。


(今のは…?いや、レストランには中華料理の店もあるしな…)


一瞬違和感を覚えたが、レストラン街には四川中華の店があり、そこで食事をしてきた人とたまたますれ違ったのだろう。


と、その違和感を閉じ込めてしまった。



のちに大きく後悔することになるとは知らず_____





______________


塩田和希 十九歳

高卒一年目の巡査

前期訓練を終えて駅前交番に配属となった。


趣味はトレカの収集。

塩田和希 十九歳

高卒一年目の巡査

前期訓練を終えて駅前交番に配属となった。


趣味はトレカの収集。

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