34話 世界を
「秋山さん。そろそろ機嫌直してくださいよ」
「いやだ。絶対許さねぇ」
ホテルから那覇空港へ向かう途中。
バスの隣席で窓の方に顔を向けてむくれている秋山を、勇一が宥め続けていた。
「お前らがいなくなった後、どんだけ大変だったと思ってんだ…」
ちらりと後ろの方の席に目をやると、陽菜が最後列で真っ青な顔をして横になっている。
二件目。
と言って秋山を連れまわした陽菜だったが、結局振りがついて三件目四件目と気づけば空が明るくなり始め、慌ててタクシーでホテルに戻り今に至るというわけだ。
秋山は眠いだけだが、陽菜は完全にグロッキー。
このままだと飛行機への搭乗も拒否される恐れがある。
(黒瀬さんは後で浄化しておくか…)
視線を後部座席から戻すと、こっちを見ていた秋山と視線がぶつかった。
「てか、お前ら急にいなくなって何してたんだよ」
勇一も目覚めたらすでに日が昇っており、部屋には荷物を取りに入っただけですぐバスに乗り込んだため、秋山と詳しい話ができていなかった。
「ちょっと世界を救っていました」
「あ゛?」
「冗談ですごめんなさい」
嘘ではないのだが、今は冗談が通じる秋山ではなさそうだ。
「実は、あまり覚えてないんです。お手洗いに席を立ったあと、気づいたら砂浜で寝てまして」
「え、お前砂浜で寝てたの?」
若干秋山は引き気味だ。
「マジです」
「そんなに酔ってるようには見えなかったけどなぁ。志野ちゃんは?」
「志野さんは朝になったらいなくなってました。どこに行ったかわかりません」
「そうか。なんだ、お前も酒に飲まれる時があるんだな」
酒によって記憶を飛ばしていたという勇一のだらしない一面を見て、秋山は何故か嬉しそうにしている。
「黙っていなくなったのはすみませんでした。今度スタグル奢ります」
「あーもう、わかったわかった。電話も繋がらないし、心配したんだからな」
「すみません」
一応、許してもらえたようで、安堵する。
いつのまにかバスは那覇空港のロータリーに到着していた。
各々バスから降りていくが、陽菜は最後尾に転がっていて微動だにしない。
「陽菜ちゃん。着いたよ?大丈夫?」
付き添っている先輩が心配そうに声をかけるが、呻き声で返事をするのが精一杯の様子。
(やれやれ…)
勇一は席を立つと、最後尾へ。
「先輩。ちょっと良いですか?」
「紺野君…?」
通路を開けてもらい、陽菜の横にしゃがむ。
「黒瀬さん大丈夫ですか?」
「…………ムリ」
陽菜はわずかに首を横に振った。
「では、お手を拝借」
だらりと下げている右手を、両手で包み込むと、横で先輩が目を輝かせて見守っている。
そして、ツボ押しをするふりをして魔力を流し込み、浄化する。
「……………えっ?!」
陽菜は、ガバッと起き上がった。
「え、全然気持ち悪くない……」
先ほどまでの青ざめた顔が嘘のように、晴れやかな顔色をしている。
「酔い覚ましのツボ、効いて何よりです」
(((いや、効きすぎだろ……)))
一部始終を見ていた者達はそれ以降、中央署に在籍していた間、二日酔いという煩わしいものと無縁の生活を送ったとか。
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空港に着いたら先に荷物を預け、その後は搭乗まで自由行動だ。
大半はお土産コーナーに直行したが、特にやることがなかった勇一は、展望デッキで絶え間なく飛び立って行く飛行機をぼーっと眺めていた。
胸ポケットでは昨夜から一向に目覚めないシノアが丸くなり、一定のリズムで寝息を立てている。
魔力供給を一度やってみたが、属性的に合わないのか非常に寝苦しそうにしていたので、自然に身を任せることにした。
徐に、手すりに肘をつきながら人差し指を伸ばし、魔力を練る。
「………灯火」
燃料に点火する時などに、指先にマッチ程度の小さな火を灯す子供でも使える魔法だが、
「……やっぱりダメか」
魔力の放出は感じたが、指先に変化はなかった。
「何がダメなの?」
「!」
突然背後から声をかけられ、肩をビクッと揺らした。
集中していたせいで全く気づかなかった。
「黒瀬さん。もう具合は良くなりましたか?」
「ご、ごめんね。その、だらしないところを見せちゃった」
陽菜は前髪を指先でくるくるしながらバツの悪そうな表情をしている。
「良いですよ。それより、昨晩は突然席を外してしまい、すみませんでした」
勇一は気にしていないと軽く笑った後、頭を下げた。
勇一がシノアと消えたのは、陽菜に酔い覚ましを求められた直後だった。
あそこまで悪酔いしてしまったのは、自分にも原因があるのではないかと感じていた。
「えっ、あっ、大丈夫…。ううん、ごめん。黙っていなくなっちゃったのは、ちょっと寂しかったな。もう少しお話ししたかった」
大丈夫だと言ったが、素直な気持ちを言い直し、陽菜は口を尖らせた。
「うっ…すみません。今度羽田屋でご馳走します…」
「よろしい。では和解の条件をもう一つ」
勇一の眼前で、人差し指を立てて見せる。
「…なんでしょう?」
「敬語禁止!谷口くんと同じように私と接すること!」
その立てた指で、勇一をビシりと指差した。
勇一と谷口と陽菜の三人は定期的に食事に行ったりしているが、いつまでも陽菜に対して勇一が丁寧口調で喋ることを、少し気にしていたようだ。
「そういうことでしたら…まぁ。わかりまし……わかった」
「よしよし」
陽菜は満足そうに頷き、話を元に戻した。
「それで?何がダメだって?」
「あぁ、それですか…「んん??」
「……コホン。ちょっと指先から炎を出してみようとしたんだけど、無理だった」
「いやそりゃ無理でしょ…」
現実とゲームの区別がつかなくなっちゃってるのかと、心配そうな表情をしている陽菜が面白くてつい笑ってしまう。
「何笑ってんのさ」
「あぁ、ごめん。うん、そうだな、普通はそうだよな」
「…?変なの」
時折、この男は浮世離れしたことを言う。
周りのみんなが言うようにゲーム好きなのか、あるいは。
「そろそろ時間だな。保安検査並んでるだろうから早めに行こう」
「ん。もうそんな時間かぁ。楽しい時間はあっという間だね」
くるりと振り返った時、ベンガラ色のユニフォームを着た可愛い女の子が突然陽菜の頭をよぎった。
「ね、紺野君。和解の条件もう一個追加していい?」
「条件って後から追加できる…のか?まぁ、良いけど。何?」
自分に似合うかはわからないが、ちょっと対抗心が芽生えたようだ。
「今度フェザンサの試合連れてって」
「ぇ」
あぁ、あの時の秋山はこういう気持ちだったのか。
自分の好きなチームを応援しに来てくれると言う人を誰が拒めようか。
勇一はしばらく拳を握って喜びに震えていた。
「……紺野君?」
「あぁ、失礼。うん、もちろん。今度完全休養被る時の試合、一緒に行こう」
「ほんと?!やった」
満足したのか、陽菜は笑顔で小さくガッツポーズをすると、踵を返して保安検査場へと向かう。
「うーむ、完璧なプランを練らねば」
秋山が自分にしてくれたように。
勇一も完璧なお誘い計画を、今からもうすでに脳内でシミュレーションを始めながら、検査場へと足早に歩いて行く。
(あまり考えすぎないようにねぇぇ……)
胸ポケットから漏れてきた寝言は、離陸する飛行機のエンジン音にかき消され、勇一の耳に届くことはなかった。
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沖縄舞台のお話終了です。
次からどうしようかなぁ




