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32話 水魔vs黒魔

「俺は……魔王と相討ちになった勇者だ!!」


勇一が言い放つと、カファルは警戒を若干解き、興味津々といった目を向けてきた。


「勇者…。勇者?お前が?貴方が?サザナを討った勇者?!くっ、はははははは!!」


そして、先程のような上品な笑いではなく、仰け反って大声で笑っている。


「…何が面白い?」

「あぁ、これは失礼。勇者サマ」


カファルは姿勢を正し、勇一に対して丁寧に一礼した。


「…?」

「いえ、サザナが苦し紛れにどこの塵芥を従えているのかと思いきや、勘違いをしておりました。異世界に逃亡した魔王をここまで追うとは、すばらしい執念です。感服いたしました」


パチパチパチパチ。

と、一人で手を叩きながら、勇一へ賞賛の言葉を並べる。


カファルの言葉の意図が勇一にはよく掴めていないが、後方のシノアから不安と恐怖の感情が伝わってきた。


「そういうことでしたら勇者サマ。私と貴方が敵対する理由はありません。()()()()()なのですから」

「!」


勇一はここまで聞いて、ようやく理解できた。


「さぁ、共にサザナを討ち滅ぼしましょう。終わりましたら私はそのまま帰りますゆえ」

「……っ!」


良く通る声でそう言うと、カファルは勇一に手を差し出してくる。

それを聞いたシノアはバックステップで距離取ると、半身で構えの姿勢を取った。


丁度、距離を置いて向かい合うカファルとシノアの真ん中あたりに勇一が立っている状態だ。


勇一はゆっくりとカファルに背を向け、シノアの方に向き直す。


カファルは目を輝かせ、口角を上げた。


「………」


シノアは構えを解かず、一切の隙なく勇一をまっすぐ視線で捉えている。


そのシノアにゆっくりと勇一が近づいて行く。


そして、お互いに手を伸ばせば届きそうなほどの距離に近づいたとき、シノアはまるで猫が威嚇するかのように魔力を放出して体を強張らせた。


「おいおい。なんだよそんなに信用できないのか?」

「………一応、一回殺されてるからね」


シャー!!


と、威嚇を続けるシノアのおでこに、スッと手を持っていき、


___バッッッッチン!!!


思いっきりデコピンをお見舞いした。

あまりの衝撃に、シノアはその場で一回転してそのまま着地する。


「ア゛ーーーーーーーーー!!!!」


真っ赤に膨れ上がったおでこを押さえ、絶叫する。


「なにすんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「いや、ちょっと、目を覚まさせようかと思って…」


半泣きでポカスカと殴り掛かってくるシノアをいなしながら弁明する。


「目を覚まそうと?!永眠するとこだわ!!!」


ついに「うわーん」と涙を流しながら、なおも殴り掛かってくる。


その茶番ともいえるやり取りに、ついにカファルがしびれを切らした。


「……それが答えということでよろしいですかぁ?」

「あぁそうだカファル。勘違いしないでもらいたいのは、俺は常に人間の味方だ。たとえ魔王討伐の為だろうが、一万人の命を使い捨てにするような奴とは天地がひっくり返っても協力することはない」


改めて、勇一はカファルに向き直り、魔力を練り上げる。


それを宣戦布告と捉えたのだろう。

カファルが鯨型の魔獣の頭部に再び降り立つと、魔力を流し込んだ杖が、青白く光を放ち始めた。


「シノア!」

「……デコピンを許したわけじゃないから」


勇一の呼びかけに応じ、シノアはおでこをさすりながら並び立った。


「元勇者と元魔王、いいですねぇ…全力を出しても問題なさそうです。あぁ、滾りますねぇ…」


カファルの魔力がさらに膨れ上がる。


さらに、周辺で大人しく立ち尽くしていたメコダッチたちが次々と倒れ、黒紫色の粒子となりカファルの杖に吸い込まれていく。


「あいつ、メコダッチは魔力供給のために連れてきたのか…!」

「外道め。部下を何だと思ってる……」


海魔将ともあろう者が、スライム並みの弱さのメコダッチの大群を引き連れてきた意味がわかった。


メコダッチは弱いが、魔力保有量はそれなりに多い。


魔力量が他の魔将より少ないカファルはメコダッチの魔力を吸収することで不足を補っているようだ。


「……!来るぞ!」


カファルの魔力が圧縮され、魔法の構築が終わった。


「__第四階梯水魔、海神の爆轟ディ・エクトカタラクテ


それは、もはや水と呼べる代物ではなかった。


壁。



砂浜を抉りながら、濁流の壁が恐ろしい速さで真っ直ぐ突っ込んでくる。


(これ、受けられるか…?!)


勇一は身体強化とガードの姿勢を取る。


「__第四階梯黒魔。黒龍の断鱗(アッゲ・ラグマ)


しかし、濁流は目の前に現れた巨大な黒曜石の盾によって受け止められた。


「ほぅ!あれを受けますか…!流石は歴代最高と謳われた黒魔の使い手ですね!」


シノアが操る闇属性の魔法は、どうやら黒魔と分類されるらしい。


「では、これならどうです?!___第五階梯水魔、魔魷の龍刃ディ・エクス・ウェルテクト!」


カファルが頭上で杖をぐるりと回すと、突如として勇一とシノアを中心とした大渦が出現し、空に伸びる。


その様は巨大な竜巻を見ているかのようだ。


超高速で回転する渦は、その全てが、あらゆるものを両断する水刃と化している。


「__第五階梯黒魔。覇龍の鼓翼ウロ・エクス・ウェルテクト


内側から漆黒の竜巻が発生し、大渦と混ざり合って弾け飛ぶ。


シノアは再び、すかさず同じ階梯の黒魔を展開し、魔力相殺で対消滅させてみせたのだ。


カファルは、驚きつつも目を輝かせている。


「あぁ!!なんと素晴らしい!!!どうかその力を人間の殲滅に振るってくださいませ!!魔王様!!」

「…今更魔王様などと。白々しい」


シノアは魔物の上で身悶えしているカファルを睨み付けた。


相手の出方を伺いつつ、高位魔法の応酬を呆然と見ていた勇一に指示を出す。


「カファルの水魔は私が全部受けるから、勇一はあの魔獣を。カファルを砂浜に引き摺り下ろそう」

「わ、わかった!」


指示を受けた勇一はターゲットを魔獣に切り替え、魔法が飛び交っている正面を避けて回り込むように走り出した。


魔将が従えている程ならば、恐らくあの魔獣もかなり高レベルであることは間違いない。


しかし、


(果たしてまともに戦えるだろうか…)


勇一はこの世界に来てから、現象として空間に干渉する魔法を使えていない。

指先からマッチ程度の火を出すことすらできなくなっているのだ。


さらに、聖剣はシノアとの戦いで折れてしまい、魔力を練っても顕現しない。


つまり、現状あの魔獣と戦う術は、魂に刻まれたスキルを駆使した徒手空拳ということになる。


ただの人間である犯罪者を制圧するのとは訳が違う。


(シノアもなかなかに無茶を言う…)


近づくと、改めて魔獣はかなりの大きさであることがわかる。


以前資料で見かけた世界最大の鯨、シロナガスクジラより大きそうだ。


「そう易々と接近させるとお思いですか!__水魔、爆ぜたる水泡ディ・フラクト・スプマ


カファルが接近する勇一に向けて杖を振ると、バレーボール大の泡が鉄砲水のように勇一目掛けて飛んできた。


「__乱舞せよ黒龍の剥鱗アッゲ・ラグマ・ムルト


その一つ一つを無数の盾が一つ残らず迎撃した。


「くっ…厄介な…」



シノアが防ぐと信じてノーガードで突き進んでいた勇一は、勢いそのままにスキルで跳躍し、一気に魔獣との距離を詰める。


そして、カファルが立っている場所の少し下のあたり、ちょうど人間でいう眉間のあたりを渾身の一撃でブン殴る。



ズドン__



と、鈍い音が響き、その衝撃が魔獣を伝って海へ。


魔獣を中心とした巨大な波紋が広がる。


例えばこれを受けたのがその辺にいるただの鯨だったら、頭から半身くらいは木っ端微塵に吹き飛びそうな。


そのくらいの衝撃だったが、魔獣には浅かった。


「ギィィィィィィィィ!!!」


と、耳をつんざく絶叫と共に振った尾が、反作用で空中に留まっている勇一を捉えた。


「勇一!!!」


残像が見えるほどの高速で吹き飛ばされ、一直線に砂浜に突き刺さる。


「ガッ、ハ……!!」


攻撃を受ける寸前に身体強化をかけていたのだが、それを易々と貫いて内臓を抉られるような鈍痛が走る。


生身で受けていたら、尾が当たった瞬間に血霧と化していただろう。


「勇一!大丈夫?!」

「な、なんとか…」ゴホ


脇腹を抑えてふらふらと立ち上がる。


「よかった…」ホッ

「だが…」


シノアはカファルで手一杯。

さらに魔力も限られているため、高位魔法をこのペースで撃ち続けていたらいつ猫の姿に戻ってもおかしくない。


かと言って、丸腰の勇一では魔獣すら倒せるか怪しい。


「こいつは素手で倒せるような雑魚ではありませんよぉ!第五階梯水魔!大海を穿てし滅龍槍ディ・リスタ・バリエンテ!」


カファルは二人を見下ろして嫌味な笑みを浮かべて、追い打ちをかけるように水で生成した巨大な槍を叩き込んでくる。


「っ!__慈愛なる黒龍の抱擁ウロ・ラグマ・プレディケ!!」


咄嗟にシノアが展開した黒曜石の防壁が、ドーム状に二人を包み込んだ。


「痛っ……」


カファルが放った槍は防壁を貫き、シノアの脇腹を掠めて止まっている。


ポタポタと滴る血が、砂浜に赤い斑点を描く。


「シノア!」

「大丈夫…!掠っただけだから…!」


傷を押さえて膝を折ったシノアを見て、己の無力さを嘆く。


魔法と聖剣がなければ、ちょっと身体が丈夫なだけの役立たずだ…。


拳を握り締めて俯いている勇一に、シノアがニヤリとして一言。




「ねぇ、勇一。()()撃ってみない?」



di(ディ)をつけると水魔、uro(ウロ)がつくと黒魔というように、魔族が操る魔法は枕詞で属性を変えられるものがあります。


複数属性に適性のある魔族は、枕詞で発動する魔法を変えて戦います。


階梯は七までありますが、六階梯以上は詠唱を必要とするので多用しません。

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