30話 歪
「では、沖縄の夜に、乾杯!!」
「かんぱーい!」
秋山の号令に、シノアが元気よく応えてジョッキをガチンとぶつける。
「…ベタですね」
勇一がベタな挨拶に失笑していると、隣に座る陽菜がこそこそと話しかけてきた。
「あのさ、一応確認だけど、あの子成人してる?」
シノアはぱっと見、ギリギリ二十歳を超えてるか超えてないかくらいの見た目をしているため、陽菜がその疑問を抱くのは当然だ。
「大丈夫です。あぁ見えて我々と同い年ですから」
秋山もここへの道中、陽菜に会う前に同じ疑問を投げかけてきた。
脳を少しだけモニョモニョして、勇一たちと同じ二十四歳ということにしている。
実年齢はおそらく三桁だろうけど。
「そうなんだ。なら安心だね」
警察官が未成年者に酒を飲ませた。
などという事案が発生したら、全国ニュースで晒された挙句、懲戒処分は免れない。
勇一の反応を聞き、ようやく陽菜もお酒に口をつけた。
「今日はレモンサワーからなんですね」
いつもは豪快に生ビールを流し込んでいるが、今日は珍しくサワーからスタートしていた。
「お昼に他の子達とビールばっかり飲んでたからさぁ、流石にちょっと飽きちゃって」
「そうですか…まぁ、確かにビールの割合が多いような気がします」
沖縄のビールと言えば「RIGEL」。
オリオン座を構成する星の名を持つビールだ。
どこに行ってもこのビールの旗が目に入る。
そしてなぜか飲みたくなる。
スタジアムでも秋山と合わせて一体何杯飲んだことやら。
(それにしても…)
シノアと話をしながら、早くも四杯目のお代わりを注文した秋山を勇一はちらりと見る。
(お酒、強いなこの人)
思い返せば、何度も飲みに行っているのに秋山が酔っている姿を見たことがない。
飲む量をセーブしているかと言われるとそんなことはなく、ノーブレーキで飲み続けている。
勇一は体内を浄化できるから悪酔いという概念すらないが、秋山の身体の構造は一体どうなっているのか。
(それに引き換え……)
「それで?志野ちゃんは何でベンガーラ推しに?」
「えーとぉ~このまーくにかかれてるのがぁ、むかしかってたケルベロスにそっくりでぇ」
秋山の問いに胸元のエンブレムに輝くシーサーを指さしながら返答しているが、すでにろれつが怪しい。
恐らく、お酒を全く飲み慣れていない。
「(おい。おいシノア。浄化は使えるのか?)」
「んぇ?なぁにゆういち?じょうかぁ?」
魔力で話しかけたのに、普通に返事をしてくる。
案の定、秋山と陽菜は「今なんか話しかけた?」みたいな表情をしている。
(ちっ。魔力伝達も使えなくなってるのか)
この状態はまずいと少し焦る。
秋山も次第に心配そうな顔になってきていた。
「志野さん、ちょっとお手を拝借」
「うぃ」
そこでおもむろに、向かいに座っているシノアの手を取った。
「ちょ?!」
陽菜が何故か固まっているが、ひとまず置いとく。
「…最近ツボ押しを教わりまして」
「へぇ?そんなのやるタイプなんだなお前」
そして、ツボ押しのふりをしてシノアに浄化魔法を流し込んだ。
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばば」
「「志野ちゃん(さん)?!」」
シノアは電流を流し込まれたかのように、髪を逆立てて微振動している。
(おっとしまった、魔族に聖気100%は逆効果か)
少しだけ、流し込む魔力に負属性を混ぜる。
「ばばばばばば……お???」
シノアはぴたりと動きを止め、目をぱちくりさせた。
「し、志野ちゃん?大丈夫か?」
「なんか、すごくすっきりした!」
先ほどまでのぐにゃぐにゃっぷりが嘘のように、しゃきっと爽快シノアちゃんになっている。
「え?紺野、今何した?」
「酔い覚ましのツボ、なるものを押してみました」
「効きすぎでしょ…」
しゃきっとしたところで聞いてみると、どうやら魔族はもともとアルコールに弱い上に、浄化魔法が使えないようだ。
中にはアルコールを嗜む者もいたそうだが、グラスに半分程とごく少量を飲む程度だったらしい。
そのため、大半の魔族はアルコールに対する耐性が極端に低いのだとか。
シノアも今日、初めてお酒を口にしたそうだ。
その後もちょくちょく勇一に浄化を求めてきたが、初めてのお酒の席を楽しめているようだ。
陽菜とも会話をする場面もちらほら。
だいぶ打ち解けた様子が見て取れる。
乾杯から二時間少々が経ち、秋山は変化なしだが、陽菜はついに動きがほわほわとしてきた。
「紺野君、私にも酔い覚ましのツボ押しして~」
やや赤ら顔になった陽菜が、手のひらを差し出す。
「えぇ、いいですよ」
勇一がその手を取ろうとした時だった。
___ピシリ
「「!!!!」」
《《それ》》を感じ取ったのは店内で、いや、世界広しといえども勇一とシノアの二人だけだろう。
あぁ、いよいよ勇一に手を取られる。
と、陽菜は緊張で一瞬目を閉じる。
しかし、その手が取られることはなかった。
目を開けるとそこに勇一の姿はなかった。
「え?」
「えっ?」
秋山の隣にいたシノアの姿もまた、忽然と消えていた。
「え、二人、どこいった?」
差し出した陽菜の手が、虚しく宙に取り残されている。
「ト、トイレに行ったのかもな〜?よっぽど我慢してたんだろうなぁ?なんて…?」
陽菜を慮って秋山がフォローを入れるも、遠い目をしたまま、固まっている。
「………紺野ぉぉ!!どこ行ったぁぁぁ!!」
秋山の悲痛な叫びは、勇一に届くことはなかった。
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秋山の家系は、父方も母方も代々酒豪揃いです。
法事などで一族が集まっての宴会の席も誰一人として酔わず全く盛り上がらないため、秋山はあまり好きではありません。
自分は酔っていなくても、お酒で陽気になる後輩たちを眺めているのがとても楽しいようです。




