29話 しの…あい?
署員旅行二日目。
この日は終日自由行動となっており、各自事前に決めたプランで観光を楽しむことになっている。
「今日はどのへんで観るんでしたっけ?」
「バックスタンドの自由席だ。でも両脇は応援中心エリアだから、真ん中の方に行こうか」
勇一と秋山の姿は総合運動公園陸上競技場近くの焼肉店にあった。
丁度この日、三部リーグの地元プロサッカーチーム、FCベンガーラ対ドゥアヴァンセ石川の試合が行われる。
行きたいところが特になかった二人は、せっかくだからとチケットを購入して旅行に来てまでサッカーを観に来たというわけだ。
完全にサッカーバカである。
そして今はスタジアム入りの前に腹ごしらえをしている所だ。
「フェザンサ以外の試合を観るのは初めてなので、楽しみです」
「そうだな。また違った見どころがあって面白いのと、どっちが勝っても良いから純粋にサッカーを楽しめるな。ただ、ホームエリアだから一応ベンガーラの応援な?」
秋山は隣県他チームの試合も何試合か見に行ったことがあるので、お作法はわきまえている。
勇一も最近は戦術云々を語り始めているくらいだし、大丈夫だろう。
「よし、そろそろ行こうか」
「はい。ごちそうさまでした」
焼肉屋からスタジアム広場までは歩いて五分ほど。
広場にもフェザンサほどではないが、スタジアムグルメのテントがいくつも並んでいる。
マンタを模したベンガーラのマスコット「マンターニョ」が、道行くサポーター達に手(ヒレ?)を振っている。
二人はビールと串焼きのテントを回って軽食を仕入れ、スタジアムに入場した。
キックオフまで三十分ほどだが空席が多く、割と好きなところに座れそうな感じだった。
「三十分前で大丈夫かと思ってましたが、余裕で座れましたね」
「四年くらい前だったか、一部リーグを目指せる勢いがあった時はほぼ満席だったんだが、逆に降格してしまってから、どうしてもな。フェザンサも二部の時は結構ガラガラだったんだぞ」
ひとまず二人はちょうど真ん中あたりの席に腰掛けた。
「陸上トラックはありますがスタンドが低くて見やすいですね」
「ウチのスタジアム、最前列の時点で結構高いもんな」
このいつもと違う見え方もアウェイゲームや他チーム観戦の楽しみの一つでもある。
さらに、
「うわぁ、串焼き美味しいですねぇ」
「うぉ、調味料すごいな……俺はちょっと苦手かも」
串焼きを買うとついてきた地元の調味料をかけてみたが、泡盛がベースで個性的な風味。
好き嫌いが分かれそうだ。
地元ならではの味を楽しめるのもサッカーの醍醐味。
二人がいつもと違う雰囲気を存分に味わっていると、
「あの、ここ空いてますか?」
まもなく選手入場というタイミングで、隣に座ろうとする人が勇一に声をかけてきた。
他にもいくらでも席はあるのにわざわざなぜ隣に?と思ったが、あくまでも「自由席」のため、拒む権利はない。
「えぇ、空いてますのでどう__??!!」
驚きのあまり、手に持ったビールを落としそうになった。
目の前で悪戯な笑みを浮かべる、ベンガーラのユニフォームシャツを着た女子サポーター。
どこからどう見てもシノアだ。
「(なにやってんだお前ぇぇぇぇ!!!)」
『いやぁ、その、ちょっと楽しそうだなぁなんて思ったり…』えへ
舌をぺろりと出してかわいこぶって見せる。
(消し飛ばしたい…)
勇一の中で殺意が膨れ上がったが、当の本人は周りの人に合わせ、入場してきた選手たちに拍手を送っている。
「あれ……なんか急に頭が…」
ちらりとシノアに目をやった秋山は、案の定頭痛を訴え始めた。
「(そのユニフォームはどうした?盗んできたとは言わないだろうな)」
『まさか!私だって少しはお金を持ってるから、それでちゃんと買ってきた!』
「(そうか……なら良いんだが、面倒ごとは起こすなよ?)」
『わかった!』
シノアは元気よく返事をすると、すでに試合が始まっているピッチに集中し始めた。
_試合は拮抗していたが、前半終了間際にベンガーラが先制。
総立ちで喜ぶのはフェザンサと同じだが、スピーカーから琉球音階の軽快なBGMが流れると、周りの人たちがカチャーシーを踊り始めたのは実に面白い光景だった。
「おい、紺野見てみろあそこ、三線弾いてる人がいるぞ!」
応援エリアには太鼓に紛れて三線をかき鳴らしているおじさんがいた。
勝敗関係なく見れているからか、その辺に目を向ける余裕がある。
後半の追加点の時には、勇一と秋山、そしてシノアも見よう見まねでカチャーシーを踊った。
観客は決して多くはないが、一体感というか、スタジアム全体が楽しんでいる空気がよく伝わってくる。
試合終了後の選手とサポーターの距離もなんとなく近いような気がした。
「秋山さん。とても新鮮な観戦でした。楽しかったです」
「おぅ、それはよかった。笹野瀬に帰ってからも近場の試合、観にいってみような」
「えぇ、是非」
と、ここで秋山が勇一の奥に座る女子に、ちらりと目を向けた。
「ずいぶん仲良くなったみたいだな紺野」
「そっ、そうですかね?」
秋山は、シノアに聞こえないくらいの声で勇一に耳打ちをした。
試合中、シノアはちょくちょく勇一にルールやプレーについて質問をしていた。
その様子をしっかりと観察されていたようだ。
「この後の飯、誘ってみたらどうだ?」
「え゛っ?!いや、大丈夫です2人で」
勇一は全力で拒否したが、お前が誘わないならと言った感じで、秋山が声をかけてしまう。
「うちの連れと仲良くなってくれたみたいだけど、この後良かったら晩御飯一緒にどう?」
「(わかってるなシノア断れ絶対についてくるな先にホテルに帰れそれか俺のポケットに戻れいいかわかっ…
「はい!行きまぁす!」
「スゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……(オマエ アトデ コロス)」
勇一の呼びかけ虚しく、即答。
試合後は古民家風居酒屋を予約しており、人数を二人で伝えているから三人では無理でしょうと断りを入れようとしたのだが、秋山がすでに店に電話を入れており快諾されたとのこと。
(八方塞がりだ…はぁ、もう何事もなく終わるように祈るしか…)
「へぇ、旅行者なんだ。俺らと同じだな。名前は?」
「えっ、名前…あーっと……志野…愛です」
「ぶふっ…!」
とっさに考えたのだろうが、魔王が「愛」という名前をチョイスしたのが面白くてつい笑ってしまった。
「何か文句でも…?」
シノアはむっとして勇一を睨む。
「いいえ、何でもありません志野…愛さん。良く、お似合いだと思います」
「なんかものすごい悪意を感じるんだけど!?」
お互いに顔を突き合わせて睨みを利かせ、けん制し合いながら居酒屋へ突き進んでいく姿を、後方から秋山がほほえましくついて歩く。
(これはもしかすると、もしかするかもしれんな…!)
二人の仲を取り持ってやろう。
と、老婆心を抱きながら___
____
「うぇっ??!!」ガタッ
「どしたの陽菜??」
海岸線沿いのカフェ。
テラス席で同期の女子たちと地元産フルーツパフェを堪能していた陽菜の目に、信じられない光景が飛び込んできた。
思わず立ち上がり、衆目を集めてしまった。
「あっ…ごめん何でもない。虫に驚いちゃって…」
「ゴキ〇リも平気で始末する陽菜が何言ってんのよ~?」
「いやぁ…ははは…」
席に直して再びパフェを掬おうとしたが、さっきの光景が脳裏に浮かんで手が止まってしまう。
(い、今の、紺野君だよね…?で?隣を歩いてる子は何者?めちゃくちゃ仲良さげな感じ?秋山部長は?)
そう。
陽菜が目撃したのは、予約している居酒屋に向けてスタジアムから歩く勇一とシノア。
秋山は二人を邪魔しないようにとかなり後方を歩いているため、陽菜の目にはただ勇一とシノアが二人仲良さげにじゃれあいながら海辺の道を歩いているようにしか見えなかったであろう。
~~陽菜ビジョン
勇一「海綺麗だね。君と見れて良かった」
女子「えっ…わ、私も勇一君と見れて良かった…」
勇一「今夜も楽しみだね」
女子「…………うん」
~~~
「ああああぁぁぁぁああああぁぁぁあぁぁぁぁ!!!」
「陽菜?!」
勝手な妄想が頭を駆け巡り、それをかき消すかのようにパフェを一気に口に搔っ込んだ。
「いっ………っつぅ…」
シャーベットを一気食いしたせいで頭がキーンとなる。
「ちょっと本当にどうしたの陽菜?大丈夫?なんか変だよ?」
「先にホテルに戻った方が良いんじゃ…?」
陽菜はしばらく頭を抱えた後、がばっと起き上がり、
「ごめん皆!急用を思い出したから先に帰るね!お金置いとく!!じゃ!」
財布から少し多めにお金を取り出して机に置くと、風のように去っていった。
「………沖縄で急用って、なに?」
「さぁ…?あ、でも最近陽菜ってさ、同期の___」
___
(あれ?私何やってるんだろ。仲良い子たちとお茶してたのに、何で走ってるんだろ?)
ただ、同期が知らない女の子と一緒に歩いているだけの、なんてことはない光景だったはずなのに、もやもやが取れない。
(別にあの子が誰だって良いのに、なんでこんなに気になるんだろ)
そもそも、紺野勇一という男と、友人関係という観点で見てもそこまで深い仲というではない。
でも知りたい。
そのために足を動かし、息を切らす。
知らぬ間に秋山を追い越し、勇一たちの前に回り込む。
大きく息を吸い込み、
「あっ、あーー!紺野君!ぐっ、偶然だね。何してるの?!」
演技っぽくならないように意識しすぎて、声がひっくり返る。
(さすがにちょっとわざとらしすぎたかな……失敗したぁ…)
隣の女の子がジーっと見つめてくる。
吸い込まれてしまいそうなほど、大きくて真っ黒の瞳。
(うわぁ…目おっきい…かわいい…)
サッカーでも一緒に観ていたのだろうか。
ベンガラ色のユニフォームがよく似合っている。
「…こんにちは黒瀬さん。奇遇ですね。このあたりを回っていたのですか?」
勇一は一瞬女の子に目線を送り、返答する。
その仕草一つをとっても、ちくりと何か刺さるものがある。
「うん、同期の子たちと近くのカフェにいたんだけど、現地解散になっちゃったから散歩してたの。紺野君たちは?」
嘘だけどね。
「サッカーを観ていました。それで、これから晩御飯です」
あぁ、やっぱり。
署員旅行のタイミングで家族や恋人が別便で来て、自由行動の時に合流するというパターンがあると聞いていたが、その類か。
じわじわと気持ちが落ち込んでいきそうになったその時だった。
「黒瀬?こんなところで何やってんだ?」
「秋山部長?!」
勇一の後ろからひょっこりと顔を出したのは秋山。
「おぉ、紺野と一緒にサッカー観に行ってこれから晩飯なんだよ。で、スタジアムでたまたま隣になったその子も一緒に。な?」
「秋山さんが強引に誘った。という情報が抜けていますよ。警察官たるもの、申し送りは正確にしてください。だいたい秋山さんはいつも…」
「ちょっと脚色がすぎないか?!」
勇一と秋山が実にいつも通りのやり取りを繰り広げ、女の子もその様子を見てクスクスと笑っている。
なぜだか口角が緩む。
今、ほっとした?いやいや。
「ああ!そうだ!黒瀬!!この後の予定は?!」
「え!?いや、特にないですけど」
秋山は、説教モードに入った勇一から逃れるように話題を振ってきた。
「よし、お前も来い」
「秋山さん!?」
迷いはなかった。
「____行きます」
「黒瀬さん?!」
「よーし!四人で行くぞ!!」
秋山が拳を上げながら歩き始め、女の子もついていった。
「黒瀬さんすみません、秋山さんが無理やり…」
「ううん、良いよ。ご飯どうしようって思ってたところだから」
こちらとしては好都合。
うん。好都合。
「ねー!早くおいでよー!」
先行するシノアから促され、勇一と陽菜は歩みを早める。
斜めに伸びる二人の影が、手を繋いでいるように重なっていた。
※陽菜ビジョン 現実はこうでした
「そもそも、お前何でベンガーラのユニホーム買ってんだよ。裏切りか?おい?」
「三部から上がっていく過程を見た方が面白いだろ!ま、一部から応援し始めた勇一にはわからないだろうけど?」
「おい誰がニワカだぶっ殺すぞ」
「あー、自覚があるんだー。ニワカなんて一言も言ってないのにー。自覚があるから反応するんだー」
「このやろ……」
「きゃーー!逃げろー!!」
(……さっき会ったばかりなのに仲良いねぇ君ら)
普段感情表現が乏しい後輩が、口調も変え、コロコロと表情を変えてギャーギャー言い合っているのを見て秋山さんは内心ニッコニコです。




