2話 おはな
「紺野、今更だと思うが、警察の仕事は刃物を持った男を倒すことだけじゃないぞ」
「はい。街の微細な変化に目を配り、細やかに物事を良い方向に導くことが市民生活の平穏と国の安寧に繋がるんですよね」
「そこまで大げさに言ったつもりはないんだが…まぁ、いいや」
十月の爽やかな風を切りながら、勇一と秋山は交番周辺の巡回中。
昨日の大捕物の後、署内では「期待の超新星登場か」と噂が広まり、教育係の秋山の周りには同僚連中が入れ代わり立ち代わりで様子を聞きに来たせいで書類整理もままならないほどだった。
そんなことは素知らぬ顔。
当の本人は至って平然としている。
彼の中では昨日の男など、草原でゴブリンを一捻りするようなものだった。
そして、自転車を走らせていると探知スキルに何かが引っかかった。
「秋山さん、あの公園から泣き声が聞こえますね」
「ん-...いや、何も聞こえねぇけど」
秋山が耳を澄ましても、聞こえるのは街の雑踏と噴水の音だけだ。
「お前どんな聴覚してるの?猫なの?」
猫の聴覚は、隣の部屋にいる蠅の足音をも捉えるらしい。
「いえ、ただの人間です。ちょっと行ってみましょう」
「……わかった」
秋山は、勇一の提案を素直に呑む。
二人が入り口に自転車を置いて公園に入ると、隅のベンチで少女が泣いているのが見えた。
「…本当にいたよ。お前マジで何者?」
「ちょうどタイミングが良かったのだと思います」
「タイミングで片付く問題か…?」
二人は少女に近づいていく。
「11時42分、これより事情聴取をはじ「待て、俺が行く」
「何故ですか?」
「お前相手を見て話し方考えろ。子供は怖がるぞ」
「心に傷を負わせてしまいますか?」
「いやそこまでは言ってねぇけど…まぁ見てな」
「……はい」
やや不満そうな表情を見せる勇一をほっといて、秋山が少女に話しかけた。
「こんにちは!何があったの?」
「??!!」
普段の気怠そうな秋山からは想像もできないほど、和やか且つ明るい声調で少女に語りかける姿に、思わず勇一は目を見開いてしまう。
「お巡りさん……!ハルが、いなくなっちゃった!」
秋山に話しかけられ、パッと顔を上げた少女はそう訴えた。
手には首輪だけが付いたリードを握っている。
「ハル」と言うのはおそらく飼い犬のことだろう。
「ハル?君のワンちゃんかな?」
「うん…いつもこの公園をお散歩してるんだけど、車が大きな音を出してびっくりしちゃって、それで、首輪から……グスッ」
「そうかぁ。じゃあお巡りさん達がハルを探してあげるから、どんな子か教えてくれる?」
「うん…えーっとね__」
秋山の優しい問いかけに落ち着きを取り戻した少女が、ハルの特徴を話す。
ハルはメスの柴犬で、左耳の先が白くなっているのが一番わかりやすい目印だそうだ。
「わかったありがとう!君の名前も教えてくれるかな?」
「ミサキ!」
「よしミサキちゃん。あとはお巡りさんたちに任せてお家で待っててね」
「え~、わたしも行きたい!ねぇいいでしょ?ねぇ!」
ミサキの家はすぐ近くのマンションのようだ。
秋山に待っているように告げられたが、
自分も行きたい。
と、駄々をこねはじめる。
「うーん…困ったな」
「良いじゃないですか」
「紺野。簡単に言うな。何か起きた時に誰が責任を取るんだ?」
「秋山さんです」
「お前な…。はぁ、わかったわかった。ただし短時間だ。深追いはしないぞ」
「十分です」
そおもむろに勇一がミサキの目前でしゃがみ込み、手に持っている首輪を指差した。
「その首輪を貸していただけますか?」
「えっ?いいけど…?」
ミサキは怪訝な表情をしつつ、勇一に首輪を手渡す。
「ありがとうございます。では」
勇一は受け取った首輪を鼻に近づけ、匂いを嗅ぐ。
「あはは!何やってるの!おもしろーい!」
「お前、猫の次は犬の真似事か?」
二人とも勇一が場を和ませるために放った渾身の大ボケだと思い大いに笑ったが、
「あっちです」
「は?」
スッと立ち上がると、今いる場所からやや南の方角を指差した。
「あの辺りにはマンションの建設現場がありますね。迷い込んでいるかもしれません。行きましょう」
勇一はミサキの手を取り歩き出そうとするが、それをすかさず秋山が制す。
いくら勘が良いとはいえ、これはあまりにも荒唐無稽だ。
「待て。本当に見つけたのか?適当言ってたら冗談では済まねぇぞ」
「大丈夫です。秋山さん。信じてください」
「……っ!」
秋山はちらりとミサキを見る。
不安そうな表情ではあるが、勇一の手をしっかりと握っている。
「アァァー!!わかった行こう!!ただぁし!!見つからなかったら始末書百枚の刑だからな!」
秋山は頭を抱え込んだが、すぐにパッと顔を上げて勇一の提案に賛同し、それを見た勇一は深く頷いた。
「ありがとうございます。では急ぎましょう」
三人は勇一が示した方向へと歩き出した。
____
笹野瀬駅周辺は賑わいのあるエリアだが、大型ショッピングモールの誘致により閑散としてしまった商店街や、老朽化したビルも多く存在し、近年再開発が盛んに行われている。
勇一の先導で到着した場所も、高層マンションの建築現場だった。
「紺野、本当にここにいるのか?」
「対象が小さくて細かい場所は把握できていませんが、この工事現場の中にいます」
「分かった。中に入る許可を取ってくる」
秋山が近くにいた作業員に声をかけると、現場監督らしき人物のもとへ案内されて、すぐ戻ってきた。
「犬を見かけた作業員はいなさそうとのことだが、入って良いそうだ。ただし、君は危ないから入口の事務所でお留守番」
「うーん…わかった…」
少し不満をあらわにしたが、大型の重機や機材を運ぶ厳つい男たちが行き来する現場に入るのは、さすがに怖いと感じたのだろう。
「では、行きましょうか」
「おう」
二人はミサキを現場事務所に預け、貸与されたヘルメットをかぶってから中へと足を踏み入れた。
「これは…空気が乱れて、ハルの位置が特定できません」
元の世界には当然重機などは存在しない。
機械が行き来する大型建築現場に入るのは初めてだ。
大型機械の作動音や、激しい振動に探知スキルを乱されてハルの居場所を特定できない。
「まさか、探知スキルの阻害にこのような方法があるとは」
「こりゃすげぇ音だな…この距離でもお前が何言ってんのかわからねぇ」
すぐ隣にいる秋山も、勇一の声をよく聞き取れないでいた。
秋山に勇一が向き直り、よく聞こえるよう意識して言葉を発する。
「細かな位置がよくわからないので、手分けして探しましょう」
「わかった。じゃあ俺は右回りで行くからお前は左回りな」
「…?」
「向こうから行けっつってんだよ!!!!」
「了解です。見つけたら無線で共有しましょう」
俺ほんとに舐められてるんじゃねぇか?
などと、ブツブツ言いながら秋山は右方向へ歩いて行った。
「さて、探知スキルに頼らない探し物は久しぶりだな」
勇一も左方向へ歩みを進めていった。
_____
「で?見つかったのか?」
「いえ、ここまででそのような生物は見かけませんでしたし、作業員の方も見ていないと」
二人が別れた場所の反対側、右回りと左回りがぶつかる場所で二人は首をかしげていた。
くまなく探して歩いたが、犬らしき姿を見つけることができなかった。
「よし、このまま進んで最初の場所でまた合流しよう。別の目で見りゃ何か変わるかもしれない」
「…ここにはいないとは思わないのですか?」
「あ?お前がここにいるって言ったんだろうが。なら探すだけよ」
「秋山さん…」
「ほらさっさと行け」
そう言い放つと、秋山は勇一が来た方向へとさっさと行ってしまった。
__もしかしたらここにはいないのかもしれない。
そんな思いが過った勇一であったが、秋山はお前を信じると言い切った。
歩いていく秋山の後ろ姿を見送り、反対方向に向かおうとしたその時、
「うぉ!!なんだこいつ!!!」
「逃げたぞ!!危ない!!」
現場の上の方がなんだか騒がしい。
その声に気づいた二人が、歩みを止めて耳と目を凝らしていると、
「おーい!にぃちゃんたち!犬がいたぞ!!!」
マンションの三階部分から髭を蓄えたガタイの良い男がひょっこりと顔を出し、二人に向かって声を飛ばした。
「...なんだ上にいたのか、すっかり下にいるもんだと思い込んでたな」
「なんとおっしゃいましたか?」
「さっさと上行くぞ!!!!!!!!」
「はい!」
戻ってきた秋山とともに、勇一は仮設階段から三階へ向かった。
「おう、きたか。あそこだよほら」
三階につくと、先ほど顔をのぞかせた男が二人を待っており、男が指さした方向に一匹の柴犬がたたずんでこちらの様子をうかがっていた。
その距離およそ十五メートル。
耳の先が白く、ハルで間違いなさそうだ。
「さて、すぐにとっ捕まえたいところだが追いかけると、ちと危険だな」
現場はまだ壁が作られておらず、ふとした拍子に転落してしまったり、追い立てられて決死のダイブを敢行される危険があった。
「どうしたものかねぇ...」
「とりあえず普通に呼んでみますか」
まずは正攻法から試してみることにした勇一がしゃがみこんで声をかける。
「おいで!」
「??!!」
勇一があまりにも親しみやすい明るい声を発したため、驚きからか秋山が目を大きく見開く。
ハルは一瞬戸惑いのようなしぐさを見せたが、テテテと勇一の方へ歩いてくると、ちょうど一メートルほど離れた位置でおすわりした。
勇一はちらりと腕時計に目をやり、
「12時38分、迷い犬を保護します」スッ...
と、両腕を伸ばした瞬間
ズザッ!
「…?」スッ
ズザザッ!
「…??」スッ
ズザザザッ!
「…………」
勇一が近付くとすかさずバックステップで避け、一メートルほどの距離を保ち続けるハル。
尻尾をちぎれんばかりに振って実に楽しそうだ。
その様子を見た秋山がおなかを抱えて笑う。
「これがいわゆる柴距離ってやつか!!手玉に取られてやがる!」
「笑っていないで後ろ、ふさいでもらえませんかね」
ムッとした表情で勇一が秋山に指示を出し、秋山が後方に回ったところで再び捕獲を試みる。
「さぁ、大人しく……」
ズザッ!
ハルは前後から近づく二人を交互に見ながら横方向へひらりとかわす。
「~~~~~~…ッ!」
「おい!にぃちゃんがんばれよ!」
「わはは、いいぞワン公!」
その後も続く勇一とハルの攻防を、秋山だけでなく作業員たちも笑いながら見守る。
秋山もいつのまにか作業員と一緒になり、腹を抱えて笑っていた。
しかし、その見物人たちの視界から突如として勇一が姿を消した。
体内のエネルギーを脚部に集中させ解き放ち、超人的な速度で移動するスキル。
瞬きをする間に勇一はハルの背後に移動し、両腕でしっかりと脇腹を抱きかかえた。
「…12時48分。迷い犬を保護しました」
驚きで固まるハルを抱え、ややムスッとしながらいつもの冷静な調子で勝利宣言をした。
「…お前、今の」
「えぇ、少々ムキになってしまいました」
やはり目で追えない速度で移動されると、どうしても脳が受け付けてくれない。
「さて、ミサキちゃんが待っています。現場事務所へ行ってこいつに首輪をつけましょう」
「お、おう…行くか、では皆さんお騒がせいたしました。どうぞお気を付けて作業なさってください」
勇一に促され、秋山はその場の作業員にぺこりと挨拶をした。
「ご、ご苦労様でした…」
「なぁ、今の見えたか?」
「いや、瞬間移動したように見えたぞ…」
勇一の超人的な動きを目の当たりにしてざわつく三階フロアを後にし、ミサキの待つ現場事務所へと向かった。
____
「ハルーーーーーー!!」
現場事務所に入ると、勇一が小脇に抱えているハルを見たミサキが一直線に突っ込んでくる。
ハルも飼い主の姿を見て安心したのか、こわばっていた身体が少し緩んだ。
そして、ミサキから受け取った首輪とリードを秋山がハルに付け、ようやく勇一の拘束から解放された。
「ごめんね、ごめんね...!」
ミサキはハルを抱きしめながら、涙をこぼしている。
「見つかってよかったね。今日はこっちのおまわりさんが大活躍だったよ」
秋山は優しく話しかけながら、親指でくぃっと勇一の方を示す。
「うん…!ありがとう!!」
ミサキは先ほどまでの泣き顔から一変、笑顔で勇一にお礼の言葉を言う。
「いえ、とても良い運動になりましたし、いろいろと得られたものもあり良い経験になりました」
「お前さ。その事務的な口調、今はやめな?」
「これは失礼…」
秋山に指摘され、コホンと軽く咳ばらいをしたのち、しゃがんでミサキと目線を合わす。
「こちらこそありがとう。また逃げると危ないから、今度からは首輪が抜けないように緩くなってたら直してあげてね」
「うん!わかった!お巡りさんすごかった!首輪クンクンしたらハルの場所がわかるんだもん。お鼻のお巡りさんだね!」
「ブハッ!!!!!!」
ミサキの言葉を聞いた秋山が盛大に噴き出す。
つられてその場にいる作業員もみんな大笑いだ。
「お鼻のお巡りさん…ですか?」
「うん!どんな探し物もクンクンして解決!お鼻のおまわりさん!」
「………」
「い、いいじゃねぇか紺野…プクク……警察犬として採用された方がよかったんじゃねぇか?ククク」
「失礼な。私は人間ですよ」
全く子供の感性とは末恐ろしい。
少々不本意な二つ名をつけられ、本日何回目かの不服そうな顔をしている勇一だが、ミサキを見る目は優しい。
足元では、ハルがしきりに勇一のズボンをふがふがと嗅いでいる。
「お?仲間だと思われてんのか?」
「秋山さん?」
「そんな怒んなって」
「まったく…ちょっと犬が嫌いになりそうです」
拗ねたように顔を背ける勇一に慌てて謝る秋山。
「おまわりさんたち、ケンカしないで?」
「「はい」」
誰のせいだと?
という言葉は喉の奥にしまい込み、素直にミサキの言葉に従った。
「さ、そろそろ帰ろう。連絡はしているが、あまり遅くなると親御さんも心配するだろうし」
「うん、おじちゃんたちも遊んでくれてありがとう!」
「おう。見つかって良かったな。またな」
「ばいばい!!」
秋山に促されて席を立ったミサキは、作業員たちにもお礼を告げ、二人に連れられて自宅へと帰っていった。
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「あーーー終わった。ようやく昼飯だ。ラーメンでも食いに行かないか?」
ミサキを自宅に送り届け、保護者へ説明してようやく一連の行動に終止符が打たれた。
交番に戻る道すがら、時刻は13時を回ったところだが昼食がお預けになっていたのだ。
「いえ、私は交番に戻って報告書をまとめたいので。どうぞお一人で行ってきてください」
勇一は報告書をすぐにまとめたいタイプだからか、片手間で手軽に摂取できるコンビニのホットスナックをよく食べている。
「紺野ちゃんなんか拗ねてない?」
「拗ねていません仕事が残っているだけです」
「そんなもん飯食ってからちゃっちゃと終わらせりゃいいんだよ。いいから行くぞ。上官命令」
「はぁぁ…………………………わかりました」
「ため息深いなおい!?」
「気のせいでしょう。さ、行きましょう」
だが、今日は何となく外食に連れ出したい秋山が食い下がり、勇一は仕方なく従うことにした。
二人は押していた自転車に乗る。
「肉包み、頼んでいいですか?」
「餃子な。食え食え、何でも食べなさい」
二台の自転車は駅地下のラーメン屋を目指し、
ゆっくりと進んでいった。
ミサキ
笹野瀬中央小学校四年生




