間話 キューピッド
「…え?紺野君の好み、ですか?」
「お願い!!陽菜ちゃん同期でしょ?何か知らない?食べ物とか、趣味とか、好きな女性のタイプとか…」
とある非番の昼さがり。
突然一期上の先輩巡査である山原詩織から「相談があるんだけど…」と、ランチに誘われた陽菜。
何事かと思ったが快諾し、中央署近くのカフェで待ち合わせて二人で食事を済ませた後、一呼吸おいて語り始めた詩織の相談。
さすがに内容が予想の斜め上すぎた。
両手を合わせて頼み込んでくる詩織を前に、困惑の表情を浮かべている。
「あっ、ごめんねいきなり」
「いえ、すみません。ちょっとびっくりしちゃって。でも、あの紺野君ですか」
山原詩織という人物はシンプルに言うと「可愛い」という言葉で説明がつく。
容姿もさることながら、明るく愛嬌があり上にも下にも人懐っこい上に気配りもできて優しいというパーフェクトな性格の持ち主で、いわゆる愛されキャラというポジションだ。
そんな詩織が、紺野勇一という男に興味を抱いているという。
人間離れした身体能力を持ってて、カタブツでド真面目で融通が利かなくて優しいのか優しくないのかわからなくて基本表情筋が死んでて、でもたまに笑ったりするとちょっと無邪気でかわいかったりする彼が、陽菜の頭の中を駆け巡る。
「えー陽菜ちゃん知らないの?紺野君結構人気なんだよ?」
「うーん……そう、みたい、ですねぇ」
約百八十センチと割と高身長で顔が整っており、配属二年目にして賞与を二度受賞する活躍。
加えて勤務態度も極めて真面目で、将来確実に出世する有望株。
今のうちにツバをつけておこうと目論んでいるものが大勢いるということは陽菜も聞いたことがある。
が、いまいちピンとこない。
なぜなら、陽菜含め同期の女子たちに紺野勇一という人物に対して恋愛感情を抱いているものはいないからだ。
理由は概ね前述の通り。
警察学校入校当初は、真面目で正義感あふれる紺野勇一という人物に好意を寄せる者は少なからずいたが、いつからだっただろうか。
まるで感情が抜け落ちたかのように勉学や訓練に勤しむ彼の言動や行動を近くで見聞きしている内に、上司や同僚としては頼もしい限りだが、彼氏としては勘弁。
という共通認識に落ち着いたからだ。
つまり、紺野勇一という男が後輩や先輩から人気がある理由は「遠くから見る分には良い」である。
「で、陽菜ちゃん、何か知らない?なんでもいいんだけど」
「えぇーとー……あー、そうですねぇ…好きな食べ物……」
以前、秋山含め三人で行った居酒屋での一幕を思い出す。
~~~~
『この煮物美味しい!お店の名物なんだって、紺野君もどうぞ』
『ありがとうございます。美味しいです』
~~~~
『紺野~。この日本酒美味いぞ、飲んでみるか?』
『いただきます。美味しいです』
~~~~
(だめだ。無表情で美味しいを繰り返すbotしか思い浮かばない…)
嫌いな食べ物はなさそうだが、好きな食べ物もなさそうな反応しか思い出せず、思考を切り替える。
「あっ」
「なになに?!何かあるの?!」
ハッと何かを思い出したかのような反応をした陽菜。
詩織が前のめりになって目を輝かせる。
「趣味…というほどかわかんないですけど、最近サッカー観戦にハマっている的なことを聞きました」
そうだ、あれはアニオンモール周辺の放置自転車の取り締まりをしてる時だっただろうか。
秋山とサッカーを見に行くとかなんとか言っていたのを思い出した。
その後も二人で予定が合えば観に行ってると、別の同期から聞いた気がする。
「サッカーかぁ。細かいルールはよくわかんないけど、一緒に観に行ってくれるかなぁ?」
「さぁ…?でも、紺野くんも最初は詳しい人に連れて行ってもらったみたいですし、そんなもんなんじゃないですかね?」
「そっかそっかー。うん、ありがとう!他にも何か分かったら教えてね!」
ひとまず知りたい情報が一つ得られて満足したのか、詩織はメニューを開いてデザートを選び始めた。
「陽菜ちゃんも好きなの頼んでね。今日は私のおごり!」
「やった!じゃあ遠慮なく__」
それから数時間、二人は普通に女子会を楽しんでお開きとなった。
____一週間後。
「…え?女性と行くのにお勧めのお店?」
「はい、実は困ったことになりまして」
勤務を終え、中央署から帰路に就こうと駐輪場に向かった陽菜を待ち構えていたのは、涼しい顔をしているがどこか困ったような様子の紺野勇一だった。
「実は、一期上の方から次の完全休の日にサッカー観戦に連れて行って欲しいと言われ、それは良いのですがそのあと食事にも行かないかと」
「ほぉぉぉん、なるほどねぇぇ」
早速行動に移したか。
可愛い顔してなかなかガッツがあるじゃないか詩織さん。
などと内心感心していると、気づかぬうちに勇一が顔を覗き込んでいた。
近い。
「ぅぉわっ!!」
「あ、すみません。なんか考え込んでるので、どうしたのかと」
少しトリップしてしまっていたようだ。
コホン、と一つ咳払いをして仕切り直す。
「女性と行くって言っても、朝から待ち合わせして完全にデートってわけでもないでしょ?」
「まぁ、そうですね。サッカーを観て晩御飯って感じですかね」
「だったら別におしゃれなお店じゃなくても良いんじゃないかな?いつもサッカー終わった後に行く居酒屋とかで。羽田屋とか」
例えば、おしゃれな服を着て水族館だの動物園だのショッピングだのに行く、いわゆる完全デートならば多少こじゃれた店の方が良いだろう。
しかし、今回のメインはサッカー観戦だ。
服装も勇一はユニフォームだろうし、それなら逆に「ここ、試合後にいつも来る店なんだよね~」とかの方が、プライベートを垣間見れるような気がして女性的には嬉しかったりもする。
「なるほど…勉強になります」
勇一は、陽菜のアドバイスの数々を聞きながら熱心にメモを取っている。
(…ほんと真面目だなぁ)
「それと最後に、しっかり楽しむのも忘れないこと!そんな仏頂面じゃなくてちゃんと笑うんだよ?美味しー!とか、楽しー!とか」
「ふふ、ありがとうございます。黒瀬さんのおかげで良い日になりそうです」
「!!」
ほっぺをむにーと掴んで笑えと言い、身振り手振りで楽しさを表現して見せる陽菜の姿に、勇一は思わず笑みをこぼした。
(うぉぉ…破壊力ヤバい。こいつ顔だけはほんとに良いんだよね…)
その微笑みに不意打ちを喰らってしまい、顔がかぁっと赤くなるのを感じた。
「よろしい。では当日の健闘を祈る」
「はい、ありがとうございます」
ごまかすようにおどけた口調で結ぶとお互いに敬礼し、別れた。
(相変わらずきれいな敬礼だなぁ…)
この人間関係に不器用な同期と、可愛い先輩の行く末はどうなることやら。
いろいろと思いを巡らせながら、陽菜の漕ぐ自転車は月に照らされた静かな夜道を走り去っていった。
___さらに一週間後。
陽菜の姿は再びあのカフェにあった。
目の前には幸せオーラ全開の詩織。
全身から花びらが飛んでいるような錯覚すらしてしまいそうだ。
何かを思い出しては、によによと笑みを浮かべている。
(おぉ…これは…)
どうやらあの不器用な同期は頑張ったらしい。
上手くいったか否かを聞くまでもなさそうだが、詩織がカフェラテをかき混ぜながらこちらをチラチラと見て、明らかに聞いてほしそうな雰囲気を醸し出している。
観念した陽菜が、話題を切り出す。
「……サッカーは楽しかったですか?」
「!!」
詩織は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに目を一層輝かせた。
「うん!超~~~~楽しかった!試合も勝ったしね!盛り上がったよ~」
「へぇ、良かったですね」
ずいぶんと興奮した様子で語る詩織。
よほど楽しかったようだ。
先日行われた試合でフェザンサ笹野瀬が勝利したことはニュースで流れていたため、陽菜も知っている。
「ご飯もこぢんまりとした居酒屋だったけど美味しかった!下手におしゃれなとこじゃなかったから肩の力抜いてご飯食べれて良かったなぁ」
「ほぅほぅ」
(アドバイス通りに羽田屋に連れて行ったのね。狙い通り好感度爆上がりじゃん)
ここまで上手くいっている様を聞くと、アドバイスした甲斐があったとなんだか嬉しくなる。
「それで?詩織さん?お近づきにはなれましたかな?」
揶揄うように、にやりと笑みを浮かべて核心部を突いてみると、
「うん!ねぇねぇ聞いて!!秋山様とLEINの連絡先交換できちゃった!!やばくない?!」
「………………ぇ?」
詩織は、キャー!!と両手をほっぺたに当ててくねくねと身もだえしている。
誰とLEINを交換したって?
陽菜の思考が一瞬置き去りになる。
「え…?あれ?秋山部長?ですか?なにゆえ?」
「あのね!紺野君とはサッカー観に行こうってなった時に連絡先交換してたんだけど、当日笹野瀬駅の集合場所に行ったらまさかの秋山様もいてね!」
(あ、あいつぅぅぅぅ…!何っっで第三者連れて行ってんのさバカ!!)
恋する女子高生のような顔で先日の余韻に浸っている詩織と裏腹に、陽菜は内心般若のような表情でグラスをミシミシと握りしめている。
なお、詩織の言う「秋山様」とは、署内の熱狂的秋山ファンの女性警察官たちが使う呼称だ。
秋山は「なんで警察官やってんだ?」と言われるほど容姿端麗で、一言で表すと爆イケメン。
勇一に隠れファンが多いのとはレベルが違う人気ぶりで、中央署以外にもファンがおり、剣道の交流戦などではギャラリーが増えるほどだ。
「あっ、へぇ。秋山部長も来られてたんですね」
「もう私服というかオフの秋山様やばかった!イケメン過ぎ!なのにリュックにフェザンサのキーホルダーめっちゃつけてんの!ギャップ可愛すぎるぅぅ!!」
その後も語る語る。
飲み物や食べ物を奢ってもらった、試合中わかりやすく解説してくれた、ゴールに興奮する姿が可愛かった、ゴールの時にハイタッチできて死にそうになった、居酒屋でさりげなくサラダを取り分けてくれた、またサッカーを観に行きたいと言ったら嬉しそうにLEINを教えてくれた。
詩織の口が止まらない。
ものすごい早口。
しかも実に九十八パーセントが秋山様だ。
紺野は?紺野はどこに行った?
おかしいな、紺野勇一に好意を抱いてる人と本人をアテンドしたはずだ。
しかしここまでほぼ話題に上がらないということは、スタジアムでの様子を見て、
「もしや山原さんは秋山さんに好意を抱いているのでは…!それでペアの自分に…!」
などと気を回したつもりになって影を潜め、黒子に徹したに違いない。
秋山を連れて行ったのは単純に観戦仲間としてだろうが、そりゃ大抵の女性署員は秋山がいればそっちに行く。
(キミがキューピッドになってどーする…!)
「まぁ、その、楽しい一日だったようで何よりです」
「ほんとありがとうね陽菜ちゃん!紺野君と繋がれて嬉しいなぁって思ってたらまさか秋山様とまで…!」
(あっ、一応あいつと繋がれて嬉しいっちゃ嬉しいのね。推しと神推しってとこか)
なら、まぁいいか。
と、若干同情の念が薄れたが、それでもやや不憫な同期を思いながら、詩織のマシンガントークをしばらく聞き続けたのであった。
___
ようやく解放された陽菜は自宅への帰路。
ふと、スマホを取り出してLEINを開く。
<ねぇ、今度羽田屋に行かない?二人で>
送り先は、紺野勇一。
返事はすぐに返ってきた。
<何か悩みでもあるんですか?>
お前だよ。
って送りたくなった気持ちを堪える。
<別にー!何か、肩の力抜いてご飯食べたくなった!>
<そうですか。いつが完全休ですか?予約しときます>
<うん、えーっとね____>
あの夜、詩織のために一生懸命メモを取っていた男が、どういう気持ちで黒子に徹したのか聞いてやろう。
なんとも思ってないだろうけど。
で、酒を飲んで笑い飛ばしてやるんだ。
一緒にね。
「またあの顔見れるかな………
………ッ?!」
思わず口から出てしまった言葉に驚き、頬が少し熱を帯びる。
いやいや、ないない。
雑念を振り払うようにペダルを漕ぐ力を強め、少し涼しくなってきた風を切りながら、陽菜の自転車は街の外れへと消えて行った。




