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26話 合同作戦

午前二時。

笹野瀬市南部に位置し、海上物流の玄関口となっている新笹野瀬港。

立ち並ぶ常夜灯が穏やかに揺れる水面を照らし出している。


数名の釣り人が糸を垂らす船着場から少し離れた場所、常夜灯の光が届かない暗闇で静かに動く影があった。


エンジンを切り、ライトを消した状態で並んでいる数台の大型トラックの間を、闇に紛れながらせわしなく動き回っている。


その中心で、高級セダンのボンネットに寄りかかり、スマホの画面を不機嫌そうに眺めている一人の男。

彼こそが複数の実行犯グループを裏で操り、市内のインフラを危機に陥れていた張本人だった。


「チッ……線路の連中がトチりやがったせいで予定が狂った。警察が嗅ぎつける前に手持ちのブツを全部運び出さねぇと…」


男は苛立ちを隠せない様子で貧乏ゆすりをしながらつぶやく。


「おいお前らもたもたすんな!囮に使うぞ!」


怒声を受けた周囲の作業員たちが、ボルトの詰まった箱を運び出す足を速めた。


その時___


男の足元にひんやりとした感触が伝わる。


「うぉっ!?」


男の足元には一匹の黒猫。


「なんだ…野良猫か。あっち行けやコラ」


男が足で払うと、黒猫はひと鳴きしてから倉庫陰の闇へと消えて行った。



______________



___バァン!!!


『んどわぁぁぁぁぁ!!』

「……」


ある日の昼下がり。

勇一とシノアが交番奥の休憩室で昼食をとっていると、ものすごい勢いでドアが開け放たれ、驚いたシノアは天井に届きそうなほど飛び上がった。


「秋山さん、そんなに慌ててどうしたんです?」


勇一は、息を乱し目を輝かせている秋山にとりあえず着席を促す。

椅子に座り、差し出されたお茶を一気に飲み干した秋山が興奮気味に口を開く。


「聞け!ひっさびさの大捕り物だぞ!この前捕まえた奴らがついに盗んだ金属の集積倉庫の場所を吐いたんだ!刑事課と地域課の合同作戦の決行日が決まった」


以前、夜間巡回中に捉えた金属窃盗団の実行役の男たち。

末端を捉えたことで浮上した大規模作戦の計画がついに実行に移されることになったらしい。


署内ではクールな巡査部長として通っている三十過ぎの秋山も根は男子だ。

日頃の巡回や市民の対応も大切な仕事ではあるが、署を挙げての大規模作戦にはやはり心躍るものがあるらしい。


作戦概要を語る彼の目は少年のような輝きを放っている。

驚かされた恨みを晴らすかのように秋山の足首に猫パンチを繰り返すシノアには目もくれていない。


「決行は明日の深夜26時。犯行グループの動向を探っている奴らによるとチャーターしたコンテナ船が明後日寄港する。その準備中を狙うってわけだ」


倉庫があるのは新笹野瀬港。

本来は東警察署の管轄だが、実行役を捕らえたのが中央署管内かつ取り調べも中央署員が行った為、管轄をまたいでの作戦となる。


「駅前交番からは俺とお前の二人で参加する。あとシノアも」


陽動か何かに使えるかもしれないということで、シノアを連れてくるよう打診があったそうだ。


その言葉を聞くと猫パンチを繰り返していたシノアの耳がぴくっと動き、彼女もまた目を輝かせ、机の上にひょいと飛び乗った。


『大規模掃討作戦!?楽しそうだな!!』

(シノア、掃討作戦じゃないぞ…)


「おぉ?なんだシノア。お前も楽しみなのか!」


秋山は、顔をじっと見ながらにゃーにゃ―と鳴くシノアに何らかのシンパシーを感じたらしく、手のひらと肉球を合わせて小躍りしている。


「よし!シノア!!いっちょやってやろうぜ!!」

「にゃー!!!(よっしゃぁ!)」


勇一は、いい加減耳障りになってきたテンションマックスの二人の声を聞きながら、

すっかり冷めてしまった弁当の唐揚げを口に放り込む。


(…合同作戦と言えば、久しぶりにあの人に会えるかな?)


___________



翌日の深夜。

勇一達中央署員たちの姿は、大型ウイング車の荷台の中。


犯行グループに警戒されずに埠頭に接近するために考案されたのが、トラックの荷台に警察官を詰め込んで直接送り込むという、実に頭の悪_もとい、脳筋な作戦だった。


真っ暗な荷台で揺られている勇一の隣には見知った顔があった。


「横田さん、大丈夫ですか?」

「ご、ごめんね。乗り物酔いはあまりないタイプなんだけど、流石に…」


刑事課の横田だ。

勇一とは銀行強盗の追跡で一緒になったことがある。

顔色は真っ青で、時折「おぇっ」という声も漏らしている。


完全に車酔いだ。


周りに意識を向けると横田と同じように乗り物酔いに苦しんでいる人が何人かいる。


若手の警察官で涼しい顔をしているのは、勇一とその対角線あたりに座っている陽菜くらいだ。


まぁ、ほぼ視界を遮断された上に揺れる荷台に乗っていたらこうなるのは仕方ないと言えば仕方ないのだが。


横田の背中をさすっていると、トラックが一度停車し、再び動き出した。


おそらく埠頭エリアに入ったのであろう。


「横田さん、もう少しです。しっかり」

「あ、ありがとう…」


勇一の言葉通り程なくしてトラックは停車し、エンジンが切られた。


『作戦本部より各局。現着したが、次に呼ぶ者以外はその場で待機せよ』


天井に設置され、音量を絞った無線機が指令を受信した。


『紺野巡査。斥候としてシノアを使いたい。動けるか?』

『了解です』


(シノア、行けるか?)

『まかせろ。連中を探ってくれば良いのだろう?』


シノアはするりと勇一の肩に登ると、運転席に繋がる小窓から外へと出て行った。


<いいか!今日中に全部詰めろ!さっさと動け!>


しばらくするとシノアを通じて犯行グループの者と思われる人物の声が届く。


『紺野です。今日中に盗品の始末をつけるようです。特に外部への警戒はしていないようなので、今がチャンスかと』


勇一はシノアからの情報を本部に伝えた。


『了解、ご苦労。では早速作戦実行に移る。総員用意』


ゆっくりとトラックが動き始めた。


荷台で待機している警察官たちは装備を持つ手を強く握り直す。


『作戦開始!!』


トラックが停車すると、本部からの号令と共に荷台のウイングが開いた。


新鮮な空気とともに、サーチライトに照らされた3台の大型トラックと黒塗りのセダンが目に入る。


そしてそれらを挟んで反対側にも県警の大型トラックがウイングを開いて停車している。


埠頭からの出入り口を塞ぐように挟み撃ちにしている格好だ。


「警察?!くそっ!!」


セダンの近くにいる男が慌てたように声を荒げている。



さらに、中央署のパトカー数台が一斉に赤色灯を回し、サイレンを轟かせながら雪崩れ込んできた。


『全員、その場でおとなしく座れ!!!』

拡声器から秋山の怒号が周囲に響く。


「チッ…!構うな!!車をぶつけてでも突破しろ!」


男が絶叫すると、作業着に身を包んだ別の男と共にトラックに飛び乗り、エンジンが唸りを上げた。


そして、行く手を阻む警察車両めがけてアクセルを踏み込んだ。


数十トンの鉄塊が、強行突破のために牙を剥く。


「?!…まずい!!退避!!!」


秋山たちが急いでパトカーから離れると同時にトラックが突っ込み、轟音と共にパトカーが吹き飛んだ。


「躊躇なしかよ!?なんてことしやがる…!」


そしてその勢いのまま、ウイングを開いている県警のトラックに向かう。


荷台にはまだ数名の警察官が残っており、慌てて飛び降りようとする者、足がすくんだのか、奥で身を屈めている者など様々だが、その中に陽菜の姿があった。


荷台の奥でへたり込んでしまっている若い女性警察官を起こそうと、必死に腕を引いている。


「立って!!早く!!お願い!!」


大声で呼びかけるも、脱力してしまっているのかなかなか立ち上がれないようだ。


そうこうしている間に、暴走トラックはもう目と鼻の先。


ヘッドライトに照らされながら、陽菜はその警察官に覆い被さるような姿勢を取る。


だが、その衝撃は陽菜に届くことはなかった。




『__ウロ・グラビスタ・ヴァイツ』




ズドン、と凄まじい音と共に暴走トラックは、まるでその場に磔にされているかのようにピタリと動きを止めた。


『間一髪だったな』

(…助かった。ナイスだシノア)


どこからともなく現れたシノアが勇一の肩に登ってきた。


目の前では勇一にしか見えていないが、トラックの荷台に真っ黒な十字架のような影が二本突き刺さっている。

シノアが得意とする魔法だ。


「おいなんだよこれ!!動かねえぞ!!」


トラックのエンジンが唸り、白煙を上げながらタイヤが空転する。

車内の男たちが焦っている様子がよくわかる。


その他の犯行グループメンバー達は、荷台から降りてきた警察官たちによって次々と拘束されていく。


「くそっ!!」


トラックの助手席側の扉が乱暴に開くと、中から指示役の男が飛び出してきて一目散に海の方向へ走って行く。


「逃げたぞ!!追え!!!!」


近くにいた警察官が後を追うが、男は思いの外足が速く、その距離はどんどんと離されていく。


「俺の出番か」と勇一が脚に力を込めたとき、


『待て、私が行く』


それをシノアが制し、勇一の返事を待たずしてその小さな黒い影は「ふっ」と消え、指示役の男を追った。


男が目指しているのは埠頭の端。

どうやら逃走用の小型ボートが係留してあるようだった。


「ハァ、ハァ……、ここまで来れば……」


男が埠頭の端までたどり着き、小型ボートに飛び乗ろうとした、その瞬間。


「シャァァァァァァァァ!!!!」


暗闇から突如として躍り出た黒猫が、男の顔面めがけて正確無比な猫パンチを見舞った。


「ぐぉっ!? な、なんだこいつ?!痛え!」


猫パンチと共に、男の顔面に刻まれた三本の爪痕から鮮血が宙に舞う。


(私の恩人の命を脅かした罪。その身で償うが良い、ドブネズミめ!)


シノアがこの男へのトドメに執着した理由は、ボルトが盗まれた被害箇所に例のホームレスが拠点としている橋が含まれているのを見たからだ。


橋が崩落していたらあの初老の男性の命はなかっただろう。


その怒りを込めた一撃が男の顔面にクリーンヒットしたのだ。


男が血の滴る傷を押さえて悶絶しているところへ静かな、しかし威圧的な足音が近づいてくる。


「そこまでです。中央署管内における連続金属窃盗、およびその教唆・指示の容疑で貴方を逮捕します」


勇一が男を見下ろすように立ち、腰のホルダーから手錠を取り出す。


男は観念したのか、抵抗せずに空いた方の手首を差し出した。


パチンと冷たい金属音が響き、笹野瀬市を悩ませていた窃盗グループの「頭」は、完全に制圧されたのだった。


「3時47分。犯行グループの制圧を完了しました」


勇一の静かな宣言が海風と共に吹き抜けていった。


____


夜が明け、新笹野瀬港に美しい朝焼けが広がる。


臨海倉庫街には、数十人の容疑者と押収された大量のボルトや金属片が詰まったドラム缶が並べられていた。


大規模作戦は、中央署の完全な勝利で幕を閉じたのだ。


「紺野くん、お疲れ様。はい、これ。…制圧できてよかったね。あのトラックが突っ込んできたときは流石に死んだかと思ったけど……」


指示役の男を本署の応援に引き渡して一息ついていた勇一にお茶のペットボトルを差し出した。


「ありがとうございます。間一髪でしたね。少しひやっとしました」

「少しかい。…それにしても、何か下に引っかかるものでもあったのかな?あんな止まりかた見たことないよ」


トラックが向かってきて死を覚悟した陽菜だったが、物理法則を無視したような止まり方をしたため間一髪助かった。


顎に手を添えて、ふむ。と考え込んでいる。


「船の錨でも落ちていたのかもしれませんね。まぁ、無事で何よりです」

「うん、そうだね。良かった。あ、呼ばれてるから行くね」


じゃーね。

と手を振って離れて行った陽菜と入れ替わるようにシノアが足元にまとわりついてきた。


『おい、勇一。見たか、あの華麗な奇襲を。奴の顔面を完璧に捉えたぞ。これはお手柄というやつじゃないか?』

(あぁ、わかってるよシノア。この前の線路での一件もだが、おかげで助かった。黒瀬さんも助けてくれてありがとう)


素直に感謝を述べた勇一に、シノアは面喰らったように目をまん丸にさせた。


『フ、フン! ストレートに感謝されると、なんか、調子が狂うじゃないか……。まぁ、その、恩人の生活もあるしぃ?今後も少しだけこの世界の治安維持に付き合ってあげても良いけどな!』


シノアは照れ隠しのようにフイと横を向いたが、その尻尾はパタパタと嬉しそうに激しく踊っていた。


朝日に照らされる笹野瀬市の街並みは、今日も平和な目覚めを迎えようとしていた。


元勇者と、すっかり「頼れる相棒」になった元魔王の次なる日々へ向けて__



「あ、そういえば例のホームレスが拠点にしてる場所を聞いてなかったな。教えてくれないか?」



『絶対教えない!!!!』




____




ウロ・グラビスタ・○○

シノアが前世で多用していた魔法。

漆黒の十字架で対象を地面に縫い付ける。

末尾に乗せる言葉により十字架の数が変わる。


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