23話 邂逅
___ここは?
草の匂いを感じる。
術式は成功したのか?
くっ…身体が重いし、やけに視界が低い。
奴め、とんでもない魔力を込めよって…。
ずいぶん時間がかかってしまった。
だが、まぁ、良い。
生きているのならここからいくらでもやりようはある。
新たな器も手に入ったことだ。
必ずや…を手中に…
___
「…あの時の秋山さんの気持ちがよくわかるようになりました」
「だろ?拷問だよなマジで」
十月。
気温は依然として高いが風が涼しく、比較的過ごしやすくなってきたこの日。
勇一と秋山の姿はUMETAROスタジアムにあった。
久しぶりに巡ってきたウメスタ警備の割り当て。
初観戦でフェザンサ笹野瀬にドハマりした勇一はユニフォームなどの戦闘服を揃えたのはもちろん、ライブ配信サービスにも課金し、ホームアウェイ問わず日程が合えば秋山と現地観戦するという沼っぷり。
勇一はどんよりした空気を纏い、警察官詰所のパイプ椅子に座っている。
もちろんスマホでライブ配信を見るなどという行為は御法度だ。
そこに少し大きな歓声が伝わってくる。
「これは相手チームの得点だな」
「……あぁもう聞きたくない!!」
勇一はパイプ椅子に座りながら頭を抱えて小さくなる。
それを眺める秋山は実に楽しそうだ。
秋山はこれまで何度も割り当てを経験したためもう慣れているが、勇一がこれを克服していつも通りの涼しい顔になるまで果たしてあと何試合かかるだろうか。
歓声が落ち着いてきたところで勇一が顔を上げると、狙っていたかのように無線機が声を発した。
『ピッチに乱入があり、前半途中で試合が中断しています。ピッチサイドの警備員が捕獲を試みましたが逃げられました』
「捕獲??」
情報を整理すると、どうやら乱入したのは一匹の猫だそうだ。
選手の間を縫うようにピッチを走り回ったり、ゴールポストに上ったりするなど暴れまわった挙句、ピッチ脇の隙間から逃げて行ってしまったらしい。
数分様子を見た後、試合が再開されるようだ。
「このスタジアムで動物の乱入は珍しいな」
逃げて行ったのであれば、特に勇一と秋山の出番はない。
秋山は無線通信を終えて椅子に再び座った。
だが、それは試合再開数分後に突然放たれた。
「…!」
勇一の背筋に、ピシリと凍るようなあの嫌な感覚が襲う。
(…サザナの魔力?!なんで今?!)
すぐに探知スキルを発動し魔力の出所を探ると、意外な場所から放たれていたことがわかる。
(…間違いなくピッチ上。しかも二方向から。何が目的だ…?)
今まさに熱戦が繰り広げられているピッチ上が発生源のようだった。
信号機や自動販売機など、これまでの傾向から考えると直ちに影響を及ぼすようなものではないと思ったが、相手は魔王。
一連の騒動において何が目的なのか全く読めないだけに不気味だ。
「秋山さん、少し気になることがあるのでハーフタイムにピッチを見に行っても良いですか?」
「おぉ、どした?まぁ、動物乱入騒動もあったし、行ってみようか」
勇一が巡回を提案してくるときは何かがある。
と、理解している秋山は二つ返事でOK。
まもなく前半が終わるであろうタイミングで詰所を離れた。
__
「___すげぇシュートだったな」
「惜しかったー!」
「なー!お互い三回連続でクロスバーに当たるのアリかよ」
ピッチに向かう途中、すれ違ったスタッフたちの会話が耳に入る。
どうやら両チームともに絶好の決定機があったようだ。
そのまま通路を進み、控え選手たちの練習を横目にピッチサイドに入る。
魔王によって仕込まれた異常は、選手が練習で放ったシュートを見てすぐにわかった。
「なんだ今のシュート軌道は…」
秋山が感嘆の声を漏らす。
地を這うような軌道で放たれたシュートはゴール目前で激しくホップし、クロスバーに当たって跳ね返された。
蹴った本人も驚いているようだ。
それを見ていた客席からも拍手が起こる。
(そこか…)
勇一の探知スキルは、球がホップする直前にクロスバーから魔王の魔力が放出されたのを感じ取った。
秋山含め勇一以外の人間にはただの白いポールに見えているが、信号機の配線同様に漆黒の文字で呪いが刻まれている。
『枠内シュートは全てクロスバーに当たれ』
(……これは処刑。塵一つ残さない)
サッカーを愛する者として断じて許せない文言だ。
枠内シュートに至るまで、ボールに一体どれほどの人間の思いがこもっているか。
それを魔力で捻じ曲げてクロスバーに当たれと?
真剣勝負を汚す行為は断じて許さない。
しかもフェザンサの絶好機が外されたというではないか。
「秋山さん、ゴールポストがゆがんでいるので直してきて良いですか?」
「え?それはお前の仕事じゃ…あ、ちょ、待て待て」
秋山の制止を聞かず、ずんずんとゴールへ近づいて行き、触れる。
練習中のスタッフと選手は何事かと足を止めて見守る。
光属性の魔力を流し込むと、クロスバーに刻まれていた呪いはチリッと小さな音を立てて霧散した。
どうやら共鳴するようになっていたようで、反対側のゴールからも呪いは消滅したようだ。
「すみません!!すぐどけますから!!こっちこいボケェ!!!」
「いたたたたたごめんなさいごめんなさい」
解呪が終わり一息つこうとした瞬間に秋山に首根っこを掴まれ、ゴールから引っぺがされた。
罵倒の言葉が「ボケ」になっていることから秋山はマジギレであることがわかる。
(まぁ、でもこれで両チームのシュートが物理法則に逆らって防がれることはなくなったから良しとしよう…)
自軍が守るゴールには呪文を残しておけばよかった、などと邪な考えもよぎったが、人知れずフェアプレーを守った勇一は満足げな表情を浮かべながら引きずられて行った。
__
「できれば今後は、用具の異常を発見したら我々に伝えていただけたら…」
「すみませんこのクソボケにはよく言いつけておきますので」
詰所で運営管理スタッフから注意を受け、秋山が平謝りしている。
スタッフたちが部屋を出て行くと、般若のような表情の秋山から滾々と説教を受けしょんぼりしていた勇一だったが、待望のホームチーム側のゴールらしき歓声が届いたことで秋山の説教が中断し、元気を取り戻した。
試合はそのままドローで終わり、撤収後に帰路に就く。
外に出ると、まだ西日に照らされた樹木が眩しく光を反射していた。
ふと銀杏並木を眺めていると、木々の根元付近でカラスが数羽、争うように激しく動き回っている。
興奮したカラスは人にも危害を加えることがあるため見過ごすわけにもいかず、勇一は秋山にすぐ追いつくからと一言断りを入れてから様子を見に行くことにした。
(…おや?)
近づいてみると、一匹の黒猫が五羽のカラスに襲われているようだった。
巣にちょっかいでも出したのだろうか。
執拗に攻撃されているが、猫も必死で逃げ回り、時に爪で反撃もしている。
なかなかに気概のある猫じゃないか。
などと感心していると、木の根に足を取られて猫がバランスを崩した。
それを好機と見たカラスが一斉に襲いかかる。
『くそっ、お前らぁ…いい加減にしろぉぉぉ!!!』
「?!」
それは確かに勇一の耳に届いた。
いや、正確には耳ではなく、頭に直接響くようなそんな声だった。
そして、猫を中心に黒い靄が辺りを包み込み、カラスは恐れおののくように上空へと逃げ去っていく。
『__わはは、ざまぁみろ。群れないと何もできん小物が』
満足げにカラスを眺める黒猫の背中に、強烈な殺意の塊が襲い掛かった。
『んぉわっ?!』
ドゴッというすさまじい音と共に土埃が舞う。
「…避けたか」
野性的な反射神経で回避した黒猫が元いた場所を見ると、肘あたりまで地面にめり込ませた右腕を引き抜きながら追撃の姿勢を取る勇一が目に入った。
「にやっ、にゃ~ん…?」
「口を開くな。安心しろ、一瞬で葬ってやる」
何とかなだめようと、精一杯の甘え声を鳴いてみる黒猫だったが、完全に目が据わっている勇一が指をポキポキと鳴らしながらゆっくりと近付いてくる。
__殺される。
黒猫は、コンマ数秒にも満たない極一瞬でそう感じた。
氷も裸足で逃げ出してしまいそうなほどに冷たく尖った殺意から黒猫は逃走を図る。
(…なんだあの化け物は!あの服装、警察?というやつか?人間は猫が可愛く鳴いたら無条件で許してくれるのではなかったのか?!)
木々の間を縫って走る黒猫。
落ち葉をカサカサと踏みながら走っていたはずだったのだが、いつの間にか足が空を切る。
『あっ、クソッ、離せ!』
気付けば首筋を掴まれ、宙ぶらりんの状態になっていた。
逃れようと必死でもがくも、掴む手はびくともしない。
「他の者は気づかないだろうが、俺の目をごまかせるとでも思ったのか?サザナ」
『な?!お前まさか、勇者か!?』
勇一は、大きな目を更に真ん丸にしてこちらを見る黒猫_サザナの顔面を吹き飛ばさんと狙いを定めて拳を振りかぶる。
『ま、まま、待て、待ってくれ!警察がこんなところで猫を殺して良いのか?!』
サザナの言葉に一旦冷静になった勇一が周囲を見回すと、並木道を散歩している数名がこちらの様子をうかがっていた。
確かに、何も知らない人の目には「野良猫を警察官が虐待している図」にしか見えない。
(チッ…。しばらくここで過ごして無駄な知識だけは身に付けたようだな)
勇一は拳を下ろして通行人たちににっこりと笑顔を向ける。
「黒猫がカラスに襲われていたので保護しました、ご心配なく!」
若干の疑いの目は向けつつも、通行人たちは並木道の散歩に戻っていった。
ひとまず市民からの逆通報という危機が去ったため、勇一は再びサザナに目を向ける。
この姿では勝てないと察したのか、大人しくぶら下がっている。
「さて、ひとまずここで始末するのはやめておく。聞きたいことが沢山あるから今日は寮についてきてくれ」
『う、わかった…』
勇一が生活している独身寮は、許可があれば小型犬もしくは猫一匹まで飼育可能の為、連れて帰っても支障はない。
勇一は停めていた自転車に戻り、サザナをカゴに乗せて秋山の後を追う。
すれ違う人々から「かわいー!」と声をかけられて若干気まずい思いを抱きながら自転車を走らせた。
__その後、猫を連れて帰ってきた勇一に秋山は大爆笑。
更に、目撃者が撮影した画像をSNSにアップしたことで、
「例の警察官が黒猫連れてパトロールしてるww」
と、知らぬ間に再びトレンド入りを果たしたのであった。
クロスバー
サッカーゴール枠の上側の部分です。
シュートがここに当たって跳ね返されると、観客が頭を抱えて崩れ落ちます。




