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22話 招待

日曜日の夕方16時。

笹野瀬駅前広場、梅太郎像の前に立つ秋山涼(31)はかつてないほどにソワソワしていた。

赤いユニフォームに身を包み、戦闘態勢はバッチリだ。


周辺を通り過ぎて行く同じユニフォームを着た仲間たちに挨拶をしつつ待っていると、バス乗り場の方から勇一が歩いてくるのを見つけ、手を振る。


「おーい!紺野!」


秋山の呼びかけに気付いた勇一は小走りで駆け寄る。


「すみません、バスが少し遅れてしまいまして」

「いや、問題ない。19時キックオフだからな」

「…集合早すぎませんか?」

「普段はもっと早いぞ。行こうか」


西口方面に向かう通路へ歩いていこうとする秋山の、頭の先からつま先まで勇一はジーっと観察する。


「どした?」

「いえ、ガチですね服装」

「普通だよ普通」


秋山はユニフォームの他にも、首にはエンブレムと選手名が刺繍されたマフラータオル、同じくエンブレムが刺繍されたリュックサックにはグッズのキーホルダーが何個もぶら下がっており、歩くたびにカチャカチャと音を立てている。


まさに全身フェザンサ笹野瀬一色。

見慣れている制服姿の秋山とのギャップが激しい。


「ほらさっさと行くぞ。今日は俺がスタジアムの楽しさをたっぷり教えてやるからな!」


今日は呼び出しもないし、飲むぞー!

と意気込みながら歩き始めた秋山の後を追い、二人は西口へと向かっていった。


__



『噂の自販機は商店街入り口横のDayDo(デイドゥー)の自販機だからね』


西口からスタジアムに歩きながら、勇一は陽菜から教えてもらった自販機を探していた。

駅から十分ほど歩くと西口商店街の看板が視界に映る。


看板の前方には商店街入り口らしき鉄骨むき出しの構造物と、通りに並行して並べられた三台の自動販売機があった。


(あれか)


赤い自販機と青い自販機に挟まれた白い筐体。

恐らくそれが目的の自販機だ。


「紺野、この辺で飲み物を買っておくぞ」


どうやって自販機を調査しようかと思っていると、ちょうど秋山から都合よく提案があった。

曰く、スタジアムの自販機は行列でストレスがたまる上に、スポーツドリンクなどは売り切れていることが多いからだそうだ。


「俺が出すよ。どれが良い?」

「良いんですか?では遠慮なく、これを」


普段なら固辞する場面だが、またとないチャンスに乗っかり、DayDoのスポーツドリンクを指さした。

秋山が五百円玉を入れボタンを押すと、ペットボトルが出た後におつりが吐き出される。


「…!」

「あれ…?おかしいな百円足りねぇ」


どうやらおつりが足りないらしく、秋山は取り出し口のふたをパカパカしたり、おつり返却レバーを何度か回したりしたが、結局出てこなかった。


「うーん、まぁいいか、業者に連絡したら時間もかかるし」


仕方なく百円を諦めた秋山は隣の自販機でスポーツドリンクを買うことにしたようで、赤い自販機にお金を投じた。


(…見えたぞ、サザナ)


探知スキル全開で観察していた勇一は、おつりが出てくる瞬間に起きた異常をしっかりと捉えていた。


(極小の転移魔方陣をおつりが通るルートに設置していたのか。また狡いことを…)


おつり用の小銭をストックしてあるケースのすぐ下に百円玉と同じくらいの大きさの転移魔方陣が設置されているようで、秋山が購入ボタンを押した直後に一瞬、魔王サザナの魔力が放出された。


魔法陣の上を通過した硬貨は、どこかに転移してしまうような仕組みになっているのだろう。


(しょぼいいたずらの次は賽銭泥棒みたいな真似を…。本当にあの凶悪な魔王と同一の存在なのか?)


おびただしい被害を人間界にもたらし、死闘の果て最後は自分の命と引き換えにようやく討伐できた。


あの強大な力を持っていた魔王と、今この世界に滲んでいる魔王の残滓。

やることのスケールが違いすぎて、思わず別の何かではないかと疑ってしまう。


(まぁいい…)


原因がわかれば、やることはこの前の信号機と同じ。


「百円玉、この奥に引っかかってるんじゃないですか?」


と、言いながら勇一はおつり吐き出し口に指を突っ込むふりをしながら光属性の魔力を自販機に流し込む。

とたんに飲み物の見本が並んでいるショーケースのライトがビカビカと激しく点滅した。


「うぉっ?!どうした!何か当たったのか?!」


DayDoの自販機にはデジタルルーレットがついており、数字が揃うともう一本好きな飲み物がもらえるシステムが搭載されているが、今はそのタイミングではない。


自販機は煌々と周囲を照らしたあと元の明るさに戻り、チカッ、チカッと不規則に明滅を繰り返すようになった。


同時に勇一の()()が終了した。

転移魔方陣は消え去り、これで恐らくおつりが消えるという怪現象はなくなるはずだ。


「やはりありませんね。行きましょうか」

「おう」


勇一は何事もなかったかのように立ち上がると、秋山と共に先へ進む。


その姿を自動販売機の陰からジーっと見つめる影があることには気づかなかった。


__



「先月来た時もちょっと思いましたけど、お祭りみたいですね」

「だろ?ホームゲームの日は毎回こんなもんだ」


スタジアム前の広場には数多くの屋台テントやキッチンカーが立ち並び、どのテントも列ができていて大賑わいだ。


「紺野、お前は二人で座れそうな場所を探してきてくれ、俺がおすすめの食いもん買ってくるから」

「わかりました。場所見つけたら写真送りますね」


秋山と別れ、座れそうな場所を探す。

木陰になっている花壇の周りは人気のようで、入りこむ隙間は全くない。


あたりを見回すと、グッズ売り場の裏が小さな木が立ち並ぶ芝生広場になっていることに気付き、丁度よさそうな木陰が空いていた。


勇一は秋山に写真を送るとひとまず木の根元に座った。

周りでは小さなユニフォームを着た子供たちが楽しそうに走り回っている。


「平和だ…」


自分と魔王亡き後のあの世界は今どうなっているだろうか。

こんな風に子供たちが笑って走り回れる世界になっていたら良いな。


(しかし、魔王の目的は一体なんだ?なぜ今頃になって…)


信号機へのいたずらと、おつりをちょろまかす転移魔法の設置。

全く共通点がない。


(おつりを盗んでいたのは資金集め?小銭を盗んでもたかが知れてるが、何のために?)


考えれば考えるほどわからなくなってくる。

ぐるぐると頭の中で思考を巡らせていると、


「何難しい顔してんだ?」


紙袋とビールのカップを持った秋山がいつの間にか目の前にいた。


「あ、すみませんちょっと考え事をしてて」

「そうか。しかしいい場所見つけたな。日陰はありがたい」


17時を過ぎたころだがまだまだ太陽は高く照っており、日向に出るとドラキュラなら即死してしまうであろう太陽光線に焼かれる。


「ほらよ」


秋山がビールと、焼き鳥が数本刺さったカップを勇一に差し出す。

焼き鳥からは湯気が立っており、出来立てらしい。


「ありがとうございます。いくらでしたか?」

「いや、最初の一杯と食い物は俺のおごりだ」


乾杯しよう。

と、秋山はカップを差し出してきた。


「ありがとうございます。遠慮なくいただきます」


プラカップをコツンとぶつけ、二人同時に喉に流し込む。


「くぅぅ……」

「これは…最高ですね」


暑さで火照った体に冷たいビールが染み渡り、何とも言えない快感に襲われる。


続けて巨大な肉が五個刺さった焼き鳥を頬張った。

炭の香りと強烈なコショウの辛みにビールを流し込む手が止まらなくなる。


「あぁ~。堪らん」

「この焼き鳥めちゃくちゃ美味いですね」

「だろ?焼き鳥だけじゃないぞ。他も全部美味いし安い。フェザンサのスタグル(※スタジアムグルメの略)はリーグ屈指の人気なんだ。他にも買ってるから遠慮せず食え」


焼き鳥以外にも牛串やソーセージが入ったプラ容器が紙袋に入っていた。


一部リーグのサポーターたちが初めてこのスタジアムを訪れた際、スタグルのあまりの美味さと安さに驚き、SNSは毎回大盛り上がりを見せるらしい。


「あと、これ」


秋山は紙袋からビニール梱包に包まれたタオルを取り出して、勇一に手渡す。


「これは?」

「お前にプレゼントだ。せっかくならグッズを身に着けて応援しようぜ?」


それは、フェザンサのエンブレムとロゴが描かれたタオルマフラーだった。

フワフワしていて、普通にタオルとしても上等そうな品だ。


「いただいて良いのですか?」

「あぁ、もらってくれ。なんつーか、一緒に見に来れたのが嬉しくてな」


照れくさそうにポリポリと頬を掻く秋山。

基本的に一人で見に行く彼は、初観戦の後輩を連れてこれたことが嬉しいようだ。


早速勇一はタオルを取り出して首に巻いてみせた。


「どうですか?」

「おっ、ちょっとはフェザンササポーターに見えるようになったな」

「ちょっとですか」


お互い、首に巻いたタオルと顔を見合わせて笑う。

ひとしきり笑った後、勇一が立ちあがる。


「今度は私がおかわり買ってきますね」

「いや、一緒に行って買ったらそのまま入場しようか」


キックオフまで残り一時間ちょっと、いつの間にか周辺の人の姿もまばらになってきている。


「試合前の練習も見どころだぞ」

「そうなんですね。それなら行きましょうか」


二人は揃ってビールを買いに行き(また秋山におごってもらった)、スタジアムへ入場する。


「うわぁ…」


コンコースからスタンドに出ると勇一は感嘆の声を漏らした。

実はこの前警備で訪れた時は、スタンドに出る機会がなかった。

歓声は聞こえていたが、現地で生の応援を聞くのはこれが初めてだ。


「すげぇだろ?さ、こっちだ」


得意げに笑う秋山が座席に案内する。

スタンド中央付近のもっとも観戦しやすい席を2連番。


「こんな良い席、よく取れましたね」

「あぁ、仲間に事情を説明して頼んだら席を譲ってくれたんだよ」


『初観戦の後輩を連れて行くが、できれば指定席で見たい』


秋山がサポーター仲間数名に声をかけると、「ネットで見るから!」と快く譲ってくれた人がいたようだ。


曰く、「新規サポーター獲得のチャンスを逃すな」ということらしかった。


「よい仲間に恵まれましたね。ありがたいです」

「だな。お、練習が始まるぞ」


選手たちがピッチに現れると、反対側のスタンドから大きな歓声が上がった。

ユニフォームの赤に染まったスタンドでサポーターたちが手を叩き、飛び跳ねて選手たちを鼓舞するチャントを歌っている。


「すごい迫力ですね」

「俺、いつもはあそこにいるんだ」


秋山は聞こえてくる太鼓に合わせて脚でリズムを取っている。


「今日、ここでよかったんですか?」

「初観戦であそこはキツイだろ。暑いし」


反対側のスタンドは激しく照り付ける西日に焼かれて、まぶしいくらいに光が反射している。


「確かに…あそこはちょっとキツイかもしれません」

「だろ?まぁでも、もしこの先あそこに行きたいなって思う時が来たら、一緒に行こうや」


ビールを飲みながら、秋山が笑う。


「そんな時は来るのだろうか」


と、この時の勇一は思っていたという。


__



いよいよキックオフ時刻が近づき、場内では大型ビジョンでの演出と共にスターティングメンバーが発表されている。


周りの人たちの反応に合わせて勇一も見よう見まねで手拍子を送る。

隣の秋山は胸の前で手を組んで何やらぶつぶつと唱えていた。


「…今日だけは、今日だけは頼むぞフェザンサ笹野瀬ぇ…」


鬼気迫る表情で念を送る秋山は見なかったことにして、レフェリーの笛で始まった熱狂の九十分間に集中することにした。


対戦相手はFCコンパニェーロ京都。

現時点で二位、今日勝てば首位もうかがえる位置につける強豪チームだ。


試合はお互いのゴールキーパーのビッグセーブもあり膠着していたが、0-0で折り返した後半終了間際にフェザンサのカウンターで抜け出した選手がゴール右隅に流し込み先制。


ネットが揺れた瞬間周りの観客が一斉に立ち上がり、隣の知らないおじさんに肩を組まれて訳も分からぬまま飛び跳ねた。


後ろのおばちゃんともハイタッチをした。


秋山は絶叫しながら腕をぶんぶん振って喜んでいる。


(なんだこの高揚感…)


後半のアディショナルタイムはみんなで手拍子をして応援した。


一点を守り切ったフェザンサの勝利を告げる試合終了の笛が鳴った時、またみんなで立ち上がって隣のおじさんや後ろのおばさんとハイタッチした。


勇一もいつの間にか普段出さないような大声で歓声を上げていた。


「秋山さん!!」

「おぉ!!」


隣の秋山ともバチンとタッチをして肩を組み、整列して礼をする選手たちを称え、試合後の挨拶で選手たちの周回が終わるまで手を振り続けた。


__


「どうだった?」


スタジアムから笹野瀬駅への帰路。

缶ビール片手に歩く二人。


「いや、もう、最高でした。ゴールが決まった後のあのみんなで喜び合う瞬間とか、こんなに熱くなったのは初めてです」

「そうか、そう言ってもらえると招待した甲斐があったかな」


秋山はビールをぐいと煽りながら、満足そうにうなずいた。


「次はあの応援ゾーンに行きましょう」

「え、マジで?いいの?」

「はい、チャントも今日歌ってたのは全部覚えました」

「マジかよ、すげぇなお前」


早くも応援ゾーンに行きたいと語る勇一の目は、実に輝いていた。

日頃の静かな彼とは全く違う雰囲気に秋山も思わず苦笑い。


「ユニフォームも欲しくなりましたね、私的にはやはり背番号8番の彼が…」

「この道すがらに公式グッズショップがあるんだけど、寄って行くか?試合の日は遅くまで開いてるんだよ。8番のユニフォームならいつでも売ってるし」

「え、行きます」

「おぉ、マジか。よっしゃ行こう」


再び二人は肩を組んで歩道を歩く。

目指すはフェザンサ公式ショップ。


「お、猫だ」

「猫ですね」


ふと、歩道脇の草むらからこちらの様子を伺う黒猫が目に入った。

ジーッと勇一を見つめる大きな目は、左右で色が違うオッドアイ。

水色と黄色の目が道行く車のライトに照らされてきキラリと光る。


「どうした猫ちゃん?紺野が何か美味そうなもんでも持ってるのか?」


秋山が声を掛けながら近づくと、くるりと踵を返して暗闇の中に溶けて消えて行ってしまった。


「あらら、逃げちゃった。なんだったんだろうな一体」

「わかりません。ただ、あの瞳は何か吸い寄せられるような、不思議な美しさがありましたね」

「おぉ、オッドアイだったな。珍しい」



グッズショップに着くまで、なぜか二人はさっき見た猫のことが頭から離れなかった。



__ニャーォ…



草むらから響いた猫の泣き声は、二人には届かず、街の雑踏の中に溶けて行った。




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