19話 熱狂のチャント
「げ!!!!!!!!!!!!!!!」
駅前交番に秋山の絶叫が響き渡る。
思わず通行人も交番の中の様子を伺い見るほどの声量だ。
目の前でその爆音を喰らった勇一はくらくらと目を回す。
「何ですか一体……?」
ジト目で睨みつけながら、絶望の表情で秋山が見ているPC画面を覗き込む。
画面には今週の施設警備割り当て表が映っており<秋山・紺野>という文字が土曜日の『UMETAROスタジアム』欄に記載されていた。
スタジアムでは月二回程度の頻度でプロスポーツの興行、主にプロサッカーの試合が開催されており、中央署管内及び西警察署管内の各交番員が持ち回りで試合時の警備対応を行っている。
それが今週末二人に回ってきたわけだ。
「あぁ、俺が一体前世でどんな罪を犯したっていうんだ……」
秋山はデスクに突っ伏し、絞り出すような声で嘆いていた。
「嘘だろぉ…?おい嘘だと言ってくれ紺野」
「さっきから何なんですかほんとに…」
勇一の両肩を揺さぶりながら取り乱す秋山が心底鬱陶しい。
「俺は…この日を楽しみにずっと応援してきたのに…」
秋山の卓上カレンダーをふと見ると、八月三十日の欄に
『フェザンサ笹野瀬VSトリサジータ宮前』
と赤ペンで書かれている。
実は秋山の趣味はサッカー観戦で、地元のプロサッカーチーム『フェザンサ笹野瀬』の熱狂的なサポーターだ。
以前勇一が「大ファンなんですね」と言ったら「サポーターな。間違えるな」とガチトーンで言われ、ドン引きしたことがある。
フェザンサ笹野瀬は長年二部リーグで戦っていたが昨シーズンに悲願の一部リーグ昇格を果たし、今週末にウメスタで行われる試合は隣県の強豪チームとの初対戦だ。
隣県のチームということで秋山含め笹野瀬サポーターたちはこの対戦カードを特別な一戦と位置付けている。
「…チケット買ってたんですか?」
「当たり前だろ。争奪戦に死ぬ気で勝ったのに…」
注目の一戦とあってチケットは発売開始二十秒で全席完売。
なるほど、それでこの落ち込みようか。
「警備でスタンドに入れますし、普通に横目で見たら良いのでは?」
「いいわけあるか!!!何が悲しくて仕事の合間に試合を見なきゃならないんだ!!ゴール決まっても真顔で警備しないといけないなんてどんな拷問だ!!」
「これは試合が終わってからもしばらく引きずるやつだな…」
勇一はこれからしばらくの間この調子の秋山の相手をしなければならない状況を生み出した上層部にいささかの恨みを抱くのであった。
__
そして迎えた土曜日。
UMETAROスタジアムはかつてないほどの熱気に包まれていた。
フェザンサ笹野瀬は強豪チームを相手に堂々の戦いぶりを見せ奮闘し、それに合わせて両サポーターたちのボルテージもどんどん上がっていく。
スタジアム地下搬入口近くの詰所では、前半戦中の巡回を終えた秋山が聞こえてくる歓声に耳を塞ぐようにして座っている。
隣にはいつも通り涼しい顔の勇一が待機中。
「辛い…。試合が碌に見れないのに結果が分かってしまう…。辛い…」
落ち込む秋山によって少しジメっとした空気の詰所に前半戦終了のホイッスルの音が届く。
1-1の同点の好ゲームは10分間のハーフタイムに突入した。
コンコースが休憩の観客たちによって混雑するため、二人が巡回に出ようとしたその時、無線機が不穏な音を発した。
『警備班各位へ緊急連絡。……スタジアム内に爆発物が設置されている可能性あり』
中央署指令部の声が、ノイズ混じりに震えている。
『ネットのサッカー掲示板にスタジアムの設計関係者しか知り得ない専門用語を交えた書き込みを発見。「後半終了とともに熱気を悲劇に変える」と。犯人は既にスタジアム内部のどこかに爆発物を設置したと主張している模様』
秋山の顔から先ほどまでの不平不満が瞬時に消え失せた。
「避難誘導は?できるか?」
いつものキリっとした声音で秋山が無線機に語りかける。
この辺りはの切り替えの速さは流石としか言いようがない。
『不可能と思われます。規模が小さいとはいえ約一万五千人の観客がパニック状態で出口に殺到すれば爆発を待つまでもなく大惨事になるかと。運営と相談した結果試合は続行させるようです。秋山部長と紺野巡査は警備員と協力して地下および周辺の不審物を密かに捜索してください。……猶予は、後半の45分間です』
無線機の受信が終わると、詰所はシンと静寂に包まれる。
「秋山さん。避難誘導ができない以上、早く見つけ出さなければなりませんね」
「あぁ、見つけられなければ終わりだ。いったい何人が犠牲になるか…」
そうはさせまいと決意を胸に、二人は警備員詰所へ向かう。
地下通路はすでに緊急対応のスタッフたちが慌ただしく走り回っている。
警備員詰所に入ると中央に置かれた長テーブルの上にスタジアムの図面が広げられていた。
「中央署の秋山です。こちらは紺野。ご協力よろしくお願いします」
「警備隊長の松島です。こちらこそよろしくお願いします」
秋山は有資格者腕章を付けた警備員に挨拶をした。
三十代半ばくらいのこの男はスタジアムの警備隊を取り仕切る隊長の松島。
二人が握手を交わしたのち、早速その場にいる全員が机の上の図面に目を落とす。
「県警が得ている情報によると、犯人はスタジアムの構造を理解しているようです。内部構造をよく理解している人物かと」
勇一の説明を警備員たちは相槌を打ちながらよく聴いている。
「となると、一撃で建物に致命傷を与えうる箇所に設置している可能性が高いかもですね」
「そうなります」
その言葉に松島が頷き、捜索計画を伝えようとすると秋山が遮る。
「警備員さんたちは通常業務に移っていただいて構いません」
「…お二人だけで探されると?一万五千人の命がかかっているのでそういうわけにはいきませんね」
松島は反論する。
爆発物を45分以内に見つけなければならない状況では人手が何よりも武器になる。
それを不要だという秋山に不信感を抱くのは当然だ。
警備員たちは全員、訝しむような目を秋山と勇一に向ける。
「あー…。実はうちの紺野がもう爆弾の場所に目星がついてまして。な?」
「はい。さっき通路に出た時に。設置個所は一か所ですね」
「なぜそんなことが?!ありえない!!」
爆発物というものは様々な種類があるが、中に詰められている物質はそれぞれ特徴的な匂いを発する。
緊急無線を受けた後通路に出た際、勇一の鼻がその特徴的な芳香を感じ取った。
「おそらくメインスタンドの直下、免震ピット内にプラスチック爆弾が仕掛けられています。私が行きます」
「しかし…!!」
「まぁまぁ、説明は私からしますから。紺野、行ってこい」
秋山が松島を制して目配せをし、それを受けた勇一は一人地下通路に向けて走り出した。
勇一はスタジアムの広大な地下通路を疾走しながら匂いの元をたどる。
睨んだ通り、免震ピットに続く道。
そこは、建物の揺れを吸収するための巨大な支柱が並び、それをすべて吹き飛ばすと破壊の効果をスタジアム全体に波及させ致命傷になり得る場所だ。
『関係者以外立ち入り厳禁』
と注意書きがなされた重厚な扉の前に着いた。
扉には当然のごとくカギがかかっているが、お構いなしにドアノブを捻る。
「フン…っ!」
ゴリッと鈍い音を立ててドアノブが空転し、鍵が開い(?)た。
扉の向こうは巨大なコンクリートの柱が並ぶ空間。
その一本の柱の陰に、複雑に配線された黒いボックスが据え付けられていた。
それは、スタジアムの上部構造を崩壊させるに十分な量の爆薬とタイマー。
さらに、送信機を用いてどこからでも起爆させることのできる高度な受信装置の組み合わせだった。
「見つけた。やはりここか…」
(……残り時間は二十五分。大体試合終了と同時に起爆する設定だな)
起爆装置解除のために勇一が手を伸ばそうとしたその時、背後の闇から低い声が響く。
「……その箱に触れれば今すぐ数千人を天国へ送ることになるぞ」
現れたのは、清掃員の作業着を着た男だった。
その右手には、遠隔起爆装置のスイッチが握られている。
「なるほど、清掃員として潜り込んで爆弾を仕掛けたわけですか。いったいなぜこのようなことを?」
勇一は表情を変えず、男に向け一歩前へ踏み出した。
「フン…あいつらが悪いんだ。コーチをやってやるって言ってるのにないがしろにしやがって」
この男どうやらサッカーに覚えがあるらしく、フェザンサ笹野瀬のコーチ募集トライアウトに参加したが採用されなかったことを根に持っているようだ。
「なるほど、チームは貴方の心の内を読み取って採用しなかったのかもしれませんね」
「なんとでも言え。一部リーグに昇格して調子乗ってるあいつらにお灸をすえてやんだよ」
逆恨みも甚だしいが、そんな憂さ晴らしにただ試合を見に来た観客が巻き込まれるのは到底容認できない。
しかもこの試合には近隣の小学生たち五百人が招待されている。
子供たちの思い出を汚すわけにはいかない。
「残念ながら、お灸をすえられるのはチームではなくあなたです。観念してください」
勇一は更に一歩踏み出し、起爆装置を渡すよう手を差し出す。
男は下を向きながら肩を震わせて不気味に嗤い始めた。
「くくく、もはやここまでか。サヨナラだ。勇敢なお巡りさん」
ぎょろりとした目で勇一を睨みつけ、更に不気味な笑みを浮かべながら手元の起爆スイッチを高らかに掲げる。
あの規模の爆薬が炸裂したらこの空間のありとあらゆるものは原形をとどめないほど破壊されるだろう。
狂ったように嗤う男がスイッチを押そうとした瞬間、勇一の姿が掻き消えた。
「ひゃはははははははははははは…!は?」
次の瞬間には男の手に起爆装置はなかった。
再び男の目の前に現れた勇一がしっかりと持っている。
「なぁっ……!?」
「スイッチを押す動作。それにかかる0.2秒は、私には止まっているも同然です」
目の前で起きた非現実的な光景に硬直する男の背後に回ると、首筋に向け手刀を放つ。
優しく、だが確実に頸部を捉えた手刀は男の意識を刈り取った。
崩れ落ちる男を勇一が抱き止め、地面に寝かせる。
続けて、勇一は即座に意識を爆弾へと向けた。
(さてどうしたものか)
爆弾解除の仕方など知らないが、ひとまず起爆タイマーの停止を試みることにした。
タイマー部分に手を置くと、体内の魔力を循環させる。
指先から放たれた魔力を微弱な電磁パルスに変換させることにより複雑な電子回路の情報を書き換え、タイマーはその動きを止めた。
(ふぅ…よかったうまくいったぞ)
ちょうどそのころ地上では、フェザンサ笹野瀬が劇的な逆転ゴールを決めスタジアムが熱狂的な歓喜に包まれていた。
感情を爆発させる観客たちの足踏みが地響きとなって地下まで伝わったが、勇一の目の前にある爆弾が火を噴くことはなかった。
「……19時48分。爆発物の無害化を完了」
勇一は腕時計に目をやると、誰に聞かれるでもなく事態の収束を宣言した。
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直後、試合終了の長いホイッスルが鳴り響く。
フェザンサ笹野瀬が激闘を制し初対戦を勝利で飾った瞬間、更に地下に伝わる振動が増した。
勇一は気絶させた男を背負い、無力化した爆弾の残骸を片手に、搬入口横の詰所へ向かう。
詰所内の椅子には秋山と松島が座っていた。
秋山はうれしいような悲しいような複雑な表情をしている。
「勝ちましたね」
「おぉ、おかえり。勝ったな。ってかそいつは?」
「犯人です。設置場所にいました」
「そうかお疲れ。じゃあ応援呼ぶわ」
普通に入って来た勇一と秋山も特に何事もなかったように会話をしているが、松島は椅子から転げ落ちそうなほど驚いている。
「いやいやいやいやいや。何平然としてるんですか二人とも」
「こいつはちょっと鼻が利くんですよ」
「ちょっと…?」
秋山の説明にもやや納得がいかない様子の松島だったが、ふと勇一が右手に持っている不穏な物体に気付く。
「紺野さん、その右手の物は?」
「設置されてた爆弾です」
これまた平然と言ってのける勇一だったが、秋山と松島は椅子から飛び上がり部屋の隅に逃げる。
「てめぇバカか!!なに爆弾持って帰ってきてんだよバカ!!普通はその場に置いといて爆弾処理班に任せるんだよバカが!!」
「そそそそそそれ大丈夫なんですか??!!」
「秋山さんバカって言い過ぎ…。しっかり処理してるので大丈夫ですよほら」
爆弾を秋山に差し出すと、必死の形相で避ける。
それが少し面白かったのか馬鹿と言われた腹いせに勇一は何度もそれを繰り返し、
「いい加減にしろ!!!」と秋山が爆発するまで続けた。
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二時間後。
犯人を署から来た応援に引き渡し、撤収作業が終わったスタジアムから中央署への帰路に着く。
任務を終えた秋山が、疲れ切った様子で呟いた。
「……一週間前から嘆いてたけどよ、今日俺たちが割り当てで良かったと思うわ。お前がいなきゃ、チームが消えてたかもしれねぇ」
もし爆弾が炸裂し大勢の犠牲者が出てしまった場合、管理責任を問われたクラブは活動自粛や、最終的に解散まで追い込まれていた可能性は十分ある。
秋山らサポーターにとってチームはもはや生活の一部だ。
また、一部リーグでは県外から多くの観戦客が訪れることもあり、街の経済効果も無視できない。
勇一がいち早く爆弾を発見し被害ゼロで事を収めた価値は、命を守ることに加え、心の拠り所や周辺の経済活動も同時に守ることとなり、非常に大きい。
「だからサポーターを代表して勝手に礼を言わせてもらうぜ」
その時、スタジアムからフェザンサの勝利を祝う赤色の花火が夜空に打ち上がった。
「わ、すごい。これ準備してたんですかね」
「さぁな。帰ったら見逃し配信で試合を見るのが楽しみだ」
勇一と秋山は、その火花が放つ美しい色彩をしばらく眺めてから再び自転車を滑らせる。
道端では赤いユニフォームのフェザンササポーターと紫のトリサジータサポーターが肩を組んで一緒に花火を見ている。
試合が終わったらノーサイド。
スタジアムでの熱気とは打って変わって実に平和な時間が流れていた。
願わくばこの花火が町の平和を照らし続けてくれますように。
「あ、そういえば犯人な。爆発物の設置は認めたが免震ピットの扉への器物損壊は否認してるみたいだな」
「ソウデスカ……………」
「あ、おいどこ行くんだ?おーい?」
二台の自転車はまだ賑わうスタジアム周辺からゆっくりと遠ざかって行った__




