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第18話 命の価値

台風の一件から一週間が経ったある日の夜。

快気祝いと称して完全休養の勇一と秋山の姿は羽田屋にあった。

店内は仕事終わりのサラリーマンたちの活気に満ちている。


「通院は今日で最後か?どうだった?」


しばらくは普通に仕事の話や休日の過ごし方などを語り合う会になっていたが、良い感じに酔いが回ってきたところで秋山は生ビールのジョッキを一気に煽ると、目の前で丁寧に枝豆を解体する勇一に先日の件を切り出す。


勇一は搬送後の検査入院では異常はなかったが、念のため一週間後の今日の午前に再び山崎病院で検査を受けてきていた。


「えぇ、スリ傷程度でしたので何事もなく終わりました」


勇一は受け取った箸を小皿に置くと剥いた枝豆を一粒ずつ口に放り込みながら軽い口調で返答した。

悪酔いしづらくなるからと勇一は飲酒の場では枝豆を好んで食べている。


「そうか。しかしなんだ、救急隊があんな激流に流されて一晩トンネルで野宿したっていうのによく生きてたなって。普通なら溺れ死ぬか低体温症でアウトだったってよ」


真夏といえどもろくな防寒装備も持たずに全身を濡らし、強風が吹き込むトンネルで野宿をしていたら普通は体温が低下して低体温症で死亡するリスクは非常に高い。

しかし、秋山が発見した時には二人とも実に穏やかな様子で眠っていた。

一体どんな手品を使ったのか、秋山はあれからずっと気になって仕方がなかった。


「そうだよ。どうやってあの濁流を乗り越えたのか私も教えてほしいな」


それは、なぜか同席している陽菜も同様だった。

いつものレモンサワーを飲みながらビシっと勇一を指さす。


なぜ彼女がここにいるか。

今から一時間前、笹野瀬駅から羽田屋へと歩いて向かう途中で焼鳥屋の前にたたずんでいる陽菜を秋山が発見。

完全休養を使って友人とご飯を食べに行こうとしたがドタキャンをかまされ、一人で焼き鳥でも行こうかと悩んでいたらしい。


「なら一緒に来るか?」


という秋山の提案に即時乗っかり、今に至るというわけだ。

羽田屋の前で合流した時の勇一の困惑した表情はなかなかに芸術的だった。


二人の質問に勇一は日本酒を少し口に含み、ゆっくり言葉を選びながら答える。


「そうですね、堰から落ちた後は無我夢中であまり覚えていないのですが、しばらく流れに身を任せていたら石垣に引っ掛かりまして、そこからトンネルが見えたので、雨風をしのぐためにそこに向かったって感じですかね」

「服はどうやって乾かしたんだ?」

「振り回しました」


こうやって。

と、おしぼりをブンブン回して見せる勇一。

また、この男は。

と思っているのか秋山と陽菜は顔を見合わせてやれやれといった表情だ。


「あ、溺れている人を助けるのってパニックで暴れるから結構大変なんだよね?大丈夫だったの?」

「堰から落ちたあと失神させました」


こうやって。

と、徳利の首の部分に手刀を当てて見せる勇一。

陽菜と秋山は額に手を当てて下を向いた。


「暴れるくらいなら初めから失神させた方が運び易いかなと思って」

「紺野、それ俺たち以外に絶対に言うなよ」


はぁ、わかりました。

と、すっとぼけたような表情で日本酒をちびちび飲む勇一。

おちょこ一杯を空にしたところで続けて語る。


「とりあえず彼の服を脱がせて乾かした後に私の上着をかけたらそれなりに体温も保てていたので、胸に手を当てて心音を確認しながら様子を見てました。私は寒さに強いですし」

「なるほど。服が乾いていたならそこまで冷えなかったってことか」


勇一は黙って頷いたが、これは嘘だ。

服を乾かしたとはいえトンネルは風が吹き抜けるため体感温度はかなり低く、そのままでは低体温症になっていた可能性は大いにあった。


勇一が寒さで震えだした彼の胸に手を当て魔力を流し込み、体温上昇を試みたところそれが成功したのだ。

勇一が冬にやっているのと同じように体内で魔力を循環させて体温を上昇させることができた。

そこに上着をかけられていたら温度的には布団で眠っているような快適さだったであろう。


「そうか、まぁ、二人が無事でよかったよ」

「ご心配をおかけいたしました。見つけて下さってありがとうございます」


魔力を使い過ぎて動けなくなっていたのは事実で、当然早く見つかるに越したことはない。

必死で探し出してくれた秋山には心の底から感謝している。


秋山少し照れ臭そうにしながらビールのジョッキを差し出し、勇一のおちょこと軽く乾杯をした。


「それにしても、紺野君有名人だね。ネットでまだ話題になってるよ。なになに~?見れこれ、水神だって!」


SNSではいまだにあの動画が拡散され『紺色の閃光』だとか『水神の化身』などと様々な二つ名がつけられている。

また、中央署の電話に「紺野巡査と話がしたい」とマスコミ関係からの電話も一日何十件もかかってくる。

広報担当の行政職員が悲鳴を上げているそうだ。


「過分な評価ですね。当然のことをしたまでです」

「私たちはその当然のことがすごいって言ってんの。もう少し誇ってもいいと思うんだけどなぁ」


いつか自分も勇一のように目に見えて人の役に立つ活躍がしてみたい。

そう思いながら陽菜はお代わりしたレモンサワーをごくごくと飲む。


「良いね、黒瀬。その思いはお前の警察官としてのレベルを何段階も上げる起爆剤になるから忘れんなよ?」


秋山は若い二人の警察官の未来が楽しみだと目を細める。

心を見透かされた陽菜は少し照れながらも力強く頷いた。


まだまだ夜は長い。


三人の話は途切れることなく退店時間まで続いた。


___



飲み会から3日後の昼下がり。

駅前交番の前に、一台の派手なワゴン車が停まった。

ワゴン車の窓ガラスにはYOURTOBEのステッカーが貼られている。


中から降りてきたのは、あの日橋の上で無謀なライブ配信を強行し、危うく命を落としかけた配信者グループのリーダーの男と、濁流に流されたタカヤの二人。


彼らの顔からは、あの時の不遜で傲慢な笑みは完全に消え去っていた。

足取りは重く、その表情には深い自責の念が浮かんでいる。


「……あの、紺野巡査はいらっしゃいますか?」


先頭に立ったタカヤが丁寧な声で交番の中を覗いた。


デスクに座っていた勇一は報告書を書いていた手を止め、ゆっくりと立ち上がった。

制服のシワを正し、帽子を深く被り直す。


「どうされましたか?遺失物の届け出ですか? それとも、交通規制の確認ですか?」


勇一のあまりに平熱な対応に彼らは一瞬言葉を失った。


「……いえ、その。俺、本当に死ぬと思って。助けてくれて本当にありがとうございました。これ、お礼のお菓子です。それと、あの動画の広告収益は全部寄付してきました」


彼らが差し出したのは高級そうな菓子折りと、寄付を証明する日本赤十字社の受領証だった。

ネットでの爆発的な拡散により、彼らのチャンネルには皮肉にも膨大な広告収益が発生していたのだ。


勇一はその受領証をじっと見つめた。

その次は、勇一の瞳が冷徹なまでの鋭さで若者たちを射抜く。


「……あなたの命の価値は、この紙に書かれた数字で測れるものでしたか?」

「え……?」


突然の問いにタカヤは戸惑う。

お構いなしに勇一は続けた。


「貴方の命。それは、数億数兆の金を積まれても再現できないこの宇宙にたった一つだけの奇跡です。承認欲求のためにそれを危険に晒すのは、あまりにも愚かな行為です」


勇一はカウンターから出て一歩歩み寄り、タカヤの肩に手を置いた。

その手は不思議なほど暖かく、そして力強かった。


「収益を寄付したことは立派なことだと思います。ですが、私への真の謝罪はあなたがこれからも元気に生きて幸せな日々を送ることでしか果たされません。もしまた同じような無茶をして命を落としたら、私が作成する報告書の書式が今回より()()()()()()ことになります。それは、私にとって濁流に飛び込むよりも遥かに過酷で、耐えがたい苦痛です」


「はい……! はい! 本当に、もう二度と、あんなことはしません……!ごめんなさい…!!」


タカヤは勇一の強く優しい言葉に堪えきれずに泣き崩れた。

リーダーの男もタカヤの肩に手を置きながら静かに涙を流している。

二人は勇一に見送られ交番をあとにするまで何度も何度も頭を下げた。


ワゴン車が走り去って行った頃合いで秋山が交番の奥から顔を出す。


「……あいつらはもう大丈夫そうだな」

「反省とは言葉ではなくその後の行動で示すものです。彼らの心はまだ乱れていますが、少しだけ前向きに変わったのではないかと。今はそれで十分です」


勇一はそう言うと再びデスクに戻り、報告書の続きを書き始めた。

秋山はカウンターに置いてある菓子折りを手に取る。


「これ、もう黙って食っちまうか?」

「ダメですよちゃんと申請しないと。はぁ…持ってきてくださるのはありがたいのですが、後がめんどくさいんですよねぇ…」


差入れをもらった際は署長に報告が必要なため、仕事が増えてしまう。

別に黙って食べてもどうということはないが、真面目な勇一はそれを許さない。


「わかったわかった。じゃあそれは俺が書いとくよ」

「ありがとうございます。数ごまかさないでくださいね」

「しねぇよバカ!!」


駅前交番にようやくいつも通りの日常が戻って来た


二人は口には出さないが、何となくそんな空気を感じながらペンを走らせるのであった。


___



更に一週間後。


中央警察署の大講堂にて、紺野雄一巡査に対する賞誉授与式が執り行われた。

新人警官が二度目の賞誉を授与されることは異例中の異例だ。


勇一の表彰に関しては、当初署内での小さな表彰の予定だったが配信が拡散されたことによる社会的影響に加え、救出された若者たちが公開した「助けてくれたお巡りさんからの言葉」という動画が再び大バズりを記録し話題が再燃。


ステレオタイプな動画ではなく、流された状況の生々しさや助けてくれた警察官への感謝の気持ちを全面に押し出した誠意ある謝罪動画だったことが大変反響を生んだ。


そのような動きもあってか、結局報道陣も入れて大々的に行われることとなってしまった。

大講堂には中央署の全署員に加え、県警本部のお偉いさんの姿もあった。

厳粛な空気の中、名前を呼ばれた勇一は寸分の狂いもない動作で登壇した。


「賞誉。笹野瀬中央警察署、紺野雄一巡査。君の勇気ある行動、および卓越した救助技術は、警察官の鑑であり、市民の信頼を勝ち取る多大なる功績である。よってここにこれを賞する」


署長から表彰状を手渡される。

勇一が受け取った瞬間にカメラのフラッシュが一斉に焚かれ、講堂が拍手で包まれた。

勇一は瞬き一つせず、ただ静かに敬礼を捧げる。

その動作があまりに美しく、会場にいた誰もが本物の英雄の姿をそこに見た気がした。


__式典の後、廊下で表彰状をじっと見つめる勇一に、秋山が声をかけた。


「まさか、二回目の賞誉とはな。本当にお前は大した奴だ」

「一回目の放火犯を検挙した時に受けたものより、なんといいますか、人の命を守れたという実感がすごくて、何だかとても重たく感じます」


勇一はしばらく眺めた後、丸めて筒に入れ、鞄にしまった。


「そうだな、その賞状にはお前の命とあの若者の命が詰まってる。重くないと釣り合わないだろ?」


秋山の言葉にハッとしたように顔を上げた勇一。


「えぇ、そうですね。命は、とても重いものですから」


鞄の中の賞状を愛おしむかのようにぽんぽんと側面を叩き、静かにほほ笑んだ。


「……さて、授与式も終わりましたし、交番に戻りましょうか」

「おいおい、湊が代わりに出てるし今日くらいはゆっくりしろよ。 署長だって今日は非番扱いでいいって言ってたぞ」

「いいですか秋山さん。賞誉とは過去の功績に対する報酬ではなく、次の任務をより高いレベルで遂行するための()()ですよ。はいそうですか、って休んでるわけにはいきません」


勇一はそそくさと儀礼服からいつもの制服に着替えを済ませると、足早に駐輪場にへ歩いて行った。


「いや、真面目か…お前…」


彼の背中を見送りながら、秋山は独り言のように呟いた。


(あいつみたいに歩く警察官職務規程になったら、俺も賞誉授与されたりするのかねぇ…)


いや、無理だな。


数回頭を横に振り、勇一の後を追って秋山も駐輪場に向かう。



台風の爪痕が消え、澄み渡った夏の空__




______________



好きなお酒


勇一 日本酒(甘口)

秋山 ビール

陽菜 レモンサワー


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