12話 踏切の怪異 ①
『カンカンカンカンカンカン......』
咲作市某所の踏切が、電車の接近を知らせる警報音を一定のリズムで踏切上以外街灯のない暗い田舎道に不気味に響かせていた。
踏切脇には苔むした狐の石像が数体並び、遮断器の赤灯に照らされて赤く明滅している。
電車の通過を待つのは制服を身に纏った女子高生が一人。
電車の本数が少ないこの路線で踏切に引っかかるとは実についてない。
やれやれといった様子でスマホに目を落とし、画面を操作している。
しばらく経つと単線の二本の線路がカタカタと細かい振動を始めた。
__やっと来た
スマホをスクールバッグにしまい顔を上げると、警笛と共にゴォと音を立てて電車が通過し警報音が止んで遮断機が上がる。
電車の音が遠くなり、田んぼから聞こえるカエルの声が響くのみとなった踏切。
通り過ぎる人影はなかった__
_______
「そーそー、ここのカレーの量がやばいんだよマジで。でもめちゃくちゃ美味いからさ、機会があったら行ってみてよ」
「へー、そうなんだ。わかった今度の休みに行ってみるよ」
「お前らなー。いくら休日返上とはいえ、遊びに来てるんじゃねぇぞー」
咲作市を串刺しにするように南北を縦断する国道を走るパトカー。
助手席に座り、行きつけのお店紹介に躍起になっているのは咲作警察署地域課の谷口歩巡査。
谷口が勤務している駐在所の最寄り駅で勇一と秋山を拾い、運転を交代して咲作警察署へ向かう途中だ。
秋山の前ではあるが、同期と久しぶりに顔を合わせたこともあってか実に楽しそうな様子である。
なぜ二人が咲作警察署へのパトカーに乗っているのか。
時間を二日前の勤務開始時に戻そう。
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「紺野。お前神隠しについてどう思う?」
朝、中央署のロッカールームで秋山が勇一にいきなりそんな話を切り出してきた。
対して勇一は「何をいまさら」と言わんばかりに事もなげに答える。
「人が高位転移魔法の標的にされたり隠蔽結界で物理的に消失したりはよくあることじゃないでしょうか」
「誰がファンタジーの話しろっつったコラ」
「あいたっ」
秋山が勇一のおでこに軽くデコピンをする。
とはいえ、勇一が昔暮らしていた世界では魔物による連れ去りだけでなく召喚魔法によって忽然と姿を消す人は珍しくなかったため、外出する際は座標検知を阻害する護符を持ち歩く人もいたほどだった。
「神隠しもこの世界ではオカルト?って言うんでしたっけ?その類の話でしょうに」
「現実をゲームと比較してこの世界って言うのやめろ」
まぁいい。と仕切り直し、秋山は本題に移った。
「昨日の班長会議の議題に上がったんだが、咲作市で女性三人が行方不明になっている事案があってな。一人目と二人目は失踪してから一ヵ月近くになる」
「一ヵ月もですか?なぜ公表されてないのです?」
一ヵ月も行方不明になっているのならニュースになっていてもおかしくはないが、特にそれらしき報道を目にした記憶はない。
「二人とも成人だからな。女子大生。成人の場合よっぽどのことがない限り大々的に公表されるケースは稀だな」
「なるほど、そういう事情もあるのですね」
失踪者が成人の場合何らかの事情があって自ら姿をくらませている可能性もある為、携帯などの位置情報も家族といえども簡単には開示されない。
「して、今回会議の議題に上がったのはなぜです?」
「三人目の失踪者が女子高生なんだ。未成年の失踪は流石にだんまりとはいかない。それで先にいなくなった二人もついでにな」
同じ地域で立て続けに失踪した三人。
因果関係はあるのか、偶然か。
「だが困ったことに三人とも何の痕跡もないし、手掛かりも心当たりも全くない。わかってるのは家がわりかし近所にあるってことだけだ」
そこで秋山が聞いてきた冒頭の質問につながる。
「それで神隠しと。しかし、なぜその話を私に?」
「あぁ、咲作警察署の生活安全課から中央署に失踪者捜索の応援要請があったんだ。誰を応援に寄越すかという話になって満場一致でお前の名前が挙がった上に、向こうさんもお前を指名してきている」
中央署内ではさくら祭りでの迷子捜索や逃走した銀行強盗の発見などですでに勇一の捜索能力は有名だ。名前が挙がるのは仕方のないことだろう。
しかし、咲作警察署側からも指名されるとはいったいなぜだろう?
と首をかしげていると、
「お前の同期がぜひにと推薦したそうだ。それで向こうの署長がお前の情報やら実績やらを調べたんだろうな」
勇一の脳裏にちょっとお調子もので底抜けに明るいけど、なんだかんだ頼りになる同期の顔が思い浮かぶ。
「あー...なるほど。わかりました。それで、いつ応援に行くんですか?」
「明後日だ。非番明けの休みをつぶしてすまないが、翌日休みの連休にしてもらえるよう非番の連中に調整してもらうから勘弁してくれ」
休みの日に特にこれといったことはしていないため、なくなったとしてもなんてことはないが、調整してもらえるならありがたく享受しておこう。
「いいですよ。私一人ですか?」
「いや、俺も一緒に行けってことらしいから、朝八時に笹野瀬駅東口で待ち合わせして電車で行こう」
こうして勇一と秋山の咲作警察署行きが決まり二日後、非番明けの二人は駅で谷口に拾われたというわけだ。
__
しばらく国道を走り、三人が乗った秋山が運転するパトカーは咲作警察署に到着した。
署内に入ると、生活安全課の前に署長室へ挨拶に行く。
「__どうぞ」
谷口が扉をノックし、中からの返答を合図に扉を開けて中に入る。
「笹野瀬中央署地域課巡査部長、秋山です」
「同じく巡査、紺野です」
入室し、正面のデスクに座る人物の前で整列し二人そろって敬礼する。
「咲作警察署署長の沼本だ。遠方からご苦労さま。休日に呼び出してすまなかった」
答礼したのはこの警察署をまとめ上げている署長、沼本警視だ。
「いえ、我々がお役に立てるなら喜んで尽力いたします」
勇一の返答に満足そうにうんうんと沼本は頷いて答えた。
「助かるよ。早速だが、生活安全課と協力して捜査を開始してもらいたい。話は通してあるから谷口に案内させよう。頼まれてくれるか?」
「はっ!!承知いたしました!!」
恐らく何も言われなくても案内してくれていただろうが、谷口は沼本の指示に元気よく返事をした。
簡単に挨拶だけ済ませてお次は生活安全課へ。
室内に入ると失踪事件の本格捜査開始とあってバタバタとしてせわしない様子だ。
声をかけて良いものか立ち尽くしていると、一人の女性警察官がこちらに気付き、駆け寄ってきた。
「笹野瀬中央署からの応援の方ですか?」
「はい。私は中央署地域課巡査部長の秋山です。こちらは紺野」
「紺野です。よろしくお願いします」
「秋山...紺野...?」
二人が挨拶をすると、その警察官は目をぱちくりさせながら勇一と秋山を交互に見て、興奮気味に秋山の手を取った。
「いっ?!」
「はっ、初めまして!!自分は生活安全課巡査長、青山早紀と申します!お二人の噂はかねがね!どんな事案も即時解決すると評判の名コンビにお会いできて光栄です!!!」
お団子にまとめ上げた栗色の髪を左右にゆらゆらさせ、んふーんふーと鼻息を荒くしながら目を輝かせる早紀に秋山はかなり引き気味だ。
無意識に隣に立っている勇一に助けを求めるように顔を向けた。
「どんな事案も、というわけではありませんが」
仕方なく勇一が口をはさむと、
「ご謙遜を。逃走した銀行強盗を速やかに発見して秒殺したのはもはや伝説ですよ」
「殺してないけどな」
謙遜だと一蹴した早紀に手を握られながら秋山が笑顔で訂正を入れる。
あの一件はどうやらかなり尾ひれがついて広まっているらしい。
誰がうわさを流しているかは大方想像がつくが。
「青山さん、私たちは何をすればよいのでしょうか」
改めて勇一が早紀に問うと我に返ったようで、握っていた秋山の手を放し「コホン」と一度咳払いをしてから
「好きに動け!とのことです!!」
「「は?」」
実に明るい口調で言ってのけた早紀に、思わずハモった勇一と秋山。
早紀は続ける。
「読んで字のごとくです。こちらがあれこれ指示を出したところで役には立たないだろうと。道案内程度に私が捜査に同行するのみです!がんばりましょうね!」
グッ。と握りこぶしを作って両手でガッツポーズをキメてくる早紀。
「がんばりましょうはいいんだが、誰の指揮下に入る必要もないということか?」
「そういうことみたいですね!」
秋山の確認に元気よく頷いて答える早紀。
「マジかよ...どうなってんだ」
合同捜査で応援に来た警察官が管轄の指揮下に入らず自由に動くということはほぼない。何か問題が起きた時にその後の処理が非常にめんどくさいからだ。
今回の件で例えると、勇一と秋山は生活安全課の指揮下に入り課長の指示に従って行動するのが普通だが、同行されても邪魔に...もとい、気が散りそうな騒がしい奴がついてくるだけだというのだ。
土地勘のない場所で自由に動けと言われても逆に困るから早紀がついてくるのはありがたいと言えばありがたいのだが。
「捜査に必要な情報はすべて頭に入ってますから、何でも聞いてくださいね!お二人に同行できるとは光栄です!!」
これで良いのか?と少し不安に駆られる秋山。
情報がすべて頭に入っているとはなんて優秀な方だ、と感心する勇一。
目の前で目を輝かせている早紀に全く違う感情を抱きながら、二人は顔を見合わせて思わず苦笑いをしてしまった。
「さぁ!早速行きましょう!!」
「お、おい...」
二人の腕を掴んだ早紀がずんずんと部屋の外に出て行ってしまった。
(嵐のような人だ...)
谷口はそう思いながら室内へ一礼し、後を追った。
__
「ここが行方不明者たちの自宅近辺になります」
谷口はあの後すぐ追いついてきたが、集落で六月中頃に行われる五穀豊穣を祈る行事の打ち合わせがあるらしく駐在所に戻って行った。
それは警察官の仕事なのか?とつい口にしそうになったが、やめておいた。
谷口と別れた勇一と秋山は早紀と三人で現地調査のため、行方不明者の自宅周辺を訪れていた。
目の前にある大きな和風家屋は先日から行方不明になっている女子高生(柵原茉莉)の自宅だ。
そこから五軒隣(と言っても一軒毎の間隔はかなり広い)に女子大生AとBの家が並んで建っているそうだ。
「紺野。何かわかるか?」
紺野はそっと目を閉じて意識を集中させる。
すぐ近くで不安と悲しみの感情を強く感じるが、これは室内にいる家族のものだろう。
他にも多数の様々な感情を捉えるも、悪意のある銀行強盗と違って会ったことのないごく一般の人物の気配を区別して探り当てるのは非常に困難だ。
「いえ、さすがに範囲が広すぎてわかりかねますね」
「そうか...ならもう少し絞らねぇとな」
その様子を早紀が興味津々に見ていたが、
「紺野君は今何をしているのですか?!」
こらえ切れずといった様子でずいと勇一の顔前に顔を寄せる。
「いえ、ただ情報と状況を整理していただけです」
両手で早紀の顔を押しのけながら当たり障りのない返事をする。
「青山さん、女子高生が行方不明になった日の状況はご家族から聞いてますか?」
「もちろんです!茉莉さんは週に三日ほど市内の塾に通っているようでして、その時は大体帰りが22時頃になるそうです。駅から歩いて帰ってくるみたいなのですが、行方不明になった日は23時になっても帰ってこなかったようでして」
不安に思った両親が家から駅までの道を歩いてみたが誰にも会わず、携帯に電話をしても電源が切られているのかつながらなかったようだ。
そして警察に通報され、捜索願が出された。
「駅の防犯カメラは見たのか?」
「えぇ。確認したところ、21時半着の終電で降りてくる姿が確認できました」
無人駅のホームに設置された防犯カメラには、電車を降りて駅から帰路に着く茉莉の姿がしっかりと映っていた。
「となると、駅から自宅までの間に何かがあったということで間違いないですね。秋山さん青山さん、駅からここまで歩いてみても良いですか?」
「わかった。青山、駅まで連れて行ってくれるか?」
秋山から指示を受けた青山は「ガッテンでぃ!」と腕まくりをする真似をしながらパトカーへと歩いて行き、早々に助手席に乗り込んだ。
最初は戸惑いの感情が勝っていたが、青山のこのキャラにもう慣れた。
「江戸っ子かあいつは...」
勇一と秋山はやれやれといった感じで笑い、青山の後についてパトカーに乗り込み、駅に向かって走り去って行った__
青山早紀(27)身長165㎝
趣味は温泉とサウナ。
寮近くの温泉の回数券を給料日ごとに買うのがルーティン。
後からサウナ室に入って来た人を勝手に仮想敵認定し、一人で戦っています。
長くなりそうでしたので、二部構成にしました。




