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11話 連休前の「戦場」

5月上旬。

世間はゴールデンウィークとやらで非常に賑わい、交番の前を通る人がいつもより格段に多い。

道行く車もナンバープレートを見ると他県ナンバーばかりだ。


笹野瀬駅前交番は最近近くで銀行強盗事件があったとは思えないほどいつも通りの日常が流れていた。


日中の業務が片付き、時刻は18時に差し掛かろうというところ。

外はまだ明るいが、これから夜間勤務に突入する時間帯だ。

夜間は普段さほど忙しくなく比較的のんびりと事務処理を片づけられるため、2人とも苦ではないが、今日はどことなくピリピリとした空気が漂っている。


理由は極めて単純。

ゴールデンウィークで仲間たちと夜の街に繰り出す連中が爆増するからだ。

必然的に飲酒がらみのトラブルが続発し、現場対応に向かう可能性が高くまったくのんびりできない。


「あと2枚...来るなよー来るなよー」


秋山が昨日対応した器物損壊事案の報告書をまとめながら呪文のようにぶつぶつと何かをつぶやいている。


「私もあと1枚です...」


勇一も同様に書類をまとめている。

しかし、物事というものは起きてほしくないときに起きるものだ。



無情にも無線機が発した指令により、報告書は後回し確定となる。


『中央署より駅前交番各局。近隣居酒屋にて乱闘騒ぎの通報アリ。直ちに現場に向かえ』


秋山は机に崩れ落ち、勇一は無言で手に持っている鉛筆をへし折った。


「だぁぁ!!飯くらい大人しく食えやクソが!!行くぞ!紺野!」

「アルコールというものは人々の活力にもなりますが、まったくどの世界においても厄介なものですね...」


強盗事件の一件で壊れてしまったため新しく支給されたばかりの警棒を帯革に取り付けながら、昔旅の途中で立ち寄った町の飯屋で地元料理に舌鼓を打っていたのに酒に酔った冒険者と衛兵たちの乱闘が始まり雰囲気を台無しにされた苦々しい記憶を思い出した。


秋山は帽子を自転車のカゴに叩き込みヘルメットをかぶる。

勇一もヘルメットを装着したことを確認し、2人そろって出発する。

現場はすぐ近くだ。


多くの人でにぎわう繁華街へ向け、2台の自転車が街の喧騒の中へ消えていった。


_


開店から10年以上が経ち、地元民に愛されている居酒屋「羽田屋」。

2人が店の前に到着すると、すでに2階から怒鳴り声やガラスが割れる音、バキバキと木が折れるような音が聞こえてきた。


「こりゃ...派手にやってんな...」

「公共の場で暴れるとは...ゴブリンやオークの方がまだ理性的ですね」

「それ、中で絶対言っちゃダメな奴だからね?」


秋山が勇一に釘を差すと「戦場」へ続くドアを開けた。

中に入るとレジカウンターの中で涙目になっているアルバイトらしき女性従業員が気付き、厨房に向かって声を上げる。


「女将さん!!お巡りさん来られましたよ!!」


厨房の奥からバタバタと足音が近づいてきて、

60代くらいの割烹着の女性が2人の前で頭を下げた。


「あぁ、お恥ずかしいことで申し訳ありません…、上の大広間の2組が喧嘩になってしまいまして」

「地域課の秋山と紺野です。とりあえず詳しい話は後にして、まずはあれを止めましょう」


話をしている最中にも2回からド派手に破壊音と怒号が響いてくる。

階段の下から従業員と客らしき人が何名か心配そうに2階の様子を伺っている。


秋山を先頭に階段を登ると、真ん中の通路を挟んで両側に襖で仕切られた部屋があるのだが、その襖は鴨居と敷居から外れ、穴が空いたり折れたりした状態で床に乱雑に重なっている。


そして、廊下の奥で固まって様子を見ている10名を除いて両方の部屋から総勢30名ほどの男達が入り乱れて殴る蹴るの大乱闘となっていた。

ビール瓶も宙を舞っており非常に危険だ。


「警察だぁぁ!!!大人しくしろお前らァァ!!!」


秋山が凄まじい怒号を放つも、

酔っ払い+喧嘩中=理性喪失の男たちの耳には届かないのか、誰一人として止まる気配がなく乱闘を続けている。


「なぁ紺野。1発撃っていいか?」

「絶対ダメですよ!!」


ハイライトを失った目でけん銃に手を掛けた秋山を制した時、1人の若者が木製の座椅子を振り上げ、目の前の中年男性に殴り掛かろうとしている姿が目に映る。


「ストップ。それはシャレになりません」


2人の間に一瞬で割り込み、中年男性の後頭部目掛けて振り下ろされた座椅子を片手で受け止めた。


「ぁんだテメェは!!」


座椅子を受け止められた若者は標的を勇一に変え、拳を真っ直ぐ振り抜いてきた。


「はい、これもシャレになりません」


が、その拳も勇一の頬に届く前に受け止められる。

勇一は拳を受け止めた手に()()だけ力を込めた。


「あっ?!えっ?!あがっ!痛ぇぇぇ!!」


握り込まれた拳からはメキメキと音がしている。

その尋常じゃない様子に周りで暴れていた連中も手を止めて勇一の方へ視線を向けた。


「はい。じゃあ大人しく座っててくださいね」

「あっ?」


勇一が男の太ももと膝と脛の辺りをちょんちょんちょんと触れた途端、男は膝からストンと崩れ落ち、その場に正座の格好になる。


「紺野、お前今何をした?」

「言っても聞かなそうだったので、ちょっと筋肉を弛緩させる秘孔を突かせてもらいました」


先程までの喧々囂々(けんけんごうごう)とした場から打って変わって今はシンと静まり返っている。

そこにすかさず秋山がパン!と1回強く手を叩き、その場の全員に呼びかけた。


「よし!じゃあ一旦落ち着いたところで各々自分の座っていた席に戻れ!怪我をしている者は自己申告しろ!」


秋山の号令に従い、それぞれの席に戻っていく。

頭から血を流している物も数名いた。


救急車の手配を階段から様子をうかがっていた従業員に任せ、

ひとまず本署への連絡を済ませたあと、応援が来るまでの間で簡単に事情聴取と見聞を行う。


「ではまずお互いのグループの幹事さんはどなたですか?」


勇一の呼びかけに2人が手を挙げた。

2人以外にはその場でじっとしているよう指示を出し、秋山と勇一でそれぞれの話を聞いた。


「では事の発端を教えていただけますか?」


勇一が片方の幹事に事情説明を求める。


「はい...まず僕らのグループの1人がトイレで席を立った後に部屋を間違えたことから始まりまして__」


その後、2人が語った内容をまとめると


・それぞれ、大学生グループと会社員グループ

・学生グループの1人がトイレから戻ってくるときに部屋を間違えた

・会社員グループの1人が揶揄うつもりで野次を飛ばしたところカチンときたその学生が言い返して小競り合いに発展

・お互いのグループから止めに入った数名も徐々にヒートアップ

・ほぼ全員を巻き込んだ大乱闘に発展


ということらしかった。


「お話いただきありがとうございました。ひとまずこの場にいる皆さんには暴行罪・器物損壊罪・威力業務妨害罪その他多数の容疑がありますが、全員を警察署へ連行することはできませんので一部の方のみ署へご同行いただきたく思います」


誰が誰を殴ったとか、何でけがをしているかなどをこの場で把握することは困難で、ひとまずこの後警察署でさらに詳しい聴取を受けるのは幹事2名と事の発端になった2名のみとして、勇一と秋山で手分けして残りのメンバーの住所氏名などをてきぱきと確認していく。

必要に応じて警察署へ出頭を求めるためだ。


ほどなくして救急車が到着し、頭部から出血していた数名が病院に搬送されていった。


次に現場の記録としてお互いのメンバーに確認を取りながら破損している物品の写真を撮っていく。

これもこの後の対応で非常に重要だ。


「秋山さん、パトカーが来たみたいです」

「わかりました。ありがとうございます」


女将さんが2階へ上がってきて秋山にパトカーの到着を知らせた。


「では先ほどお話しした4人は2台のパトカーに2人ずつ乗ってください。残った方々はお店の人に一言お詫びしてからお店を出て今日は帰宅していただいて構いません。ただし、無罪放免ではなく、()()()()()解散というだけですので本件が解決の日を迎えるまで決して勘違いなさらぬようにお願いします」


勇一の言葉を聞き、入り口に立っている女将さんや従業員たちに頭を下げながらぞろぞろと店から出て行く男たち。

女将さんは不服そうではあるが一応皆の謝罪の言葉はしっかりと聞いていた。


乱闘騒ぎがいったん終息した店内は、1階に数組の客がいるものの、和風のBGMが流れるのみでしんと静まり返っていた。


未だ茫然としている女将さんに秋山が今後の対応を説明する。


「女将さん、2階の部屋の片付けや修繕にかかった費用などはすべて記録しておいてください。後にもし被害届などを出されて損害賠償請求をする際に必ず必要になってきますので」

「わかりました。あの、それは機会損失なども含めて良いですか?」

「それは、はっきりとは申し上げられませんが、一応計算されておいたら良いかと」


それを警察官から安易にアドバイスするのはタブーだ。

機会損失という言葉に勇一が反応する。


「女将さん、直近でなにか宴会の予定があったのですか?」

「ええ、実はさっきのグループの片方はかなり早い時間から始められてて、ラストオーダーが終わってあとは会計するだけだったんです」


片方グループが退店した後の2時間後に次の宴会の予約が入っていたというのだ。

今の時刻は19時前。

女将さんによるとあと1時間ほどだ。


「事情を説明しようと幹事さんの電話を鳴らしているのですが、全然繋がらなくて...生もの以外ある程度調理もしてしまっていますし、もうどうしたらいいかと...」


なるほど女将さんのさっきの表情は不服ではなく、この後の不安を思っての表情だったのだ。


「ふむ、それは困りましたね。しかし連絡がつながらないとなるとその人たちはここにきてしまうということですね」

「はい、それをお帰りいただくのがなんとも心苦しいというか、大変伝えづらいと言いますか...」


女将さんの言葉に勇一はしばらく考え込み、秋山の方へ顔を向けた。


「秋山さん、現場の記録はもう終わってますよね?」

「ん?あぁ、まぁぶっ壊れたものは全部記録してるし、これ以上見るもんもないだろ」


その言葉を聞くと、


「わかりました。では15分ほど時間をください。ただし、誰も2階に来てはいけませんよ」

「鶴の恩返しかよ...まぁ、わかった。行ってこい」


従業員たちは揃って怪訝な表情を浮かべているが、秋山は「またこいつ何かやるつもりだな?」と何も言わずに送り出した。


_


「さてと...」


2階に上がった勇一は向かい合っている部屋の内比較的被害の少ない学生グループが使っていた部屋の方に足を踏み入れ、室内を目にもとまらぬ速さで動き回る。

はたから見ると紺色の残像が所狭しと動き回るうちに、机の上に食器やこぼれた食材、割れたガラスがきれいに積み重ねられていく信じがたい光景が繰り広げられている。

そして、きれいに整えた物品を反対側の部屋に運び込むと、その部屋の散らかった食器なども同様に整理整頓していく。

無事、学生グループが使っていた部屋がテーブルを残して空っぽの状態になった。


「掃除道具は...と、これを借りようか」


トイレの横の清掃道具入れを開けると、掃除機と清潔な台拭きなどがしまわれていたため、それを使って床と机を綺麗に仕上げていく。

黄金色に輝く勇一の目は、微細なガラス片や食材のカスも見逃さない。


最後に、床に散乱している襖から無事な物をピックアップし、まだ散らかっている方の部屋の敷居にセットする。

これで、締め切られた使っていない部屋とオープンになっている広間の構図が完成した。


「よし、これで何とか使えるだろう」


勇一はふぅーと息を吐き、階段の前で2階フロアを眺めながら満足そうに汗をぬぐった。


「さすがにちょっと疲れたな...」


__


「...これは」

「いったい何が...」


あれから10分少々。

勇一に呼ばれ、2階の様子を見に行った女将さんら従業員一同は、先ほどまでの惨劇が嘘のように整えられた大広間を前にして開いた口が塞がらない様子だ。


「これで何とか次のお客さんを通せると思います」

「通せるも何も、元より綺麗になってるまでありますよこれ」


アルバイト学生っぽい男性店員が鏡のような輝きを放っている机を眺めて嘆息している。


「紺野さん、どうしてここまで...」


女将さんは感謝と戸惑いの入り混じった何とも言えない表情をしている。


「いえ、困っている市民がいたら助けてあげたいですし、被害の最小化を図ることも警察官の務めであると教えられましたから」

「...真壁さんもここまでやれと言ったつもりはないだろうけどな」ボソッ


秋山のつぶやきは聞こえているだろうが、それは無視して階級章に手を当て実に誇らしげに背筋を伸ばしている勇一に、女将さんが思わず笑いをこらえきれずに噴き出してしまう。


「ふふっ、今日お2人に来ていただけて良かった。おかげでこの後も無事営業できそうです。ありがとうございます」

「お役に立てたのなら何よりです」


女将さんは満足そうに一回頷くとくるりと振り返り手を叩き、従業員たちに檄を入れた。


「さぁ、もうお客さんが来てしまうよ!みんなで協力して準備!キリキリ動くよ!」

「「「おぉ!!」」」



ここから先はもう居座っても邪魔なだけだ。

勇一と秋山はもう一度挨拶をし、活気を取り戻した羽田屋から交番への帰路に就いた。



「あいつらからは搾れるだけ搾り取ってやるからね!!地獄を見せてやるわ!!」



という女将さんの声は、連休でにぎわう繁華街に吸い込まれ、自転車で走り去る2人の耳に届くことはなかった。


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