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12/21

10話 視力は良い方

「はぁーーーくしょいぃぃやぁ!」


4月半ばを過ぎ、下旬に差し掛かろうというところ。

盛大なくしゃみで交番の窓が揺れる。


(うるさ...)


くしゃみが炸裂するたびに勇一が迷惑そうに目を向ける先、朝から永久にティッシュとお友達になっているのは秋山だ。

鼻水だけでなく、目も真っ赤に充血して涙も止まらない様子。

まぎれもない花粉症の症状だ。


「あーーー、目玉取りだして丸洗いしたい」

「今日はまた一段とひどいですね」


先週ごろから症状が出始めて、今日は朝から花粉注意報が出るほどにヒノキ花粉が大量に飛散しているようだ。

快晴なのに遠くの山がかすんで見づらくなっている。


「うぃー、、、スギ花粉は大したことないんだが、ヒノキはどうもだめだ」

「私は花粉症というものに縁がないのでわからないのですが、そんなにつらいものなんですね」


勇一が元いた世界に花粉症などというものは存在しなかった。

もっとも、あったとしても治癒魔法の類で何とかなっていただろうが。


「つらいってもんじゃない。一生花粉症にかからないなら200万くらい払ってもいい。今日はマジで外に出たくない」

「あっ、秋山さんそれは...」


「フラグですよ」と言おうとした瞬間、無線機がぶっ壊れるんじゃないかと思えるほどの音量で緊急事態を告げた。



『中央署指令より笹野瀬駅周辺交番各位へ!!七菱銀行笹野瀬駅前支店にて強盗事件発生!!直ちに現場に急行せよ!!なお、犯人はけん銃のようなものを所持し、人質がいる模様』



「紺野ぉ!!!行くぞ!!」

「はい!!」


指令を受けてからの2人は早かった。

即座に立ち上がり防弾ベストを着用。

お互いに装具点検を素早く行い、施錠してから立札を「緊急出動中」に変え自転車に飛び乗る。


「あき、やまさん...?」

「何か言いたいのか?あ?」


自転車に飛び乗った勇一の目に飛び込んできたのは、今から海にでも向かうのかと勘違いしてしまうほどゴツい水中眼鏡そっくりのゴーグルを着用した秋山の姿だった。


(もしかして先週交番にAmazonesから届いた箱の中身はこれか...?)


「いえ、なんでも、ないです」

「なんだ?ケンカ売ってんのか?お?羨ましいねぇこの苦しみがわからない奴は」


緊急出動に向かうにあたってフル装備で機敏に動く秋山の首から下と上の出で立ちにあまりにもギャップがあり、思わず吹き出しそうになってしまう勇一。


「すみません....行きましょうか」

「おぉ、無駄なやり取りしてる暇はないな。急ごう」


ペダルに力を込めて一気に走り出した秋山のシュールな姿に、流石に笑いを堪え切れず肩を震わせながら勇一は後を追った。



__



現場である銀行に近づくにつれ、野次馬らしき市民やスクープを求めて駆け付けた報道関係者などがすでに人だかりを作っており、自転車に乗っての移動は困難になってきた。

銀行前の大通りが通行止めになっているようで、そこに至る前の道が車で大混雑している。


「警察です!!通してください!!」


近くの街路樹脇に自転車を停めた勇一と秋山は大声で呼びかけながら人ごみをかき分けて進むと、ほどなくして黄色の規制テープが見えてきた。

規制線を守っている警察官に敬礼をしてから声をかける。


「駅前交番の秋山と紺野、臨場しました」

「お疲れ様です。どうぞ」


と促され、規制線をくぐって通ると、銀行の正面入り口から3~40mくらい距離を置いた大通りに何台かパトカーが停車しその周辺から多くの警官たちが銀行の様子をうかがっていた。

刑事ドラマでよくあるあの光景を思い浮かべてもらえると伝わるだろうか。


「秋山!」


状況を確認しようとしていた秋山に声をかけたのは駅北交番の柳井だ。

その後ろには柳井のペアの陽菜がついて歩いてきている。

陽菜は秋山の顔を一瞬見たが、即目をそらした。


「ヤナさん、状況わかります?」

「うん、今はねぇ__」


秋山と柳井が情報交換をしているのを待っていると、勇一と同じく手持無沙汰そうにしている陽菜が話しかけてきた。


「紺野君、久しぶり。調子はどう?」

「お久しぶりです。特にこれといったことはないですね」


つまんねー。

と言いたげな表情を向けてくる陽菜だったが、さくら祭りで勇一がスリの常習犯を捕らえたことは当然知っている。


「ほうほう。紺野巡査にかかれば窃盗犯確保はなんてことないと。流石ですなぁ」


うりうり。と、肘でわき腹をつついてくる。

目の前で銀行強盗事件が発生している真っ最中だというのになんだこの緊張感の無さは、と言いたくなる。

だが、以前のように対抗心むき出しで突っかかってこられるよりはウザさのベクトルが違う。

後期訓練中に催された親睦会以降、すっかり打ち解けたようだ。


「黒瀬さんこそ、全国剣道大会の署内予選で無双したと聞きましたが」

「あれは、まぁでもほら、紺野君出てないし」


中央署の剣道部には陽菜含め国体出場経験のある実力者が揃ってはいるが、陽菜はその中でも一目置かれるほど強い。

そんな陽菜を赤子の手をひねるかの如く一蹴した勇一の強さはやられた本人が一番理解しており、予選会を勝ち抜いてもなんとなく釈然としない気持ちを抱えているらしかった。


「私は剣道部出禁なので」

「何をしたの...」


特に何もしていない、と言っても嘘ではない。

嘘ではないのだが、以前秋山に勧められて朝の教練に初めて参加した際「遠慮するな、本気で掛かってこい」と言ってきた巡査長(元国体選手)相手に()()()()本気を出したらお互いの竹刀が折れた上に相手の胴が割れ、面がひん曲がった。

そして巡査長は3日仕事を休んだ。


「__あまりにも危険ということで参加を遠慮してほしいと師範が」

「出禁の理由異次元すぎない?」


陽菜と警察学校で対峙した際は全く本気ではなかったことを悟り何とも言えない気持ちになったが「あぁ、この人はきっと()()()()なんだ」とほぼ核心に迫る結論で納得することにした。



そうこうしていると、情報交換を終えた秋山と柳井が2人のそばに寄ってきた。


「待たせたな紺野、黒瀬」


陽菜はまたそっと秋山から目を逸らした。


「いえ、これからどう動けばよいのでしょうか?」

「それは僕から説明するよ」


柳井が待ってましたと言わんばかりにずいと前に出る。


「君たちが来る前にブリーフィングで聞いたところによると、すんでのところで脱出した客の話では犯行グループは6人。そのうち2人がけん銃のようなものを持ってたみたい」


それから柳井が語った内容を要約すると、


・犯人は6人で少なくとも2人がけん銃を所持

・金銭を奪ったあと二手に分かれ、2名がバイクで逃走

・4人が今も立てこもり、人質は約15名

・ここで様子を見る班と逃げた2名を追う班に分かれる


「けが人はいないのですか?」

「今のところ確認はされていないね。金銭を要求するときに天井に向けて1発発砲したみたいだけど」


今のところけが人はいないということに勇一は胸をなでおろす。

続けて陽菜が質問する。


「なぜわざわざ二手に分かれたのでしょうか?」

「恐らく逃げた2人が本星に繋がってるはずだ。残った4人は時間稼ぎの捨て駒だろう」


近年世間を騒がせている闇バイト。

秋山は今回もその類ではないかと読んでいる。


「けん銃を持たされた銀行に残ってる素人も危ないけど、逃げた2人をさっさと見つけないとね」

「ヤナさん、そろそろ編成が通告されるでしょうが逃げた2人はすぐ見つかると思うっす」

「それは、どういう__」「班長各位集合!」


秋山の謎の自信の正体を聞こうとした柳井の声は現場指揮官の号令に遮られた。

秋山と柳井が一旦その場を離れ、10名ほどで集まって話をしたのち戻ってきた。


「紺野。俺とお前は逃げた二人を追う。本署から来る刑事課の覆面パトカーに便乗だ」

「残りの警察官は全員ここで現場対応だってさ」


その編成は異質と言わざるを得なかった。


現在現場にいる警察官は総勢50名ほど。

そのうち2名が逃走犯追跡で、約48名がここに残るというのだ。


「柳井部長、秋山部長!それはどういうことでしょう?!」


すかさずその決定に陽菜が異を唱える。


「どうもこうもないよ。おエラいさん方がそう決めたんだからさ」

「ですが...っ!いえ、失礼いたしました。」


納得がいかない様子の陽菜だったが、柳井の目を見て黙る。

当然、ここで現場対応をするのは警察官として大切な仕事だ。

しかし、市民の誘導だけではなく逃走する犯人を追い詰めて確保する。

そんな活躍もしてみたい、なんてちょっとは思ってしまう。


「ヤナさん。黒瀬借りていいっすか?」


陽菜と柳井のやり取りを腕を組み何か考えながら見ていた秋山が、ごく簡単そうにそう言った。


「秋山。行きてぇっつーからじゃあ行きましょうかって話じゃねぇんだよ」

「まぁまぁ、そんなすごまないで。若い子たちが怖がってるよヤナさん」


一瞬白バイ乗り時代のオーラが滲み出た柳井を前に勇一は背筋を伸ばし、陽菜はなぜか敬礼をしている。


「...すまん。だが秋山、黒瀬を貸せとはどういうことだ?」

「思えば黒瀬もヤナさんも紺野(こいつ)の意味わからん勘の良さ見たことなかったなと。良い経験になるかもしれないっすよ」


柳井は秋山が示した先にいる勇一にちらりと目を向け、


「黒瀬は、どうしたい?」


と陽菜の意思を問う。


「私は、行きたいです。紺野君がなぜこんなに活躍しているのか、この目で見たい。そしてできることなら糧にしたいです」


そう、まっすぐ柳井を見て言った。

柳井はしばらく逡巡するようなそぶりを見せた後「進言してくる」とそばを離れた。


「怖かったな。昔はずっとあんなだったんだぞ」

「えぇ、魔王軍四天王並みの迫力でした」

「紺野君...またゲームの話?」


柳井がいなくなったことで先ほどまでの妙な緊張がほぐれた秋山と紺野のやり取りを陽菜がやや冷めた目で見ていたが、ほどなくして戻って来た柳井から逃走犯捜索隊に陽菜も加わるように告げられると一転して希望というかやる気と決意に満ちた表情に変わる。


「こっちは僕らに任せて、しっかりね」

「はい!!」


いつも通りの優しい語り口調の柳井の言葉に陽菜は力強く応えた。


___



「初めまして、刑事課の横田です。よろしくお願いします」

「地域課の秋山です。こちらは紺野と黒瀬です」

「「よろしくお願いします」」


本署から来た覆面パトカーの前で各々挨拶を交わす。

刑事課からの応援は本来2人来る予定だったが、陽菜が加わることになったため巡査長の横田が1人でやって来た。


「早速ですが、行きましょう。秋山部長は助手席に乗ってください」

「いや、俺が運転する」

「しかし...こ「俺が、運転する」

「わ、わかりました」


横田から助手席に乗るよう促されたが、秋山は他人が運転する車には乗りたくない派だ。

仕方なく横田が助手席に乗り、陽菜と勇一が後部座席に乗り込みシートベルトを付け、発進準備が整った。


「では、まずは犯人が逃走した方向へむかっ「紺野。どこに行ったらいい?」


ポータルを手にした横田が情報を元に行き先を指示しようとしたのを秋山が遮った。


「そうですね。九日川下流方向に廃業した製材所跡があります。そこへ向かってください。大体ここから20~30分くらいだと思います」

「了解」


勇一の指示に肯定の意を示した秋山がサイレンを回し、覆面パトカーを発進させた。


「おお、いつものコンパクトカーと違ってこいつは走りがいいな」

「後部座席の乗り心地も最高です」


高級セダンがベースの覆面パトカーに秋山と勇一はご満悦の様子。

空調も優れているようで、秋山はあのごついゴーグルを外している。

しかし、


「ちょちょちょっと、待ってください!!そんなあてずっぽうに行ってどうするんですか!!」

「そうです!!それに下流方向なら逃走した方向と真逆ですよ!!」


のんきな秋山と勇一に横田と陽菜が一斉に異を唱えた。


「あてずっぽうじゃねぇ。奴らはそこにいる。まぁ見てなって」

「しかし...」

「黒瀬さん、横田さん、犯人がいなかったら存分に罵倒してください」

「紺野君...いや、罵倒はしないけどさ...」


腑に落ちない様子ではあったが、秋山がハンドルを握っている以上は動き出したパトカーを停めることはできない。

横田と陽菜はこれ以上文句は言わないことにしたようで、ポータルで犯人の情報をチェックしているが、その横で秋山と勇一はまるで現場を見ているかのように具体的な話をしている。


「逃走した2名の他に1名別の人物がいるようですね」

「そうか。そいつが指示役かもしれないな。地図と照らし合わせてどの辺にいるかわかるか?」

「えぇ、大体ですが__」


一体この2人は何を話しているのか、と横田と陽菜は顔を見合わせるが自分にできる範囲での情報収集に徹することにした。



___



「秋山さん、そろそろサイレンを止めてください。感付かれるかもしれません」

「おっけー」


九日川の土手沿いの道を走っていると勇一が秋山にサイレンを止めるよう求めた。

出発してから20分。

そろそろ目的地である製材所跡地に着く。


「少し離れたところに停めるから、お前らもすぐ降りれるよう準備しとけよ。それから、各自けん銃のチェックもしておけ」

「「了解!」」


秋山がそう指示をした後すぐ、図書館に併設された草野球のグラウンドの駐車場に入り、車を停める。

製材所跡は歩いて2~3分ほどだ。

秋山を先頭に4人並んで歩いていく。

この後に備えて集中力を高めいているのか、皆黙っている。


「...!あの原付は」

「ポータルの情報と一致していますね...」


製材所跡が見えてきたとき、横田が入り口奥に停めてある原付バイクに気付いた。

ポータルに表示されていた色やナンバーと一致している。


(紺野君、なんで犯人の居場所が分かったんだろう...)


秋山と勇一はそこに原付があるのが当然と言わんばかりになんとも思っていないような雰囲気で突入後の打ち合わせをしているが、陽菜も横田も内心混乱している。

逃走して行った方向以外何も手掛かりがないのになぜわかったのだと、疑問が尽きない。


「よし、横田。お前は入り口に残れ。俺と紺野と黒瀬が中に入る。何かあったときは無線の送信ボタンを短く3回押すからそれが合図だ。応援を頼む」

「了解しました」


秋山が勇一と陽菜に目配せをすると2人は頷き、3人で製材所の敷地へと足を踏み入れる。


「紺野、どうだ?まだいるか?」

「はい、あの倉庫の中に3人います」

「...........(意味が分からない)」


深く考えることはやめた陽菜だったが、どうしてもこの2人の会話に理解が追い付かない。

が、倉庫の入り口に近づくと、中から確かに男たちの笑い声が聞こえる。


「よし、3つ数えたら入るぞ。相手はけん銃を所持している。突入時は俺たちも銃を抜いて行く。いいな。」


勇一と陽菜が無言で頷いたのを合図に秋山が3つゆっくりと数え、扉を勢い良く開け放ち倉庫の中に入った。


「警察だ!!!動くな!!!」


突入と同時に中にいる人物を確認し、自分と相対している男に向けてそれぞれ銃を向ける。


「警察!?おいてめぇら!!つけられてんじゃねぇか!!」

「いや!そんなはずは!!撒いたはずだ!!」


突然現れた秋山たちに動揺する3人だったが、横にいた男の胸ぐらをつかんで怒鳴り上げていたリーダー格らしき男が秋山をジーッと見つめ、


「秋山?ははっ、秋山じゃねぇか!!久しぶりだなおい!」

「...斎藤?」


秋山に斎藤と呼ばれた男は掴んでいた手下らしき男を突き飛ばし、両手を広げて秋山にやたらフレンドリーに話しかけてきた。

秋山は茫然としたような表情を浮かべ、けん銃を構えた腕をゆっくりと下げた。


「おいおい、何だよ。警官なんかツマラねぇ仕事してんのかよ」

「お前こそ...なんで、強盗なんか...。美容師の夢はどうした?」

「あんなコキ使われて客にペコペコする仕事なんざとっくに辞めてやったよ。安月給だったしな。()()()なら一発で数千万だぜ。堪んねぇだろ」


動揺している秋山とは対照的に斎藤はカラカラと笑っている。


「俺はお前の夢を応援してたんだぜ...残念だよ、斎藤。おとなしく罪を償うんだ」

「相変わらず癇に障る奴だな。何が応援だ。自分より下な奴を近くに置いて安心したかっただけだろ」

「違う!!そんなことは思ってない!!」


どうやら浅からぬ縁があるようだが、他の2人を逃さぬよう構えている勇一と陽菜にそれを問う余裕はない。


「はっ、どうだか。そう言う割には随分久しぶりだな、高校卒業以来か?随分と安い(やっすい)応援だな泣けてくるぜ」

「違う...俺は...俺は......」

「ははははははは!なに動揺してやがる。まぁ良い。俺は帰るぜ。おいお前ら!

そいつを抑えとけ。めんどくさかったら殺してもいいぞ」


動揺、というより取り乱してしまっているような秋山に背を向け、斎藤は倉庫の反対側へ歩き出す。


「っ!待て!!」


「おっと、待つのはお前だ」

「天国か地獄でな!!」


気を持ち直して斎藤を追おうとした秋山の前を手下の2人が塞ぐ。

手にはそれぞれナイフを持っており、秋山に向けて躊躇なく振り下ろした。

動揺していたからか反応が遅れ、ガードを全く取れていない。


「秋山部長ぉ!!」


陽菜の絶叫が倉庫に響くが、今まさにピンチを迎えているはずの秋山の口角が上がった。


「紺野、やれ」


そして、次の瞬間にはその場から一歩も動かず笑みを浮かべる秋山と、その横に立ち手をパンパンと払う勇一。

そして2人の足元に泡を吹いて転がっている男たち。


「「??!!」」


振り返った斎藤と陽菜は目を大きく開き、同じ表情をしていた。


(いま...なにが?えっ、だって...)


陽菜の目には今まさにナイフで貫かれようとしている秋山の姿しか映っていなかったが、本当に一瞬。

一瞬の先に今の光景がある。

斎藤にも初めて少しばかりの動揺が走っているのがわかる。


「な、何だお前、今何をした?あ?」

「何を...?見ての通りですが...?」


いや見えねぇよ。というツッコミは飲み込んだようで陽菜からも斎藤からも発せられることはなかった。

立ち尽くしている斎藤に秋山がゆっくりと近づく。


「斎藤、もう一度言う。こいつからは逃げられない。おとなしく捕まって罪を償え」

「お前のその勝ち誇ったような顔。ほんと虫唾が走るぜ。自分だけはいつも正しいみたいなツラしやがってよ...」


斎藤は、「わかったわかった、俺の負けだよ」と言わんばかりに手をひらひらと上げ降参のようなポーズをとり、それを見て秋山がさらに近づく。


「いつも正しいとは思ってねぇよ。だが今回はお前が間違っている」

「......」


歩みを進めながら秋山が語り掛けるが、うつむいた斎藤から返事はない。

いよいよあと1~2メートルほどの距離だ。


「さぁ、手を出すんだ。大丈夫。またやり直せるさ」


秋山が手錠を取り出し斎藤に手を出すよう促すと、うつむいたままゆっくりと両手を秋山の前に差し出す。




その右手にはしっかりとけん銃が握られていた。



「あっ」



なるほど人間というものはここまで醜悪な表情ができるのか。

と思うほどにまるで愉悦に染まった悪魔の仮面が如き三日月形に「ニィィ」と口角を上げる斎藤の表情を見た秋山と陽菜の背筋が一瞬で凍った。


「じゃあな♪」


斎藤は差し出した手を秋山の眼前まで上げ、躊躇なく引き金を引いた。


陽菜は声を上げる暇もなかった。

外にいた横田は銃声を聞き慌てて倉庫へ向け走り出した。


カランコロンと薬莢が床を転がる音と共に、ドサリと人間が床に崩れ落ちる音が倉庫内に響く。



倒れたのは()()だった。



「今のはちょっと危なかったですね秋山さん」

「あ、あ、あ、危なかったどころじゃねぇわ!!マジで死んだかと思ったわ!!」


斎藤が倒れた直後、しりもちをつくように床に座り込んだ秋山の顔を勇一が覗き込んだ。

秋山の足は少しガクガクと震えているし、涙目になっている。


「何とか銃弾に合わせれてよかったです。警棒が壊れてしまいましたが」

「おまっ、あいつが引き金引く前に止めろや!!」


一瞬の出来事で秋山と陽菜にはよくわからなかったが、

秋山の顔前で放たれた銃弾を、2人の間に割り込んだ勇一が振り出し式警棒で弾き飛ばし、その勢いのまま裏拳を斎藤の顎に叩き込んで失神させたのだ。


「助けてくれてありがとうだけどお前今のは人間技じゃねぇよ!!反射神経どうなってんだよ!?」

「視力は良い方でして」

「視力カンケーねぇだろ!!!」


勇一と秋山がぎやーぎゃーと言い合っていると、倉庫のがバァンと開かれた。


「今の銃声は!?大丈夫ですか!!!って、秋山さん犯人射殺したんですか?!」

「殺してねぇよ!!!!!」


倉庫に飛び込んできた横田が秋山の前に倒れている男を見てそう叫ぶが、

秋山の即否定と、陽菜が首を横にブンブン振っていることでなにかが違うとわかったようだ。


「黒瀬さん、何が?」

「わからないんです」

「え?」

「わから、ないんです!!!!」

「ええええ?!どういう状況これ?!」


先ほど勇一が手下を制圧した時と同じように、秋山が撃たれたと思ったらいきなり横に勇一が現れて、直後斎藤が倒れて、2人で何か言いあってる。

脳が理解を拒む。


出発と同時に犯人の居場所を突き止めた謎の勘。

一瞬で相手を制圧し、弾丸を警棒で迎撃する身体能力。


勇一が異例の賞誉を得るほどまでに活躍している理由がわかったけどわからない。


(うん...紺野君はやっぱり異世界人だと思っておくことにしよう)


そうして無理やり納得することしかできなかった。



床に転がっていた3人は横田が呼んだ応援のパトカーに乗せられると、失神しているので県警と提携している総合病院へと運ばれていった。



___



現場引継ぎが終わった4人は再び秋山の運転で銀行へ戻った。

道中では秋山と勇一は晩御飯の話をし、横田は報告をポータルに打ち込み、陽菜は後部座席でぶつぶつと何か独言をずっと言っていた。


銀行の方もどうやら決着がついていたようで、開放された銀行では現場検証が行われている最中だった。

けが人はなく、秋山の読み通り残った4人は闇バイトで集められたその辺の学生で、持っていた銃はモデルガンだった。


_


「お疲れ様。犯人確保できたんだって?さすが紺野君だね」

「ヤナさんヤナさん。紺野だけって決めつけは良くないっすよ」


戻って来た4人に気付いた柳井が近寄ってきた。

実際ほぼ紺野の手柄ではあるが、秋山が口をとがらせる。


「黒瀬もどう?勉強になった」

「柳井部長。私はミジンコです」

「え?」

「何も、得ることができませんでした」


柳井に話しかけられても「いえ、ミジンコ以下です。藻?土?何でしょうね私は」とうわごとのように遠い目をしてつぶやき、ふふふと微笑を続ける陽菜。


「おい秋山、どうすんのよこれ、黒瀬壊れちゃったじゃないか」

「うん、今日見たことは俺的にもかなり衝撃だったから仕方ないと思うっす。多分2~3日したら治るとじゃないかなと」

「長いなぁ...まぁじゃあとりあえず帰るよ」


「おーい、黒瀬?おーい」と肩をゆすったり呼びかけたりしながら柳井は陽菜とパトカーに乗り、北交番へと戻って行った。


「秋山部長と紺野君は私と一緒に一度本署に来ていただいてよろしいですか?報告書を作りたいので」

「了解。じゃ、さっさと行くか」

「はい」


駅前交番に戻ろうとした勇一と秋山だったが、横田に呼び止められ再び覆面パトカーに乗って本署へと向かう。



車内で横田に語った事の顛末が何倍にも誇張されて伝説の武勇伝としてのちに語り継がれることになることは、今の秋山と勇一はまだ知らない。




__運転する秋山に後部座席から声がかかった。



「秋山さん」

「なんだ?」

「今度、高校時代の話聞かせてください」

「あぁ、そのうちな___」



秋山の表情は後ろから見えないが、少し寂しそうな顔をしているような気がした。

横田直斗 (27)

刑事ドラマを見て育ちました。

憧れの刑事課に配属されて毎日楽しくて仕方ありません。

この一件以来、勇一を見かけると「お前も刑事にならないか?」と声をかけてくるようになりました。


斎藤正樹(30)


秋山の高校時代の同級生。

いわゆる不良で授業をさぼりがちでしたが、秋山が勉強を教えたことで卒業できました。

手先が器用だったので、美容師になってみてはどうかと秋山に言われたのが夢を抱くきっかけになりました。

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