9話 春ですね
__交番勤務警官の朝は早い。
駐在所勤務と違い直接交番に出勤するのではなく、一度警察署に出勤してから交番に出動しなければならないからだ。
川沿いの桜並木が満開の時期を迎えた4月上旬。
進学や就職で新生活を迎えた若者たちと時を同じくして、笹野瀬中央警察署に警察学校での再訓練を終えた勇一が戻って来た。
「秋山さん、おはようございます」
「おー、なんか久しぶりだなー」
ロッカールームに行くと秋山が道着から制服に着替えているところだった。
中央警察署では有志が集まって剣道と柔道の練習が朝の教練として行われており、秋山は主に柔道の練習に参加している。
※勇一は以前剣道の教練に参加したが、練習にならないという理由で出禁。
「飲み会の帰りに黒瀬と谷口を連れてきて以来だから、1カ月ぶりくらいか」
「火災の時本部におられたのに、なんだかんだで顔を合わすことなかったですもんね」
あの日秋山は対策本部にいたが、バタバタしていたため結局勇一には会わずに交代となり、そのまま今に至った。
「大活躍だったみてぇだな。交番でもその調子で頼むわ」
「はい。頑張ります」
話しながら着替えを終えると、他の署員と共にけん銃金庫前に整列しけん銃出しを行う。
各々自分の愛銃を受け取ったら、実弾を5発装填し帯革のホルスターに収め、朝礼が行われる各課へ向かう。
日常勤務において最も気が引き締まる瞬間だ。
装填した弾丸を使うようなことがないように祈りつつ朝礼の始まりを待っていると、ほどなくして課長が来て引継ぎ事項や訓示を行う。
これがまた眠い。
「~であるからして、秋山~、あくびするな~」
「うぃ」
昨日は班長会議があったようで、秋山は先ほどから盛大なあくびを連発している。
会議翌日は毎度おなじみの光景だ。
朝礼が終わると、各自配属先の交番へ出動する。
距離がある交番だとパトカーやバイクで向かうのだが、駅前交番は本署から近いため警らを兼ねて自転車で交番に向かう。
途中、九日川に架かる大きな橋を渡るのだが、河川敷広場に屋台のテントが連なっているのが見える。
「今日は17時からあそこの応援でしたよね」
「あぁ、そうだ。引継ぎもあるから16時半には行っとかないとな」
橋から少し下流方面には戦国時代に築城された笹野瀬城の再建天守があり、河川敷広場を含めた城下公園には敷地いっぱいにソメイヨシノが植えられ毎年見頃を迎えるこの時期に3日間のさくら祭りが催されている。
県内外から訪れる多くの観光客でにぎわう春の風物詩だ。
「面倒ごとが起きなけりゃいいんだがな」
「秋山さん、それはいわゆるフラグというやつですね」
「お前、そんな言葉いつの間に覚えやがった」
とは言ってみたものの、お祭りで何も起こらないというのはまずありえない。
迷子、落とし物、喧嘩、盗難etc...あげるとキリがないが、常に何かが起きているため、祭りに駆り出される警官たちは大忙しだ。
「お前は迷子センター担当な。本部からコキ使ってやるよ」
「行ってからじゃないと担当はわからないでしょうに...」
勇一の特技をよく知っている秋山が揶揄う。
担当は配置前のミーティングで決まるが、果たしてどこになるだろうか。
などと考えていると橋のてっぺんを少し過ぎたところでやや強めの風が吹いた。
冷たさはなく、春の暖かさと新芽のさわやかな香りを含んだなんとも心地よい風だった。
「2カ月ほど寮生活をしていたのであまり季節感が湧かないのですが、すっかり春ですね」
「そうだな。やっと冬が終わったわ」
寒い寒いと文句を垂れる秋山はしばらく見なくてよさそうだ。
そして、橋を渡り終えたところで信号無視の自転車を止め口頭注意したり、2人乗りの学生に説教をかましたりしながら2人は駅前交番に到着した。
当直勤務組と交代の引継ぎを済ませた後は交番の前に立って通行人にあいさつをしたりしながら日々の業務をこなしていく。
「秋山さん、あれ外していいですか?恥ずかしいのですが」
「ダメに決まってんだろ」
机の掃除をしているときに勇一が壁にかかっているあるものに気付き撤去を求めたが、即却下された。
それは勇一が受けた賞誉の賞状の写しだった。
額に入れられ、時計の下というかなり目立つ位置にぶら下げてある。
「市民からしても交番に賞誉をもらうような警察官がいるのはありがたいからな。目立つところに置かせてもらうぜ」
不本意ではあるが、秋山の言うことも一理あるので無理やり納得し掃除の続きをしていると、
「あ!紺野さんだ!!おはよう!!」
「おはようございます。今日からまた戻ってきました。寄り道しているとまた遅刻しますよ」
久しぶりに聞く、5年生になったミサキの声だった。
時刻は8時半になろうというところ、挨拶もそこそこに「いっけなーい遅刻遅刻ぅ」と言いながら駆け足で走り去っていった。
「なんか、交番に戻って来たって実感が今わきました」
「いつ帰ってくるんだってしばらくうるさかったよ」
懐いているミサキだけでなく、通行人のおじさんやおばあちゃん等からも「あの若い子は異動になったのか?」と聞かれることがあったそうだ。
「ま、お前ももうこの交番の顔ってことだな」
「ありがたいことですね。頑張ります」
それを聞くと、さっきまで恥ずかしかったあの額縁が少しだけ誇らしく思えるようになった。
____
時刻は16時45分。
さくら祭り運営本部横に設置されている県警詰所テントでミーティングが行われており、応援で駆け付けた警察官達に指揮本部リーダーから持ち場が通告される。
「秋山・紺野ペアは主に迷子捜索を頼む。詰所に常駐しなくて良い。迷子の通報があったら知らせるから会場を巡回していてくれ」
「「はっ!!」」
2人が割り当てられた担当は秋山の予想(?)通り迷子担当だった。
「な?俺の言ったとおりだったろ?」
「秋山さんもセットですけどね。コキ使えなくて残念でしたね」
普段身に着けているものに加え、迷子通報専用の小型無線機を受け取る。
小型とはいえそれなりに重量はあるのでいささか邪魔くさいがそれぞれ一番邪魔にならないベストポジションを探り、装備した。
「よし、行こうか」
秋山の号令に紺野は無言で頷き、大勢の客でにぎわう祭り会場へと繰り出して行った。
__
「ありがとうございました!!すみませんでした!!」
「すぐ見つかってよかったです。この先はしっかり手を握っていてあげてください」
迷子になっていた男の子の手を握りながら、両親が勇一に何度も頭を下げる。
巡回開始から1時間ほどだが、これですでに8人目の引き渡しが終わったところだ。
想像していたよりかなり迷子の数が多かった。
しかし、本部から迷子通報を受けると
「紺野~、どっかに泣いてる子いない?」
「あっちです」
という理解不能なスピード感で迷子を見つけては、流れ作業の如く次々と本部に連れ帰っていた。
「__以上で本件完了いたします。両名巡回に戻ります」
「りょ、了解...。引き続きお願いします」
他の迷子捜索担当は1時間で1人か2人しか連れてきていないのに、勇一と秋山は1件あたり平均で通報から10分もかからず迷子を連れて完了報告に来るものだから、あまりの速さに迷子受付担当もついにドン引きだ。
「おい見たか?今のあいつの顔」
勇一の《《勘の良さ》》を日頃見てない人間の新鮮な反応が面白くて秋山は実に楽しそうである。
報告を勇一に任せその隣で自分はニヤニヤしながら、連れてくる迷子の人数を重ねるごとに変わっていく受付担当の表情を眺めていた。
「そろそろ秋山さんが報告してくださいよ」
「見つけているのはお前だから発見者が報告しないと、な?」
「なんですかその理屈は.........あ」
たわいもない会話をしながら歩いていると、急に勇一が立ち止まった。
「...?どうした」
「ちょっと待っててください」
「あ、おい。何だってんだよ」
そう言うと、屋台に並ぶ行列の方に近付いていった。
待っててくれとは言われたが、秋山も後をついていく。
すると勇一は並んでいる1人の男の肩に手を置き
「こんばんは。失礼ですがおカバンの中を見させていただいても?」
「??!!」
「あっ!!逃げ...........れないよね。うん」
男は勇一の顔と服装を見た瞬間に逃走を図ろうとしたが、肩をがっちりつかまれているため勢い余ってその場に転倒してしまう。
秋山も一瞬追いかけようとしたが、それに及ばず。
きれいに一回転して転倒した男の鞄から大小色様々な財布が7~8個転がり出てきた。
「紺野、これは...」
「スリですね。先ほど列に並んでいる女性の鞄から何かを抜き取るような動きが見えたので職質しましたが、ビンゴでした」
「離せ!!!くそっ!!」
男は尚も逃れようとしているのかジタバタと必死にもがいているが勇一の握力から逃れられるはずもなく、はいつくばって悪態をつくだけになっている。
「このまま本部に連れて行ってあとは任せましょう。財布は中を見ればこの人の持ち物かどうかはすぐわかりますし」
「わかった。とりあえず本部に報告だけ先にしておくわ」
秋山が無線で本部に連絡している間に勇一は男を立たせ、手を後ろに回して手首をがっちりと掴むと少し痛かったのか男の表情が少しゆがむ。
「痛かったですか?すみません。まぁ逃げられても一瞬で捕まえるんで、少し力緩めますね」
手首を掴む力を緩めたが、男はおとなしく勇一に従っている。
観念したのだろう。
男を連れて報告が終わった秋山の元へ向かい、2人で本部テントへ向け歩き出した。
___
「なぁ、見たかあいつの顔!!」
「わかりました、わかりましたから...」
迷子の次は窃盗犯を本部に連れてきたからか、近くで見ていた受付担当は目が飛び出そうなほどに驚いた表情をしていた。
それを見た秋山がまたしても大笑いだ。
被疑者を引き渡して再び人ごみの中に繰り出してからも思い出し笑いし、同じことを勇一に繰り返し言っては適当にあしらわれている。
「いやほんと、お前といたら飽きねぇなぁ。あーおもしろ」
「それは何よりです。と、もうそろそろ終わりの時間ですね」
スリ被疑者の引き継ぎ報告に思ったより時間がかかったため、祭りの終了時刻が近づいていた。
屋台の営業は夜21時までとなっており、後片付けをする店舗がちらほらと出始める時間帯だ。
この後の時間はバーベキューセットを持ち込んだり、コンビニで買ってきたお酒やおつまみで夜桜をする人たちでにぎわいだす。
迷子担当はまつりの終了時刻をもってお役御免となる。
「よし、じゃあ河川敷公園の端っこまで一旦行ってから元来たルートを戻って終わりにするか」
「了解です」
秋山の提案に乗り、河川敷公園の最奥まで行くことにした。
最奥の方は屋台もなく街灯も必要最低限の数しかないためさほど人は多くないが、
それでも数組が桜の木の横に設置されている街灯の下にブルーシートを敷いてバーベキューで盛り上がっていた。
「お...?紺野。あのグループちょっと声掛け行くぞ」
「え?はい。了解です」
その中の1組、20名ほどが集まってバーベキューをしている集団に秋山が近づいていく。
意図がよくわからなかった勇一だったが、付き従って一緒に向かった。
「お楽しみのところごめんね~。ちょっとお話聞かせてもらえるかな?」
秋山が声をかけると、グループの人たちは一斉にこちらに顔を向け、その中から少し日焼けした体格の良い青年が立ち上がって返事をした。
「こんばんは、ハイ良いですよ。どうされました?」
警察官に声をかけられても特に動揺することもなく、さわやかに声掛けに応じた。
秋山はどんな集まりか?などとごく一般的な質問をいくつか行い、それもすべてきちんと答えてくれている。
話を聞くに市内の国公立大学のテニスサークルの新入生歓迎会での集まりのようだった。
「一応聞いておくけど、新入生の子たちはお酒飲んでないよね?」
「もちろんです!!色違いのミサンガを配って二十歳未満の子だけじゃなくてお酒が苦手なメンバーにもお酒を飲ませたりしないようにホラ、みんなここに着けるようにしてます」
青年は自分の手首に巻いたミサンガを2人に見せてくる。
大学生の歓迎会等における未成年飲酒は毎年ニュースで話題になる。
昔はなぁなぁで終わっていたかもしれないが、今はそうもいかない。
ただ、このグループではこのようにきちんと区別するほど気を遣っているから、きっと大丈夫だろう。
「ん。オッケー。ありがとう。大丈夫そうだね。あ、でもそこの君」
「え、俺っすか?」
お酒に関しては心配なしと判断した秋山が、一人の学生を指名して声をかけた。
「そう君。お酒は大丈夫だと思うけど、河川敷公園は禁煙ね。タバコは会場の喫煙エリアで吸うこと」
「え!あ!はい!すんませんっした!!」
彼は今タバコを吸っているわけではないが、よく見ると手元に置いてある多数の空き缶のうち、上に灰が乗っているものが1つあった。
この薄暗い中、話を進めながらそれを見逃さなかったのだ。
(すごい、まったく見てなかった。これは経験がないと無理だ)
勇一は口には出さないが、心の中で感嘆した。
「うん、この前上流の草むらで大火事があったばかりだから気を付けよう。それじゃ、ご協力ありがとうございました。邪魔してごめんね。楽しんで!」
「はい、お疲れさまでした!!」
と締めくくり、軽く敬礼をしてからグループの元を後にする。
話し中や立ち去る際に「やばっ、超イケメン」「どっち派?」などと女子の声が何度か聞こえたのは黙っておくことにした。
それにしても秋山はなぜあの集団を選んで声をかけたのだろうか。
「何か聞きたそうだな?」
勇一の心を見透かすかの如く、少し得意顔を向ける秋山。
「あ、そうですね。なぜあのグループを選んだんだろう、とかですかね」
「まぁ、特に深い意味はないんだが、一番学生の新歓っぽいのを選んだんだよ。他の4組は見た感じだけど未成年っぽいのはいなかったからな」
確かに、他の4組はおじさん軍団2組と、スーツ姿のいかにも会社の飲み会という雰囲気の2組だったからだ。
ほう?という顔をする勇一に秋山が続ける。
「この時期はああやって歓迎会を開く学生は山ほどいるんだが、新入生の飲酒がしばしば問題になるのはお前も知っての通り。飲酒がバレて停学や退学になるならまだ良いが、酒で人は簡単に死ぬからな。飲みなれてねぇ奴は特に」
最後の部分をやたらと強調するような喋り方だったが、未成年に限らず急性アルコール中毒で亡くなる学生は大勢いる。
「俺たちが声をかけることで、1人でもそういう子を減らしたいんだよ」
含みのある言い方がチラチラとあったが、勇一は今は聞かないでおくことにした。
「なるほど、それにしてもタバコの灰はさすがとしか言いようがありませんね」
「だぁろぉ??ちっとは見直したか?」
例の灰の話に切り替えると、いつもの秋山の調子に戻った。
「ええ、私は全く見ていませんでした。経験に裏打ちされた洞察眼ですね。感服いたしました」
「お、おう、何かそこまで言われると逆に...」
『~♪ご来場の皆様にご案内申し上げます。ただ今の時間をもちましてさくら祭り1日目を終了とさせていただきます~』
そうこうしているうちに終了のアナウンスが流れた。
21時を迎えたようだ。
「終わったか。戻ろう、紺野」
「了解です」
話は中途半端なところだったが秋山が本部に向け歩き始めたのでさっきの話は終わりにして2人で本部に戻ると受付担当の職員から「明日は来ないんですか?!」と勇一が詰め寄られ、それを見てまた秋山が大笑いしていた。
___
任務を終え、2人は交番への道を自転車で走っていた。
「今日はお疲れだったな、久しぶりの通常勤務はどうだった」
「疲れはしましたが、やはり座学や訓練と違って一般市民とかかわるのは緊張感もあり良いですね」
一日中交番の中にいるのではなく、祭りの警備というちょっと非日常業務だったのも久々の勤務内容としてはありがたかった。
「久しぶりに秋山さんがちゃんと警察官してる姿も見られましたし」
「ちょっと待て、久しぶりにの言い方になんか含みがあったぞ今」
「気のせいでしょ」と勇一は笑って見せる。
この何気ないやり取りの中でも、いつもの日常に戻ってきたと改めて実感がわいた。
「そういえばおなかもすいてきましたね。晩御飯どうされるんです?」
「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた」
「?」
待ってましたと言わんばかりに自転車を停め、カゴに乗っていた白いビニール袋を勇一に見せつけてくる。
そしてゴソゴソと秋山が袋の中から取り出したのはプラ容器に入った焼きそばや焼き鳥、牛串などお祭りの定番フードだった。
「どうしたんですそれ?」
「非番の署員が買ってきてくれてたんだよ。で、自転車のカゴに入れといてもらった。交番戻って交代の奴らが来たら近くの公園で食おうぜ」
実は駅前交番の横を流れる用水路沿いにもソメイヨシノが多く植えられており、桜の季節になると酒盛りをしている人たちがたくさんいる。
「本署に戻るのが遅れそうですけどいいんですかね?」
「いいんだよ!酒飲むわけでもねぇし。ただの晩飯だ」
本来は制服を着たまま外で飲食をすることは禁じられているが、上着着てりゃ大丈夫だろ、と秋山。
(まったくこの人は...)
「さ、そうと決まればさっさと戻ろうぜ。腹減った」
仕方ないなと言わんばかりに苦笑して首肯した勇一を見て、秋山が再び自転車のペダルを踏む。
「あ。秋山さん!」
「ん?何だ?」
少し距離が空いたところで勇一に呼び止められ、停止して振り返る。
「今度飲みに行きませんか?」
そういえば勇一はまだ秋山と飲みに行ったことがない。
思いがけない提案を聞き、一瞬鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした秋山だったが、すぐに満面の笑みでサムズアップして肯定の意を示した。
すぐに追いついた勇一と秋山の自転車が前後一列になって駅前交番への道を急ぐ。
「__あ、じゃあ今日飲みに行くか」
「お断りします。せめて休みの前日にしてください」
近寄ったり離れたりを繰り返しながら、2つの自転車のライトが町の喧騒の中へゆっくりと消えて行った。
勇一のけん銃 S&W M360J <SAKURA>
「特にこだわりはありません。支給されたものを使っているだけです」
秋山のけん銃 ニューナンブM60
「2種類から選べたんだが、ガキの頃に読んだ漫画の主人公が使ってて憧れがあってな。この銃身の形、カッコいいだろ?」




