8話 同期たち 後編②
真壁からの命令を受け、勇一を探しに来た谷口が三班の担当地区に来ると、消防隊員と打ち合わせをしている陽菜が目に入った。
「黒瀬さん!」
「谷口君?!どうしたの?」
陽菜は担当外地区にいる谷口に驚き、目を丸くした。
「山手地区で行方不明者が出たんだよ。で、真壁さんが紺野と合流して捜索しろって言うから呼びに来た」
「なるほどね。さっきも被疑者を早速捕まえてたし、なんかそういうのが得意なのかも」
得意というか、もはやチートなのだがこの二人はそんなこと知る由もない。
「それで、紺野はどこに?」
「それが、さっき足の悪いおばあちゃんを連れて中学校に行っちゃって。でも彼のことだからそろそろ戻ってくるような気もするっちゃするけど」
「おばあちゃん…」
谷口の脳裏に谷滝の集落が浮かぶ。
もしあそこで山火事が起きたら…
「あ、噂をすればなんとやらだね」
道の向こうから、こちらに歩いてくる勇一の姿が見えた。
勇一も谷口と陽菜に気付いたらしく、何か言いながら小走りで駆け寄ってくる。
「谷口?どうした?」
「山手地区で行方不明者。子供だ。捜索に加わるよう真壁さんから命令があった」
勇一は黙ってうなずいた。
「黒瀬さん、ここはお願いします」
「うん、早く行ってあげて。紺野君も谷口君も気を付けて」
三人でお互いに敬礼をし、勇一と谷口は山手地区へ向かった。
__
山手地区では消防による男児の捜索が始まっていたが、自宅含め数件が炎に包まれているため思うように進まないでいた。
自宅付近の小道や草むらで呼びかけても反応はなく、いまだ発見に至っていない。
「紺野、谷口両名これより捜索活動に合流いたします」
規制エリアに着いた2人はまず消防中隊長に合流の報告を行い、規制線を越えて火元に近づく。
まだ距離があるのに肌にじんわりと熱を感じるほどだ。
一面に煙が立ち込めていて、視界も悪い。
数台連なって放水している消防車の真横を通り過ぎようとした時、
「谷口、まずい」
「ん?」
勇一が立ち止まった。
「どうした?」
「行方不明の子、多分家の中にいる」
「!?なんでわかっ、いや、それが本当ならそんなこと言ってる場合じゃない!!すぐに行かないと!!」
勇一のスキルが小さな気配を、今まさに窓から火を噴いて炎上している民家の中に捉えたのだ。
谷口は即座に近くの消防士にその旨を伝える。
「行方不明の男児が民家の中にいます!すぐに救助を!」
「なんだと?!わかった!おい!!行くぞ!!」
耐火服を着た消防士は、近くの数名を引き連れて民家に向かう。
「恐らくまだ火が回りきっていない二階の奥にいると思いますので、そこ目掛けて向かってください」
「了解!!お前ら聞いたか!?二階へ突っ込むぞ!!」
「「おぉ!!!」」
消防士たちはリビングのガラスを割り、援護放水のあと燃えさかる民家へ突入していった。
耐火服を着ていない勇一と谷口は、その様子を見守りながら無事男児が救助されるのをただ祈るしかできない。
『紺野から本部へ。行方不明者は民家内部にいる模様。消防が現在救助に向かっています。どうぞ』
『こちら本部。やはり見つけたか。救助終わり次第安否を報告せよ。以上』
『了解』
救助が行われている間、本部へ状況報告を行う。
そんな勇一に谷口が恐る恐る声をかけた。
「こ、紺野。お前、さっき。目の色が、目が光って…お前は、一体…」
「…ん?」
「!(なんて表情してやがる)」
谷口の呼びかけに反応した勇一は、何かを諦めているような、軽く息を吹きかけたら崩れ去ってしまいそうな、なんとも寂しそうな表情で微笑んでいた。
正直、勇一を不気味に感じてしまった。
そのもやもやを、頭をブンブン振って吹き飛ばす。
「い、いや!火事に気付いたのもそうだけど、お前の勘ってホントすげえな!子供もきっと無事に見つかるさ!」
一転して明るい口調でおどけて見せた谷口だったが、勇一の表情は変わらない。
「谷口……俺、実はムグッ?!」
谷口は、「お前は何者だ?」と、本当は聞きたかった。
しかし、あの表情。
それを聞いてしまったら、どこかへ消えて行ってしまうような気がした谷口は、喋ろうとした勇一の口を手でふさいだ。
「...ふぁにぐひ?」
口をふさがれたまま、谷口にジト目を向ける勇一。
谷口はパッと手を放し、再びカラっと笑った。
「ごめん、何も言わなくていい。いつか…そうだな。俺たちがいい感じのおじさん警視にでもなったら、教えてもらおうか」
「谷口…ありがとう。そうさせてもらうよ。警視になれたらな」
なにをー!と言いながら、谷口が勇一の肩に軽くグーパンする。
この距離感が心地良い。
同期に彼がいて良かったと、改めて勇一は思った。
「いたぞ!!!男の子だ!!!」
「運べ!!救急車もすぐ出れるようにしとけ!」
消防隊が突入してから五分少々。
二階奥の窓から消防士が顔を出して叫ぶ。
現場から歓声が上がった。
最初に突入したリビングは完全に火が回ってしまったため、援護放水が二階からの最短ルートである玄関周りに集中して行われる。
程なくして、真っ暗な煙を吐き出している玄関ドアから二人の消防士が先に、その後ろから酸素マスクを付けられた子供を抱えた消防士が現れた。
「生きてるみたいだな…!良かった!!」
「あぁ…」
喜びの感情を爆発させ、谷口が勇一に向けて拳を突き出してくる。
それに応えようとした勇一の拳が触れるか否かの瞬間。
勇一の姿が消えた。
「__えっ?」
何が起きたのか分からず漏れた谷口の声は、バキバキという屋根を支える木材が折れる音にかき消された。
「崩れるぞ!!逃げろぉぉ!!!!」
ちょうど子供を抱えた消防士が外に出た時、構造材が折れて崩れた屋根が、二人の頭上に襲いかかったのだ。
消防士は、咄嗟に子供を守るように覆い被さった。
屋根は凄まじい音をたてながら落下し、周辺に大量の煙と火の粉を巻き上げた。
「小隊長ー!!!」
その様子を目の当たりにした消防隊員たちから悲鳴が上がり、救急隊員や警察官たちも騒然としている。
崩れ落ちたことで激しく炎上した屋根に水がかけられた。
煙と蒸気が一面に広がり一瞬何も見えなくなったが、やがて風で煙が晴れ、真っ黒に燻って白煙を上げる屋根の残骸と、そこから少し離れた場所で小隊長と男の子を抱えて地面に突っ伏している勇一の姿が現れた。
「こっ、紺野ぉぉ?!」
誰もがその光景に驚き固まっている中、最初に動いたのは谷口だった。
続いて消防隊員が三人のもとへ駆け寄る。
「紺野!!おい大丈夫か!!」
「谷口…」
勇一は呼びかけに応じ、顔を谷口の方に向けた。
その表情を見て、谷口はほっと息を吐く。
屋根が落下した時に火が燃え移ったのか、勇一の制服は所々焦げて煙がくすぶっているが、目立った外傷はなさそうに見える。
「隊長さん、動けますか?」
「あぁ、すまない。助かった…」
身体を起こした勇一が声をかけると、小隊長もむくりと起き上がった。
「巡査さん、後は我々が引き受けます」
勇一は抱えていた男の子を近づいてきた救急隊員へ引き渡した。
目立った外傷はなく、ボンベから供給される新鮮な空気を懸命に吸っている。
目は薄っすらと開いていて、意識もあるようだ。
「良かった。もう大丈夫」
「よく頑張ったな坊主」
勇一と小隊長が優しく頭をなでると、静かに泣きながらコクコクとうなずいた。
その様子を遠巻きに眺めながら、谷口は無線を手に取る。
『こちら谷口。行方不明者を消防隊が保護しました。救助の際に紺野が軽傷を負いましたが、特に問題ありません』
『こちら本部。了解。紺野が大丈夫そうなら、そのまま班に合流して活動を再開してくれ』
『__了解。班に戻って指示を仰ぎます』
通信を終えると、発見の報を聞いて駆け付けた両親が勇一と小隊長に何度も頭を下げているのが目に映った。
あまりの勢いに少々困惑している勇一が面白い。
搬送の準備が整い、救急車がサイレンを鳴らして走り去って行くのを見届けた勇一が、谷口のそばに寄ってきた。
「教官、何だって?」
「あぁ、大丈夫そうならそのまま班に戻って活動しろってさ。ま、この状況で休んでられないよな」
男児の捜索が終わり、ひと段落付いてしまいそうな気分にもなるが、河川敷や山裾、住宅街は未だに燃え続けており、鎮火どころか制圧にも至っていない。
「だな。戻ろう__」
「紺野巡査!谷口巡査!!」
自分たちの持ち場へ帰ろうとした勇一と谷口を、小隊長が呼び止めた。
「行方不明者の発見及び我々の身を守ってくれたこと、感謝します!!両名に敬礼!!」
消防士たちが並んで敬礼をし、二人も答礼で応える。
「火災を鎮圧して落ち着いたら、五人で飲みに行こうや」
「あっ、隊長。それ死亡フラグって言うんですよ」
「うっ、うるせぇな」
火災現場の最前線にいるはずなのに、一同は顔を見合わせて笑った。
「えぇ、必ず行きましょう」
「あぁ、まずはこの状況を無事乗り切ろうな」
勇一と小隊長がガッチリと握手をし、今度こそお互いに背を向け、自らの使命に向かい歩き出した。
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持ち場へ戻ると言っても、谷口の班の持ち場はこの山手地区だ。
歩き出してすぐに班員の姿が見えてきた。
「なぁ紺野」
少し離れたところで、谷口が歩みを止めた。
「さっき、お前が何かを打ち明けようとした時さ、俺止めたよな?」
「あぁ」
一度はその時抱いた興味関心を吹き飛ばすことに成功した谷口であったが、視界から一瞬で消えたあの動きがその感情を呼び起こしてしまったようだ。
「あれ、やっぱ聞かせてくんね?」
「断る。自分で言ったじゃないか。『警視になったら』聞かせてくれって。昇進できるように頑張ろう」
「んだよケチー!!!」と口をとがらせて勇一の肩をポカポカと叩く。
この答えは予想していたのだろう。
「わかったよ、約束な。警視になる前に殉職するなよ」
「あぁ、谷口もな」
そう言って二人はこぶしをこつんと突き当て、谷口は規制線警備に、勇一は自分の持ち場へ戻って行った。
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「何それどうしたの!?服燃えてるし!!帽子も!!」
「どこから説明しましょうか…」
三班のエリアはすでにほぼ制圧されており、ところどころ白い煙が上がっている場所に消防士たちが近づき、水をかけて回っていた。
戻ってきた勇一に気付いた陽菜が駆け寄ってきたが、勇一の異様な風貌に驚き、身体に触れたりしながら騒いでいる。
身体の周りをぐるぐると回られて、少々うざったい。
「顔もすすで真っ黒だし、大丈夫?ケガしてない?」
「大丈夫です。消防士と要救助者に屋根が崩れ落ちたのですが、二人をかばった際に少々汚れてしまいました」
確かに改めて見ると、上着の肩口が焼けて大きな穴から白いワイシャツが見えているし、帽子も穴だらけになっている。
「服と帽子が焼けただけでそんな大げさな…」
特に気にしていないようにさらりと言う勇一の顔前に、ビシィ!と指をさされた。
「今回は結果オーライだけど、もし失敗して紺野君も屋根の下敷きになってたら要救助者が二人増えてたところだったんだからね!安全第一!わかった?!」
上目遣いで睨んでくる表情を見るに、本気で心配して言ってくれているのであろう。
「昔いたとこでは、ドラゴンに鎧を溶かされた如きでは誰も心配してくれなかったのですが…」
「今ゲームの話してなぁい!!げ・ん・じ・つの話!!大体君はいつもいつも__」
ついうっかり、元の世界での話をしてしまったが、ゲームの話をしていると勘違いされ、真剣な話をしているときにゲームの話をぶっ込むとは何事か。
と、お説教が始まってしまった。
谷口といい陽菜といい、まっすぐ真剣にぶつかってきてくれているのがなんだかうれしくなってしまって、つい笑みがこぼれてしまう。
「何笑ってんの?!ちゃんと聞いてる?!」
「すみません、いえ、同期に恵まれてるなって思ってしまいまして。ありがとうございます」
「え、何改まって。心配するのは当たり前でしょ?」
何言ってんだこいつ。
という感じの表情をしているが、陽菜にとっての当たり前が勇一にはありがたいのだ。
それを噛みしめるようにクククと笑っている。
「どうしちゃったの?…まぁ、いっか。行こ?もう少ししたら橋の通行止めが解除されるから、交通整理がとんでもないことになるよ」
「了解。ようやく我々の出番が増えてきそうですね」
陽菜から誘導灯と夜行ベストを受け取り、それを身に着けて二人で橋へ向かった。
正直疲労はピークに達しているが、同期の警察官達でお互いに励ましあいながら夜通しの任務に就く。
今は一人じゃなくて助け合える仲間がいる。
(うん、最高の同期たちだ)
任務に当たる皆の顔は、疲労を全く感じさせないほどに端正な顔つきだった。
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河川敷への放火から始まった一連の火災は、発生から三日三晩燃え続けてようやく鎮火となった。
被疑者の男性二名は、その後の取り調べで放火を認め、建造物以外放火罪の疑いで逮捕された。
近くの大学に通う大学生が外で酒を飲み、酔った末に「大きな火を見てみたい」という理由で引き起こした、何ともくだらないものだった。
そして、いち早く現場に駆け付け被疑者を確保し、その後の速やかな初動に貢献したという功績が認められ、着任一年目の新人としては異例の賞誉が勇一に与えられることになった。
修了式に先立ち、全員が集まった体育館で賞誉授与が行われている。
「賞誉 笹野瀬中央警察署巡査 紺野勇一殿。君は先の山野火災において、放火せしめたる被疑者を速やかに検挙した。この功績は大である。ここにこれを表彰する。 おめでとう」
「ありがとうございます」
県警本部長から表彰状を受け取った勇一が背筋を伸ばして敬礼すると、本部長も答礼し、会場が拍手に包まれた。
一礼をして勇一が席に戻ると、そのまま修了式が行われる。
校歌斉唱ののち、訓練生代表挨拶で陽菜が登壇した。
座学の成績で総合成績がわずかに勇一を上回り、二か月間の成績トップの座を見事に勝ち取ったのだ。
勿論、勇一は手心などは一切加えていない。
誇らしげに立ち、堂々と挨拶を終えた陽菜に健闘を称える意味も込めて拍手を贈ったが、降壇する際に勇一にドヤ顔をキメてきたため、イラっとして拍手をやめた。
陽菜が着席すると、最後に真壁が登壇した。
「この訓練が終わったら、この仲間たちとそろって顔を合わせる機会はほとんどなくなるだろう。しかし、唯一無二の同期たちだ。特に今回は、先日あった火災の一件がこの上ない経験となったはずだ。この先、各々様々な道に進んでいくと思うが、ここで学んだことを胸にがんばってくれ」
真壁は敬礼をしながら、ホールに着席している訓練生達に右から左へ順番に視線を送る。
「_以上をもって、修了式を終える。一同、起立!!」
「敬礼!!」
真壁の号令と共に、長かったような短かったような二か月の後期訓練が終わりの時を迎えた。
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式の後は各自自室へ戻り、荷物を持って解散となる。
翌日、翌々日は休暇を与えられているため同期生達はどこに行くだの何をするなどの会話で盛り上がりながら、警察学校からバス停や駅へ続く道のりをぞろぞろと歩いていく。
谷口と陽菜と並んで歩いていた勇一が唐突に口を開いた。
「谷口は明日明後日、何か予定はあるのか?」
「んー?特にないな。実家でゆっくりして明後日には谷滝に帰るよ。黒瀬さんは?」
「え?私?私も特にないよ。家でゆっくりするつもり。疲れたし」
何かしたい気持ちもあるが、訓練勉強訓練勉強火災試験と、盛り沢山だったせいか谷口も陽菜も休みたい気持ちが勝っているようだ。
「紺野は?」
「…同じかな。寮でゆっくりしようと思う」
配属先が近い陽菜とはしばしば顔を合わせるだろうが、谷口とはめったに合えなくなるため、飲みに誘うつもりだったが、疲れたから休みたいと言う人を連れ出す度胸をこの男が持ち合わせているわけもなく撃沈。
寮に帰って引きこもる決心をしたのだが、
「よし、ボーリングしに行こう」
「「何で?」」
いきなり謎の提案をする谷口。
「今日は何かもうすでに疲れてるし、明日一日休めればいいかなって。俺レアキャラになるし。遊ばない?」
「たしかに。谷口君山籠もりするし、いいかも」
「コラッ!!」
笑いながら逃げる陽菜を、谷口が追いかけていく。
この三人がまたこうして警察学校で集まるとしたら、全員同時に昇進しなければならない。
簡単ではないが、なんとなくまた集まれるような気もする。
「谷口!!行こう!!ボーリング!!」
遠く離れてしまった谷口と陽菜に向け声を張ると、二人とも勇一の方に振り返り笑った。
勇一も二人を追って駆け出す。
「全く、手が焼けるなあいつ」
「ほんと。素直に誘えばいいのに」
やれやれ。と、顔を見合わせて苦笑する谷口と陽菜。
追いついた勇一と駅へ向け再び歩き出す。
「ボーリング初めてなんだけど、教えてくれるか?」
「「マジで?!」」
__一時間後、市内のボーリング場に突如現れ三ゲームパーフェクトを叩き出す伝説の野良ボーラーが誕生したらしい。
これにて警察学校編終了です。
谷口君は、そのうちまたひょっこり出てきます。
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