37.横やり
シャルロッテの肩の重みは更に増し、あろうことか、アレクスティードがのしかかるようにして全体重を乗せて来た。ただでさえドレスで苦しい上半身が更に圧迫される。
近くにあった椅子に肩肘を乗せて抵抗するが、今にも床に押し倒されてしまいそうな状況であった。
「ちょっ………と!!」
堪らず声を上げて両腕で押し返そうとするが、体格の差からびくともしない。足を踏ん張るにも、華奢なヒールでは限界がある。
(何してくれてんのよっ!)
いくら会場の隅とはいえ、誰か一人にでも見られれば瞬時にあらぬ噂を立てられてしまう。周囲に人がいないか確認したいが、シャルロッテにはアレクスティードの身体が邪魔で周りが見えない。
(もうっ!誰か助けてよっ!!)
身動きの出来ないシャルロッテが泣きそうになっていると、ふわりと高貴なバラの香りが鼻を掠めた。よく知るその香りにハッと期待が高まる。
「全くひどいものですわ。いつまでそんなことをやっていますの?」
いつもの可憐な出立ちで容赦なく毒づいてきたのは、予想通りレイチェルであった。
彼女は侮蔑のこもった視線をアレクスティードに向けると、自分の口元をハンカチで覆い、彼に向かって手にしていた小瓶を傾け、液体を振りかけた。薔薇の香りに混じって、僅かに薬品の香りが漂う。
「………は」
その瞬間、シャルロッテのことを押し倒しかけていたアレクスティードがむくりと上体を起こした。意思がなくぼんやりとしていた目に、徐々に光が戻る。
「はあああ!?」
数秒後自分の腕の中に囚われているシャルロッテに気付き、慌てて後ろに飛び去った。
その衝撃で並んでいた椅子が倒され、大きな音を立てる。幸いピアノ演奏と周囲の談笑する声にかき消され、注目を浴びることはなかったが、彼の心臓は今にも飛び出しそうだ。
「れ、レイチェル!お前一体何をしてっ…」
「まあ。何かなさっていたのはお兄様の方でしょう?あぁこんなに怯えて…お可哀想なお姉様。」
アレクスティードから解放されてすぐ、唖然としていたシャルロッテを、レイチェルがぎゅっと抱きしめる。それを見た彼の顔色がみるみるうちに青くなっていく。
「シャル…本当にごめん。自分でも何が何だか分からなくて…」
シャルロッテから顔を逸らして、今にも泣きそうな声で言う。現実を直視できず、悲痛な面持ちで顔を歪めた。
前髪をくしゃりと掴んだアレクスティードがふらふらとその場にしゃがみ込んだ。自分でしでかしたことの罪悪感に押しつぶされそうになっている。全身から辺りを覆い尽くすほどの後悔の念が溢れ出ていた。
そんな兄の姿を見たレイチェルが扇子を取り出し、口元を隠して華奢な顎を上げ、鼻で笑う。
「ほんのちょっと素直になる薬を混ぜただけですのに、普段どれだけ下心を隠しているのか嫌になりますわね。」
「は?薬?」
自失していたアレクスティードの口から低い声が漏れる。ゆっくりと立ち上がり、静かに睨み付けた。途端に空気がひりつき、彼を中心に重苦しい雰囲気が漂う。
ひりつくような怒りを真正面から当てられたレイチェルだが、普段と同じ様子で頬に手を当て嘆かわしそうにため息を吐いた。美少女の儚げなため息で、怒りの空気が霧散されていく。
「意気地のないお兄様がいけないのですわよ。」
「それは何の答えにもなってないだろ。俺はお前が何をしたか聞いてるんだよ。」
「あら、意気地がないことは否定しませんのね?まぁ事実ですものね。ほほほほ。」
「お前はまたすぐそうやって……!」
アレクスティードの声が大きくなる。今にも兄弟喧嘩を勃発させそうな二人。
そんな彼らを横目に、いつの間にかウェイターから新しい飲み物を受け取っていたシャルロッテがグラスを片手に口を挟んだ。
「そういえば私、」
彼女の視線の先には、食事の並ぶテーブルに上に追加されたデザートの皿があった。
「この後アレクに用があったのよ。」
シャルロッテが今思い出したようにアレクスティードのことを見たが、彼は少しだけ困ったような顔で目を伏せた。
「いや、今日はこのまま解散にした方がいいかな。」
「懸命ですわね。薬の余韻を残しまま二人きりになったら今度こそ…」
「うるさい。」
レイチェルの揶揄いにすぐさま噛み付くが、彼が発言を撤回する素振りはない。
(何よ、アレクのくせにっ…………………)
シャルロッテは胸が痛んだ気がしたが、怒りで上書きをして気付かなかったことにした。自分らしくないと、モヤモヤする心に蓋をして知らんぷりをする。
「分かったわ。これ片付けといて。じゃあ。」
椅子から立ち上がったシャルロッテが視線を下げたまま、空になったグラスを押しつけた。アレクスティードの顔を見ることなく後ろを向く。
「シャル、待って!一緒にかえ…」
「今のお兄様には無理ですわ。お姉様のことは私が責任を持って送り届けますから安心なさって?」
アレクスティードが伸ばした手を振り払い、代わりにレイチェルがシャルロッテの腕を取る。振り向きざまに勝ち誇った笑みを返すと、足早に去って行った。




