36.公爵家主催の夜会
揃って馬車から降りた二人は親密そうに寄り添い、目を合わせて甘やかな視線を交わす。
太陽が落ちたこの時間帯でも遠目から分かるほど見目麗しい二人は、デザインを揃えた品格ある夜会服に身を包んでおり、それなりの立場の者だということが分かる。
夜会の開始時刻が迫っており、公爵家本邸の会場まで人の列が出来ていた。
公爵家主催の夜会に呼ばれるだけでも選ばれた者である招待客たち。皆一張羅を身に纏い微笑の仮面の下で、この機会を逃してたまるものがと胸の内に野心を潜める。
貴族という特別な地位の中でも、それなりの良家でそれなりに注目を浴びて成人を迎えた者達が集う今宵。
そんな者たちが連なる列を颯爽と追い越していく男女がいた。そう、馬車から降りた瞬間にその場の注目を掻っ攫っていた二人だ。
「夜会に参加するのはまだ2回目だけど…」
周囲の視線に怖気付くことなく完璧な姿で美しい微笑みを浮かべたまま、優雅に歩を進めるシャルロッテが器用に唇だけを動かして話し出す。
「ん?この空気やっぱり慣れない?とりあえず主催の母に挨拶すれば、後は二人で庭園で過ごしても…」
「公爵家主催の夜会は規格外ね。付き人の服飾品ですら一級品だわ。こりゃ一人あたり金貨100枚はくだらないわね。」
「は…一応聞いておくけど、何の話?」
「何でもないわ。ちょっとしたクセよ。」
「こら」
嗜める言葉とは裏腹に、横を向いて身を屈めたアレクスティードが不意にシャルロッテの額に唇を寄せる。顔を離すと、ふんわりと甘く微笑みかけてきた。
額とはいえ、公衆の面前で口付けをされ、シャルロッテの頬が朱色に染まる。何か言ってやりたいのに上手く言葉に出来ず、口をぱくぱくさせている。
「な、なななななな」
やっと口から声が出たが言葉になっていない。両手で額を抑えて、アレクスティードのことを目一杯睨み付けた。が、普段と違う装いの彼を目の前にし、僅かに目を逸らす。
「あれ、今回の目的を忘れたのか?」
「わ、わわわ、分かってるわよ!アレクが急に変なことするから!」
くすっと笑みをこぼしたアレクスティードがシャルロッテの手を取り、前を向く。まだ納得のいっていない彼女を、引っ張るようにして会場へ向かって行った。
この場に盛大なザワつきを残して。
「あ、あれはアレクスティード公爵令息様では!?」
「では、お隣の御仁が奥方か!お噂は本当だったのか…てっきりお飾りの妻かと。まさかあれほどまでに仲睦まじいとは…」
「夜会嫌いで有名だったのにいつの間に…わたくし、信じませんわ!」
「あり得ないわ…あり得ないわよ。あんなの女側が無理やり進めた政略結婚に決まってるわ。あぁお可哀想なアレクスティード様…」
「そうですわ。何か弱みを握られて不本意な婚姻を結ばされたのよ!」
「いや、公爵家相手にそんなこと出来る相手いるか…?この前の王都の事件もあったし、そんな命知らずいないだろ。」
「「「・・・・・・」」」
会場前はちょっとした騒ぎになっていたが、間も無くしてやってきた守衛に散らされていった。
招待客も皆会場入りをし、あんなに長かった人の列がなくなる。周囲は落ち着きを取り戻していた。
代わりに密度の高くなった会場内で、アレクスティードとシャルロッテの二人は注目を浴びながら移動し、まず主催者であるエミルへの挨拶を済ませた。
飲み物を手にした二人は興味津々に見てくる群衆を素通りして、一段高くなっている休憩スペースに移動し、会場一帯を見渡せる場所を陣取る。
広い会場の端には豪華な料理が並び、それを囲うようにして多くの人々が集う。反対側にはピアノ奏者が演奏を披露しており、会話を邪魔しない程度に彩りを添える。
そして庭園側の窓辺には、年頃の男女のペアが数組話し込んでいた。
庭園へと続くドアは開放されており、風除けにレースのカーテンが下されている。
男性が囁く言葉に令嬢達が頬を染め、瞳には純情な恋慕の色が浮かぶ。それを見た男達の口角がニヤリと上がる。側から見れば微笑ましい光景だが、男達の本性を知る者が見れば狩場としか思えない。
「あのカーテンの奥が逢瀬の間?」
不自然にならないよう、控えめに遠くに視線を向けたシャルロッテがアレクスティードに尋ねる。
「ああ。酒や言葉で酔わせて二人きりの空間に連れ込むらしい。慣れてない相手を狙うから余計にタチが悪い。とりあえず雲行きが怪しくなって来たら、衛兵を呼ぶか。」
「分かったわ。ちょっと行ってくる。」
「……一応聞くけど、何をしに?」
「それは…私が本命のフリをして修羅場にして、男の本性をあば「却下」
低い声で即座に否定されてしまった。アレクスティードの纏う空気がずしりと重くなる。気付くと頭の上に影がかかり、覆い被さるように距離を詰められていた。
「あ、アレク?」
「・・・・」
「!!」
近づいて来たアレクはそのまま止まることなく、シャルロッテの肩に顎を乗っけてきた。ドレスを着ているせいで剥き出しの肩に甘ったるい吐息がかかり、触れた部分が熱をもつ。
「あんな男達の視界にシャルを入れたくない。」
「へ?」
「同じ空気すら吸わせたくない。」
「はい?」
「そもそも夜会になんて出たくなかった。シャルの存在がバレてしまう。」
「は?」
止まらないアレクスティードのぼやきに違和感を覚える。シャルロッテの困惑は止まらず、すっかり熱が引いてしまった。やや迷惑そうな顔を向ける。
「待ってよ。とりあえず重たいわ。」
「シャル、大好き。」
「ふぇ」
ぱっと顔を上げたアレクスティードが、少年のような屈託のない笑顔で幸せそうに微笑む。煌びやかな夜会服が似合わないほど純真で、目を逸らしたくなるほど真っ直ぐな心をぶつけてくる。
過ぎ去ったはずの熱があっという間に舞い戻り、シャルロッテの心臓の音が大きくなる。
(なんでこんなことでっ……)
自制しようと思えば思うほど鼓動は速くなり、動揺が広がっていく。何に対して胸が高鳴っているのか分からない。だが、原因がアレクスティードであることだけは間違いなかった。




