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【1部完結】クズの婚約者は金ヅルにしますのでどうぞお構いなく  作者: いか人参
2部

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35/35

35.親子の内緒話


この国は一年を通して過ごしやすい気候であり、この日の昼下がりももいつもと同じように穏やかな空が広がっていた。


時折り吹く心地よい風が肌を撫ぜる。風に乗って手入れの行き届いた薔薇の香りが鼻を掠め、目の前にある湯気の立つティーカップからは質の高い茶葉の芳醇な香りが漂う。


そんな朗らかな午後のお茶の席で、つばの広い帽子を被り白い手袋をした貴婦人と可憐な装いをした令嬢がテーブルに向かい合って座っていた。

2人とも絵になるような美しい微笑を浮かべているというのに、テーブルを中心としたこの空気だけなぜか息苦しさを感じる。


紅茶をサーブした使用人は何か感じ取ったのか、視線を上げることなく頭を下げたまま足早に去っていく。側に控えている使用人達も皆、必要以上に距離を取っていた。



「珍しいですわね。こちらで夜会を開くだなんて。」


「あら、そうかしらぁ?私はこのお邸がとっても気に入ってるのよぉ。だってぜんぶ自分で決めて私のためにってあの人に作ってもらったお邸なんだものっ。」


実の娘から向けられる勘繰るような目を無視して、エミルが口元に手を添えて華やかに笑う。その愛おしさのこもった瞳から、邸への並々ならぬ思いが伝わってくるようだ。



「・・・」

(有無を言わせぬ強固な意思で、お父様と業者にだいぶ無理をさせて強制的に作らせたと聞いているけど…)


だいぶ昔、酔いの回った父親から聞いた話を思い出していたレイチェル。相変わらず、この母親の口から聞くと恋する乙女100%だなと呆れながらもどこか懐かしさを感じる。



「あっ」


突然、エミルが顔の前で両手を合わせた。レイチェルのご機嫌を取るように、渾身の愛らしい上目遣いで可憐に見上げる。



「レイチェルちゃんも明日の夜会参加するわよねっ?せっかくだから私も一緒に出ようとかしらぁ。」


「私もって…今回公爵家が主催なのですから、お母様はホスト役で参加必須ですわよね?」


「あぁそうだったわぁ!さすが可愛いレイチェルちゃん!しっかりしてるのぉ。」


「はぁ」


思わずレイチェルの口からため息が漏れ出る。公爵令嬢としてあるまじき行為であったが、永遠の少女である母親と話すといつもこうなってしまうのだ。

強かに何人もの令嬢達を味方につけてきた彼女だが、掴みどころのないエミルが一番苦手であった。



「で、あの子はどうなのぉ?私、頑張ってけしかけたのだけどぉ。」


「当日どれだけ大きく出られるかは、本人次第ですわね…」


「やっぱりそうよねぇ…」


見かけによらず年の離れた可愛いと美人が似たような顔つきで考え込む。2人の頭には同じ人物が思い浮かんでいた。



「「ヘタレだから」」


ポツリと、2人の歯に衣着せぬ物言いが重なった。

一斉に控えていた使用人達がさっと目線を下げたが、2人は気にせず優雅にティーカップを手にしながら話を続ける。



「でもぉ、あれだけ令嬢達に言い寄られて眉ひとつ動かさなかったんだものぉ…あの子の心を射止めたシャルちゃんには期待してしまうわぁ。」


「そうですわね。私もあんな顔のお兄様は初めて見ましたわ。彼にも心があったのかと安心しますわね。ただ、」


「「ヘタレなのですわ(なのよねぇ)」」


また仲良く言葉が重なる。



「あーあせっかくなら、言い値で支払うから息子にキスさせてぇとかの方が良かったかしらぁ…」


「さすがにそれはどうかと思いますわよ。母親として…いえ、人として。」


レイチェルが言葉を言い直してはっきりと否定する。強い瞳を向かい側に向けるが、当の本人は拗ねた顔をして艶やかな黒髪を指で弄んでいる。



「でもでもぉ、あの子達あのままじゃエスコート以外の触れ合い無しに一生を終えるんじゃないかしらぁ?」


「……それもどうかと思いますわね。」


「初めての同衾がお墓の中なんて絶対にいやよぉ!それじゃあ、恋愛結婚を強要した意味がないじゃなぁい!」


エミルがテーブルの下でパタパタと足を踏み鳴らした。はしたない行為だが、彼女がやると愛らしい所作に見えてしまうから不思議だ。



「はぁ〜…もうどうしてうちの愚息はこんなに意気地なしなのかしらっ。あの人はアレクちゃんと違って男気があって、行動力に溢れてたのにぃ。」


「それはきっと、お母様の圧が素晴らしかったせいですわ。教育の賜物ですわね。」


「私はただ、アレクちゃんにもシャルちゃんにも幸せになってもらいたいだけなのぉ!」


淡々と返すレイチェルとは対照的に、感情を爆発させたエミルはとうとうテーブルの上に突っ伏してしまった。美しい黒髪が散らばって真っ白なテーブルクロスの上に繊細な絵を描く。



「こうなったらもう、刺客を送り込んでその余裕顔をひっ叩いてやるわ!意気地のない男は全女性の敵よぉっ」


ガバッと勢いよく上半身を起こしたエミルが顔にかかった髪を振り払い、声高に宣言する。どこからツッコミを入れれば良いか分からないくらい、無邪気に1人で突っ走っていた。



「やはりこうなりますわね…」


正面から向けられた熱量に呆れてため息をつくレイチェル。エミルの思惑を知りたかっただけだったのに、結果として焚き付けてしまった。


その半分は彼女の狙うところでもあったが、何か問題を起こされてはたまったものではない。エミルが何かやらかす前に、親愛なる姉のため、自分の手で解決させてやろうと強く思うのであった。



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