34.イチゴの誘惑
仲間内で不穏な計画が練られていることなどつゆ知らず、アレクスティードはこの日、真剣に例の夜会の参加者について、シャルロッテに情報共有をしていた。
貴族御用達のレストランの個室にて、テーブルの上に分厚い貴族名簿を開きながらアレクスティードが知っている範囲で重要人物の関係性を説明していく。
彼もここ数年社交界から距離を取っていたため、今回のために地道に集めた最新の情報だ。
それを、パフェを手にしたシャルロッテが目だけで頷きながら頭に入れていく。
「俺が知っているのはこのくらいかな。何か質問ある?」
「なんていうかまぁ…噂だとしても相当腐ってるわね。」
「俺もそう思うよ。」
率直なシャルロッテの感想に、アレクスティードも渋い顔で頷く。
私利私欲に塗れた政略結婚とその裏で逢瀬を重ねる浮気者、誠実な仮面の下で無知な令嬢達を食い物にする者、その美貌で男を騙して金を掠め取る者など、聞くに耐えない話ばかりだ。
「自分で提案したことだけど、シャルの耳を汚してしまって今物凄く後悔してる。ごめん。」
しょんぼりと肩を落としたアレクスティードが頭を下げる。
ついいつもの仕事と同じ感覚で作成した報告書を読み上げたが、自分が恋焦がれる女性相手にすることではなかったと猛烈な後悔に襲われていた。
「儲け話でしょ?私の耳は今物凄く喜んでいるわ。これまでに経験したことのない大型案件だもの。腕がなるわね!」
溶けかけのアイスクリームがついたままのスプーンを掲げながら、シャルロッテがアレクスティードに向けてにっこりと微笑む。
大金に目が眩んだ笑みであったが見た目だけは良いシャルロッテ、視線を合わせて微笑むだけで抜群の破壊力がある。それが自分のことを好いている相手なら効果覿面だ。
みるみる内にアレクスティードの頬が赤くなる。みっともないと思いながら、ときめく心を押さえ込み切れなかった。
胸の内側がぎゅっと苦しくなり、不自然に横を向いて頭を掻く。
「………はぁ、かわいい」
吐き出すように、心からの本音が口から漏れ出た。
本当はもっと余裕たっぷりの笑みで甘やかすように言ってやりたいのに、現実はそう上手くはいかない。大好きな相手にはいつだって振り回されっぱなしだ。
シャルロッテがウサギの形にカットされたイチゴをスプーンで掬い上げ、きょとんとした顔で首を傾けた。
「アレクもイチゴ好きなの?これ可愛いわよね。ひとつ食べる?」
「え」
限界まで目を見開いたアレクスティードが動揺の声を上げる。腹の底から湧き上がってくる無邪気な喜びを押し留め、必死に頭を働かせた。
(これは一体なんなんだ…俺は今試されてるのか?いやしかし、紳士たる者、いかなる事情があっても女性からの誘いを断るわけには………)
シャルロッテの手元にあるスプーンと彼女の表情を交互に見た。素直に受け取りたいのに、余計なことをして嫌われたくないという気持ちが邪魔をする。我ながら情けないと思いつつも、どうしても慎重になってしまう。
「いらないならいいわよ。」
「いる…………!!」
自分の口にスプーンを運ぼうとするシャルロッテに、大人げなく大きな声を出して遮ったアレクスティード。彼の意外な反応にシャルロッテが驚いて目を丸くする。
「勢い良いわね。そんなに好きだったの。」
「…………いや?まぁ、好きは好きだけど。」
どちらとも言えない曖昧な答えに、シャルロッテはさらに首を傾けた。本気でちょっと意味が分からなかったようだ。
(シャルロッテからのひと口……)
一方で、ごくりと生唾を飲み込むアレクスティード。
軽くシャルロッテに引かれていたが、今はそれどころではなかった。自分達にもようやくカップルらしいイベントがやって来たのかと心が踊る。
(これをきっかけに少しずつスキンシップを増やして甘やかして、ゆくゆくは…)
僅か1秒の間でアレクスティードの甘やかな夢が脳内を埋め尽くす。この時、彼の目には薔薇色の未来が見えていた。
「はい、どうぞ。」
イチゴ大好きなアレクにと、シャルロッテが差し出す。アレクスティードは緊張した面持ちでゆっくりと顔を上げた。恋焦がれる気持ちそのままに、彼女の手元に視線を向ける。
「へ」
だが、次に彼の口から出たのは驚愕と落胆の声だった。
何故ながら、目の前にあったのはシャルロッテが差し出すスプーンではなく、パフェの容器を乗せていた小さな受け皿だったからだ。
花模様の入った真っ白な皿の上に、ウサギの形をしたイチゴがちょこんと鎮座している。
「ああ、こういう…」
理想と現実の無慈悲な乖離に、思わず涙ぐむアレクスティード。嗚咽しそうになりながら、指で摘み上げて口の中に放り込んだ。もぐもぐと全く味のしないイチゴを咀嚼し続ける。
「そんな顔しなくたって…仕方ないじゃない。他のはもう食べてしまった後なんだから。次は2個あげるわよ。」
目の前で物凄くショックを受けているアレクスティードに、珍しくシャルロッテがフォローした。
食べ物の恨みは一生ということを良く理解しているシャルロッテ。
そのため、彼女の中に、『アレクがいる時は必ずイチゴを半分こすること』という絶対的な決まりが出来たのだった。




