30.淑女のお茶会
それから数日経ったある日、シャルロッテはレイチェルが開く個人的なお茶会に招待されていた。
これはアレクスティードからレイチェルへの依頼であり、次期公爵夫人として社交場に慣れてもらうため、この機会を作ってもらったのだ。
妹の信頼出来る友人のみを招き、シャルロッテが害されることのないよう万全の体制で臨む。ついでに、結婚お披露目前に前向きな噂を流してもらおうという用意周到なアレクスティードの魂胆であった。
そんな細かい事情を知らぬまま公爵家を訪れたシャルロッテは、レイチェルの言う通りに着飾られ、品のあるドレスによく似合う澄ました顔でお茶会の席に着いていた。
庭に用意された真っ白な円卓の中央には花が飾られ、その周りを囲うように王宮御用達のスイーツが所狭しと並ぶ。ティーカップは金で装飾された華奢なデザインで、中には黄金色の華やかな香りの紅茶が注がれていた。
他に3人の令嬢が着席しており、皆質の高いドレスを着て嫋やかに微笑み、初対面のシャルロッテにも好意的な視線を向けている。
「お姉様、こちらの方々は私の昔からの友人達ですわ。ですので、いつもの素敵なお姉様のままで大丈夫ですわよ。」
借りてきた貴族令嬢のように大人しく座るシャルロッテに、レイチェルが優しく微笑みかける。その瞬間、シャルロッテの顔から微笑が消えた。
「なら、いつもの服でも良かったじゃない。この格好疲れるのよ。」
「まあまあ。私はお姉様の美麗な姿を拝見出来て眼福ですのよ。ほら、皆様も見惚れていますわ。もちろん、御礼にお菓子のお土産も用意していますわよ。」
「それじゃあ仕方ないわね。」
レイチェルの最後の一言でシャルロッテに表情が戻った。
ダウンスタイルで肩に下ろしていたストロベリーブロンドの髪が風に靡く。目に入らないよう俯いて耳のそばの髪を手で抑えた。伏せた目のせいで長いまつ毛が際立ち、美しさの威力が増す。
顔を上げたシャルロッテは、贈り物を前にした子どものような無垢な笑顔をしていた。
血の通った美しさを目の当たりにした他の令嬢達がつい見惚れて頬を染める。慌てて俯き、扇子を取り出して赤くなる顔を隠した。
「くっ…なんて可憐さなの!目に入れても痛くないわ。むしろ、この瞳に入るものなら入れて持って帰りたい。そうすれば永遠に見つめていられるもの。」
「気品ある美しさと無邪気さの見事な複合芸術美。これはもはや国宝と称しても宜しいんじゃありません?ぜひ我が家に飾りましょう。」
「おいくらでしょうか。」
扇子で口元を隠したまま色めき立ち、小声で物騒な言葉を交わす令嬢達。美貌のレイチェルとの隣合わせがまた最高だのなんだのと、鼻息の荒い興奮した声まで聞こえてくる。
コホンッとレイチェルが咳払いをした。
「宜しくて?」
優雅に微笑むとピタリと話し声が止み、異様な空気が少しだけ和らいだ。
「お姉様、ご紹介しますわね。向かって左側から、ランルル・ハシュード侯爵令嬢、エミュレート・シンドル伯爵令嬢、シンシア・ダスクッド伯爵令嬢ですわ。」
「ええ、覚えたわ。」
初めて耳にする名だというのに、シャルロッテはすんなりと頷いた。勝負師として、記憶力には自信があった。また、人の表情を読むことに長けているため、顔を覚えることも容易だ。
その後改めて3人から自己紹介をしてもらい、互いに名前で呼び合うことを許し合った。
レイチェルがホスト役を務めて和やかにお茶会が進行する。
こういった場に不慣れなシャルロッテだったが、元より周囲の目を気にするつもりはなかったため、自分のペースで飲食をして自由に会話を楽しんでいた。
そんな中、参加者の中でレイチェルの次に身分の高いランルルが時折りシャルロッテを盗み見る。彼女がスイーツに手を伸ばしていて、自分の方を見ていない時を狙って。
(可愛いものって、どうしてこんなにも幸せな気持ちになれるのかしら。はぁ…最高だわ。どうにかして連れて帰る…は難しくても、我が家に遊びに来てもらうことは出来ないかしら?そして帰れない理由を作ってそのまま1年くらい滞在してもらえたら素晴らしいのに。)
淑女の仮面の下で、軟禁生活を夢見ていたランルル。にやつく口元を堪えながらスイーツを口に運ぶ。
だが、そんな身勝手な欲望を抱いていたのはランルルだけではなかった。似たようなことを頭に思い浮かべていたエミュレートとシンシアからも、湿度の高い熱気が漂ってくる。
スイーツに夢中になりながらも、肌に突き刺さる異質な視線に気づいていたシャルロッテ。感じたことのない種類の視線に思わず身震いをする。
「ねぇ、レイチェル。この会の参加料って命とか言わないわよね?」
「まさか。お姉様から頂くものなんて何もありませんわ。むしろ命を差し出したいのはこちらの方ですもの。」
「人様の命をもらっても困るわね…悪魔じゃあるまいし。もう少し換金しやすいものでお願い出来るかしら?」
真剣な表情で交渉するシャルロッテ。
肩書きは既に公爵家であったが、貰えるものは貰っておこうとする貧乏人精神は健在であった。




