28.作戦会議
エミルとのお茶を終え、帰路に着いた二人。シャルロッテの邸に到着する頃にはすっかり外は暗くなっていた。
その上、明かり代をケチっているヘイズ家の敷地内は王都の裏道よりも暗く、まるで夜の森のようだ。
暗闇で足元を取られないよう、アレクスティードがいつもより慎重にエスコートをする。その横顔は真剣そのものであったが、頭の中は混乱を極めていた。
(ラブラブって…キスくらいしていいのか?いや、それは本人に聞くべきか。しかし、愛と金を同一視している相手になんて言えば通じるのか…)
アレクスティードの悩みは尽きない。
「はぁ…」
「姉がまた何かやらかしましたか??今度こそ詐欺罪や侮辱罪でお縄でしょうか………」
アレクスティードの悩ましげなため息にいち早く反応したのは、シャルロッテの弟のヘルテルであった。馬車の音が聞こえたため、出迎えのために外に出て来ていたのだ。
玄関のドアの隙間から漏れた明かりを背に、低い位置から今にも泣きそうな顔で見上げてくる。
「ごめんごめん。大丈夫だよ。少し厄介ごとに巻き込まれただけで、大したことはないから。」
爽やかに微笑んだアレクスティードがヘルテルの頭を優しく撫でる。それだけで不安は吹き飛び、心が凪いだ。
「今日は災難だったわね。まぁ何とかなるわよ。」
災難の元凶であるシャルロッテがどこ吹く風で言う。彼女は颯爽と邸の中へ入って行ってしまった。
「それ絶対姉さんが原因でしょう!アレク義兄様、申し訳ありません。良かったらどうぞ中に。」
「うん、お邪魔するね。」
姉の代わりにヘルテルがアレクスティードのことを家の中に招き入れた。申し訳なさそうな顔でいつもの客間へと案内する。
「ラブラブを見せつける、ですか…………………」
アレクスティードからことのあらましを聞いたヘルテルが驚きの声を上げた。睨み付ける勢いで向かい側に座るシャルロッテに視線を向ける。
「姉さん、そんなこと出来るの!?出来ないでしょ!いや絶対無理だって…なんで安請け合いしてくるの……!」
ヘルテルが頭を抱えて項垂れた。
彼の頭の中に、夜会で盛大に恥をかく姉の姿が鮮明に思い浮かぶ。もちろん、その隣で必死に火消しをする哀れな義兄の姿も。
「ラブラブって具体的にはどうすればいいと思う?私は周囲に見せつけるような金品の受け渡しが手っ取り早いと思ったんだけど。」
ヘルテルの不安をガン無視して、シャルロッテが質問を質問で返す。そんな彼女の隣で、足を組んだアレクスティードが何とも言えない表情をしていた。
「姉さん、よく聞いて。金品は絶対やっちゃいけないやつだよ。犯罪の匂いしかしないって。」
「じゃあ他にどうすればいいのよ?」
「ええとそれは…例えばこう…親密そうにハイタッチするとか?」
「ふはっ!」
堪え切れず、アレクスティードが吹き出した。本人は大真面目だと言うのに、ヘルテルのあまりに可愛い発想に視界が滲む。
「ほんと面白いよね。」
片手で謝りながらまだ肩が震えている。もはや彼にとって、この姉弟の存在そのものがツボらしい。紅茶を啜って呼吸を整えると、真面目な顔に切り替えた。
「ラブラブと言ったらハグやキスとか、そういうカップル同士のスキンシップのことを言うんじゃないかな。普通は愛がないとそんなことしないよね。」
あくまでも一般論として淡々と話したアレクスティード。シャルロッテの反応が気になって仕方ないが、涼しい顔で優雅にティーカップに口を付けた。
「貴方は本当にそれでいいの?」
「その犯罪者を見るような目はやめてくれないかな。俺別に何もしてないからね?」
音を立てずにカップをソーサーに戻し、悲しげな顔で微笑むアレクスティード。
あまりに予想通りの反応で、悲しさを通り越してもはや謎の安心感が込み上げていた。
「俺だって、シャルの可愛い姿を他の奴らなんかに見せたくないよ。」
「アレク義兄様…」
見目麗しい彼の愛を感じる言葉に、ヘルテルが心を鷲掴みにされる。うるうると尊敬の眼差しで見つめていた。
「で、結局何をすればいいのよ?」
「嘘を見破る。シャル、得意だろ?」
「得意だけど、今の話に関係あるの?」
「大アリだよ。」
眉を寄せて一生懸命に考えるシャルロッテが可愛くてつい、もったいつけた言い方をしたアレクスティード。
彼女が思考に耽っているのをいいことに、甘やかな表情でたっぷりと愛する彼女のことを見つめる。
今日本邸を訪れるために着飾ったシャルロッテは普段の数倍美しく、いくら見ても飽きることがない。馬車の中では正面から見ていたが、この角度から見つめるのも悪くないなと頬が緩む。
「いい加減、答えを教えなさいよ。」
しびれを切らしたシャルロッテが身体を近づけて迫って来た。
「あ、うん。えっとね。」
ふわりと鼻を掠めるシャルロッテの香りに、アレクスティードの頭がくらっとした。すぐ近くにある華奢な体躯に腕を伸ばしたい気持ちをグッと堪え、表情を引き締める。
ソーサーとティーカップを持ち上げ、物理的に自分の両手を塞いでから話し始めた。




